#28 焦りと疑念と取り合う手
メガロフォス首相官邸。
「何やて!?ダイスケはんがジェフを殺した?」
ニシキヨは大きな目を更に見開いて、愕然とする。
(このままやったらワシの計画が台無しや⋯⋯!ジェフもダイスケはんも何してくれとるんや!)
ヨコヤスはソファに座り、煙草の煙を吐き出しながら、
「それホンマなんか?奴らまた変なこと考えとるんちゃうんか?」
「⋯⋯まぁ、ジェフのことやから、その線もゼロやないかもしれんけど⋯⋯でも、死んでもうてるからな⋯⋯」
ニシキヨの表情には、焦りの色が滲み出ていた。
メガロフォスとセオカトの国境周辺。
通信端末が震え、それをポケットから取り出すギャレット。
画面には《速報》と出る。
「何や?」
内容を見た途端、彼の眉間に皺が寄る。
「⋯⋯はぁ?おいタナカ、何しとんねん!?やっとること勇者ちゃうやろ⋯⋯ひとりで戦争仕掛けてんのと一緒やぞ!」
ギャレットは通信端末をポケットに入れ、ため息をつく。
(でも、ホンマにタナカがやったんか?後先考えへん奴やとは思えへんのやけど⋯⋯それに、東がこんなにあっさりやられるか⋯⋯?)
「⋯⋯どないなっとんねん、ホンマに」
ギャレットはぼそっと呟き、空を見上げた。
東から吹く風は、少し冷たく感じた。
セオカトの大神殿“エントゥセウ”。
そこに、三人の大神官とサイラがいた。
大神官たちはいつものように、厚い石壁がそびえ、互いの姿が見えないように隔てられた席に座り、正面には半透明の布が垂らされている。
サイラは片膝をつき、その布を見据えている。
“ハリ”の大神官、コスタスが口を開く。
「サイラよ、東の国の事件のことだが⋯⋯」
一瞬だけ、サイラの目が伏せられた。
ファナの顔が、脳裏をよぎったのだろう。
だが、すぐに顔を上げ、落ち着いた声で言った。
「はい、この件に関しては、フレイヤ様には伏せておいたほうがよろしいかと」
「私も同意だ。ディミトラ殿とマルコス殿の意見も聞きたい」
「私も同意致します」
「同じく」
「では、国民に対して、箝口令を敷くこととする。そして、勇者殿を我が国の代表に据えることについてだが⋯⋯」
“プロゾイ”の大神官、ディミトラが切り出す。
「私は反対です。状況の詳細は分かりかねますが、現に大量殺戮をはたらいた者を代表になど⋯⋯フレイヤ様との関係もあるでしょうが、“プロゾイ”を預かる立場としては、到底受け入れられません」
“アタラギ”の大神官、マルコスも続く。
「他国を壊滅状態した張本人が代表とは⋯⋯流石に世界に対して印象が悪すぎます。戦力としては申し分無いでしょうが、モノマヒアでまた同じようなことになると⋯⋯それこそ“四国大戦”の二の舞になるかもしれません」
コスタスはサイラに投げかける。
「サイラはどう思っておる?」
「アタイには決定権はありませんが⋯⋯国の今後を考えると、やはり難しいかと」
「そうか⋯⋯私も、力はあくまで抑止力だと考えておる。あの力は、神々が恐れた怪物、“デュオン”のようだ⋯⋯。では、勇者殿を代表に据えるのは却下ということでよいな?あと、サイラ、フレイヤ様の付き人を引き受けてほしいのだか」
「⋯⋯えっ?アタイが?」
