#44 勇者vs世界最強の男
数十分後。
闘技場の空気は、さながら濃密な霧のように、全体を覆っていた。
五千の観客が息を呑み、その視線がひとつの点──再び入場した“勇者”へと集まっていく。
大輔がフィールドへ踏み出すと、土が軋むような音がわずかに響き渡る。
中央では、審判のシュルトが静かに佇み、場の沈黙を見守っていた。
「かんそう!」
大輔は“完全装備”をして、待ち構える。
すると、そこに現れた、近未来的な銀の鎧を身に纏い、見るからに屈強な男──ヴォレセオ・ヴァルドノルド。
“世界最強の男”。
今日一番の大歓声は、一瞬だった。
それでも、場内にはまだ歓声が残るが、ぶつかり合うように、どよめきが起こる。
「おい、ヴォレセオって剣で戦ってたよな?」
「あぁ、他に槍なんかも使えたはずだけど⋯⋯」
「⋯⋯何なんだよ、あの武器は!」
彼が手にしているのは、二メートルほどの長さの、ハンマーのような形状の武器。
それは、頭だけでも高さ五十センチはあろうかという大きさ。
白銀に輝き、所々が機械的にも見える。
柄や打撃面から、時折蒸気を漂わせ、威圧感を煽る
。
その武器の名は──
“多変式機構兵装”《セオクトゥス》。
大輔は今までにない、圧倒的な力をひしひしと感じていた。
(強いってもんじゃない⋯⋯身体が勝手に震えてんだからな)
すると、ヴォレセオが口を開く。
「勇者よ、よく“氷哭”を克服したな」
「あぁ、越えなきゃここには立てなかったからな」
「お前をそうさせたのは、何だ?」
「大切な人たちが、俺を待っててくれてるからだ」
「ならば証明してみせろ。“その想い”が、俺を超えるに値するか──」
「言われなくたって、そのつもりだ」
「そうか⋯⋯それなら、その棒も真剣にしろ。俺も容赦はしない」
「⋯⋯分かった」
大輔は目を閉じ、“意志”をマスターソードに込めると、それは青白く輝く剣となり、刃紋がバチバチと音を立てながら側面を走った。
「勇者の武器が剣になったぞ!」
「これって、“ドキナミス”、だよな?」
「あいつら、本気でやり合う気だ⋯⋯!」
シデロスは鋭い眼差しで、その様子を見ていた。(さぁ、見せてみろ、勇者。そなたの実力を)
リーリャは胸の前で手を組み、祈るように見つめる。
(ダイスケ⋯⋯どうか、無事に⋯⋯)
「これより、“ドキナミス”本戦を開始します!」
シュルトの声のあとに、また鐘の音が闘技場内に響き渡った。
大輔は蹲踞の姿勢で、土をジリ⋯⋯と踏みしめる。
次の瞬間──彼は真っ直ぐにヴォレセオに向かっていく。
大輔の背には残像が重なり、逆袈裟に斬りつける。
しかし、ヴォレセオはセオクトゥスを両手で持ち、マスターソードを受け止める。
「速いな。だが、それでは俺には勝てん。ふんっ!!」
ヴォレセオはそのまま大輔を押し返し、セオクトゥスを片手一本で振るう。
(遅い!これなら躱せ⋯⋯!?)
