#26 性悪女とディストピア
一方、攫われた大輔は、穴から放り出され、尻から地面に落ちた。
「いってぇ!この世界でもケツ割れるのかよ⋯⋯しかも鎧着てるから尚更痛ぇ⋯⋯」
大輔が蹲って悶絶していると、
「はぁ⋯⋯また座標ズレてんじゃん。実用化できんのかコレ?それにパワードスーツ、汗で引っ付いて気持ち悪っ」
目の前には、大輔を攫った、フードを被った人物が背を向けている。
「あー、あっつー」
そうぼやくとフードを外し、長い金髪を乱暴にかき上げた。
首を振ると、さらさらと髪が風に靡く。
大輔は自分の尻をさすりながら、
「⋯⋯おい、そこの女。ここどこだよ」
女は顔だけ振り返り、緑色の瞳で、目線を大輔に送る。
「ん?クロス=アージュ」
「クロスアージュ?」
「うん、クロス=アージュ」
「だから、クロスアージュってどこだよ」
女はだらしない体勢の大輔に正対して、両手を腰にあてながら、
「だからクロス=アージュだって言ってんだろ!しつこいなぁ!」
「だからクロスアージュじゃ分かんねぇだろって!」
「クロス=アージュ以外に何て言えばいいんだよ!」
「北とか南とかあんだろ!」
女は一瞬、斜め上を見て、
「あっ、そっか──東の国」
(東の国?東の国って言ったら⋯⋯ギャレットがかなり警戒してた国だよな⋯⋯)
大輔は立ち上がり、
「俺をどうするつもりだ?」
「え?この国の代表の証持ってるじゃん。クロス=アージュ代表、おめでとう〜」
女はニコニコしながら、胸の前で小さく拍手する。
「はぁ?俺が?」
「うん、そういうことにしろって言われたから拉致ったんだし」
「俺の意見は一切無視か?」
「意見?⋯⋯いる?」
「いるに決まってんだろ!!」
大輔は深くため息をつき、周りを見回すと、
(⋯⋯何だよここ。高層ビルだらけじゃんか)
そこは、西や南では一切見られなかった、近未来的な街並み。
所々に街頭ビジョンがあり、政府広報のような啓発動画が流れている。
「最先端の技術が世界を作る!ひとりひとりの理想が国を変える!クロス=アージュは現代の理想郷!」
映像には無機質な笑顔の子供たちが映る。
(うわっ。国ぐるみでこれは怖っ。夢に出てきそうだ)
夜なのに暗い場所がひとつもない、まるで日本の歓楽街のようだった。
(大都会に見えてディストピア感もあるな⋯⋯それに監視カメラの数が尋常じゃない)
「じゃあ大輔、行こっか?」
女は親指を立てながらその方向をさす。
「⋯⋯俺のこと知ってるのか?ってか、気安く呼ぶな!」
「いいじゃん気にすんなって。兄貴が待ってるからさ」
(いい予感が一ミリもしないな⋯⋯)
大輔は渋々、女について行った。
その道中、空を見上げたが、星は数えるほどしか見えなかった。
(東京と同じ空だなぁ。まさか異世界でそう感じるとはな)
大輔は女に不躾に質問する。
「なぁ、お前って何者なの?」
「お前じゃねぇし」
(うわ!こいつめんどくせぇ!名乗らねぇくせに突っぱねやがって!)
大輔は頭を搔きながら、ぶっきらぼうに確認する。
「⋯⋯名前は?」
「クリスタ」
「ふーん」
大輔の塩対応に、クリスタは振り返る。
「おい!ふーんって何だよ!可愛い名前だな、とか、響きがいいね、とかあんだろ!」
(あー!本っ当にこいつめんどくせぇ!今すぐ殴りたい!)
「あ〜、可愛くてぇ〜響きがぁ〜いい名前だなぁ〜」
大輔は棒読みで言い放つ。
「⋯⋯おい。ふざけんなよ?」
「はぁ?どっちがだよ?」
ふたりは顔を近づけて睨み合う。
「大輔、兄貴のところでヒーヒー言わせてやるから覚悟しとけよ?」
「上等だ。やれるもんならやってみろ」
クリスタは大輔の前を歩き出しながら、「あ〜、大輔が“東の国の代表、僕にやらせてください!”って頭下げながら懇願するのが楽しみだな〜」
と大声で話す。
「何の魅力も無い国の代表になる気なんかひとつもねぇよ、バーカ!」
その大輔の何気ない一言に、クリスタは一瞬顔を曇らせたが、
「ほぉ〜?言ってろバーカ!」
お互いの減らず口は途絶えることなく、その様子は何台もの監視カメラが追尾していた。
クリスタが、全面ガラス張りの高層ビルに入っていく。
「ここはクロス=アージュ本部の第二庁舎だ。最上階に兄貴がいる⋯⋯って聞いてんのか?」
大輔はそのビルを見上げると、一番上が円形に飛び出した造りになっていた。
(何だあれ?回転レストランみたいになってるのか?)