「そうだ。今、フレイヤ様の精神状態は芳しくないだろう。それに、考えたくはないが、災いをもたらす力を持っておられるかもしれん。もしそうなった場合、サイラだけが頼りだ。神の思し召しだと思って引き受けてはくれないか?」
(アタイが神の抑止力だってか?冗談だろ?⋯⋯でも、ほっとく訳にもいかねぇよな⋯⋯)
サイラはしばらく顔を伏せ、沈黙した。
神殿内は少し冷えた空気が漂う。
すると、彼女は頭を下げ、ぽつりと呟く。
「⋯⋯謹んでお引き受けいたします」
「⋯⋯そうか。重責を押しつけてしまって申し訳ない。頼んだぞ」
「はい⋯⋯」
「下がってよろしい」
「失礼いたします」
サイラは踵を返し、大神殿を後にした。
すると、マルコスが、
「あの⋯⋯フレイヤ様の今後についてですが、コスタス殿とディミトラ殿はどうお考えで?」
とふたりに問いかける。
ディミトラが、
「こうしてセオカトに現れたのも神のお導きでしょうから、これからもこの国にいていただければ、私たちのように神が視えない国民の、心の拠り所となっていただけるでしょう。精神の安定は、命とも繋がっていますから」
コスタスは、
「⋯⋯しかし、フレイヤ様は“豊穣と戦の女神”。言い伝えでは、“四国大戦”が始まる前、この“エントゥセウ”にフレイヤ様が現れたというのはお二方もご存知だろうが⋯⋯」
一拍置いて、口を開く。
「もちろん、戦争との紐付けは別にして、こうしてお会い出来たのは光栄なことだが⋯⋯現人神として現れた、フレイヤ様がもたらすのは⋯⋯僥倖か、災厄か⋯⋯」
マルコスは心の中で、
(願わくば、祈りだけで済む“女神”でいてくれればいいのだが⋯⋯)
と呟いた。
サイラは早速、ファナのいる宿へと向かった。
(はぁ。神官様も酷ぇよなー。自分らだってビビってるのによぉ。でも、いつまでもビビってたら何も始まらないからな。少しでも親睦を深めないと。そうしなきゃいけないのは分かってるけど、やっぱり怖ぇんだよな⋯⋯)
サイラはファナのいる宿に着くと、見張りの使者に挨拶し、部屋へ向かう。
部屋の前で思わずブルッと身震いしたが、両手でパンと顔を叩いた。
(アタイなら大丈夫だ!)
部屋の扉をノックしようとした瞬間、扉が開き、ファナがひょっこり顔を出した。
「わあああああ!!」
サイラは驚き、尻もちをついた。
「あれ?サイラ⋯⋯さんですよね?どうしてここに?何か“パン”って音がして⋯⋯」
サイラはすぐ体勢を直し、片膝をつき、一礼する。
「⋯⋯いきなりすみません。実は、神官様たちが、アタイをフレイヤ様の付き人にしたいと⋯⋯」
(顔見知り程度なのに、許可下りるわけないよなぁ⋯⋯)
「そうですか⋯⋯中へどうぞ」
ファナは伏し目がちに、サイラを部屋の中へ案内した。
(⋯⋯怒ってるのか?アタイここで死ぬかもしれないな?)
ふたりはダイニングテーブルに向かい合わせに座った。
するとファナは、真剣な眼差しでサイラを見つめる。
サイラは口を真一文字にし、少し目を丸くする。
(何だ何だ?狙われてる?)
「⋯⋯サイラさん、私の付き人になるのは⋯⋯神官様方がそう言ったからですか?」
(どの答えが正解だ?⋯⋯って、アタイの頭のレベルじゃフレイヤ様を騙せる訳ねぇだろ!)
