#43 ドキナミス、開始
数日後──
ついにこの日が訪れた。
“ドキナミス”と呼ばれる模擬戦が、親衛隊の施設である全天候型闘技場で行われる。
この場所は、主に親衛隊の戦闘の訓練や、実戦に近い手合わせ、昇進試験などが行われ、普段は一般市民も見学が可能だ。
しかし、今回の“ドキナミス”は、入場券が無いと入れない“興行”としての開催。
しかも、その舞台に立つのは、“世界最強の男”ヴォレセオ・ヴァルドノルドと、“東を滅ぼした男”勇者大輔。
五千枚の入場券は瞬く間に完売し、闘技場の周囲は黒山の人だかりで埋め尽くされていく。
まさに、“プレ・モノマヒア”。
その呼び名に相応しい熱気が、すでに街を包み込んでいた。
外の盛り上がりとは裏腹に、大輔はただひとり、闘技場の控室のベンチに腰を下ろしていた。
両肘を膝に置き、指を組んだまま視線を落とす。
煉瓦造りのペチカからは、ぱち、と薪の爆ぜる音が響き、乾いた匂いが空気に滲む。
(東の国を壊してから、一ヶ月弱。俺はそれから一度も、実戦をしてない。それでも──やるしかない。相手が“世界最強”だろうと、負けられない。だって、みんなが⋯⋯俺を待ってくれてる)
大輔は一度、大きく深呼吸をする。
そのとき、コンコンと控室の扉がノックされ、彼が「どうぞ」と声をかけると、運営のスタッフたちが入ってきた。
「失礼します、勇者さん。準備が整いましたので、こちらから会場にお入りください」
彼らによって扉が開かれる。
静寂の控室から一歩を踏み出した瞬間──
視界いっぱいに、うねるような歓声と熱気が押し寄せた。
観客席を埋め尽くす五千人の瞳が、一斉に大輔を射抜く。
空気が震える。
まるで、この場所全体が生き物のように鼓動していた。
「あいつ、俺が東の国で拾ってきたんだぞ」
「本当か?ってことは、資源運搬車に乗せて越境させたのか?よく考えたな」
「国からのお達しでな。⋯⋯でもな、どっから聞きつけたか分かんねぇけど、国境まで尾行がしつこかったんだよ」
「国が壊滅したのにか?でも、東ならやりかねねぇよなぁ⋯⋯」
(すげぇ⋯⋯コロッセオみたいだ)
大輔は、たくさんの照明に照らされた土のフィールドを、一歩一歩踏みしめながら前に出た。
(もう、気なんて抜いてられないからな。最初から、全力で行く!!)
「⋯⋯かんそう!!」
彼の声のあと、青白い光が身体を包み込む。
そして、現れた“完全装備”の勇者大輔。
「おい!どうなってんだ!?」
「あれが“勇者”なのか?」
「確かに強そうだけど⋯⋯本当にひとりで東を滅ぼしたのか!?」
その姿に、観客たちの熱気は更に上がり、模擬戦であることを忘れさせるほどであった。
しかし、大輔は冷静だった。
(模擬戦だから、マスターソードはひとまず竹刀仕様にしておこう)
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それは、デウロスとの面会の二日後。
病室で黙々と素振りを続けていた大輔は、ふと、以前の戦いを振り返っていた。
(セオカトでクリスタに嵌められて、モブ山賊みたいな奴らと戦ったときだけ、マスターソードは竹刀だったよな。何でだ?)
