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#56 戦う意味

「今大会にはゲストにお越しいただいています。モノマヒア第十七回から第十九回まで三連覇を達成されました、元セオカト代表のガロムさんです」


「ど、どうも⋯⋯よろしく、お願いします」


場内の超大型ビジョンに映し出されたガロムの姿を、サイラは窓にかかるカーテンを少し開けて見た。

「ハッハッハ!おっちゃんめちゃくちゃ緊張してるじゃねぇか!」


彼女の笑い声が、静かな部屋に響く。

しかし、他の三人は反応しなかった。

サイラは彼らに背を向けたまま、目を伏せて、真顔になる。


(参ったな⋯⋯ここだけじゃねぇ。もう、会場全体が変な空気に飲まれちまってる⋯⋯)

カーテンを掴んだ手に、ぎゅっと力がこもった。


「今大会は今まで同様、クロス=アージュ科学連邦の技術による、“防御魔法”を使ったシールドをフィールドの外周に施しているので、客席に攻撃が影響することはありません」


「また、選手が負傷した際の処置の為、ヴァルドノルド王国のレイ医師を筆頭に、各国の医療従事者による救護班が組織されていて、各自、両腕に“回復魔法”を施す為の装置をつけています」


会場入りしていたレイも、異様な空気を感じ取っていた。

(今までの大会とは違う⋯⋯不吉な予感がしますね)


そして、その隣に立つリーリャも、レイの表情から普通ではない“何か”を理解していた。

(ダイスケ⋯⋯パパ⋯⋯みんな⋯⋯無事に⋯⋯)


張り詰めた空気のセオカトの控え室に、扉をノックする音が響いた。


「ルガン選手。入場の準備をお願いします」

「⋯⋯はい!」


呼ばれたルガンはスッと立ち上がり、真っすぐに出口へと向かう。


「ルガン!」

サイラが振り返り、彼を呼び止める。

「一発カマしてこい!」


ルガンは振り返らずに、

「一発と言わず、何発もカマしてきます」


扉の向こうへと、ルガンが消える。

閉まる音が、ひときわ重く響いた。

サイラはフッ、と笑いながら、

「⋯⋯やっぱり、喧嘩っ早くて困るな」

誰にともなく、ぽつりと呟いた。


ファナは目を伏せたまま動かず、パドブロスは静かに目を閉じて祈るように手を組んだ。

「彼に、神のご加護がありますように⋯⋯」


それぞれの胸に、言葉にできない思いが渦巻いていた。

だが、今はただ──彼の背を、信じて見送るしかなかった。



「皆様大変長らくお待たせしました。これより、モノマヒア第一試合を行います!」


大歓声に包まれた会場は、まるで巨大な生き物のようにうねっていた。

照明が煌めき、観客席の熱が渦を巻いてフィールドへと流れ込む。


「南ゲートより、ルガン選手の入場です!」


彼は、フィールドの中心へ向かって歩いていく。

ざわめきが一瞬、歪んだ。

期待と好奇の視線に混じって、明確な拒絶が浮かび上がる。

客席の一角から、感情を剥き出しにした声が飛んだ。


「おい亜人!さっさと国に帰れ!」

「お前がいていい場所じゃないぞ!」

「やられちまえ!」


(⋯⋯分かってる。でも、これだけ批判されるってことは見られてるってことだ。僕が、変えるんだ)



「続いて、東ゲートより、ラインハルト・フォルクス選手の入場です!」


場内がざわつく。

ルガンのときとは違う──“歓声でも、罵声でもない”──沈黙と困惑の空気。


観客席を覆っていた熱が、すっと引いていく。

誰も声を上げないまま、ただ視線だけが東ゲートへと吸い寄せられた。

その沈黙は期待でも恐怖でもなく、理解が追いつかない者たちの戸惑いだった。

現れたその男は、無表情のまま、無音の足取りでフィールドに現れる。

その姿は、まるで人間ではなく、“何か別のもの”が動いているようだった。


広いフィールドの中央で、ふたりの距離が詰まっていく。

世界が、静かに息を止める。

そして、正対したふたり。

ルガンは正面からその視線を受け止めながら、口の中で呟く。


(僕の拳が、この“伝説”に届くのか──いや、届かせてみせる)



