表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/64

#36 僕は見つけたよ

深夜。


亜人街はすっかり寝静まり、聞こえるのは虫の声と、風を受ける木々の擦れる音だけ。

その中で、ぽつんと窓からランタンの淡い灯りが漏れている、ガロムの家。

ファナはすやすやと別室で眠る中、サイラとガロムは居間にある、土間に掘られた炭の火床(ひどこ)を囲んでいた。

その火は時折、ぱち、ぱちと鳴ったが──

沈黙を破るほどの勢いはない。

ふたりは胡座をかきながら、取っ手のない陶器の杯を指で持ち、茶を啜っている。


火床の前に腰を下ろしてから、小一時間が過ぎた。

その間、会話は一切無かった。

すると、ガロムがふぅ、と息を吐く。


「⋯⋯サイラ、ここに顔を出したのには──理由があるんだな?」

凄むように問う。


「あぁ⋯⋯神官様たちから“ルガン”をモノマヒアの代表にしてぇって言われてな」

彼女は視線を火床に落とす。


「⋯⋯ルガンを?」

ガロムは片眉を上げた。

サイラは右膝に肘をつきながら、少し前のめりになり、


「おっちゃんから見てどうなんだ?あいつは戦えるのか?」 


ガロムは腕を組みながら、

「ルガンの“テフニカソドゥ”は、サイラがここを離れる前に比べりゃ進歩したが⋯⋯万が一、俺やサイラでも勝てなかったヴォレセオ・ヴァルドノルドと当たっちまったら──」


火が小さく爆ぜる。

サイラが火床の炭を火ばさみでつつきながら、


「無くはない話だからな⋯⋯それに、“青蛇”相手でも勝算は低いぞ?」


「確かにな⋯⋯でも、神官様たちはどうしてルガンを代表にしようとしてるんだ?」


「“多様性”ってやつさ。セオカトは差別や偏見のない、いい国だってのを世間様に見せてぇんだろ。言うほど寛容じゃねぇのにな。だから、勝敗なんて正直どうでもいいんだろうな」

