#46 後ろ髪を引かれて
大輔とリーリャは、テーブルに向かい合わせに座った。
料理から立ち上る湯気とともに、柔らかな灯りがふたりの顔を照らす。
「いただきます!」
手を合わせた大輔は、どれから食べようかとキョロキョロと視線を動かす。
その表情は、激闘を戦い抜いた男とは思えないほど、無防備で、穏やかだった。
「ふふっ。ダイスケ、子供みたい」
リーリャはそう言いながら、サラダを皿に取り、大輔の前に置いた。
「あっ、ありがとう」
そして、彼はビーフシチューを一口。
「うわぁ、美味い⋯⋯」
もしかすると、この世界は味が違うのかもしれないと思っていたが、全くの杞憂だった。
大輔の食欲が一気に高まり、その他の料理にも次々と手を伸ばす。
「はぁ、美味い⋯⋯リーリャ、本当にありがとう」
彼の笑顔を見た瞬間、リーリャの心臓が跳ねた。(笑ってる。あんなに、あんなに必死で戦ってきたダイスケが)
「う、うん⋯⋯嬉しい」
声が震えてしまい、彼女は慌てて顔を伏せた。
すると、家の扉をコンコンと、誰かがノックした。「ダイスケ、ちょっと見てくるね」
リーリャは席を外し、玄関に向かった。
「は〜い」扉を開くと──
「えっ?パパ?」
「ぶっ!!」
大輔は突然のことに、ビーフシチューを吹き出した。
(ヴォレセオさん!?ヤバいヤバいヤバい!殺される!!)
彼は布巾で、汚れたテーブルクロスを拭いた。
「勇者よ、食事中にすまないな」
ダイニングに現れたヴォレセオは、まるでハーレーを乗り回す親父のような、革のジャケットを着ていた。
「い、いえ⋯⋯」
(うわ、いかついな〜)
ヴォレセオはゆっくり室内を見渡す。
「なるほど。──良い夜だな」
(いや、貴方のせいで急降下しそうなんだけど!?)
ヴォレセオの後ろについて、ダイニングに戻ったリーリャが、
「パパもご飯食べてく?」
(ちょっ、リーリャ!?シュルトさんみたいに追い返さないの?)
「いいのか?なら、少しいただくか」
(ヴォレセオさん!そこは遠慮して!!)
大輔の頭の中は、ツッコミがフル回転していた。
ヴォレセオとリーリャが向かいに並んで座り、彼女がサラダやアクアパッツァなどを取り分け、ヴォレセオの前に置いた。
数秒の沈黙のあと、大輔が少し息を吐いて、
「あの⋯⋯ヴォレセオさん、どういったご用件でいらっしゃいましたか?」
ヴォレセオは、アクアパッツァにフォークを入れながら、一拍置いて答える。
「お前に、聞いておかないといけないことがあってな」
大輔はちら、とリーリャに視線を送る。
すると彼女は、テーブル越しに小さくウィンクしてみせた。
(えっ、ちょっ⋯⋯まさか、“お父さん、リーリャさんを僕にください!”って流れに⋯⋯!?)
大輔の脳内で、突然、謎の結婚式ムービーが流れ始めた。
そこは、教会の礼拝堂のような場所。
多くの人々が長椅子に座り、温かな空気が辺りを包んでいる。
ステンドグラスや窓から差し込む陽光が、室内を鮮やかに照らす。
その光を受け、白いタキシードに身を包んだ大輔が、彼女を待っていた。
すると、礼拝堂の扉が開き、現れたのは──
黒い燕尾服を纏ったヴォレセオの腕に手を回し、ゆっくりと赤いカーペットを歩いてくる、純白のウェディングドレスを着たリーリャ。
参列者からは次々と祝福の声が飛ぶ。
その姿に大輔は頬を染め、彼を見たリーリャもまた、それを写したかのような表情を見せる。
(リーリャ、綺麗だ⋯⋯)
「⋯⋯者、おい、勇者!聞いてるのか?」「ん?⋯⋯あっ、はい!お父⋯⋯いや、ヴォレセオさん!」
(何だよ、今の生々しい映像は!?危うくButterfly流れてくるところだったぞ?)
ヴォレセオはひとつため息をついたあと、真剣な眼差しを大輔に送る。
「⋯⋯プラティドラク山脈の爆発事故や氷哭の話は、リーリャから聞いたか?」
「はい。貴重な鉄鉱石の運搬の警備中の事故で、多くの仲間が亡くなったと聞きました。氷哭は⋯⋯心中お察しします」
「“ドキナミス”のとき、お前は“大切な人たちが待っててくれてる”と言ってたな。改めて聞くが、それがお前の原動力か?」
「はい。俺は今まで、みんなのおかげでここまで来ることができました。今は離れ離れになったけど⋯⋯きっと、モノマヒアで待っててくれると信じてます」
「お前はなぜ、モノマヒアで優勝したいんだ?」
「ヴォレセオさんも聞いてると思いますけど、俺は異世界から来ました。そして、優勝しないと──自分の世界に帰れないんです」
それを聞いたリーリャは、「えっ?」というような表情で、大輔を見た。
一瞬、ふたりは目を合わせる。
その瞳には、理解と戸惑いが、ゆっくりと入り混じっていた。
(そっか⋯⋯そう、だったんだ)
ヴォレセオはその様子を横目に見たが、話を続ける。
「それはどういう原理だ?」
「えーっと⋯⋯かなり長くなりますよ?」
大輔は事細かに、ヴォレセオにこれまでの顛末を話した。
その間、彼らは食事を口にしながら。
「そうか⋯⋯完全に理解できたわけじゃないが⋯⋯お前が色々背負っているのは分かった」
「だから、何が何でも──俺は帰らなきゃいけないんです」
大輔の目には、ひとつの曇りも無かった。
その思いは、ヴォレセオにも、リーリャにも伝わっていた。
「⋯⋯分かった。リーリャ、帰るぞ」
「⋯⋯うん」
ふたりは席を立ち、玄関へと向かう。
大輔は慌てて、そのあとを追う。
ヴォレセオは前を見たまま、
「勇者よ⋯⋯俺もお前を“ダイスケ”と呼んでいいか?」
「えっ?はい。そんな改まらなくても⋯⋯」
ヴォレセオは振り返り、微笑む。
「ダイスケ、また明日な」
「は、はい⋯⋯」
リーリャは少し肩を落としたような体勢のまま、挨拶もせず、ヴォレセオとともに寮を出て行った。
(ヴォレセオさん、あんな顔するんだ⋯⋯)
ひとり部屋に残った大輔。
ダイニングに戻り、冷めてしまった料理を黙々と食べ始める。
すると、ふと、先ほどのリーリャの背中が浮かんだ。
(リーリャ⋯⋯俺もリーリャが大好きだ。でも、でも⋯⋯)
自然と涙が溢れ、視界も心も歪ませていく。
それでも、大輔は手を止めなかった。
冷たい料理を、ただ噛みしめながら。