「第一試合、始め!」



その声が響いた瞬間、会場全体の空気が張り詰めた。

歓声も罵声も飲み込まれ、数十万の視線が、ただフィールドの中央に集中する。


ラインハルトはゆっくりと剣を抜いた。

その所作には力みも気迫もなく、まるで決められた動作をなぞっているかのようだった。

(空気は乾燥してる。それなら、最初は⋯⋯ヘファストスでいく!!)


ルガンが舞い始める。

フィールドの土を踏むたびに、空気が震え、熱が生まれていく。

観客席の一部から、ざわめきが漏れた。

彼の舞は、格段に精度が上がっていた。

しなやかな手の動き、力強く地面を踏みしめる脚。

次第に瞳の色が赤く変わり、汗を滲ませた身体から白い蒸気が立ち上る。

舞を終え、ルガンは鋭い眼光でラインハルトを見据えた。


(“降神術”か。セオカトには、この時代にも奇術使いがいるのか)


先に仕掛けたのはルガンだった。

一直線にラインハルトへ駆け出し、炎を纏った右拳を振り被る。


「うぉぉぉぉぉぉ!!」

衝撃音とともに、ふたりの姿が砂埃に包まれる。


「えっ⋯⋯? もしかして一撃で終わった?」

「いや、さすがにそれは⋯⋯」

「あの亜人、すげぇぞ?」


一瞬、会場に期待が芽生えた。

しかし──砂埃が晴れたとき、ラインハルトは左手一本で、何事もなかったかのようにそれを受け止めていた。


「なっ⋯⋯!」

「いい拳だ」


その一言と同時に、ラインハルトはルガンの右拳を掴んだまま一歩踏み込み、逆手に持った剣の柄を、迷いなく彼の脇腹へ叩き込む。


「ぅぐっ⋯⋯!!」

まともに食らったルガンは、その場に片膝をつく。

肺の奥から、空気が押し出される。

(サイラの拳を受けたときみたいに⋯⋯重い)


「どうした? 亜人。この程度で終わらせてほしくないのだが?」

嘲りでも怒りでもない、ただ事実を確認するような声。


「⋯⋯もちろん。終わらせる気は、ありませんよ」


ルガンはその態勢のまま、両拳に炎を纏わせ、フィールドに叩きつけた。

次の瞬間、ふたりの周囲を“炎の檻”が取り囲む。


(サイラ⋯⋯すみません。もう、“客席からの見え方”なんて、言ってられません!)


「おい! 見えねぇよ!」

「戦い方考えろ! 亜人!」


案の定、客席からはブーイングに似た罵声が飛ぶ。

だが、控え室からそれを見ていたサイラは、静かに口の端を上げた。

(最初の一撃で理解したみたいだな。お前のやりたいようにやれ、ルガン)


ファナとパドブロスもサイラの横に立ち、戦況を見守っていた。


「面白い奇術だな。⋯⋯じゃあ、やろうか」


ラインハルトは口元に、わずかな笑みを浮かべる。

両手で剣の柄を握り直し、切っ先を真っすぐにルガンへと向けた。

ルガンは両足にも炎を纏わせ、一気に距離を詰める。

拳、蹴り、膝、肘──連打が雨のように叩き込まれていく。

炎の檻の内側から、ひたすら衝撃音だけが鳴り続けた。


「どうした?まだ、まともに攻撃が当たっていないぞ?」

「くっ⋯⋯!」

(まるで⋯⋯動きを読まれてるみたいだ!)


