#57 神のくじ引き
ルガンの舞は──
いや、もはやそれは“舞”というよりも、荒々しく、獣が狩りをしているような動きだった。
(⋯⋯何だ?この異様な空気は)
ラインハルトも異変を感じながら、剣を構える。
ルガンは最後に、足でフィールドに陣のような模様を描き、その中心で両腕を広げて空を仰いだ。
「⋯⋯久しぶりだなぁ。呼ばれているぞ?」
「誰が降りるか、楽しみだなぁ」
「もちろん俺だろ。下界で暴れられると思うだけでゾクゾクするぞ?」
「いや、降りるのは私ですよ?」
「⋯⋯さぁ、お前たち。“当たり”はひとつだけだ。誰が当たっても文句無しだぞ?」
その声の主は、数多の神々。
誰にも聞こえてはいない。
「パド、あの舞は何なんだよ?そんなにヤベぇのか!?」
サイラは少し語気を荒げる。
「あれは⋯⋯“クリョス・トゥ・セウ”といって、禁忌とされている“テフニカソドゥ”です」
「禁忌!?何でルガンが知ってるんだよ!」
「私の推測ですが⋯⋯何らかの理由で、蔵書院で封印の書を読んでしまったのでしょう⋯⋯」
パドブロスは続ける。
「そして、降りる神は⋯⋯分からないのです。だからこそ、“クリョス・トゥ・セウ(神のくじ引き)”という名なのです」
「神の⋯⋯くじ引き?」
すると突然、陣から黒い煙のようなものが立ち上り、瞬く間にルガンを飲み込んでいく。
「⋯⋯何が起きとるんや?」
「さっきの舞の雰囲気とはえらい違っとったけど⋯⋯」
会場がどよめく中、煙が晴れた先には──
全身が黒に染まり、白目を剥きながら笑うルガンの姿があった。
「クックックッ⋯⋯ハーッハッハッハッハッハ!!当たりはワシじゃ!!下界など久方ぶりじゃのう!!」
ガロムはその様子を見て、顔を手で覆った。
(最悪だ⋯⋯よりによってその神が降りてくるとは⋯⋯)
来賓席の大神官たちも、ルガンが放つ異様なオーラに戦慄した。
その中でも、特にコスタスは身体の震えを止められなかった。
(思いもよらぬ“災厄”が降りてきてしまった⋯⋯)
控え室のファナがぽつりと溢す。
「ルガンが⋯⋯ルガンじゃなくなっちゃいました⋯⋯」
「パド!!あれは何の神なんだよ!!」
サイラが急かすように問いたあと、パドブロスは小さく息を吐いた。
「あれは⋯⋯“デュオン”。“最強最悪の神”と呼ばれていますが⋯⋯本当は、神ですらありません」
「じゃあ、どうして降りてきたんだよ!」
「“クリョス・トゥ・セウ”は“神だけを降ろす”術ではなく、“神の座標”に引っかかる存在を“無差別に降ろす”術なのです」
「何の為のテフニカソドゥなんだよ⋯⋯なぁ、ルガンは!ルガンは大丈夫なのか!?」
「⋯⋯彼は身体をデュオンに乗っ取られています。恐らく──死ぬまで戦わされるでしょう」
「じゃあ、ルガンはもう⋯⋯」
ファナは今にも泣き出しそうな声で言ったあと、顔を伏せた。
すると、サイラは思わずパドブロスの胸ぐらを掴む。
「パド!助ける方法はねぇのかよ!!」
彼女の願いにも似た問いに、彼は顔を背けたまま、
「⋯⋯ありません」
と呟いた。
「クソっ!!何やってんだよ、ルガン⋯⋯」
サイラは力なく、両腕を下ろした。
「ん〜?そこの若造、少しは骨がありそうじゃのう?ワシと遊ぶぞ!!」
ルガンはそう言った瞬間、砂埃を巻き上げながら一気にラインハルトへと突っ込んでいく。
(⋯⋯速い!!人の速さではない!!)
彼が一度瞬きをしたときには、既に右拳が眼前に迫っていた。
「ヒャッハッハッハ!!」
「ふっ!!」
ラインハルトは何とかスウェーをして躱したが、当たっていないはずの頬が切れ、血が流れた。
「まだ終わらんぞ!全て避けきれるか!?」
先程までのルガンの動きとは比べものにならないほどの連打の速度。
ラインハルトは剣を捨て、防御で精一杯だった。
(一発一発が重い!!受け続けるのは厳しいか⋯⋯)
「ほらほらどうしたぁ!!手も足も出ないか!?」
「あの亜人、別人になったのか?」
「ラインハルトが押されてるぞ!」
耐え続けるラインハルト。
(⋯⋯ここは一旦引く!!)
