文化体育祭
櫻坂学園、春の文化体育祭。第二講堂内では、クラス対抗合唱が行われていた。
折り重なる合唱とピアノ伴奏に、観客である生徒たちは一様に聴き入っている。
観客席の最後列だが、ピアノの位置とは直線の席にいる和人もその中の一人だった。
むしろ、歌よりもピアノの音色に熱中している和人は、その中でも異質かもしれない。
いや、伴奏者、海縁琉生の姿に見惚れている生徒は大勢いる。
でも彼らは琉生の外見を見ているだけで、その指から紡ぎ出される心地良さは二の次にしているだろう。
第一講堂では、もうすぐ試合が始まる。チームメイトに試合までには絶対戻ってくるように言われたが、琉生の伴奏を聴き終えるまで戻るつもりはない。
試合を蔑ろにしている訳ではないが、和人にとって琉生のピアノを聴くことは、それだけ大切なルーティンと言ってもいいものだった。
琉生とは幼少期からの幼なじみで、彼のピアノを初めて聴いたのは、和人の実家でだった。
ピアノを触ったことがないと言うから、家にあるピアノを触らせた。
一度も習ったことがないのに、琉生はネットで見たと言って、拙くても曲らしくピアノを弾いたのだ。
衝撃だった。天才という言葉が幼い和人の頭を過ぎったが、それよりも弾いている時の楽しそうな雰囲気と、真剣な表情に心を打たれた。
あの時から琉生の演奏を聴かないと、本領発揮ができない気がしている。
合唱が終わり、ピアノの繊細な音が構内を満たして、一瞬静まり返る。
琉生がスっと立ち上がり、合唱の生徒と同時に礼をした。
観客の拍手が響き渡る。同じように手元で心を込めた拍手を送る。
琉生と視線が合い、彼の茶色い目が明るく煌めいた気がした。
口元が自然と綻ぶ。
琉生たちがステージから去るまで拍手を続け、和人は席を立った。
◆◆◆
「和人!」
第二講堂から出て間もなく、背後から琉生に呼び止められた。
てっきり親衛隊に囲まれているかと思っていたのに。
背後を振り返ると、涼しげな微笑を浮かべながら足早にこちらへ向かってくる琉生が見えた。
「琉生。良い演奏だった」
「それは良かった。今から試合だよね。俺も一緒に行く」
「休憩しなくていいのか?」
「和人の応援をする事で疲れは取れるよ」
一瞬立ち止まりそうになる。首を傾げて横にいる彼を見た。
細い茶髪が端正な顔を彩っている。
真面目な表情を見る限り、冗談という訳でもなさそうだ。
琉生の演奏でやる気も出たことだし、今度は自身が頑張る番だろう。
「なら、負けられないな。合唱も試合も、俺らのクラスが優勝だ」
「そうだね。頑張って」
第一講堂の入り口で、琉生と拳を突き合わせた後、和人はチームメイトの方に向かって歩きだした。
◆◆◆
琉生は突き合わせた拳を元に戻すと、和人の後ろ姿を眺めた。
颯爽とした歩きは堂々としていて隙がない。講堂でも背筋を伸ばして姿勢よく座っていた。
運動が得意で引き締まった体格。身長が高いから講堂では最後列に座ったんだろう。
その周囲への配慮。行動から滲み出る人柄に、熱い吐息を呑み込んだ。
試合を観戦するために、二階のギャラリーまで移動して、席に座る。
しばらくすると、まばらだった観戦席は生徒で埋まり、開始の合図と共にボールが高く舞い上がった。
相手チームに渡ったボールは、目まぐるしく両チームの間を行き来する。
講堂内に声援とパスを呼ぶ声、床を滑るシューズの音が響く。
和人の手にボールが渡った。琉生は固唾を呑んで見守る。膝上で軽く組んでいた両手に力が篭った。
彼は相手チームの妨害を受け流し、シュートを放つ。
ボールは綺麗な放物線を描いてゴールに吸い込まれた。
ワッと歓声が上がる。琉生も小さくガッツポーズする。
──というか、俺の和人がかっこいい。
人目がなければ、奇声を上げて悶えていたかもしれない。
幼い頃は、女の子と間違われるくらいに中性的な容姿をしていたのに、今ではすっかり精悍な美青年だ。
短い黒髪に、スッとした黒い目。顔の均整が取れすぎているせいなのか、平凡な容姿だと鼻で笑う生徒がいる。
なんであの美しさに気が付かないのか、心底不思議でならない。
まあ、そのお陰で和人には親衛隊がいないから、俺は安心できるんだけど。
ひっそりと微笑を浮かべて、和人を見続けた。
琉生は試合が終わるまでずっと、彼の姿だけを追っていた。