ルガンは一度後ろに飛ぶように下がったあと、右腕を炎の檻に突っ込みながら、それに沿って走り出した。

だが──

ラインハルトは、構えを下ろした。

そして、ゆっくりと目を閉じ、その場に立ち尽くす。


(何を考えてるんだ?今、試合中だぞ?)


一瞬の戸惑い。

だが、ルガンは止まらない。

炎で肥大した右腕を振り抜き、全体重を乗せた一撃を、ラリアットのように叩き込む。


「くらえぇぇぇぇ!!」


しかし──ラインハルトは、ひらりと宙返りでそれを躱した。

剣も振るわず、まるで無重力空間にいるかのように、炎の檻すら飛び越えて。


「ラインハルトが出てきたぞ!」

「しかも宙返りで飛び越えた!?」


(しまった!ラインハルトさんが見え──)

そう思った瞬間だった。

目の前の“炎の檻”が、水平に真っ二つに断たれる。

次いで、その裂け目から、いくつもの鋭利な衝撃が奔った。


「──っ!!」


ルガンの身体が吹き飛び、空中で引き裂かれる。

咄嗟に腕を交差させ、顔だけは庇ったが、腕、腹、脚──至る所から血が噴き出した。

仰向けのまま、地面に叩きつけられる。


「今の⋯⋯見たか?ラインハルトの振った剣から、何か出てたぞ?」

「見ろ! 亜人が血だらけだぞ!」


「ルガン!!」

ファナの悲痛な叫びが、控え室に響く。


「あいつ⋯⋯尋常じゃなく強ぇぞ。アタイも炎を斬り裂くなんて見たことねぇ」

サイラは奥歯を噛み締めた。


「くっ⋯⋯クソっ⋯⋯」

それでも、ルガンはゆっくりと立ち上がる。

(接近戦が駄目なら、神を変える)


彼は人差し指を高く空へ向け、ヘファストスを天へ還した。

そして、再び舞い始める。


「亜人よ。次は何を見せてくれるんだ?」

ラインハルトは仁王立ちしたまま、余裕の表情を崩さない。


(まだ⋯⋯使いこなせてない。でも──やるしかない)


ルガンの身体から、バチバチと電光が弾ける。

迸る稲妻に包まれながら、瞳の色が徐々に黄金へと染まっていった。


その舞を見て、サイラは即座に察する。

「ルガン⋯⋯“ゼクス”を降ろす気だな。使いこなすのは、相当難しいぞ」


パドブロスも眉間に深く皺を寄せ、低い声で続けた。

「“ゼクス”は最高神にして、天空の神。身体への負担も、計り知れません。彼は⋯⋯本当に、命を懸けるつもりです」


「ルガンは⋯⋯ルガンはどうなっちゃうんですか?」

ファナは震える声で、パドブロスに問いかけた。


「⋯⋯今は、彼を信じる他ありません」


舞を終えたルガンは、ふーっと大きく息を吐く。

血に濡れた身体で、なお静かに立つ。

そして、右手を前に翳した瞬間──


「ケラ・スフィラ!!」


轟音とともに、天が裂ける。

雷が一直線に落ち、ラインハルトを貫いた──

かに見えたが、彼は寸前でそれを躱していた。

フィールドの一角が抉れ、巨大な穴が、攻撃の凄まじさを物語っている。


「おい⋯⋯今の、“魔法”か?」

「違うだろ!? でも、いきなり雷が落ちるなんて不自然だよな⋯⋯」

「あの亜人、思ってたより⋯⋯凄ぇぞ」


「ずいぶん派手な技だな。さすがの私も、これをまともに食らえば危なかった」

ラインハルトはそう言いながら、焼け焦げたマントの一部を、指で払った。


「はぁ、はぁ⋯⋯」

ルガンの肩が、激しく上下する。

肺が焼けるように痛み、視界の端が揺れる。

(たった一撃で⋯⋯この消耗。それでも──僕は、負けない!)


