#24 豊穣祭と爆炎と誘拐
太鼓の低い音が、地面を通して腹に響く。
ドン⋯⋯ドドン⋯⋯ドン⋯⋯ドドン──
一定のリズムが、会場全体をひとつの心臓のように脈打たせていた。
すると、松明を手にした女性たちが現れ、藁柱の内側を円となって舞う。
振り上げられる度に火が尾を引き、闇の中で残像が弧を描く。
一瞬の光が幾重にも重なり、宙に編み込まれた炎の模様が、夜空に“神の紋”を刻んでいくようだった。
民衆は誰ひとり声を上げず、ただその幻想に飲み込まれていく。
火と影の狭間に浮かぶ舞姫の姿は、現実というより儀式の夢そのものだった。
そして、踊りを終えた女性たちは、藁柱の外周を囲む篝に、松明で火をつけた。
その瞬間、民衆からは歓声や拍手が起こり、祭の熱気は上がっていく。
すると、その中央に、ひとりの女性が現れた。
「あっ!サイラだ!」
大輔は思わず声に出し、手を振った。
「大輔、知り合いですか?」
「うん、裸⋯⋯いやいや、昨日簡易宿舎で会ってね、仲良くなったんだ」
「そうでしたか⋯⋯何だか、とっても強そうな人ですね」
サイラは白布に金糸をあしらった装束をまとい、その袖は炎を包む風のように大きく揺れた。
目を閉じながら、ひとつ息を吐く。
そして、開いた金色の瞳は鋭く大輔を捉え、ニヤリと笑った。
(おっ⋯⋯“強いんだよ”って言ってたときの顔だ⋯⋯)
大輔は反射的に身体がビクッとなった。
先程とは違う太鼓の響きが始まり、サイラが舞い始める。
最初の舞は、水面に浮かぶ花弁のように穏やかで、両腕が描く曲線は観る者の心を鎮める。
だが、太鼓の響きが変わった瞬間──
彼女の動きも一変する。
膝を折り、地に伏すような姿勢から、弾かれたように跳ね上がる。
腕を顔の前で回す軌跡は火の輪のようで、片膝を立て空を仰ぐ姿は、まるで“ワイクルー”のようだった。
そして、舞が終わった。
太鼓の音もしなくなり、篝火がちらちらと照らす大広場に、
「来るぞ!サイラの“テフニカソドゥ”だ!」
とひとりの男が叫ぶ。
すると、大広場からは割れんばかりの歓声が起こり、大輔とファナは思わず両手で耳を塞ぐ。
(⋯⋯テフニカソドゥって何だ?)
サイラは静かに装束を脱ぎ、その中は、まるで水着のような防具を身に着けている。
装束を使者に渡したあと、目を閉じ、口に人さし指を当て、民衆に静かにするよう促す。
静まり返った大広場に、
「ハッ!!」
とサイラの声が響く。
開いた目にはいつもの金色の瞳ではなく、灼熱の赤い瞳が宿っていた。
そして、再び太鼓の音が響く。
そのリズムは今までよりも激しく、まるで何かを呼び寄せようとしているようだ。
サイラが地を踏み鳴らすたび、石畳が低く震え、民衆の胸骨までも響かせた。
灼熱の瞳に睨まれると、誰もが己が戦場に立たされた錯覚を覚える。
太鼓の音は更に速さを増し、サイラの動きと完全に同調していた。
腕を振り下ろすたびに火の粉が飛び、拳を突き出すたびに風が生まれる。
汗を滲ませるサイラの肉体が、篝火に照らされ輝く。
大輔は息を呑み、ただ目を見張るしかなかった。
ファナも、少し口を開けたまま、真剣な眼差しを送っていた。
そして、舞と太鼓の音が止まる。
サイラが空を見上げ、両手を上げる。
その両手をを勢いよく下ろした瞬間──
地を割るような爆音とともに、八つの藁柱は同時に炎へと呑み込まれた。
轟々と燃え盛る火柱は夜空を照らし、熱風が大広場を駆け抜ける。
民衆の髪が逆立ち、衣がはためき、誰もがその圧に身をすくませた。
「おぉぉぉーーーっ!!」
歓声、悲鳴、祈りの声が渦を巻き、祭は狂騒へと変わる。
(⋯⋯これが“強いんだよ”ってことか)
大輔は声を失い、ただその光景を焼き付けるしかなかった。
そのとき──
「キャーッ!」
山車の後方から、甲高い女性の悲鳴が響いた。
だが、熱狂の歓声にかき消され、ほとんどの民衆は気づいていない。
「⋯⋯俺、ちょっと見てくる」
「大輔?気をつけてください」
「うん、すぐ戻るから」
立ち上がった大輔は、舞を終えたサイラが同じく声に気づいたのを見た。
彼女が踏み出しかけた瞬間──大輔は掌を向けて制し、頷いてみせる。
サイラは一瞬目を細め、すぐに小さく頷き返した。
山車を降りた大輔は暗い石畳を駆け、声の主を探す。
(どこ行った?こっちのほうなのは間違いないはず⋯⋯)
すると、
「いいからこっち来い!」
