#31 自己嫌悪、引きずり込まれた沼
病院の一階玄関。
ロビーは、自分の順番を待つ人たちや、お見舞いに来た人たちで混雑している。
その中で、異様な存在感を放つ男、シュルト。
ひとり直立不動で、小さな窓から外を眺めていた。
着込んでいるもこもこした上着は、左肩辺りにヴァルドノルド王国の紋章がついているので、一目で国の関係者だと、周りの人は把握できる。
なので、彼の周りには人がいなかった。
すると、そこに大輔がやって来た。
「シュルトさん、すみません。お待たせしました」
「勇者殿。お待ちしておりました。早速ですが、こちらを着てください」
そう言って、大輔に自分と同じ仕様の上着、手袋、ブーツを手渡す。
あまりの重装備に、大輔は少したじろぐ。
「あの⋯⋯外ってそんなに寒いんですか?」
「この国は通年、雪と氷に閉ざされています。簡単に言えば、“極寒”です」
(マジかよ⋯⋯寒いの、苦手なんだよなぁ⋯⋯)
渋々ながらも、大輔は装備を整え、黙って身支度を済ませた。
「では、参りましょう」
シュルトは無表情のまま、玄関の扉へ向かい、それを開けた瞬間。
轟くような風と、鋭い冷気と、粉雪が一斉に吹き込んできた。
大輔は少し後ずさりながら、
「さっむ!!この中を移動するんですか!?」
「早く扉を閉めてください。館内が冷えてしまいます」
言われるがまま、大輔は慌てて扉を閉めた。
外は、真っ白で何も見えなかった。
俗に言う、“ホワイトアウト”。
「こちらです」
シュルトは猛吹雪の中、上着のフードを被り、スタスタと歩いていく。
「ちょっと!シュルトさん待って!」
大輔も上着のフードを被り、手で押さえながら後を追う。
少しでも離されてしまったら、その姿を追うのは不可能なほど、視界はほぼゼロの状況。
(もう顔も手もピリピリして感覚が無くなってきた⋯⋯寒いを通り越して痛いぞ⋯⋯)
呼吸をすると、鼻や口から鋭い冷気が入ってきて、チクチクと針で突かれているような気分になる。
(どこに行くのか分からないけど、辿り着く前に凍え死にそうだな⋯⋯)
すると、シュルトはいきなり立ち止まり、振り返る。
大輔少しビクッとして、
「あれ、着いたんですか?周りには何もなさそうだけど⋯⋯」
シュルトの眼鏡は曇り、視線は確認できない。
「“ドキナミス”第一の試練、“耐久力・持久力”判定を行います」
「えっ?ここで、ですか?“ドキナミス”って模擬戦じゃないんですか?」
「陛下が、武力以外の素質を確認したいということでしたので、親衛隊でも採用されている判定をさせていただきます」
「いや、いきなりそれは⋯⋯」
「この程度で音を上げるようでは──我が国の代表など、務まりません。私が“終了”と声をかけるまで、この場にいてください」
(この国の代表になれなかったら、俺の世界には帰れない⋯⋯やるしかない、よな⋯⋯)
「⋯⋯分かりました」
大輔は寒さに震えながらも、決意する。
しかし、
(って言っても、寒いものは寒いよな⋯⋯あぁ、リーリャの作ったスープが食べたい⋯⋯)
大輔は冗談まじりに自分をはぐらかしていると──
一瞬、視界が遮断されたように真っ暗になった。
景色が戻ると、シュルトの姿は見えなくなり、けたたましかった風の音が、消えた。
「あれ?シュルトさん⋯⋯どこ行った?おーい、シュルトさーん!」
大輔は呼びかけながら、辺りを見回す。
すると、ホワイトアウトの向こう側から、人影が近づいてくる。
現れたのは──
「えっ⋯⋯?ファナ⋯⋯?ファナ!!」
大輔は嬉しさのあまり、駆け寄ろうとすると、
「⋯⋯来ないでください。汚らわしい」
ファナは大輔を鋭く睨みつける。
「⋯⋯ファナ?」
大輔は思わず足を止めた。
「大輔は私を守ると約束しました。なのに、すぐにいなくなって、沢山人を殺したにもかかわらず、女とヘラヘラしながらのうのうと生きているそうですね」
「そ、それは⋯⋯」
「⋯⋯最低。気持ち悪い。どういう神経してるんですか?」
「ち、違う!俺だってファナと帰るために⋯⋯」
「何が違うって言うんですか!!⋯⋯もういいです。貴方と帰る場所なんてありません。さようなら、大輔」
