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#37 不意打ち

ファナとサイラが子どもたちとしばらく遊んでいると、ハーピーの子どもが羽をばたつかせながら、息を切らして飛んでくる。

泣きそうな目で、サイラにしがみつくように叫んだ。


「サイラ!助けて!」

「ん?どうした?」

「カレンさんが男の人たちに襲われてるの!」

「何だって?分かった、すぐ行く!」


サイラはカレンの家に向かって走り出す。

それに気づいたファナも、後を追いかけた。


亜人街の少し外れ。

林に囲まれた、平屋の素朴な木造の家の前で、カレンが男たちに取り囲まれていた。


「おい、何で亜人街に人間が住んでんだ?」

「お前も亜人の仲間か?」

「もしかして亜人との子どもがいんのか?穢らわしい女だな!」

「人間のクズだな!ハハハハハ!」


心無い言葉をかけられても、カレンは屈しなかった。


「貴方たちに何が分かるんですか!そんなこと言える立場なんですか?何も知らないで、知った気でいるだけでしょう?」

「はぁ?偉そうに講釈垂れてんじゃねぇ!」


ひとりの男がカレンの頬を殴る。

その反動で彼女は物干し竿にぶつかり、地面に倒れた。

落ちた洗濯物が、風に煽られて土にまみれていく。

唇の端から血を滲ませながら、それでもまっすぐに男たちを睨んだ。


「⋯⋯私がここでどう生きてきたかなんて、あなたたちには分からない」

「だから何だよ!!」


別の男がカレンの顔を踏みつける。

「てめぇみてぇに、亜人に股開くアバズレがいるからこの世からバケモンが消えねぇんだろうがよ!」


「ぐっ⋯⋯ううっ⋯⋯」

顔を踏まれたまま、カレンは声にならない呻きを漏らす。


そのとき──


「おいお前ら、その辺にしとけよ?」

低く、静かに響く女の声。

まるで炎のように、怒りを孕んだその声音に、場の空気が凍りついた。


男たちが一斉に振り返る。

ひとりの男が目を見開き、後ずさる。

「おい、マジかよ⋯⋯あれ、“ピアタキ・トゥ・セウ”のサイラじゃねぇか⋯⋯?」

「はぁ!?ふざけんなよ!なんでこんなとこにいんだよ!」


たじろぐ男たちに、サイラはゆっくりと、一歩ずつ近づいていく。

足音すら、怒気に包まれた刃のようだった。


「お前ら──どこから来た?」

「う、うるせぇ!てめぇに関係ねぇだろ!」


焦ったように、ひとりの男が短剣を抜いて飛びかかる。

「死ねぇぇぇ!!」


その瞬間、サイラは半歩だけ横に避け、逆の手で男の手首を掴んだかと思うと、

「おらぁぁあああ!」


──重心を崩すと同時に、相手の身体を思い切り投げつけた。

乾いた衝撃音と共に、男は数メートル先の木に激突し、そのまま動かなくなった。

サイラは動じることなく、一歩踏み出しながら、低く問いかける。


「だから──どこから来たって聞いてんだよ」


すると、男のひとりが、声を震わせながら答えた。

「く、クロス=アージュから来た!もう⋯⋯あの国は住めねぇ!だから、セオカトの国の目が届いてねぇって噂だったこの亜人街に来ただけだ!」


サイラは眉ひとつ動かさず、静かに言い放つ。

「──密入国か。で?他に言い訳は?」


一拍置いて、吐き捨てるように。


「来ただけなのに──ずいぶんと気に障ることしてくれたじゃねぇか」

サイラは首を鳴らしながら、また一歩と男たちに近づく。


すると、

「お前に祖国が滅びた奴の気持ちが分かるか!俺にも家族がいた!それが一瞬でみんな死んじまった!だから俺も奪ってやるんだ!人間じゃねぇ奴らなんか生きてる資格──」

男の言葉の途中で、サイラは手でその顔を掴み、ぐっと力を込める。


沈黙。

サイラの金色の瞳が、射抜くように相手を見つめていた。


「⋯⋯言い訳にもなんねぇよ」

彼女はそのまま男を片手一本で持ち上げた瞬間、




「全部!!“勇者”のせいだああああああ!!」




サイラは一瞬、身体に電流が走ったような感覚を覚え、歯を食いしばる。

しかし、それをそのまま地面に叩きつけた。

絶叫が途絶えたとき、男は白目を剥いて気絶していた。

その残響だけが、サイラの耳の奥に、しばらく残っていた。

彼女に動悸が襲い、息を切らしながら恐る恐る振り返ると──


「⋯⋯ファナ」


全てを聞いていたファナは、その場に呆然と立ち尽くしていた。

そして、よろめくように一歩下がり──

ぺたん、と地面に崩れ落ちた。


「うそ⋯⋯」


掠れた声が、唇から漏れる。

「勇者が⋯⋯?大輔が⋯⋯そんな⋯⋯」


全身から力が抜けていく。

世界が、音も色も、遠ざかっていくようだった──


「ちっ⋯⋯」

サイラが舌打ちをして前を向くと、


「動くな!この女がどうなってもいいのか!?」

カレンが男に羽交い絞めにされ、首元に刃物を突きつけられていた。

サイラは眉間に皺を寄せながら、男を睨みつける。


「⋯⋯もう、アタイを怒らせないでくれねぇか?」


すると、彼女は重心を低くし、目を閉じて拳に力を込める。

(舞ってる暇はねぇからな⋯⋯)


