#50 自国の為
西の国、メガロフォス共和国。
北や南がモノマヒアへ向けて着々と準備をしている中、この国は何も変わらぬ日々が流れていた。
(ウチの国は何しとるんや?一切モノマヒアの話が出てこんやないか)
ギャレットは、畦道を大きな籠を背負って歩く、セオカトの行商人たちの護衛についていた。
「青蛇!いつもすまねぇな!」
「何やねん、今更やろ?おたくらあってのワイらや。これくらいやって当たり前やろ」
彼はふと、モノマヒアのことが気になって、行商人に話しかけた。
「なぁ、おたくらの国の代表って決まったんか?」
「そういえば、詳しい話は聞いてないなぁ。サイラが決まってるくらいしか」
「そうか⋯⋯」
(“ピアタキ・トゥ・セウ”のサイラか⋯⋯あいつは強いから確実に出てくるやろなぁ。北もヴォレセオのおっさんは堅いやろ?あとは、タナカか⋯⋯あいつ、どこ行ったんや?)
そんなことを考えながらも護衛を終えたギャレットは、首相とモノマヒアについて話そうと思い、首相官邸に向かった。
首相官邸に着いたギャレットは、執務室の扉をノックする。
しかし、応答が無い。
(何やねん、おらんのかい)
彼がその場を離れようとすると、トコトコと足音が近づいてくる。
その主は、ムームーだった。
それに気づいたギャレットは、ムームーに話しかける。
「どないしたん?首相はおらんのか?」
するとムームーは、
「ムー!」
と言いながら執務室の扉を押す。
「ん?入りたいんか?そこの自分用のちっちゃい扉から入ったらええやん」
ギャレットの言葉を無視して、ムームーは扉を押し続ける。
「ムゥー!ムゥー!」
「なぁムームー、何かあるんか?ここ、開けたらええんか?」
彼は渋々執務室の扉を開けた。
やはり、誰もいない。
するとムームーは、大きな飾り壷をしきりに指差す。
「ムー!ムー!」
「ホンマどないしたん?壺の中見たらいいんか?」
ギャレットはライトを片手に壺の中を覗いた。
すると、
「何か小さい黒い塊があるなぁ。割らんようにひっくり返すか」
彼は慎重に中身を取り出すと、何やら機械のようなものが出てきた。
「⋯⋯これ、盗聴器やな?しかも“東”のやつや。なぁムームー、他にもあったりするんか?」
ムームーは頷くと、また違う場所へ走り出した。
それを繰り返すうちに、結果八個の盗聴器が見つかった。
「めっちゃウチの私情が東に筒抜けやったんやな。ほんならこれ、解析せなあかんな」
ギャレットは国境警備隊の本部へそれを持って行き、数日かけて解析を行った。
「⋯⋯なるほどな、そういうことやったか。やっぱり東も絡んどった。師匠、やっさん、あんたらの好きにはさせへんで?」
北の国、ヴァルドノルド王国。
親衛隊に期限付きで入隊した大輔も、日々訓練に明け暮れていた。
シルヴァもデウロスも、ドキナミスで戦ったときと比べて顔つきが端正になり、技術もかなり向上した。
ヴォレセオも指導しながら、大輔と手合わせをする毎日。
彼はは訓練を終えると寮に帰り、リーリャが作った料理を食べ、時々ドキドキしながら、充実した日々を過ごしていた。
モノマヒア当日まであと数日と迫ったとき、大輔はヴォレセオに声をかけられた。
「ダイスケ。モノマヒアの会場を一度見に行って来い。ここの闘技場とは比べ物にならないくらい大規模な場所だ。そして、そこでお前に会いたいっていう奴が待ってるそうだ」
「俺に会いたい人?誰だろう?ヴォレセオさんも知ってる人ですか?」
「あぁ、もちろんだ。お前も知ってる奴だ。国から送迎車を出すから、それで向かってくれ」
「分かりました。行ってきます」
大輔は送迎車に乗り込み、南へと向かった。
辿り着いた先には、巨大な壁のような、四つの国の国境に跨るようにそびえるコロシアムがあった。
それは──モノマヒアの会場、“ケントロ・トゥ・コズム”。
最大収容人数三十万人の、この大会でしか使われない会場だ。
(何だよこれ⋯⋯東京ドームの比じゃないくらいでかいぞ⋯⋯)
大輔はその中へと足を踏み入れる。
ロビーには、モノマヒアの歴代優勝者の肖像が飾られていた。
(本当にヴォレセオさん四連覇してるんだ。最初に優勝したときの肖像若いな〜)
(その前に三連覇してる人⋯⋯服装がセオカトの人っぽい。サイラは知ってる人かなぁ?)