ファナはそう言うと、目を伏せながら振り返り、白の向こうに消えていった。
「おい、ファナ!行かないでくれ!ファナ!!」
大輔がその方向に走り出すと、後ろから、
「⋯⋯お兄?」
と声がする。
立ち止まり、振り返ると、
「かなた⋯⋯?どうしてここに?」
「どうしてじゃないよ。ファナっちと帰ってくる約束、破るんだ」
「違う!俺は北の国の代表になって、モノマヒアで優勝して、ファナと一緒に帰るんだ!」
「⋯⋯出来もしないのに?」
「まだ分からないだろ!」
「沢山人を殺したのも、必要だったの?大切な人がいきなりいなくなるの、お兄も経験してるのに?」
「⋯⋯」
「もういいよ。ウチ、ひとりで生きてくから。ばいばい」
かなたも大輔の元を去っていく。
「何でだよ!かなた!戻って来い!かなたー!!」
大輔の叫びは吹雪にかき消される。
すると、いつの間にか、すぐ横に腕を組んで立っている男が。
「⋯⋯ホンマ、何しとんねん」
「⋯⋯ギャレット?」
「タナカ、お前はいい奴やと思っとったけど、ワイの勘違いやったみたいやな」
「⋯⋯えっ?」
「罪の無い人をぎょうさん殺しといて、それでも勇者やと?全然笑えへんわ」
「⋯⋯」
「お前と友達なんて、こっちから願い下げや!モノマヒアに出て来たときは⋯⋯覚悟しとけよ?⋯⋯ワイがボッコボコにしたるからな」
彼の目つきは、メガロフォスでモンスターに向けたものと同じだった。
ギャレットが吹雪に飲まれたかと思いきや、そこに、褐色の筋骨隆々の女性が現れた。
「ダイスケ、アタイも見損なったよ」
「⋯⋯サイラ」
「アタイはフレイヤ様を死んでも守れって言ったよな?なのに、あっさり攫われやがって。だったらあのとき、アタイがあそこに行ったほうがよかった」
「でも⋯⋯それは、結果論だろ⋯⋯?」
「はぁ?お前の驕りや慢心のせいだろ!」
「でも⋯⋯」
「“でも”じゃねぇよ。女々しい男には虫唾が走る。⋯⋯モノマヒアではぶっ潰す。言い訳できねぇくらいにな」
金色の瞳は、汚いものを見るように細められた。
そして、大輔の真後ろに現れた、金髪の女性。
「⋯⋯大輔。苦しかったぞ」
大輔は振り返る。
「クリスタ⋯⋯?」
「お前、女に暴力振るったんだぞ?」
「それはお前が割り込んできたから⋯⋯」
「⋯⋯これでもそんなこと言えるか?」
クリスタは顎を上げ、大輔に首を絞められた、痛々しい痕を見せつける。
「⋯⋯」
「⋯⋯最初から嫌いだったけど、心の底から嫌いだ、お前」
俯いて耳を塞ぎ、息が荒くなる大輔。
立て続けに、クロス=アージュの名も姿も知らない民衆の叫びや嘆きが、四方八方から大輔の身体に突き刺さる。
「お前がウチの子を!」
「私の夫を返して!」
「お父さん!お母さん!死なないで!」
「俺たちが何したって言うんだ!」
「嫌だ!死にたくない!」
「⋯⋯みんな、俺のこと⋯⋯そうやって思って⋯⋯わぁ⋯⋯あぁ⋯⋯俺、やっぱり⋯⋯生きてちゃダメなんだ⋯⋯」
大輔はそう言葉を漏らし、ふらふらとよろめきながら、雪の上に前のめりに倒れた。
(氷哭かっ⋯⋯!!)
シュルトには、大輔の地獄の光景は見えない。
しかし、彼は即座に大輔に駆け寄り、仰向けにして肩を叩き、意識の確認をする。
「勇者殿!勇者殿!聞こえますか!」
大輔は口を半開きにしながら目の光を失い、視点は明後日の方向を向いていた。
「⋯⋯やむを得ん」
(この環境下では、皮膚の感覚は鈍くなる。張り手では効果が薄い──)
シュルトは大輔の上に馬乗りになり、迷いなく、拳を構えた。
躊躇なく振り抜かれた数発の拳が大輔の両頬を打つと、シュルトの手袋に血が滲み、雪にも赤い染みを作った。
その染みは、すぐに吹雪に隠される。
シュルトは、帰って来ない大輔を見て、もう一発拳を打ち込もうとしたとき──
「⋯⋯みんな⋯⋯みんな⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」
大輔は涙を目元で凍らせて、うわ言のように呟き、生気を僅かに取り戻した。
それを見たシュルトは拳を下げ、息を吐く。
「⋯⋯試練は中止です。勇者殿、帰りましょう」
彼はそう言って大輔を抱き起こし、背負って病院へと戻って行った。




