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#49 真面目な亜人、ルガン

早速中に入ろうとすると、係員が声をかけてきた。


「君、ここは関係者以外立ち入り禁止だよ」


「僕はモノマヒアの代表に選ばれました。それでも駄目ですか?」


「亜人が代表に?何言ってるんだ。そんな嘘誰が信じるんだ?」

係員は眉をひそめ、明らかに嫌悪感を示す。


「本当です!ついさっき、大神殿で神官様から直々に認められました!」


「それなら、代表の証を見せてもらおうか」


「それは⋯⋯まだ、貰ってないです⋯⋯」

ルガンは少し目を伏せ、口を結ぶ。


「なら駄目だ。帰ってくれ」

係員は軽く手を払い、その場を去ろうとする。

しかし、彼は食い下がる。


「お願いします!少しでもいいから中に入れてください!」


「しつこい奴だな!さっさと亜人街に帰れ!」


ルガンは門前払いされ、肩を落としていたところに、ひとりの使者がやって来た。


「私の顔に免じて、彼を入れてあげてはもらえませんか?」


静かな声が場の空気を凪がせると、ルガンは顔を上げた。

麻のような白衣をまとい、灰銀の髪を後ろで束ねた男が立っていた。

大輔とファナがセオカトにやって来たとき、彼らを大神殿へ案内した使者のひとりである。


「貴方は⋯⋯パドブロス殿」


「彼がモノマヒアの代表なのは間違いありません。私も、神官様方から直接承りました。それに⋯⋯若者が学ぼうとする姿勢を、門前で否定するような国に、未来があるでしょうか?」


「しかし⋯⋯」

係員は困惑の表情を見せる。


「ここは関係者以外立ち入り禁止ですし、貴方も職務を全うされているので、間違ってはいません。でも、世間の風潮をあたかも常識として押しつけるのはいかがなものかと」


「ですが⋯⋯」


「人間だろうが、亜人だろうが、同じセオカトの国民です。そして彼は、これから国の為に命を懸けて戦おうとしているのです。その一助となれることに、誇りを持っていただきたい」


係員は戸惑いの色を浮かべるが、パドブロスの柔らかな笑顔が、これ以上抗うことを諦めさせた。


「⋯⋯パドブロス殿がそう仰るなら。ですが、閲覧は“登録書架”までとさせていただきます」


「構いません。彼に許された範囲で充分です。ありがとう」

パドブロスは軽く頷き、ルガンの肩にそっと手を置いた。


「ルガン殿、よく来られました。私も、あなたのような若者にこの場を開けることを嬉しく思います。──しっかり学ばれてください」


「ありがとうございます!必ず!」

ルガンは一礼し、蔵書院の重厚な扉をくぐる。


中には、高い天井と、整然と並ぶ書架が静寂を湛えていた。

羊皮紙と古文書の香り、差し込む柔らかな光。

その空間はまさに“知の神殿”だった。

(すごい⋯⋯これが、セオカトの記憶⋯⋯)


登録書架と言えど、数千冊はあろうかという膨大な本の数々。

ルガンはキョロキョロと、綴じ部に書いてあるタイトルを読みながら歩く。

すると、ある一冊の本に目がいった。

(オークとエルフの因縁⋯⋯?)


それは、創作の小説だった。

ルガンがそれを手に取り、小さな机の席に座って本を開いた。

読み進めると、

(オークとエルフは長年争いが絶えなかった。そして、オークはエルフを根絶やしにした⋯⋯)


挿し絵には、耳の長い人間のような姿が描かれていた。

(ファナにそっくりだ。⋯⋯僕がファナに感じてる違和感はこれのせいなのか?でも⋯⋯これは作り話だろ?それに、エルフなんて種族、聞いたことない)


小一時間ほどでそれを読み終えたルガンは、元の場所に本を戻した。

(きっと気のせいだ。もしそれが本能であったとしても、僕は僕だ。僕がファナを認めたら、それでいいじゃないか)