(あとは⋯⋯第一回から五回まで五連覇!?すげぇ!殿堂入りしてる!名前は⋯⋯やっぱり読めないなぁ)
彼はまるで博物館に来たかのようにまじまじとそれを見ていると、靴音とともに、
「久しぶりやな、会いたかったで?」
と関西弁が聞こえた。
大輔が振り返ると、そこには“青蛇”が立っていた。
「ギャレット⋯⋯」
彼はそう言葉にした途端、目からぽろぽろと涙が溢れた。
「おいタナカ!何泣いとんねん!やり辛くなるやんけ!」
ギャレットは少し照れ臭そうに笑った。
「ごめん、俺も今まで色々あってさ、何か声聞いたら安心しちゃったんだよ」
「キモっ!ワイはタナカの彼女ちゃうで?」
ふたりは顔を見合わせて笑った。
そして、そばにあったベンチに腰掛けた。
「まさかヴォレセオのおっさんからタナカの話聞くと思わんかったわ。しかも君、北の代表なんやて?」
「そうなんだ。めちゃくちゃ遠回りしたけど、何とかね」
「そうか⋯⋯。せや、ずっと聞きたかったんやけど、東の国を潰したんはホンマにタナカなんか?」
大輔は床に視線を落とす。
「うん⋯⋯。言い訳に聞こえるかもしれないけど、俺は怒りすぎて周りが見えなくなったんだ。そして、気づいたら街がぐちゃぐちゃになってた。そのあとに記憶が戻ってきて、そこで初めて俺がやったってことを知ったんだ」
「ほんなら、自分の意思じゃ無かったっちゅうことやんな?」
「まぁ、そうなんだけど⋯⋯ギャレットは信じてくれるか?」
「細かいとこまでは予想つかんかったけど、君が後先考えないでガチャガチャやるんは有り得んとは思っとったんや」
ギャレットはニッと笑顔を見せる。
「⋯⋯ありがとう」
その表情と言葉に大輔は少し微笑んだが、すぐに真顔になる。
「あと、東で俺が暴走する前に──マスさんと戦ったんだ」
予期せぬ言葉に、ギャレットは大輔を見やる。「⋯⋯何やて?マスと?あいつは戦えへんのにか?」
──彼の表情が凍りついた。
「ジェフに薬みたいなものを飲まされて、モンスターになったんだ。そして、一思いに殺してくれって⋯⋯だから、俺はそうするしかなかった」
「⋯⋯ちっ!東は頭おかしい奴しかおらんのか?」ギャレットは拳を握り、膝の上で小さく震わせた。
「そのとき、マスさんが“もし隊長に会ったら、お世話になりましたと伝えてください”って言ってたんだ」
大輔は続ける。
「そして、“私がメガロフォスに生まれていたら、隊長にお仕えして、平和に過ごしてたでしょうね”とも⋯⋯」
「マス⋯⋯。ワイが無理やりにでもメガロフォスに残しておけば⋯⋯あいつには家族もおるんやぞ?」
ギャレットは立ち上がり、再び拳を握りしめて壁を小さく叩いた。
大輔はその背中を見ながら、
「それで俺はキレて──ジェフを殺したんだ」
ギャレットは振り返らずに、
「⋯⋯そうやったんやな。敵も取ってくれたんや。タナカ、ありがとうな」
と優しく語りかけるように言った。
「うん⋯⋯」
数秒の沈黙。
そのとき、
「ん?何や?」
とギャレットが呟きながらポケットに手を入れて、通信端末を取り出した。
画面には──
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《速報》クロス=アージュ科学連邦、モノマヒア参戦を表明
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と書かれていた。
「ちっ、何考えとるんや“東”は⋯⋯」
俯いて額に手を当てたギャレットに、大輔は立ち上がって声をかける。
「ギャレット、どうした?」
「──“東”がモノマヒアに出てくるで」
「えっ⋯⋯?」
大輔は目を見開く。
「あれから時間は経ったけど⋯⋯都市機能はまだ麻痺してるんじゃないのか?」
大輔は思わず、ぎゅっと拳を握る。
(俺が壊したはずの国が⋯⋯まだ、動いてる?)