しかし、そのとき──
「⋯⋯ばぁ!!」
ルガンは戯けながら、口から火球を吐き出した。
「!!!」
超至近距離の攻撃は避けきれない。
ラインハルトは爆発とともに、防御姿勢のまま、フィールドの端にまで吹き飛ばされた。
「口から火ぃ吐いたぞ?」
「あれも魔法か?」
「奇術って言ったって限度があるだろ!?」
「ハッハッハ!どうした若造?少しは反撃してみたらどうじゃ?」
ルガンは首を鳴らしながら、一歩一歩ラインハルトへ近づいていく。
「くっ⋯⋯化け物め」
彼は立ち上がり、ふっ、と息を吐く。
ルガンはラインハルトの剣を拾い上げ、
「ほ〜れっ。忘れ物、じゃ!!」
と言って、彼めがけ一直線に投げつけた。
剣は物凄い速度で飛んでいく。
その瞬間、観客席からは、
「刺さるぞ!!」
「逃げろ!!」
といった叫びや悲鳴が響いたが──
ラインハルトは半身だけ避けて、しっかりと柄を掴んだ。
「ほぉ。やるではないか、若造。まだまだ楽しめそうじゃ」
ルガンは顎を手で擦り、ニヤリと笑う。
「私は全く楽しくない。初戦からこんな化け物と戦わされてるんだからな」
ラインハルトが剣を構えた瞬間──
脳内に“あの男”の声が響いた。
「ラインハルト。いつまで遊んでいるんですか?彼が化け物になる前に殺すチャンスがあったというのに」
「ジェフか⋯⋯。それは私の信念に反する」
「信念?“カスタトロティノス”の二つ名を持つ貴方が“不殺”を信念だと?」
「そうだ。殺さずとも勝てるなら、それに越したことはない」
「そうですか⋯⋯まだ自覚が足りないようですね。それに⋯⋯“洗浄”も甘かったようで」
「⋯⋯洗浄?」
その瞬間、パチンと指を鳴らしたような音が聞こえた。
(ぐっ⋯⋯!これは、また⋯⋯)
ラインハルトは脚に力が入らず、その場でよたよたとしながらも、何とか体勢を保つ。
「さぁ、ラインハルト。思い出すのです。貴方は何者ですか?」
「⋯⋯私は、兵器。繁栄の、糧⋯⋯それが、私がここにいる意味⋯⋯」
「そうです。では、さっさと終わらせてくださいね」
「⋯⋯分かった」
「おい若造。足元がおぼつかないようじゃが?それで戦えるのか?」
ルガンはおちょくるように、余裕綽々の表情で言う。
「⋯⋯余計なお世話だ、化け物」
ラインハルトのオッドアイは光を失い、冷酷なまでの視線をルガンへ送った。
「お前を⋯⋯殺す!!」
「上等じゃあ!!若造ぉぉぉ!!」
ラインハルトはルガンへと走り出す。
「ばばばばばばばばぁ!!」
ルガンは口から火球を機関銃のように吐き出すが、ラインハルトは一切避けない。
それどころか、全て斬り落としながら近づいていく。
爆風や煙をものともせず、ただルガンへと突き進んでいった。
その熱は観客席にも伝わり、
「うわぁぁぁぁ!熱い!熱い!」
「煙で見えねぇよ!」
とパニックになっていた。
「面白い!面白いぞ若造ぉ!!これならどうじゃ!?」
ルガンは笑いながら、おもむろに両手から無数の龍を放つ。
五頭や十頭ではない。
まるで、魚が群れをなしているように、フィールドにうごめいている。
「ほれぇ!!喰われてしまえぇぇ!!」
ルガンの声とともに、龍の頭は大口を開け、吠えながらラインハルトへと襲いかかる。
しかし──
「⋯⋯くだらん」
ラインハルトの剣先が弧を描いたと思いきや、一瞬にして全ての龍の首が時間差でフィールドへと落ちた。
そして、霧のように消えていった。
「俺たち、何見せられてんだ?」
「これが、戦争?」
「モノマヒア⋯⋯だよな?」
「ハッハッハ!!素晴らしいぞ若造!!ワシをこんなにも楽しませてくれるとは!!もっと楽し──」
「ゴフッ!!」
笑い声が、途切れた。
ルガンが突然、口から血を吐き出した。
「ゴホッ!ぶはっっ!!」
手で口を押さえながら四つん這いになると、彼の目には血に染まるフィールドが映った。
(もう、“壊れた”のか⋯⋯軟弱な器じゃ)
南側の観客席には、ルガンの母カレンが観戦に来ていた。
「あぁ⋯⋯ルガン!ルガン!!もうやめて!!」
ラインハルトはゆっくりと、ルガンに歩み寄る。
「化け物。どうした?限界か?」