確実に回避できたと思ったはずの打撃面が、大輔の左側面に直撃した。
彼はそのまま壁まで吹き飛ばされ、轟音とともに土煙が上がった。
「ダイスケ!!」
リーリャは思わず叫び、駆け寄ろうとするのを、即座にレイが腕を翳して静止させる。
「リーリャ君、気持ちは分かりますが、彼はこれに賭けているのです。その行動は、軽率以外の何物でもありませんよ」
リーリャはピタリと足を止める。
それでも、目に涙を浮かべたまま、大輔の姿を探していた。
(そんなの、分かってる⋯⋯! でも⋯⋯)
しかし、土煙がゆっくりと晴れた先には、大輔が無傷で立っていた。
(危ねぇ〜。何とか盾で防いだけど⋯⋯左腕の痺れが尋常じゃねぇ)
その光景を目にした観衆から、大歓声が巻き起こる。
「おい、今の全部見えたか?」
「ヴォレセオが受けたところまでしか⋯⋯」
「ふたりとも半端じゃねぇぞ!!」
大輔は背中に盾を差し込み、左腕を数回振ったあと、両手でマスターソードの柄を握る。
(あの武器は厄介だな。それに、それを平気で扱うおっさんの馬鹿力がえげつない)
「勇者、次はこちらから行くぞ!!」
ヴォレセオはセオクトゥスの柄を両手で持ちながら、大輔めがけて突っ込んでくる。
そして、頭の上から鉄槌を振り下ろす。
大輔はジャンプで躱し、ヴォレセオが、セオクトゥスを地面に叩きつけて、立ち上がった土柱をものともせず、
「ジャンプ斬り!!」
ヴォレセオの脳天めがけ剣を振り下ろす。
しかし──ヴォレセオはセオクトゥスを引き寄せながら両手首を返し、柄の先端で空中の大輔の腹を突いた。
「がら空きだ」
「ぐあっ!!」
まともに攻撃を食らった大輔はバランスを崩し、仰向けに地面に叩きつけられた。
(つ、強ぇ⋯⋯!俺の攻撃が読まれてるみたいだ⋯⋯!)
よろよろと立ち上がった大輔に容赦なく、ヴォレセオの猛攻が襲いかかる。
まるで剣一本で戦っているかのように、セオクトゥスの振りを最小限にしながら連撃を撃ち込む。
大輔は、受けては流すの繰り返し。
(クソっ!反撃できねぇ!でも、このままじゃ⋯⋯)
彼は一瞬だけ、流す方向を変えた。
すると、ヴォレセオの規則的だった動きに僅かにズレが生まれた。
また鉄槌が近づいたそのとき──
「パリイ!!」
大輔はセオクトゥスを大きく上に弾くと、ヴォレセオの懐がぽっかりと空いた。
(もらった!!)
「一文字斬り!!」
彼は右側から水平にマスターソードを振りかぶる。勝負を決する一撃──。
とは、ならなかった。
ヴォレセオは斬られる目前で、力に逆らわずわざとセオクトゥスを手放し、大輔の左側の死角から顎をめがけて蹴りを撃ち込んだ。
それは、最も速く、最も合理的な、“最適解”だった。
「がっ⋯⋯」
大輔の身体は少し宙に浮き、仰向けに倒れた。
観衆の声は、ただざわめくだけだった。
「ヴォレセオ、流石だな⋯⋯」
「焦りなんか微塵もねぇ⋯⋯」
「勇者、この程度か?俺は少しだけ身体が温まってきたところだが」
大輔はゆっくりと起き上がり、口の中の血をぺっ、と吐き出す。
そして、背中に差していた盾を捨てた。
「まだ、終わってねぇよ」
「そうか。こちらもまだ試したいことがあるからな」
ヴォレセオはそう告げると、セオクトゥスを持ち、
「パラ・エナ」と呟く。
すると、ハンマーの頭が“ジャキンッ”と機械音を立て、瞬時に変形した。
刃は湾曲し、まるで大鎌のような殺意を纏っている。
(何だよあの武器⋯⋯変形した!?)
ヴォレセオは間合いを一気に取り、横一閃に鎌を振り抜く。
大輔は後方に跳ねるように躱したが、斬撃の“波動”が空気ごと彼を薙いだ。
「くっ!」
鎧には、くっきりと真一文字の傷。
そこから、かすかに赤い火花のようなものが弾けた。
(直撃しないでこれかよ⋯⋯何だよ、この威力)
「それなら!」
大輔も近接攻撃に持ち込む。
「連続斬り──猛斬!!」
彼は斬撃の連打を繰り出す。
水平、斜め、突き──休むことなく、刃が雨のように打ち込まれる。
ヴォレセオはことごとくそれをセオクトゥスで薙ぎ払っていくが、少しずつ身体が押されていく。
大輔の剣が軌跡を描くたび、照明の光を反射して残像を撒き散らす。
ヴォレセオが受けるたびに、金属音が弾け、火花が空気に舞った。
「勇者は攻撃してんのか?全然見えねぇぞ!?」
「ヴォレセオが押されていくぞ!」
「行けー!勇者!傷くらいつけてみろ!」
観衆は再び思い思いに声を上げ、闘技場の熱は高まっていく。
(クソっ!あと一息なのに堅ぇ!これ以上は俺が持たない!)