「おい大輔!行くぞ!」
「あーはいはい」
ビルの中に入ると、改札のようなゲートがあり、クリスタがそれに手を翳すと、その先にある扉が開いた。
更に奥に進むとエレベーターがあり、ふたりが乗り込む。
外を眺めることができ、上に上がるにつれ、摩天楼が眼下に広がる。
(異世界と言えば異世界だけど、SFっぽいよな)
最上階に着くと、目の前に頑丈そうな銀色の扉が現れた。
クリスタは暗証番号らしきものを押し、更に手を翳すと、ゆっくり扉が開く。
そこには、大きなソファが向かい合わせに置かれ、奥には大きな机と椅子がある。
棚には見たことの無い動物の剥製が飾られ、絵画も数点、壁に掛けられている。
室内は少し暗く、照明はこの国に似つかわしくない、油ランプが数台、テーブルや机などに置かれていた。
「兄貴ー、連れて来たー」
クリスタが部屋で声をかけると、反応は無い。
「ったく、頼んでおいてこれかよ」
クリスタはソファにぼふっと座り、脚を組む。
大輔は立ったまま、このあとの展開を想像していた。
(この部屋、完全に悪い奴の部屋だな⋯⋯その兄貴って奴の部屋か?俺を代表にして、世界征服でもしようって魂胆だな?)
「⋯⋯難しい顔してどうしたんですか?」
大輔は突然後ろから肩を組まれ、ビクッとしながら左を向くと、笑顔の男がいた。
「おい兄貴!いるならちゃんと返事しろ!もう手伝わないぞ?」
クリスタは立ち上がり、男に迫る。
「いやぁ、ちょっと外してたもので。あぁ、立ち話も何ですので、掛けてください、“勇者大輔”」
男はまだ笑顔を崩さず、大輔を促す。
クリスタはふてくされながらソファに沈み込む。
「⋯⋯やっぱり俺のこと知ってるんですね」
「もちろん!貴方は今回のモノマヒアの最大の“ゲスト”ですから」
大輔は怪しみながらも、ソファに座る。
男も、大輔の向かいに座った。
「では、改めて。私はクロス=アージュ科学連邦、科学総監のジェフ・クリオノハートと申します」
「⋯⋯科学総監?」
「はい。まぁ、簡単に言えば、科学の力で成り上がった人間の頂点、とでも言いましょうか」
(あー、俺もうこいつ嫌い!すっごい嫌い!)
「そうなんですね!」
大輔は営業職で培った、明るい相槌を打つ。
「そういえば、勇者大輔、妹と仲良くしてくれたようで⋯⋯ありがとうございます」
「はぁ?どこが仲良くだよ!」
クリスタは身を乗り出す。
「ここに来るまでのこと、全て見させてもらいました。“茶番劇”にもお付き合いいただいて」
「茶番劇?セオカトのあれは貴方が⋯⋯?」
「えぇ、貴方の実力を試すのも兼ねてまして。すみません、役不足でしたかね?」
ジェフは少しおどける口調で言った。
(何言ってんだこいつ⋯⋯)
「どうしてこんなまどろっこしいやり方を?」
「人生にはドラマがあったほうが華やかになりますからね」
ジェフの柔和な表情とは対照的に、大輔の表情は険しくなる。
「⋯⋯人の命を懸けた戦いがドラマ?」
「はい⋯⋯そうですが?」
ジェフはぽかんとしている様子だ。
(こいつ⋯⋯俺が思ってた以上に悪だな⋯⋯)
「ジェフ、あんたは俺を東の代表にしたいのか?」
「⋯⋯まぁ欲を言えば、“本気”を見てから決めたいですね」
「本気⋯⋯?」
「勇者大輔、ご案内します。こちらへどうぞ」
ジェフは立ち上がり、どこかへ移動しようとする。
「兄貴、あの悪趣味部屋に連れてくのか?」
「悪趣味?そんな野暮な言葉で片付けないでほしいですね。私の成長の“糧”ですよ」
ジェフは笑顔を保ったまま、大輔をじろりと値踏みするように見た。
(⋯⋯何企んでんだ?)
三人は部屋を出て、螺旋階段を登る。
辿り着いた先は、先程大輔が見上げた、円形の大きなフロアだった。
(何だこれ⋯⋯悪趣味にも程があるだろ!)