「ワシは⋯⋯ワシは負けとらんぞ?この器が悪いんじゃ。ワシの技量に相応しくなかったんじゃ」
ルガンは四つん這いのまま、ボソボソと言った。
「⋯⋯負け惜しみか?見苦しい」
「だから⋯⋯負けてないと言っとるじゃろうがぁぁぁぁぁ!!」
彼は立ち上がりながら、ラインハルトに殴りかかろうとしたそのとき──
「ぐふぉっ⋯⋯」
ラインハルトの剣が、ルガンの胸を貫いた。
「⋯⋯嘘、だろ?」
サイラは呆然と、ただ言葉を漏らす。
「あぁっ⋯⋯あぁ⋯⋯」
ファナは瞳を潤ませながら、両手で口を覆った。
パドブロスは眉間に皺を寄せながら目を瞑り、顔を伏せる。
「嫌ぁぁぁぁぁぁ!!ルガぁぁぁぁン!!」
カレンは客席の最前列まで降り、泣き叫ぶ。
「死に急ぐことなど⋯⋯無いだろ⋯⋯」
ガロムは歯を食いしばり、拳を握った。
「フフッ⋯⋯若造ぉ。次に会ったときは覚悟しておくんじゃな。嬲り殺してやるからのぉ」
「二度と現れるな。目障りだ」
ルガンから黒い蒸気のようなものが噴き出して空へ舞い上がり、何事も無かったかのように消えていく。
彼の身体の色は元に戻り、ラインハルトが剣を引き抜くと、力なくフィールドに倒れた。
「⋯⋯勝者!クロス=アージュ科学連邦代表、ラインハルト・フォルクス選手!」
場内アナウンスが流れたが、会場は歓声よりもどよめきのほうが強かった。
その混沌の中を、ラインハルトは剣についた血を払い、鞘へと戻しながら、東ゲートへと消えていった。
救護班のレイは、リーリャたちを連れて一目散にルガンへ駆け寄っていく。
損傷箇所を確認したが──
(これは⋯⋯心臓を貫かれている)
リーリャもその傷を見て、
「レイ先生、もう処置の施しようが⋯⋯」
「正直、命は助かりません。でも、最期のお別れくらいはさせてあげたいです」
レイは胸の傷に手を翳し、回復魔法をかけた。
リーリャたちも腕や腹、脚の傷に回復魔法をかける。
そこに、サイラ、ファナ、パドブロスも駆け寄ってきた。
「ルガンは!ルガンは助かるのか!?」
サイラは彼の側に膝をつき、レイに問う。
「いえ⋯⋯残念ながら⋯⋯」
「そんな⋯⋯ルガン!起きてください!ルガン!」
ファナは涙を流しながら、ルガンの身体を揺する。
すると、彼はうっすらと目を開けた。
「ルガン!しっかりしろ!アタイらが分かるか!?」
「⋯⋯サイラ。ファ⋯⋯ナ。パド⋯⋯ブロス⋯⋯さん」
「ルガン!セオカトに帰るぞ!生きて帰るぞ!」
サイラは上ずった声で、ルガンの手を握る。
「サイラ⋯⋯お世話に、なりました⋯⋯また、手合わせしたかったです⋯⋯」
「何言ってんだルガン!帰ったらいくらでも相手してやるから!⋯⋯死ぬんじゃねぇ!!」
顔を歪めたサイラの涙は、ルガンの身体にぽたぽたと落ちた。
「ファ、ナ⋯⋯約束、守れません、でした⋯⋯ごめん、なさい」
「ルガンは頑張りました⋯⋯頑張ったから、首都を散歩しましょう?ねぇ、ルガン?だから⋯⋯死んじゃ⋯⋯うっ⋯⋯駄目です⋯⋯ううっ⋯⋯」
ファナも肩を震わせながら膝をつき、ルガンの頭を撫でた。
「パド、ブロスさん⋯⋯もっと、勉強⋯⋯したかった、です⋯⋯」
パドブロスは立ち尽くしたまま口を結び、かける言葉が見つからない。
「ルガン!ルガン!!」
そして、悲痛な叫びとともに、カレンもガロムと駆け寄ってきた。
「ねぇルガン!起きて!起きてよ!!」
「⋯⋯母さん。わがまま、言って⋯⋯ごめんなさい」
「そんなのいいから!ルガン、帰ろう?生きて家に帰ろう?ねぇルガン、母さんをひとりにしないで?お願いだから⋯⋯ううっ⋯⋯ひとりに⋯⋯しないでよぉ⋯⋯」
カレンは泣きながら、ルガンの頭を抱きかかえる。
「師、匠⋯⋯?僕は、セオカトの為に⋯⋯なり、ましたか?」
「⋯⋯もちろんだ。お前は、俺の誇りだ。そして、立派なセオカトの戦士だ」
ガロムはきつく目を閉じ、唇を震わせながら言った。
「⋯⋯よかっ⋯⋯た」
ルガンは力が抜けたように微笑み、涙を流しながら、ゆっくりと目を閉じた。
「おい⋯⋯ルガン!起きろ!ルガン!!ルガン!!」
「ううっ⋯⋯うううあああぁっ⋯⋯」
「嫌ぁ⋯⋯ルガン!ルガン!!ああぁぁぁぁぁ⋯⋯」