ルガンはまた、ゆっくりと本棚を見渡していく。

すると、“テフニカソドゥ”に関する本を見つけた。

(僕が読みたかったのこれだ)


彼はまた席に着いて、本を開いた。

そこには、降ろす神の種類や、挿し絵で舞を解説していたりと、事細かに書かれていた。

ルガンは立ち上がり、舞の図を見ながら身体をその通りに動かしてみたりしながら読んだ。

(凄い⋯⋯やっぱりここに来てよかった。これを生かせれば、僕も戦力になれるはずだ)


しっかりと最後まで読み終え、本を棚へ戻そうとしたそのとき──

奥のほうからゴゴゴ⋯⋯と音がしたような気がした。

(ん?僕以外にも誰かいるのかな?)


ルガンは少し気になり、その方向へ歩いて行った。

すると、石壁の奥で、ひとつだけ、扉がわずかに開いていた。

(何の部屋なんだろう?)


彼は恐る恐るそこに入ると、荒々しい岩の台座の上に、本が置かれていた。

というより、“供えられている”ようだった。


ルガンは静かにその本に手を伸ばした。

だが、その瞬間──岩の台座の下部に刻まれていた古語が、仄かに青白く光った。

(えっ?文字⋯⋯?)


思わず手を引くが、すでに遅かった。

ページが、ひとりでに開かれる。

まるで「読め」と言わんばかりに。


そこには──

(クリョス・トゥ・セウ?何だこれ⋯⋯さっきの本には書いてなかった“テフニカソドゥ”だ⋯⋯)


本能的に、ルガンはページを閉じるべきだと感じていた。

だが、手は勝手にページをめくり──気づけば読み耽っていた。


すると、部屋の外から靴音が響く。

(⋯⋯誰か来た!)


ルガンは急いで部屋を出て、本棚の陰に隠れた。

すると、蔵書院の職員がやって来て、異変に気づいた。

「どうして禁書庫が開いてるんだ?厳重に管理していたはずだが⋯⋯」


彼は扉をを閉め、封印するかのように何重にも鍵をかけた。

(あれは禁書なのか⋯⋯それなら、実戦では使わないほうがよさそうだ)

ルガンはそそくさと移動して、蔵書院の門を出た。


外はすっかり暗くなり、石畳の道には行灯の灯りが点々としていた。

すると、そこにルガンを門前払いした係員が立っていた。


「その⋯⋯さっきはすまなかった」


「いえ、僕は気にしていません。たくさん勉強させていただいてありがとうございました。今日のことをモノマヒアで発揮できるように頑張ります」

ルガンは頭を下げる。


「あぁ⋯⋯応援してるよ」

係員は気まずそうな顔をしていたが、最後は少しだけ笑顔だった。


ルガンは星空の下を走って、ファナとサイラが泊まっている宿へ戻ってきた。

そして、ふたりのいる部屋の扉をノックする。

しかし、反応はない。

(⋯⋯あれ?いないのかな?)


そっと扉に手をかけると、鍵はかかっていなかった。

ルガンは入るのを少しためらったが、中へそっと入ることにした。


「サイラ?ファナ?──いますか?」


すると、奥のほうから、ふたりの笑い声が聞こえた。

(⋯⋯何だ。いるじゃないか)