サイラは吐き捨てるように言い放ち、温くなった茶を飲む。


「ルガンは⋯⋯その為の“道具”だと?」


「国からするとそうだろうな。これからの状況によっちゃあ、移民政策なんて話も出るだろうよ」


「移民だと!?“イートゥセウ”はどうなる?穢れが入ればまた不毛の地に⋯⋯」


「⋯⋯そこなんだよな。神官様たちは何か企んでやがる」

サイラの金色の瞳は細められる。


「そうか⋯⋯」


「まぁ、その辺はアタイが探っとくさ。あとは⋯⋯ルガンがどうしたいかだな」


「そうだな⋯⋯明日、ここでルガンと話すか。でもサイラ、お前は止めないのか?」


「止めねぇよ。やるかやらねぇかは自分で決めるもんだ。選択権が自分にあるなら尚更な。おっちゃんはどう思ってんだ?」


「あいつは自分の息子みたいなもんだからな⋯⋯“胸張ってやってこい”って気持ちと、“無理するな”って気持ちが混ざっちまって⋯⋯何とも言えねぇな」


ふたりは再び沈黙する。

火の音だけが、短い夜を刻む──




翌朝。


ファナは、何かが焼けるような匂いで目が覚めた。「⋯⋯ん?美味しそうな匂いがします⋯⋯」


目を擦りながら居間に行くと、サイラとガロムが火床で魚を焼いていた。


「おっ、ファナおはよう。いいタイミングで来たな。ほれ、これもう食えるぞ」


サイラは笑いながら、串刺しの焼き魚をファナに渡す。

そのフランクな対応に、ガロムは眉をひそめる。


「サイラ、普段もそんな感じなのか?まるで友人や家族みたいじゃないか」


ファナはサイラの横に座り、はふはふしながら魚にかぶりつく。


「最初はファナからそうしてくれって言われたんだけど⋯⋯まぁ、成り行きってやつだな」

サイラのあっけらかんとした態度に、ガロムはため息をつく。


「お前、後で呪われても知らんぞ?」


すると、ファナがきょとんとしながら、

「私は呪えないから、大丈夫ですよ?」

と魚の骨を、手で口から取り出しながら言った。


「らしいぞ?だからおっちゃんも楽にすりゃいいんだよ。なっ、ファナ?」

「そうです。かしこまらなくて大丈夫です」


「しかしなぁ⋯⋯」


ガロムの難しい顔は、ファナの頭の少し上を見ていた。

そこに佇む、女神フレイヤの姿。

真顔とも微笑みとも言い難い表情。

まるで“人間”のやり取りを、どこか遠い世界から眺めているような──

そんな、無感情に近い静けさだった。

彼女の伏せている目が開き、もし自分と合ってしまったら──

ガロムは思わず、茶の入った器の縁を持ち直した。


「ファナ、おっちゃんが落ち着かねぇみたいだから、飯食ったら散歩にでも行くか?」

「はい、この町のいろんな人に会ってみたいです」


ガロムは苦笑いしながら、

「すまねぇな。サイラ、一旦昼には戻って来いよ」


「あぁ、分かった」


その後三人は食事を終え、ファナとサイラは散歩へ出かけた。

すると、亜人たちは次々にサイラに声をかける。


「おぉ、サイラ久しぶりだな!」

「また一段と逞しくなったな!」

「モノマヒア、頑張れよ!」


その様子を見たファナが、

「サイラ、人気者ですね」


「まぁ、アタイはこの街に育てられたからな。みんなが親みたいなもんさ」


しばらく歩いていると、子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてきた。


そこには──


「あっ⋯⋯あれは⋯⋯」

ファナがその様子を見て、目を見開いたまま足を止める。


「ん?ファナ?どうした?」


サイラもその方向を見ると、ゴーレムが子どもたちと戯れていた。


「何だありゃ?でっけぇなぁ。どっから来たんだ?」


そのゴーレムの身体には、所々、角が欠けたような削れ跡がついていた。

そして、ゴーレムはファナに気づくと、身体に乗って遊んでいた子どもたちをそっと降ろし、ズン⋯⋯ズン⋯⋯と近づいてくる。

しかし、誰も騒がない。

この巨人はもう、モンスターではなく遊び相手だ。


「おい、あいつこっちに来るぞ?ファナ、知り合いか?」


サイラの問いに、ファナは答えず顔を伏せる。

すると、ゴーレムはファナの目の前で立ち止まり、しゃがみこんだ。


ファナはその体勢のまま呟くように、

「⋯⋯ごめんなさい。私は貴方の居場所を奪ってしまいました。何も分からない、誰も知らない、そんな場所に吹き飛ばしてしまいました」


(⋯⋯吹き飛ばした?この図体を?じゃあこの身体の跡もファナが⋯⋯?)


「その辛さ、私も分かってるはずなのに⋯⋯」


ファナは少し肩を震わせ、ローブの袖を握る。

それを見たゴーレムはゆっくり右手を上げ、ファナの頭上に翳す。


サイラはファナの前に素早く庇うように立ち、

「おい!一発でも攻撃してみろ?アタイが返り討ちにしてやるぞ!」

と凄んだが、ゴーレムは静かに首を振る。

そして、ゆっくりと優しく、指でファナの頭を撫でた。


「えっ⋯⋯?」


顔を上げたファナの目には涙が溜まっていた。

ゴーレムは左手をファナの足元へ差し出す。


「⋯⋯乗れってことですか?」


彼女が恐る恐るそれに乗ると、ゴーレムは立ち上がり、子どもたちの元へ戻って行く。 


「あ!ゴーレム戻ってきた!」

「ねぇねぇ、頭の上に乗せてよ!」


すぐにまた、ざわめきが戻った。

ファナは、岩の掌に乗ったまま、ゴーレムの顔を見上げる。


「⋯⋯貴方も、居場所を見つけられたんですか?」


その問いに、彼はゆっくりと頷いた。

「そうですか⋯⋯よかったです」


大輔が攫われたあの夜。

自分の“居場所”を失ったことを、ファナは思い出していた。

だからこそ今、この風景が、何よりも尊く思えた。

少し冷たい風に、髪が靡く。

でも、彼女の心は温かくなった。


それを見ていたサイラの頭に、渦巻く疑念。

(ファナは⋯⋯力を隠してるのか?)

そう思っていると、

「お姉ちゃん!一緒に遊ぼう?」

と獣人とドワーフの子どもが、サイラに笑顔で声をかける。


「⋯⋯そうだな。たまには遊ぶか!」

サイラは子どもたちをそれぞれ肩に乗せ、ゴーレムのほうへ走り出した。

キャッキャッとはしゃぐ子どもたちの声は、穏やかな時間に溶けていく。


その音が──ほんのひととき、疑念すらも包み込んでいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