大輔はしばらく考えて──
(⋯⋯もしかして、俺の“意志”とリンクしてるのか?例えば⋯⋯)
彼は目を閉じ、目の前にディルハイドやボルドゥーン、ジェフをイメージする。
すると──マスターソードは青白く輝いて鋭い剣となり、稲光のような刃紋を走らせた。
目を開いた大輔は、
(やっぱりそうか!これなら、相手を無闇に傷つけることも避けられそうだ)
こうして、意識的にマスターソードを扱う技術を会得していた。
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大輔が少し目線を上げると、そこには国王シデロスが、こちらを見下ろすように座っていた。
国王が観戦する“ドキナミス”──それは、“御前試合”。
数年一度あるかどうかの、国を挙げた、途轍もなく重要な催し。
しかし、シデロスの表情に、冷たさは感じなかった。
むしろ、少し微笑み、期待に満ち溢れているようだった。
フィールドの端にはレイやリーリャ、看護師たちが救護班として派遣されていた。
「あれがダイスケの勇者の姿⋯⋯かっこいい⋯⋯♡」
「リーリャ君、心の声が漏れてますよ。あくまで仕事だというのを忘れずに」
レイに釘を刺されたリーリャは、
「は、はい!すみません⋯⋯」
と顔を赤くした。
息を整え構える大輔の前に、シュルトが現れた。「今回の“ドキナミス”は、私が審判をさせていただきます」
そして、対戦相手が正面からからやってくる。
(ん?あれが“世界最強の男”?俺より若そうに見えるけど⋯⋯)
それを見た観客たちからはブーイングが起こる。
「おい!ヴォレセオはどうした!」
「ボンボンが敵う相手じゃねぇぞ!」
「七光り!親父のコネ出場かよ!」
(おいおい、酷い言われようだな⋯⋯ちょっと言い過ぎじゃないか?)
その青年は、シデロスの息子、デウロス。
ただ大輔の前に対峙し、剣を構える。
鋼の鎧が鋭く輝くが、“着せられている”感じも否めない。
ふたりの試合が始まるかと思いきや、デウロスの後ろから、もうひとりが現れた。
「はぁ。相変わらずボンは人気無いんやなぁ。次期国王だってのに全然期待されとらんのは、流石に同情するで?」
その声に、デウロスは振り返る。
「⋯⋯シルヴァ?何でお前が出てくるんだよ!」
シルヴァと呼ばれた男。
銀の短髪に、装備は革の鎧、双剣と言えど、短刀が両腰に一振りずつ。
そのスタイルは、“あの男”に似ている。
「知らんがな。隊長がボンと一緒に戦えいうから出てきただけや」
「叔父さんが⋯⋯?」
何も知らされていないふたりの間にシュルトが割って入り、デウロスに諭すように告げる。
「王子。モノマヒアでは二対一で戦う可能性もあります。それも兼ねてかと」
(くっ!俺だけで戦っていいところを見せたかったのに⋯⋯!)
デウロスは奥歯を噛み締め、握る柄に力が入る。
「おぉ!シルヴァが出てきたぞ!」
「“次期親衛隊隊長”、頑張れよ!」
デウロスの苛立ちをよそに、観客たちはシルヴァに視線や声援を送る。
大輔はその男に、妙な既視感を感じた。
(関西弁?それにあの感じ⋯⋯もしかして、ギャレットと関係あるのか?)
そして、シュルトが三人の間に立ち、静かに告げた。
「“ドキナミス”──これより、開始とする」
金属の棒で打たれた鐘の音が、乾いた空気を切り裂く。
観客の声が一瞬止まり、場内に張り詰めた緊張が広がる。
大輔は、重心を落としながら目を細めた。
すると、先に動いたのは──デウロス。
「行くぞ!!」
彼は地を蹴り、一直線に大輔へと突進した。
剣を閃かせ、そのまま斜め上から振り下ろす。
一撃目から、迷いは無い。
だが──
(⋯⋯遅い!)
大輔はわざと足を滑らせ、わずかに重心を逸らすと、カウンター気味に拳を腹に打ち込んだ。
その音は闘技場に激しく響き渡り、新品であろうデウロスの鎧に、拳の跡がつく。
「ぐおっ⋯⋯!」
(鎧の上からでこの衝撃⋯⋯まともに食らったら終わりだ)
「うおおお!勇者!打撃もいけるのか!」
「力の違いを見せつけてやれ!勇者!」
この一撃で、観客の大輔への声援が一気に増える。
しかし、デウロスは倒れず、踏ん張った。
拳を受けた胴部を押さえながら顔をしかめ、舌打ちしながら前を睨む。
「この程度で──終われるかよ⋯⋯!」
(流石にこれじゃ倒せないか⋯⋯)
大輔は一切動揺しなかった。
むしろ、思ったよりやるな、とすら思った。
「ボン、よく耐えたやん。次は俺の番やなぁ?」
「シルヴァ!邪魔するな!」
「⋯⋯うっさいわ。ちょっと休んどけ、ボケ」
シルヴァは双剣を手に取り、深く前傾姿勢を取る。
(この構え──ギャレットの⋯⋯!)
大輔もマスターソードを構えた瞬間──
(き、消えた!?)