声を頼りに奥へ向かうと──

「おう!ルガン!帰ってきたか!」

サイラが、ガラス越しに満面の笑みで手を振ってきた。


全裸で。


「えっ? ここ⋯⋯風呂!?」

そこは部屋の奥にある、露天風呂だった。

咄嗟にサイラから視線を逸らしたルガンは、湯船に浸かるファナと目が合って──


「あっ⋯⋯」


顔を真っ赤に染めるルガン。

ファナは白い肌がほんのり染まり、何も言わずに肩をすくめて、そっと湯の中で距離を取った。


彼は両手で顔を覆いながら、

「あっ!ご、ごめんなさい!入浴中だとは知らなくて⋯⋯あっちで待ってますから!」

とその場を離れようとする。


しかし、

「おい!ルガン!お前も入れよ!」

とサイラは大きく手招きする。


「サイラ!何言ってるんですか!大人の女性たちと一緒に風呂なんて入れるわけないじゃないですか!」


恥ずかしがるルガンに、彼女はニヤニヤしながら、

「何だよ?欲情でもしちまうってか?そのときはアタイが殺してやるから安心しな!」

と面白がる。


それを聞いたファナがボソッと呟く。

「サイラ⋯⋯怖いです」


サイラは湯船に浸かり、縁に両肘をかけながら、

「ルガン。アタイらはみんなセオカトの代表になれた。だから、これからもっと力合わせてやっていこうぜ?だからお前も来いって」


「全然理由になってないですよ⋯⋯」

ルガンは顔を赤くしたまま、もじもじとその場で足を動かしていた。

サイラの手招きに圧されながらも、一歩が踏み出せない。


すると、ファナがぽつりと口を開いた。

「ルガン、サイラはこう言ったら、もう入る以外の選択肢はありません」

彼女は湯気越しにちらりと目を向ける。


「私はちょっと嫌ですけど⋯⋯」

(大輔とだってまだ一緒に入ったことないのに⋯⋯)


その言葉に、ルガンの動きがピタリと止まった。

(え、えぇ⋯⋯嫌なのに⋯⋯?)


だが、ファナの言葉には、確かに“私たちに心を開いてくれていい”という優しさがあった。

サイラの誘いも、ただのからかいだけではない。

ルガン自身も、セオカトの代表として──いや、それ以前に、この場所に“仲間”として受け入れられていることを、改めて実感していた。


そして、ルガンはついに意を決する。

「わ、分かりました。入ります⋯⋯けど、その、変なことは⋯⋯何も思いませんから!」


「本当か?少しでもおっ立てたら引っこ抜くからな?」

サイラは悪ノリが過ぎて、もはやおっさんのようだった。


ファナは目を閉じて、ふうっと小さく息を吐いた。

「何言ってるかよく分からないですけど⋯⋯あとで責任取ってくださいね、サイラ」


「へいへい、全部アタイのせいでいーよ」


そして、その湯気の中に──新しい絆が、ゆっくりと溶けていった。



翌日。

三人は再び亜人街へと向かった。

合流したガロムのもと、サイラとルガンは毎日鍛錬に汗を流すようになった。

打ち合う音、土を蹴る足音、息を切らす声──セオカトの代表として、“強さ”を身に刻む日々。


一方で、ファナは大樹の影に座り、ぼんやりとゴーレムの足元に背を預けていた。

(私は、何もしなくていいんでしょうか。でも、いざとなったら、魔法を使わないといけないかもしれません⋯⋯)


ある日、ぼんやりと座っているファナの元へ、ルガンがやって来た。


「ルガン、毎日お疲れ様です。どうしました?」


彼はもじもじしながら、指で頬を掻く。

「ファナ⋯⋯その⋯⋯もし、僕が優勝できたら、一緒に首都を散歩しませんか?」


「えっ?」


「いや、優勝なんてできないかもしれないけど⋯⋯いい、ですか?」


ファナは、なぜルガンがこんなことを言い出したのか分からなかった。

それに、優勝なんていう大それた目標を掲げた理由も。

モノマヒアの優勝者は大輔だと、彼女は信じている。


それでも──


「分かりました。いいですよ?」


「本当ですか!ありがとうございます!」

軽い笑顔を見せたファナに、ルガンは深々とお辞儀をした。


「じゃあ、行きましょうか」

彼女は立ち上がり、どこかへ歩き出した。


「えっ?どこへ?」

ぽかんと立ち尽くすルガンに、ファナが振り返る。


「散歩、ですよ。今はまだ、この街の中だけ、ですけどね」

そう言って彼女は、また歩き出した。


「……はい!」

ルガンはファナの背を追い、すぐに並んで歩き出した。


──そうして数か月。

セオカト代表の三人は、それぞれの想いを胸に、本番へ向けた調整を続けていた。



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