「な、何だ⋯⋯何する気だ?」

周りの落ち葉が、サイラを中心に渦を巻き始める。

黒髪が舞い上がり、静かに開いた瞼の先には、薄い緑色の瞳。


「⋯⋯アイオス、ちょっと“ゼピュース”借りるぞ?」


足元を掠めた風が、次の瞬間、雷鳴のような音を立てて爆発した。


神を降ろす──本来、それは舞を捧げ、祈りを重ね、魂の器を整えてこそ成るもの。

だが、例外がある。


──簡易降神術、“アプロスドゥ”。


神を降ろすのではない。

ほんの一瞬、“神に触れる”だけ。

場合によっては、“テフニカソドゥ”より難易度が高い術である。


こめかみを刺すような痛みと、胸の奥の火がひと筋削られる感覚──それが代償。


それでも──


「今度、お供えは豪勢にさせてもらうからな!」


爆発の瞬間、二度まばたくあいだに、男の身体は宙へ跳ね上がり、風刃で細かく刻まれて地面へ落ちた。


「ひ、ひいっ!バケモンだぁ!!」

残りの男がへっぴり腰になりながら逃げようとすると、


「お前らか!カレンを襲ったのは!拘束する!」

という声と、金属音が通りの向こうから聞こえ、武装した数人の獣人の自警団が駆け込んでくる。

そして、手際よく暴漢4人を拘束した。


「カレンさん、大丈夫か?」

サイラが近寄り、抱きかかえる。

「サイラ⋯⋯ありがとう。私は大丈夫よ。でも⋯⋯」

カレンは口ごもったが、

「この状況で言うことじゃないけど⋯⋯あの子を⋯⋯ルガンをモノマヒアの代表にしないで?」


その眼差しは、懇願だった。

サイラはすぐに目を逸らす。

「⋯⋯最終的に決めるのはルガンだ。アタイじゃねぇ」


すると──


「母さん!大丈夫ですか!?」

ルガンが畑仕事を切り上げて、走ってやってきた。

その背後にはガロムの姿もあった。


「悪ぃ、ルガン。後は頼んだ」

そう言って、サイラはカレンをルガンに引き渡すと、


「ファナ!ファナ!」


彼女は少し胸を押さえながら、ファナの元へ駆け寄る。

(やっぱり、アレは負担がでけぇ⋯⋯)

ファナは、呆然としたまま口を開いていた。

けれど、声が出なかった。


「ファナ⋯⋯」

サイラが名を呼ぶと、ファナは微かに顔を動かした。

けれど、瞳の焦点は、どこにも合っていなかった。


「だい、すけ⋯⋯が⋯⋯?」

その言葉は、どこかを彷徨っているようだった。


「おい、ファナ!しっかりしろ!」

サイラは両膝をつき、ファナの両肩を押さえ、小刻みに振る。


「⋯⋯サイラ?」

「ファナ⋯⋯すまねぇ⋯⋯」

サイラはその体勢のまま、顔を伏せた。


数秒の沈黙の後──


「大輔が、国を、滅ぼした。本当、ですか?」

ファナはうわ言のように、サイラに問う。


「サイラ、それを、知ってたですか?」


「⋯⋯あぁ、アタイだけじゃねぇ。世界中の人が知ってる」


「どうして、私、知らないですか?」


「セオカトには箝口令(かんこうれい)⋯⋯“フレイヤ様”には決して口外するな──そう、命じられてた。アタイもそれに同意した」


するとファナはサイラの手をほどき、ゆっくり立ち上がった。

よろける足取りで、ふらりと歩き出す。


「おい、ファナ!どこに行く──」


サイラの言葉に答えることなく、ファナはまるで、何かに引かれるように、ゴーレムのいる広場へ向かって行った。

(クソっ⋯⋯アタイにはかけてやる言葉がねぇよ⋯⋯)サイラは、地面を一発殴りつけた。


広場には、子どもたちのはしゃぎ声と、長閑な空気が流れていた。

ファナは、ゴーレムの足元にそっと腰を下ろし、何も言わずに、空を見上げた。

それに気づいた彼は、ファナの背中に、そっと掌を添えた。

その掌に、温度はなかった。

でも、静けさがあった。


──私は、何を信じたらいいんですか。


その問いすら、声にならなかった。



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