大輔は斜めに斬りつけたあと、飛び跳ねるように後ろに下がった。
「はぁ、はぁ、はぁ⋯⋯」
彼の肩は上下し、攻撃の凄まじさを物語っていた。
ヴォレセオはセオクトゥスを防御の姿勢から下げながら、
「剣の太刀筋、見事だ。だが、俺には全て見えている」
(どうしたらいい?何か方法は⋯⋯)
すると、闘技場にティロリン♪と音が響いた。
あのときと同じように、周りの人たちの動きが止まり、静寂が闘技場を包む。
大輔は構えをやめて、肩にマスターソードを乗せながら、
「⋯⋯おいジョルジュ、ずいぶん久しぶりだな?」
苛立ちを隠せない彼の目の前に、ホログラムのようなジョルジュの姿が浮かび上がった。
「勇者様。ご無沙汰しております。苦戦されているようで」
「あぁ、ここだけじゃない。散々酷い目に遭わされてんだ。お前も見てただろ?」
「はい⋯⋯」
ジョルジュは目を伏せる。
「どうした?いつものボケはかまさないのか?」
大輔は見下すように皮肉る。
しかし、ジョルジュはそれに対して答えず、用件だけを伝える。
「──勇者様、魔法を使えるのはご存知ですか?」
「あっ、そういえばあのゲームでも使えてたな⋯⋯でも、この世界は魔法が無いらしいから、使うと後々面倒なことにならないか?」
(ん?そういや、あの青い髪の医者、回復魔法使ってなかったか?⋯⋯まぁ、後で確認してみるか)
「マスターソードに魔法を込めるのです。それなら、魔法だと気づかれない可能性があります」
「そうか!ドラクエでいう“ギガスラッシュ”みたいな技を使えば!」
ジョルジュは深く頷いたあと、
「では、勇者様⋯⋯グッドラック☆」
彼はウィンクしながらサムズアップをし、消えていった。
「⋯⋯何があったか知らないけど、それでこそジョルジュだ。ちょっと無理してる感じだけどな」
大輔はジョルジュの異変に気づいていたが、息をひとつ吐いて、ヴォレセオに向かってマスターソードを構えた。
再び闘技場にティロリン♪と音が響くと、観客の歓声が戻り、ヴォレセオも深く地面を踏みしめた。
大輔はマスターソードに魔法を込め始めると、静かにビリ、ビリと音を立て、柄を握る手にも、その振動を感じる。
彼は、静かに剣を天へと掲げた。
だが、ここは屋根に覆われた密閉空間。天など存在しないはずだった。
にもかかわらず、天井の、そのはるか向こうから“何か”が応えるように、闘技場の上空に目に見えぬ圧力が集まり始める。
観客が息を呑む中、天井の一点に光が集束する──
そして次の瞬間、空間そのものが裂けたかのように、白く蒼い極大の稲妻が轟音を響かせ、何もない“上”から剣へと降り注いだ。
大輔のマスターソードは、それを受け止めるかのように震え、刃全体が青白い輝きと、静かな雷光に包まれていた。
それは、天すら無視して落ちてきた、この世界に存在しないはずの“理不尽な奇跡”だった。
「うわっ!目が!耳も痛ぇ!!」
「何が起こってんだ!?」
「何だよあれ!勇者の剣が⋯⋯!」
(──ただの技ではない。あれは、“世界の理”を捻じ曲げる何かだ。これが“国を滅ぼした力”なのか?)
