#54 宣戦布告
「おい⋯⋯クーデターって⋯⋯」
「西の情勢はそんなにヤバかったのか?」
「首相がやりたい放題って何だよ!?」
騒然とする観客たちをよそに、その場にいた西の民たちからは、指笛が鳴り、大歓声が起こる。
混沌とする空気の中、シルヴァは奥歯を噛みしめ、拳を握った。
(ダズ兄⋯⋯何考えとんねん!俺はいつあんたと戦えるんだよ!)
大輔は、数日前のギャレットとの会話を振り返っていた。
(そういえばあいつ、モノマヒアを他人事みたいな感じで話してたな。そういうことか⋯⋯)
「ワイはまだやることあるから、ここらでお暇するで?じゃあ、みんな、頑張ってや〜」
ギャレットが笑いながら手を振ったところで、映像は途切れた。
「⋯⋯スベったのはワシらのほうやないか。終わりや。もう、帰る国も無くなってしもた」
映像を立ち上がって見ていたニシキヨは肩を落とし、自分の席に力無く座った。
先程まで、顔を真っ赤にして激昂していたのが嘘のように、その背中は小さかった。
するとそこに、運営のスタッフがやって来て、
「ニシキヨ様、開会宣言のご準備をお願いします」と移動を促してきた。
「⋯⋯もう、ワシがやらんでもええやろ」
「それは困ります。貴方は大会組織委員会代表“代理”なのですから⋯⋯」
ニシキヨは深くため息をついたあと、渋々立ち上がった。
「ほな、行くわ」
側にいたヨコヤスは、ただ煙草をくゆらせていた。
ニシキヨはスタッフと共に、地下に向かっていた。
地上のフィールドの中央に、地下から小さなステージがせり上がる造りになっていて、開会宣言はそこで行われるのが通例となっていた。
「ニシキヨ様。こちらでお待ちください」
スタッフは彼を誘導したあと、その場を離れた。
殺風景な地下通路に、ひとり取り残されたニシキヨ。
ステージ下の待機エリアは、コンクリート打ちっぱなしの壁に、無機質な照明がひとつだけ。
耳に届くのは、観客たちのざわざわとした、言葉にならない遠い音だけだった。
(もう、ただの晒し者やんか。クソっ、ギャレットめ⋯⋯)
重いため息をひとつ吐いたとき──
カツ、カツ、と、硬質な靴音が響いた。
その音は、ゆっくりと、だが確かにこちらに向かってくる。
ニシキヨが顔を上げる。
薄暗い通路の奥から、ひとつの影が、ゆっくりと歩いてきた。
足取りはゆるやかで、どこか“演出”じみた余裕があった。
「⋯⋯誰や!」
機嫌の悪い彼は、眉間に皺を寄せながら声を張り上げる。
照明が、ようやくその顔を照らした瞬間──
ニシキヨの目が、見開かれた。
「おま⋯⋯お前!何でここにおんねん!!」
まだざわついているケントロ・トゥ・コズムに、場内アナウンスが流れる。
「えー⋯⋯次は、開会宣言です。大会組織委員会会長“代理”、メガロフォス共和国首相⋯⋯あ、いえ、⋯⋯ニシキヨ様、お願いします」
地上のフィールドの中央に、地下からステージがせり上がる。
スポットライトが当たり、そこに現れたのは──
(おい⋯⋯!嘘だろ!?)
その男の姿を見て、大輔は唖然とした。
「⋯⋯皆さん、こんばんは。クロス=アージュ科学連邦、科学総監のジェフ・クリオノハートです」
(何でだよ!?間違いなくジェフは俺が殺した!なのに⋯⋯生きてる!?)