彼は、ふらつく身体を無理やり支え、両腕を前へ翳した。

そして──


「ケラ・スフィラ・カタ!!」


その叫びと同時に、再び天が唸り、雷がラインハルトへと落ちる。


「何度やっても同じだ!」

彼はひらり、ひらりと身を躱す。

だが──


「⋯⋯何っ!!」


落雷は一本では終わらなかった。

間を置かず、角度を変え、連撃となって襲いかかる。

それすらも避けながら、ふと、前を見た瞬間──


「うおおおおぉぉぉ!!」

視界を切り裂くように、雷を纏ったルガンの右拳が迫っていた。

ラインハルトは反射的に剣を捨て、両腕を交差させて受け止める。


「ぐっっっっ!!」


衝撃に押し飛ばされながらも、彼は地を滑るように後退し、辛うじて体勢を保った。


──今だ。

(次の一手⋯⋯まだ、打ち込める!)


ルガンは追撃しようと足を踏み出したが──

もつれてその場に片膝をついた。

(クソっ⋯⋯ここが好機なのに⋯⋯!!)

悔しさに任せ、拳を地面へ叩きつける。


「お前の力をみくびっていた。ここまでやるとはな」

ラインハルトはそう言いながら、ルガンへと歩み寄る。

ぶらぶらと両腕を振り、残った痺れを解消させるその仕草は、まるで戦闘の合間の準備運動のようだった。

腕の鎧には、ルガンの拳の跡がはっきりと刻まれている。


「もう限界か?ここで降参するなら、命は助けてやる」


「⋯⋯貴方は、もう⋯⋯勝ったつもりでいるんですか?」

ルガンは荒い息を吐きながらも、上目遣いに、薄く笑って問い返した。


「⋯⋯後悔するなよ」

次の瞬間だった。

ラインハルトの蹴りが、容赦なくルガンの顔面を捉える。


「ぶっ!!」


鈍い音とともにルガンの身体が宙に浮き、口から血を吐きながら、後ろ向きに倒れた。


「亜人よ。まだ私に勝つ自信があるのか?」


ルガンは歯を血で濡らしたまま、軽い笑みを浮かべゆっくりと身体を起こす。


「⋯⋯僕はもう、勝ち負けでこの戦いをしていません。オークの血が、“戦って死ね”と⋯⋯そう言っているんです」


その言葉を聞いた瞬間、ラインハルトの背筋を、ぞわりとした寒気が走った。


“常勝”。

その中でしか生きてこなかった彼には、理解しがたい──いや、理解してはならない思考だった。

(“戦って死ね”だと?その死に、何の意味がある?無へ還るだけだ。負けとは⋯⋯何も成さないのと同じだ)


「⋯⋯それなら見せてみろ。お前の生き様を」


ラインハルトは引きつった笑みを見せながら、先程投げ捨てた剣を拾い上げ、構えもせず、ただルガンが立ち上がるのを待った。


「何でラインハルトはとどめを刺さないんだよ!」

「何か⋯⋯話してたな?」

「これから何が起こるんだ?」


(これは⋯⋯絶対に使わないと決めていた。でも、もう⋯⋯これしかない)


ルガンはよろよろと立ち上がる。

口の中に広がる血の味を噛み締め、もう一度、静かに息を吐いた。

そして、また人差し指を高く空へ上げて、天へ神を還す。


足元は定まらない。

それでも──舞い始める。


控え室からその様子を見ていたサイラは、その動きにはっきりとした違和感を覚えた。

「⋯⋯何だあの舞?見たこと──」


その言葉を、パドブロスが遮る。

「あれはまさか⋯⋯!?ルガン君!!駄目です!!それを舞っては!!」


更に、ゲスト席にいたガロムが、椅子を跳ね飛ばすように立ち上がり叫んだ。


「どうしてルガンがその舞を⋯⋯駄目だルガぁぁぁぁぁン!!その舞は使うなぁぁぁぁぁぁ!!」

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