サイラは今すぐにでも、その場から逃げ出したかった。
でも、ファナの瞳はそれを諦めさせる。
まるで、卓上の心理戦。
と言っても、そう感じているのはサイラだけなのだが。
すると、
「フレイヤ様、本音を話してもいいですか?」
「⋯⋯本音、ですか?はい、お願いします」
短い沈黙のあと、サイラが切り出す。
「⋯⋯フレイヤ様の今の表情を見てると、ダイスケの存在の大きさが分かります。あいつが攫われる前後では、まるで別人のようです」
「⋯⋯やっぱり隠せてなかったですか?ちょっと、頑張ってるんですけど⋯⋯」
ファナは少し照れたように、苦笑いを見せる。
「なぜ⋯⋯頑張るんですか?」
「それは⋯⋯」
ファナは本来の自分と、“フレイヤ”としての立場の間で揺れていた。
「周りの人たちに心配をかけたくないので⋯⋯」
サイラは少し前のめりに、
「お言葉ですが、自分の心に嘘をついて、その嘘で周りの人間を騙したら、フレイヤ様の気持ちは⋯⋯いえ、“ファナ”の気持ちはどうなるんですか?」
その一言に、ファナの瞳が揺れた。
“フレイヤ”ではなく、“ファナ”として呼ばれたことに、驚きと安堵が混じっていた。
それでも。
「⋯⋯私のことはいいんです。女神様だと言われてますけど、何もできないし、部外者ですから⋯⋯」
サイラはテーブルを両手で叩き、立ち上がり、
「よくない!!」
思わず大声を出してしまった。
が、すぐに我に返り──
「あっ⋯⋯す、すみません!」
そう言って頭を下げ、座り直した。
ファナは驚いた。
ひとつは、声の大きさと勢いに。
もうひとつは──ノエルナ村の川のほとりで、大輔に言われた、同じ言葉。
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「もう、村を守るにはそれしかないですから。最悪、私が死んでも、村が残ればそれで⋯⋯」
「よくない!!」
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あのときと同じだった。
自分の身を案じるような、熱のこもった声。
ファナの目から、つっと涙がこぼれる。
「えっ、ちょっと、フレイヤ様?」
サイラが慌てて立ち上がり、ファナの隣に膝をつく。
(これは⋯⋯やっちまったか?)
「⋯⋯ごめんなさい」
ファナは小さく笑いながら、涙を拭った。
「前にも、同じようなことがあって⋯⋯思い出したら、勝手に涙が⋯⋯」
サイラはそっと微笑み、ファナの両手を包み込む。
「フレイヤ様は、いい人たちに囲まれて生きてきたんですね。だから、自分を犠牲にしようとする。でも、それは違います」
言葉をひとつひとつ噛みしめるように、サイラは優しく続けた。
「みんなで幸せにならないと、意味がないです。困ったときは、支え合いましょう。お互いの手を、取り合って──ね?」
サイラのぬくもりが、ファナの心の奥にじんわりと染み込んでいった。
「ありがとうございます。サイラさんは⋯⋯優しいんですね」
ファナの柔らかな笑顔に、サイラは少し顔を赤らめて、そっと視線を逸らす。
「そ、そこまでではないかと⋯⋯」
照れ隠しのようにファナの手を離そうとするサイラ。
だが、ファナはその手をぎゅっと握り返した。
「⋯⋯フレイヤ様?」
「サイラさん、私の付き人になってください」
真剣な声で頭を下げる。
「私からのお願いです」
突然の申し出に、サイラの目が丸くなる。
「フレイヤ様、頭を上げてください!⋯⋯直々の任命、身に余る光栄です」
ファナは少し間を置いて続けた。
「ただ⋯⋯条件というか、わがままを聞いてもらえますか?」
「わがまま⋯⋯ですか?」
「私とふたりきりのときは、“ファナ”と呼んでください。そして⋯⋯敬語も、やめてほしいんです」
「⋯⋯へ? そ、それはさすがに⋯⋯」
戸惑うサイラをよそに、ファナは微笑む。
「みんなの前では、今まで通りで構いません。サイラさんの立場もありますから」
「ちょっと、話進めないでください⋯⋯」
そう言いながらも、サイラの声はどこか緩んでいた。
「じゃあ、アタイからも、ひとつだけ──」
少し緊張した面持ちで、サイラはそっと言う。
「“さん”はいらないです。“サイラ”と呼んでください」
ファナは、ふふっと笑う。
「“サイラ”、敬語になってますよ?」
「えっ? もう始まってたのか⋯⋯」
苦笑いしたサイラは、咳払いをひとつして、片膝をつき直す。
両手は、まだファナの手を握ったまま。
「改めて。ファナ、これからよろしく」
「はい、よろしくお願いします、サイラ」




