風紀室前で
楓雅を囲んでいた生徒たちを風紀委員長に引き渡した後。
和人は風紀室から出てきた楓雅を引き留めた。
「なあ、少しいいか?」
「……何?」
見上げてくる彼の、前髪で見えない目元を探るように見つめる。
さっきはその場を制圧することで頭がいっぱいだったが、ここで考える時間ができたお陰で、楓雅の片目の既視感が誰の物か分かった。
「楓雅は、雅……なのか? 従弟の」
一瞬だけ見えたあの丸い目。人の意識を惹きつける独特な魅力は、幼少期から変わらない従弟の物だった。
和人がじっと見つめる中、彼は片腕を組み窓際まで歩く。
窓の外を見て、ことさらゆっくりと和人に向き直る。
「……疑問形なの、ムカつくんだけど」
口元を少し尖らせている。気に食わないことがあった時の雅の癖だ。
「やっぱり雅なんだな。なんで言ってくれなかったんだ? 言ってくれたら……というか、偽名なのはなんで……?」
顔を隠しているだけで、モデルだということは隠せている。
なぜ転校してきたのか、なぜ当たりが強いのか。
次々と疑問が湧き上がってくる。
窓際に詰め寄り、窓枠に手を突く。
雅を見下ろして首を傾げると、彼は皮肉げに口元を歪めて、乱暴に前髪を横に払った。
「……節穴過ぎて呆れる。従弟だからって踏み込み過ぎ」
「節穴って……俺は」
気付けなかったのは悪かったと思っている。だが、ここまで雅がきつい性格になっているとは、考えもしていなかった。
和人が言い募ろうとした時、砂糖菓子を溶かしたような美声が、廊下に響き渡った。
「みや、橋宮が迫られてるだと! お前は誰だっ」
「……ッ和人……?」
驚きに窓枠から手を離して背後を振り返る。
生徒会長が琉生に肩を掴まれながら、和人に鋭い眼差しを向けてきていた。
琉生は琉生で、小学生の頃以来見ていないような目で和人を見て、小さく口を開いていた。
「面倒くさ……俺、寮に帰る。ま、今日はありがとう」
脇腹から背中にかけて体重を感じ、目を見開く。雅に抱き締められたらしい。
雅は直ぐに和人から離れて去ってしまったが、会長が声にならない呻きを上げ、琉生が目を剥いたのが見えた。
琉生の力が抜けたのか、会長が琉生の手から抜け出し、和人に迫ってきたと思うと、風紀室の扉が開いて委員長が顔を覗かせた。
「おっと、月園? 丁度いい」
「染谷? 俺は今忙しいんだ、離してくれ」
「何が忙しいんだ。いいから来い。お前の親衛隊が──」
身構えていた和人は、会長が問答無用で委員長に引き摺られて風紀室に消えるのを、呆気に取られながら眺めていた。
気を取り直して琉生に意識を向けようとした途端、体に衝撃が走った。口から悲鳴を漏らしながら咄嗟に目を瞑る。
背中に壁の冷たさと人肌の温もりを感じた。
何が起こったのか分からず、戸惑いながら薄く目を開けると、自身の肩口に琉生が頭を乗せていて驚く。
「……取られたく……ないッ」
くぐもった声が肩口から聞こえて身じろぐと、和人の背中に回されている琉生の腕に力がこもった。
その強さに和人の目が泳ぐ。
「どう……したんだ? なんで、そんな泣きそうな」
迷いながら琉生の背に触れると、大袈裟なほど彼の体が震え、肩口に乗っていた頭が勢いよく離れた。
同時に琉生の腕も離れて行き、和人は息苦しさから解放された。
「っごめん。頭……冷やす」
片手で顔を隠した琉生が震える声でぽつりと言って、和人から逃げるように階段の方へ身を翻す。
「……琉生?」
あの感じ。小学生の頃を思い出す。
大切にしていた物が壊れたと泣いていた琉生の姿を。
なぜ、今思い出したのか。
和人は、去って行った琉生の背中を追うように伸ばしていた自身の腕を見て、ぼんやりと考え込んだ。