男の怒声が、細い路地の奥から聞こえた。
(こっちか!)「おい!何してんだ!」
大輔はマスターソードを構える。
「⋯⋯あぁ?誰だてめぇ」
そこには、山賊風の男たちが三人。
その背後に、フードを深く被った人物が怯えたように身をすくめている。
(うわ〜、異世界アニメに出てくるモブキャラそのまんま⋯⋯)
大輔は小さく息を吐き、
(まぁ雑魚そうだし、“かんそう”するまでもないな。じゃあ、アレだ)
「どうぐ!」
「はぁ?何言ってんだこいつ」
大輔の目の前にウィンドウが展開して、
「ゆうしゃのよろい(しゃくどう)、そうび!」
次の瞬間、眩い光が彼の身体を包み込む。
光が収まると、赤銅の鎧をまとった勇者の姿が闇に浮かび上がった。
「おっ、意外としっくりくるな⋯⋯いい感じだ」
「な、なんだぁ!?いつの間にか鎧着てやがる!」
(やっぱり⋯⋯こいつが“勇者大輔”か⋯⋯)
フードを被った人物は口角を上げる。
大輔はすぐに蹲踞の構えを取り、低く告げる。
「来いよ、悪党」
「そんなハッタリ通用するかよ!」
ひとりの男が短剣を突き出す。
しかし、大輔はわずかに身体を捻って躱すと、声を張り上げた。
「小手!」
鋭い打ちで短剣を叩き落とし、怯んだ隙を逃さず──
「面ッ!」
マスターソードを脳天に叩き込まれ、男は泡を吹いて石畳に崩れ落ちた。
「こ、この野郎!!」
残ったふたりが同時に飛びかかる。
「遅ぇ!がら空きだ!」
「胴ッ!」
ひとりは腹を押さえ、呻き声を上げながら膝をついた。
「死ねぇ!!」
もうひとりが剣を振り下ろす。
大輔は振り抜いたマスターソードの軌道を急角度で変え、突き上げるように構えた。
「⋯⋯突き!!」
剣先が喉元を抉る。
男は白目を剥き、泡を散らして石畳に沈んだ。
静寂。
荒い息だけが路地に響く。
「ふぅ⋯⋯」
大輔は肩を落とし、奥のフードの人物に声をかけた。
「大丈夫?さっき叫んでたのは君?」
「⋯⋯あ、ありがとう」
消え入りそうな声で言うと、その人物は大輔の返答を待つことなく駆け去った。
「お、おい!⋯⋯はぁ。もうちょっとさぁ、お辞儀するとかさ、“このご恩は忘れません!”とかあるんじゃないのかよ⋯⋯」
ぶつぶつ文句を言いながらふと地面に目を落とすと、石畳の上で、小さな光が瞬いた。
「ん?なんだこれ⋯⋯」
拾い上げると、それは紋章のような模様が刻まれた、硬質なピンバッジだった。
そのとき、複数の足音が近づき、数人の男たちがランプを持って路地に駆け込んでくる。
その中で年長らしき男が、大輔に尋ねた。
「悲鳴が聞こえたが⋯⋯何があった!?」
「襲われてる子がいたから、俺がやっつけた」
「そうか⋯⋯助力に感謝する。私たちは警備隊だ。この三名は我々が引き取る」
すると、ひとりの隊員が、
「あれ?あなたは先程、フレイヤ様の隣にいらした勇者殿ですよね?」
「うん、そうだけど?」
彼は大輔の手元を見て、怪訝な顔をした。
「何故、あなたは⋯⋯それを持っているのですか?」
「えっ?ここに落ちてたのを拾っただけなんだけど⋯⋯」
「⋯⋯それは国家元首から直々に授与される、“モノマヒア”代表の証です」
「へぇ~?そうなの?じゃあ預かってくれない?落とし主に届くといいな〜」
大輔がピンバッジを差し出すと、
「⋯⋯いえ、それは預かれません」
隊員は顔を伏せる。
「なんで?じゃあ“ハリ”の爺さんに──」
「それは!」
隊員は顔を上げ、声を荒げた。
「⋯⋯“東の国”の代表の証だからです⋯⋯!」
「は?マジで?なんでここに──」
言いかけた瞬間。
大輔の背後から、強い力で腕が引かれた。
「うわっ!?な、なんだよ!離せ!」
振り返れば、そこにいたのは──
さきほど救ったはずのフードの人物。
まるで大輔を追手から引き剥がすかのように、そのまま走り出す。
(くそっ!こいつ力強すぎて振りほどけねぇ!)
フードの人物が右手の拳を翳すと、手の甲の辺りから前方に向けてレーザーのような青い光が放たれ、フラフープほどの光輪が現れた。
(チッ!雨か!持ちこたえろよ⋯⋯!)
(⋯⋯何だあれ?ワープホールか?)
「くっそぉ、離せよ!!」
大輔は必死に抵抗するもむなしく、その輪の中へと引きずり込まれる。
「⋯⋯ファナ!!ファナぁぁぁああああああ!!」
その叫びは、直前に降り出した雨とともに、石畳を流れていった。
※ワイクルー:ムエタイの試合前に、選手が踊る儀式のこと




