#33 ペンダントと笑わない笑顔
ファナとサイラは宿を出て、ヴァーゴの店に向かう。
空は仄かにオレンジ色に染まりつつあった。
露店街は買い物客で賑わい、温かな雰囲気に包まれている。
ふたりは人目を避け、細い路地を縫いながら歩く。
それでも、彼女らを見かけた市民から、
「サイラ、豊穣祭かっこよかったぞ!」
「フレイヤ様だ!可愛いなぁ〜」
と声が上がり、ふたりは手を振ったり、一言二言会話をしながら、店に向かっていった。
しかし、まだファナの表情は、サイラから見ると浮かないようだった。
(ファナ、元気なくなっちまった⋯⋯どうしたらいいんだ?)
サイラは自分の発言に後悔しながらも、何とかファナの元気を取り戻そうと考えていた。
すると、ファナは歩きながら少し上目遣いに、
「⋯⋯サイラ?ごめんなさい。私のこと、気にしてますよね?」
「ファ⋯⋯」
(おっと⋯⋯今は外だからな)
「フレイヤ様、それは当然のことです。付き人が主のことを気にしないわけがありません」
サイラのよそ行きの言葉遣いを聞いて、ファナは突然微笑みながら、
「サイラがぎこちないの、ちょっと面白いです」
それにサイラが少しムッとしながらファナに耳打ちをする。
「しょうがねぇだろ?そういう決まりなんだから」
と困ったように言った。
ファナは前を見ながら、
「私は⋯⋯不器用な人が好きなんだなって、今思いました」
「⋯⋯何だよ、アタイが不器用だって言いたいのか?」
サイラは口を尖らせながら、ファナに顔を寄せ小声で言うが、
「その自覚の無さも、好きですよ?」
ファナはサイラの目を見てふふ、とローブの裾で口を隠しながら笑った。
サイラは目を閉じ、少し息を吐いたあと、
「⋯⋯まぁ、そうかもしれねぇな」
彼女は一瞬、ファナの横顔を見てから、柔らかい表情で空へと目を向けながら歩いた。
その後もしばらく歩くと、ふたりはヴァーゴの店に着いた。
ファナが入口の木製の扉を押すと、軋む音とともに、木の匂いとほんのり甘いオイルの香りが鼻をかすめた。
「ヴァーゴさん、こんにちは!」
ファナが挨拶すると、店の奥からヴァーゴが顔を出した。
しかし、少し疲れた様子だ。
「やぁ、ファナ⋯⋯いや、今はフレイヤ様か。それにサイラじゃないか。まだモノマヒア用の装飾は出来てないぞ?」
「そりゃ分かってるけど⋯⋯おっさん、また寝ないで作ったのか?いい加減若くねぇんだから、無理すんなよ?」
「いやぁ、こんな仕事が出来るとは夢にも思わなくて、つい、な」
ヴァーゴは頭を搔きながら、ばつが悪そうに笑う。
「で、サイラは何の用だ?」
「おいおい、言い方悪ぃなぁ。アタイは今、フレイヤ様の付き人やってんだ。おっさんに用があるって言うから付き添いさ」
そんなふたりの横で、ファナは少しもじもじしながら、
「ヴァーゴさん⋯⋯?私の呼び方は“ファナ”でいいです。まだ、その呼ばれ方、慣れてなくて⋯⋯」
「お、そうか。じゃあ、ファナちゃんって呼ぶよ。今回はアレ、取りに来たんだろ?」
「はい。楽しみにしてました」
「それはアタイも興味あるぞ?どんなのだ?」
ヴァーゴは店の奥の工房から、ムームー石のペンダントを持って来た。
それは、深紅のビロードが張られた小さな台座に置かれていた。
「どうだい、ファナちゃん。俺の魂の傑作さ」
ファナは、ペンダントを目を輝かせながら手に取る。
「うわぁ⋯⋯素敵です⋯⋯」
楕円の緑の石を斜め上下から掴むように、計4つの銀の爪が輝き、裏面の小さな木版には、緻密な“女神フレイヤ”の姿と、2匹の猫が彫られていた。
「もっと派手にも出来たんだが、メインはあくまでその石だからな。施工時間を短くしたのも、直感を大事にしたかったんだ」
「フレイヤ様、アタイにも見せて⋯⋯」
サイラがそのペンダントを見た瞬間、脳裏に──
女神フレイヤと、猫とは言い難い、二頭の白い大型の生物が凄まじい攻撃を放つ光景が現れた。
(な、何だよこれ⋯⋯もしかして、これがファナの本当の力⋯⋯?)
サイラは目を見開いて、唾を飲み込む。
それを見ていたヴァーゴは、
「サイラ、どうした?そんなにこれが凄かったか?まぁ、ムームー石だからそうなるよなぁ」
と腕を組みながら、納得したように話す。
サイラは我に返り、慌てたように、
「えっ?あっ、あぁ、凄ぇよ!びっくりしたなぁ〜」
と頭を掻きながら、棒読みのセリフのように言った。
ファナは首を傾げ、サイラの目を見つめると、彼女の背後のフレイヤもこちらを見て、微笑んだ気がした。
その笑みには、怒気も、慈愛も、何も無かった。
(ひぃっ!⋯⋯理屈は分かんねぇけど、ヤバい力が詰まってるのは間違いねぇな⋯⋯)
サイラは気を取り直し、真剣な眼差しでファナに伝える。
「⋯⋯フレイヤ様、そのペンダントは人の目に触れないよう、必ずローブの下に隠すようにお願いします」
その言葉に、諭すようにヴァーゴも続く。
「そうだな。ファナちゃん、それは本当に高価な石だから、見せびらかすようなことをしたらダメだからな?」
ファナはペンダントを首につけ、すぐローブの下にしまった。
「はい、わかりました。ヴァーゴさん、ありがとうございます!大切にしますね」
すると、ファナの耳元で、微かに「ムー!」と鳴き声が聞こえた。
「えっ?ムームー?」
ファナは辺りを見回すが、ヴァーゴとサイラ以外誰もいない。
「フレイヤ様、どうしました?」
「今、ムームーの声がしたような⋯⋯」
その声は、怖くなかった。
でも、不思議と心が温かくなった。
ファナの横顔を見ていたサイラは、その表情に気づく。
まるで、迷子がようやく帰る場所を見つけたような、そんな顔だった。
しかし、サイラは一瞬、目を細める。
(やっぱり⋯⋯あの石、“何か”あるな)
「⋯⋯きっと、まだお疲れなんでしょう。そろそろ宿へ戻りましょうか」
「そうですね⋯⋯」
ファナは微笑みながら少し顔を伏せ、ローブの上から両手でペンダントを握った。
「じゃあおっさん、アタイらはこの辺で。モノマヒア用の装飾、期待してるからな?」
「あぁ、“映える”やつ、しっかり作ってやるよ」
「ヴァーゴさん、本当にありがとうございます。またお店に顔出しますね」
「待ってるよ。またな」
ふたりは木製の扉を開け、夕焼けに照らされながら、ヴァーゴの店を後にした。




