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#48 女神の目覚め

一方、セオカトの大神殿“エントゥセウ”。

厳かな静寂が広がるその石造りの空間には、香の匂いと微かに揺れる陽光の帯が漂っていた。

布と壁で覆われた高い位置にある席に、それぞれ鎮座する大神官たち。

見下ろすように正面には、サイラ、ファナ、ルガンがいた。


「神官様方、お忙しい中、お集まりいただきありがとうございます。今回は、ご報告とご申告があり、参りました」


サイラがそう告げると、コスタスが、

「モノマヒアの代表の件か?」と問う。


「はい。以前神官様たちが仰っていた、ルガンを代表にすることに関しては、本人の了承が取れました」


するとルガンが、真剣な眼差しを大神官たちの前の布に送る。

「神官様方。その件、謹んでお受けいたします。僕は国の為に戦う決意を持って、今回ご挨拶に参りました」


「そうか。感謝する。大いにその力を発揮したまえ」


コスタスのその言葉に、

「はい。ありがとうございます」

とルガンが頭を下げた。


そして、またサイラが話し出す。

「もうひとりの代表に、こちらにいるフレイヤ様を、アタイは推薦します」


ルガンは彼女のほうを見て、少し目を丸くする。

(フレイヤ様?彼女はファナじゃないのか?)


コスタスの声のトーンが低くなる。

「何⋯⋯?フレイヤ様を代表に?」


「はい」

「その理由は何だ?」

「彼女なら、セオカトを良き方向へ導いて下さるからです」

「そのような漠然とした考えが理由か?」

「はい」


ふたりのやり取りに、ディミトラが割って入る。「フレイヤ様はあくまで象徴としての存在。戦わせるなんて⋯⋯それ以前に、戦うことはできるのですか?」


それに続いてマルコスが、

「もし戦えたとして、その力が世界を変えてしまうようなことは無いとは言い切れないのではないですか?」

と懸念する。


するとサイラは、核心を突く質問をした。

「今回のモノマヒア、神官様方はどういう位置づけをしておられますか?今まで同様、“国を守る為”ですか?それとも、“国を繁栄させる為”ですか?」


その言葉に大神官たちは、揃って口をつぐむ。

(やっぱり、即答できないってことは、あんたらの考えは“後者”なんだな?)


サイラは語気を強めず、あくまで冷静に──けれど切っ先鋭く言葉を重ねる。


「もし後者であるなら、現状の戦力では不可能です。前回、アタイはヴォレセオ・ヴァルドノルドに完敗しました」

「“勝てる者を出す”。それが国を繁栄させる条件なら──これは“賭け”です」

「フレイヤ様の“未知”に、委ねる覚悟があって然るべきです」


大神官たちは、少し唸るだけで、言葉が出て来ない。

すると、ファナが口を開いた。

「私、頑張ります。頑張りますから⋯⋯」


しかし、それ以上の言葉は出なかった。

説得には弱すぎる言葉。

俯いてローブの袖を握るファナ。

彼女は、自分のペンダントが仄かに光っているのに気づいていなかった。


だが、次の瞬間──その場にいた、ファナを除く全員が、強烈な悪寒を感じた。

密室であるはずの大神殿に重い冷気が流れ込み、香の煙をかき消した。


コスタスが声を震わせる。

「フ、フレイヤ⋯⋯様?何を⋯⋯?」


ディミトラとマルコスも、異常な感覚にたじろぐ。

「全身が⋯⋯悴んでいる⋯⋯?」

「身体が、動かない⋯⋯」


サイラとルガンも例外では無い。

(なんて殺気だ⋯⋯とんでもねぇバケモンだな⋯⋯)


(何だこれ⋯⋯皆が言ってるフレイヤ様って、誰だ?)


ファナの後ろに浮かぶフレイヤの“目”が、ゆっくりと、けれど確かに開いた──瞳の奥には感情の波ひとつなく、ただ“深淵”が広がっていた。

空気が音を失い、熱が消える。

神殿の壁に彫られた神々の顔さえ、どこか怯えているように見えた。

フレイヤは無表情のまま、布の奥の大神官たちを射抜く。

彼らは戦慄する。


コスタスは、自分の身体を抱えるように震えた。

(布をかけているにも関わらず、眼前で睨まれているような感覚⋯⋯)



そして、フレイヤは静かに口を開いた。

「私を宴に出せ。さもなくば──この国が消し飛ぶぞ?」



それは脅しというには軽く、冗談にしては重すぎた。

ニヤリと浮かべた笑みは、幼子が虫の羽を千切るような無邪気さすら感じさせた。

コスタスが震える手で額の汗を拭う。

ディミトラとマルコスも同様に、汗をにじませる。


ファナは、明らかに凍りつく空気を察したのか、

「あの⋯⋯皆さん、どうしましたか?体調が悪いんですか?」

と心配そうに周りを見渡す。


しばらく沈黙が続いた。


するとコスタスが、

「分かりました⋯⋯フレイヤ様、セオカトの代表としてお力添えをお願いいたします⋯⋯」

その声は、まるで敗戦の報せを読む使者のように掠れていた。


サイラは、

「⋯⋯では、アタイたちはこれで失礼します」

と言うと一礼して、大神殿を出て行った。


ファナとルガンはサイラの行動に一瞬ぽかんとしたが、ぺこりと頭を下げ、急いで彼女の後を追った。


その場に残った大神官たちは、それぞれにため息をついた。

コスタスはぽつりと呟く。

「今回のモノマヒアは、想像以上の“災厄”が訪れるかもしれん⋯⋯」


大神殿を出た三人は、宿に戻る為に、長い階段を下る。

するとルガンが、

「サイラ、ファナ。僕はちょっと寄り道したいので、先に戻っててくれませんか?」

とふたりに言った。


サイラは振り返って、

「おぉ、行って来い。お前が首都に来る機会なんてなかなか無いからな。色々見たり感じたらいいさ」


「ありがとうございます。じゃあ、行ってきます!」


ルガンは足早に階段を駆け下り、街の広場を抜けていく。

その間、街の人々はルガンの姿を見てヒソヒソと話したり、蔑んだ視線を送る。

(やっぱり、僕ら亜人の印象はこれが当たり前なんだ。尚更モノマヒアでは結果を出さないと⋯⋯)


そして、辿り着いた先──そこには、巨大な白亜の建物がそびえていた。


セオカトの国立蔵書院。


太陽を反射する大理石の外壁は、まるで神の息吹が吹き込まれたように静かに輝き、アーチ門の上には、光を透かす神紋のステンドグラスがはめ込まれていた。

石畳に刻まれた古語、天秤を掲げる女神像──そこは知の集積地であると同時に、神への信仰を可視化した聖域でもあった。



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