ヴォレセオの表情が、この戦いで初めて崩れる。
それは、“命の危険”を暗示していた。
全てが焼き尽くされたように、闘技場は一瞬、完全な静寂に包まれる。
誰も動かず、誰も声を出さず。
世界が、勇者の一挙一動を見守っていた。
再びマスターソードを構えた大輔の瞳も、青白く輝いていた。
しかし、先に動き出したのはヴォレセオ。
「パラ・ディオ!!」
そう叫ぶと、セオクトゥスがギィンと軋みを上げ、鎌の刃が収束する──瞬く間に槍へと変わり、蒸気のような煙を勢いよく噴き出す。
(リーチはこちらが上!一突きで決める!)
それに臆することなく、大輔もヴォレセオに向かっていく。
(これで終わらせる!!)
「うおぉぉぉぉぉ!!」
「おらぁぁぁぁぁ!!」
セオクトゥスの槍の先端が、先に大輔の腹に突き刺さるかと思いきや、既のところで彼は右に重心をずらす。
「なにっ!?」
「くらえぇぇぇぇ!!」
大輔はマスターソードを水平に振りかぶる。
その瞬間──
「パラ・エナ!!」
ヴォレセオの声に反応し、セオクトゥスはギリギリと音を立てながら鎌の形状に戻る。
そして、彼は地面を思い切り踏みしめ、土煙の中、強引に大輔の背面を刈り取るように、セオクトゥスを鬼の形相で引きながらぶん回す。
「ふんぬぁぁぁぁぁ!!」
しかし、それより先に、マスターソードの剣先はヴォレセオの胸を捕らえ、鎧を抉るように切り裂くと、血飛沫が宙に舞った。
「ぐうぁぁぁあ!!」
だが、ヴォレセオは斬られながらもセオクトゥスを手放さなかった。
最後の力を振り絞って、セオクトゥスの刃を鋭く、大輔の背中に深く突き刺した。
「うぐぐぅぅああぁっっ!!」
観客は声を出せなかった。
ふたりの交錯が、“生の最終点”にあることを本能で悟ったからだ。
大輔とヴォレセオは武器を手からこぼし、フィールドに倒れ込んだ。
大輔はうつ伏せに、ヴォレセオは仰向けに。
「ダイスケ!!パパ!!」
リーリャは泣きながら真っ先にふたりに向かって駆け出すと、救護班も急いでそれについて行った。
彼女はふたりの間に膝をつき、それぞれの手を両手で握りしめた。
(ふたりとも⋯⋯逝かせたりしないからね⋯⋯)
「なぁ、俺たち何見せられたんだ?」
「分かんねぇ⋯⋯次元を超えてるぞ?」
「ふたりとも、死なねぇよな?」
「ヴォレセオが倒れたの、初めて見た⋯⋯」
レイは大輔とヴォレセオの傷を見て、先に大輔の処置にあたった。
(傷が深い⋯⋯また療養が必要ですね)
彼は大輔の傷口に手を翳すと、薄緑色の光が現れ、みるみるうちに塞がっていく。
(この前、彼の顔を治療したときも思いましたが⋯⋯効力が上がっている?)
国王シデロスは、大きく、安堵に似たため息をついた。
(今まで何度もモノマヒアを観てきたが⋯⋯これ以上の戦いは観たことが無い。やはり、勇者はこの国の──いや、この世界の“アトロティミラ”なのかもしれない)
そして静かに立ち上がり、ふたりに向かって拍手を送る。
その音が、広がっていく。
一瞬の沈黙を破るように、誰かの手が打ち鳴らされ──やがてそれは、五千の拍手へと変わっていった。
「ふたりとも!よくやったぞ!」
「勇者、これで代表決まりだろ!」
「ヴァルドノルドは⋯⋯また優勝だな!」
「両者!戦闘不能により、引き分けとします!」
シュルトの声が響いた瞬間、誰かが呟いた。
「⋯⋯伝説だ」
それは、歓声よりも深く、熱狂よりも強く、会場の誰もが“真実”として受け止めた言葉だった。
この日、ふたりの名は──ヴァルドノルド王国の歴史に刻まれた。