彼だけでなく、会場全体があり得ない現実を目の前にして、戦慄した。
確かにそこに立っていたのは、“勇者大輔”によって殺害されたはずの、ジェフ・クリオノハート本人だった。
「そして、大会組織委員会代表も任されておりますので、私が開会宣言を行わせていただきます」
彼は柔和な表情を見せ、あたかも“何も無かった”かのように、淡々と続ける。
「モノマヒアも今回で二十五回目となり、ここまでに様々な“ドラマ”が生まれました。そして、今年は“百年の停戦”が終わりを迎える年です。ですので⋯⋯皆さん。更に素晴らしい“ドラマ”の為に⋯⋯」
一拍置いて、彼から放たれた言葉は──
「戦争を、しましょう」
ジェフのニヤリとした下品な笑顔の先には、大輔がいた。
(ジェフ⋯⋯お前は絶対に許さない⋯⋯)
大輔は、かつて怒りに飲まれた“あのとき”と同じ、いやそれ以上の感情を、ジェフに向けていた。
目に宿るのは憎悪と怒り、そして──絶対にもう後戻りしないという覚悟。
その視線に気づいたヴォレセオが、隣で静かに言う。
「ダイスケ、落ち着け。自分を見失うな。相手の思う壺だ」
低く、重いその声が、大輔の思考を引き戻す。
「⋯⋯はい、すみません」
──開会宣言、否、“宣戦布告”を終えたジェフは、ステージと共に地下へと消えていった。
暗がりの中、ひとり立ち尽くすニシキヨの前に、静かにその姿を現す。
「貴方が書いた“ドラマ”の脚本は却下されてしまったようで⋯⋯」
ジェフの声は、どこか楽しげで、まるで舞台の幕引きを告げるナレーターのようだった。
「私の言う通り、暗殺しておけばよかったものを」
「それは⋯⋯結果論やろ」
「──結果論。私が嫌いな言い訳のひとつですね」
ジェフは鼻で笑うと、ニシキヨの横をすれ違いざまに肩を軽く叩いた。
そして、数歩歩いて立ち止まる。彼は振り返らずに、
「で?それで終わりですか?」
ニシキヨは振り返り、ジェフの背中に答える。
「何がや。それ以外に何があんねん」
「⋯⋯そうですか。私は、つまらない創作に加担してしまったようですね。“青蛇”のシナリオのほうが、私を楽しませてくれましたよ」
「ぐっ⋯⋯!」
苦虫を噛み潰したような表情のニシキヨに、「そうだ」と軽い口調で言いながら、手をパン、と一度叩いて、ジェフも振り返る。
「帰る国が無くなったのなら、フラットな気持ちで、心おきなくモノマヒアを楽しめますね。後悔はさせませんよ?」
まるで、いいアイディアでも閃いたかのように弾む彼の言葉を、ニシキヨは理解できなかった。
「後悔はさせない?何言っとるんやお前⋯⋯?」
彼の声は震えていた。
それは怒りか、それとも恐怖か──
どちらにせよ、もはやニシキヨに残された選択肢など無いことを、ジェフは見透かしていた。
「貴方は首相を降ろされましたが⋯⋯可哀想なので、来賓席で観戦しても構いません。“呉越同舟”ですからね」
ジェフはそれだけ言い残し、ゆっくりと闇の中へと歩き去っていく。
ニシキヨは何も返せなかった。
「なぁ、ジェフって勇者が殺したんだろ?」
「そのはずだけど⋯⋯死んでなかったのか?」
「何なんだよ“東”は⋯⋯」
次々と予想外のことが起こる展開に、観客たちは思考が追いつかなかった。
しかし、大輔以外の選手たちは、至って冷静だった。
ジェフが言い放った「戦争」。
皆、その言葉の意味を理解しているようだった。
「⋯⋯それでは、モノマヒア第一試合の組み合わせ抽選を行います。皆様、大型ビジョンにご注目ください」
不穏な空気の残る中、場内アナウンスが告げた。
超大型ビジョンに選手の名前がランダムに並び、やがてカチカチと音を立てながらルーレットのように回転し始める。
選手たちは無言で画面を見つめ、観客席にも息を呑む静けさが満ちていく。
──ただ一人、大輔だけは、ぽつりと心の中で呟いた。
(やっぱり、文字は読めないな。てかこれ⋯⋯パリオリンピックの柔道のやつじゃん)
目の前で回っている“抽選”は、あまりにも見覚えがあった。
(いや、似すぎてる⋯⋯まさかこの大会、“出来レース”なのか?)
ほんの一瞬、胸の奥を冷たい指先がなぞった。
だが、彼は小さく首を横に振る。
(いや、考えすぎだ。たまたまだろ)
──すると、ルーレットの回転速度が落ち始め、中央にひとつの名前が止まる。
「まずは⋯⋯セオカト代表、ルガン選手です!」
その瞬間、ルガンはそっと目を閉じ、静かに息を吐いた。隣にいたサイラが彼の肩を叩き、軽く笑う。
「開幕戦なんて、なかなかできるもんじゃねぇぞ? よかったじゃねぇか」
「はい。でも……肝心なのは、相手ですから」
ルガンは一点を見つめ、ぽつりと呟いた。
「では、ルガン選手の対戦相手は、どの選手になるでしょうか!」
再びルーレットが音を立てて回り出す。
その回転が止まった瞬間──ざわめきが走る。
「クロス=アージュ科学連邦代表、ラインハルト・フォルクス選手!」
「おい……」
「いきなりラインハルト?」
「あの亜人、たぶん死ぬで……」
「マジで初戦からこれかよ……」
客席から漏れる不安と絶望の声。
(ちっ⋯⋯これはやべぇな⋯⋯)
サイラの表情は一気に曇り、隣のルガンを見つめた。
その視線に気づいたルガンは、わずかに微笑む。
「サイラ。僕は大丈夫です。いきなり強敵と戦えるなんて、運がいいですよ」
その笑顔は、強さと優しさが同居していた──
だからこそ、どこまでも脆くて、どこまでも尊かった。
「ルガン選手対ラインハルト・フォルクス選手の試合は一時間後に開始します。選手の皆さんは各自控え室へお戻りください。これをもちまして、第二十五回モノマヒア開会式を終了します」
こうして、混沌の中、開会式は終わった。