「その考え方は間違っとらんで。ただ⋯⋯それでも出てくるっちゅうことは、“国は死んどらん”ってことやろな」
ギャレットは大輔と正対し、声を潜める。
「これは──かなりきな臭いで。モノマヒアに合わせて動いてきたっちゅうことはな、“東”は“舞台”を戦場に変える気かもしれん。」
「戦場⋯⋯?」
「今回のモノマヒアは──“百年の停戦条約”の切れ目に開催されるんや」
「百年の、停戦?」
「せや。四か国が最後に血ぃ流し合ってから、今年でちょうど百年や。ワイらのひいじいさん世代が、国土と民を守るために命懸けで結んだ、“一時の平和”や。でもな、それが今回のモノマヒアが終わった瞬間に、法的には消滅するんや」
「“合法の戦争”じゃない戦争が起きるかも、ってことか⋯⋯」
「その通りや。“分かっとる奴ら”は、もう動いとる。その先を、誰が主導するか。そのために、モノマヒアはちょうどええ“引き金”になる」
すると大輔が、
「なぁギャレット。お前は⋯⋯この世界をどうしたい?」
と突然質問した。
「何やそれ?ずいぶんデカい話やなぁ?」
ギャレットは含み笑いしながら言ったが、大輔の眼差しは本気だった。
「せやなぁ⋯⋯自分の国だけで精一杯やろうからなぁ。今まで通りがええんちゃう?ワイらもそれが当たり前に生きてきたしな」
「そうか⋯⋯」
「タナカ、何か思うとこあるんか?」
「いや、聞いてみただけだよ」
「何や、泣いたり真面目になったり忙しいやっちゃなぁ。──ワイはそろそろ行くで。やらなアカンことぎょうさんあるんや」
「分かった。今日は話せてよかった。ありがとう、ギャレット」
「ワイら“友達”なんやろ?これくらい普通やろ。じゃあ、頑張れよ。“勇者”」
ギャレットは大輔の肩を叩いたあと、背を向けて歩き出す。
すると大輔が、
「あっ、シルヴァのことなんだけど⋯⋯」
と言うと、ギャレットは足を止め、前を見たまま話し出す。
「あいつのことはヴォレセオのおっさんやシュルトの兄貴から逐一聞いとるで。ワイは何も心配しとらん。誰かの意思や言葉で動くなら誰だってできるし、それを盾に言い訳だってできる。でも、あいつは自分が手ぇ伸ばした場所におって、自分でケツ拭くって決めたんやから、本望やろ。何もできんかったクソガキが一丁前になって⋯⋯ワイの育て方が上手かったんやろな?」
「ギャレット⋯⋯」
「うわっ、真面目な話しとったらサブイボ立ったわ。──タナカ。モノマヒア、楽しみにしとるからな?」
腕をさすりながらそう言い残し、ギャレットは去って行った。
(ギャレット⋯⋯お前は本当にいい奴だな。あのとき、“友達”って言えてよかった)