そこにあったのは、立ち上る砂煙だけ。
大輔が左右を見回すと、
「こっちや!勇者ぁ!!」
シルヴァは彼の喉元めがけて短刀を突き刺してくる。
「くっ⋯⋯!!」
大輔は瞬時にマスターソードでシルヴァを押し返しながら、後ろに身体を引いた。
(速い⋯⋯目で追って対処するのは無理だ)
「へぇ、やるやん勇者。大体今ので終わるんやけどなぁ。それになぁ、そんな棒で俺に勝てるんか?」
見下したようにニヤリと笑うシルヴァに、大輔は心理的に揺さぶりをかける。
「俺にはな、お前みたいな動きをする“友達”がいるんだよ」
「はぁ?友達?」
「あぁ。青い髪で、いつもニヤニヤして、革の鎧を着て、双剣で⋯⋯」
大輔の一言ごとに、シルヴァの表情が険しくなっていく。
「めちゃくちゃ速くて、肩書きがすげぇ長くて、国の人たちに愛されてて⋯⋯俺も気に入ってる“友達”だ」
大輔がそう言い切ったあと、シルヴァは顔を伏せ、舌打ちをした。
「ちっ⋯⋯!俺の前で、“ダズ兄”の話すなやぁあああッ!!」
(やっぱり引っかかった!!)
大輔はただ前を見て、マスターソードを構える。
(たぶん、あいつの武器はダガーだ。切るんじゃなくて、また突く攻撃をしてくる。今、感情的になってるからまた一撃で仕留めにくるはずだ。だから⋯⋯)
大輔の眼前からシルヴァが消える。
彼は右側にマスターソードを構えて走り出す。
「死ねやぁ!!勇者ぁぁあああ!!」
シルヴァがまた、正面から大輔の喉元を突こうと腕を伸ばしたとき──
「⋯⋯胴!!」
屈みながら打ち込んだマスターソードが、勢いよくシルヴァの腹にめり込む。
「⋯⋯がはっ!!」
大輔はそのまま思い切り振り抜く。
「おらぁぁぁあああ!!」
シルヴァは吹き飛ばされ、爆発音のような音とともに壁にめり込んだ。
(ほぉ。勇者とは、これほどの力が⋯⋯末恐ろしい)
レイはそう思いながら、リーリャを含めた救護班と共に、シルヴァのもとに駆け寄り、処置を施す。
五千人の観衆は、皆沈黙した。
「な、何だよあれ⋯⋯」
「シルヴァが一撃で⋯⋯」
「化け物かよ⋯⋯」
(やっぱり、マスターソードを竹刀仕様にしといてよかった。真剣なら、シルヴァは真っ二つだった)
それを間近で見ていたデウロスは、
(何だよこいつ⋯⋯俺が敵うとかっていうレベルじゃない⋯⋯)
その場にぺたんと座り込み、ただ呆然としていた。
うなだれるデウロスを見ていたシュルトは、
(王子。世界は広いと言いたいところですが⋯⋯彼は歴史的な“災厄”のような方なのです。この理不尽さをも、貴方はいずれ国の筆頭となって背負うことになるかもしれないのです)
と心の中で呟いた。
そして、
「勝者!勇者大輔!」
シュルトの判定の声が闘技場にこだまし、それに呼応するように、観客から熱狂的な歓声が上がった。
「勇者の強さは本物だ!」
「次はいよいよヴォレセオとだな!」
「もしかしたらヴォレセオにも勝つんじゃないか!?」
「⋯⋯いやいや、さすがにヴォレセオには敵わねぇだろ」
「でも、今の見る限り⋯⋯まさか、って思っちまうよな」
一部の浮ついた言葉が飛び交う中、シュルトが大輔に声をかける。
「勇者殿、お疲れ様です。しばし休憩したのち、“ドキナミス”本戦を始めさせていただきます。一旦控室へお戻りください」
「はい、分かりました」
大輔はフィールドから控室へと戻り、「だっそう」と声に出す。
すると、装備は解かれ、ジャージ姿になった。
彼はマスターソードを壁に立てかけ、ベンチに座り、ふぅ、と息を吐いた。
(モノマヒアでは二対一も有り得るってシュルトさんが言ってたな。どんな大会なんだろう⋯⋯)
大輔は、しんとした控室に、自分の鼓動が響いているような感覚に襲われていた。
(次はいよいよ、“世界最強の男”が相手か⋯⋯)




