十円玉の刻印
深夜、駅のホームで終電を待ちながら、自販機で温かい缶コーヒーを買った。
釣り銭の中に、一枚だけやけに古びた十円玉があった。
裏面の平等院鳳凰堂、その右下に、小さくこう刻まれている。
「かえせ」
以前、ネットで読んだ奇妙な噂を思い出した。
——裏に刻印された硬貨は、必ず“人探し”や“物探し”を託されている。
中でも有名なのが、「ぼくをさがして」と刻まれた百円玉の話だった。
見つけた者は、行方不明になった人間の痕跡を辿らされるという。
俺は都市伝説だと思っていたが、今、この手の中にある十円玉は、どう見ても本物だった。
調べていくうち、この十円玉は数十年前の強盗事件の被害者が握りしめていた物だと知った。
現金と共に奪われ、返してほしい相手がいた——ただし、その相手は既に他界している。
しかし、被害者の孫に当たる人物が、最近行方不明になっていることもわかった。
最後に辿り着いたのは、古びた木造アパートの一室。
そこには、埃まみれの机と、百円玉が一枚置かれていた。
裏にはこう刻まれていた。
「ぼくをさがして」
その瞬間、十円玉はふっと冷たくなり、ただの硬貨に戻った。
まるで役目を終えて、次の走者にバトンを渡したように。
帰り道、俺はその百円玉をポケットに入れた。
知らなかった。
これが、あの「百円玉の裏に刻まれた言葉」の“始まり”になることを——。