第1章ー② ジェネレーションギャップ
「回収班、準備完了。出動はセオドア・エバンズ、及び研修中の隊員一名です。どうぞ。」
「小型流星は無事回収地点に墜落。内部の物質が揮発する前に速やかに回収せよ。流星の詳細は判明次第送信する。では、出動を許可する。」
その瞬間、輸送ユニットにかけられた全てのロックが解除される。同時に格納庫と外を隔てる扉が開き、曇天から漏れる薄っすらとした日光が目の奥に突き刺さった。十五センチ四方ほどのモニターに表示された目的地は基地からそう遠くなく、片道十分弱ほどだろう。対象も小型だと聞いているし、楽な部類の任務だ。
「新人、現場に出るのはこれで三回目だな。そろそろ現場のいろはくらい覚えてきたか?」
まだ着慣れない防護服を身に纏った新人は助手席からこちらを振り返り、背中が反り返るほど背筋を正す。
「は、はい! エバンズ班長のおかげです!」
「お世辞はいい。じゃあ、道すがら基本の確認だ。」
自動運転システムを起動すると、移動ユニットは勝手に格納庫を飛び出し目的地へと走り出す。人間よりも快適な運転のせいで疲れが溜まっていると睡魔に襲われるが、新人がいる手前今日は寝られないだろう。マリが送ってくれたブランケットの仕事はなさそうだ。
「現場に到着後、回収班が最初に行うことは何だ。」
「回収目標の同定と周囲の安全確認です!」
「安全確認で特に留意すべき事項は?」
「火災の有無、有毒ガスの濃度、あとは……」
新人は指折り数えながら答えていたが、最後の一つが思い出せないのか口をまごつかせる。元々ゆとりをもって設計された防護服が更にぶかぶかに見える華奢な体が縮こまっていくのが目に見えた。見ようによってはマリよりも貧弱そうな彼女にこの仕事が務まるのだろうかといつも思っているが、懸命に習ったことを思い出そうと頭を抱える新人に軽率にそんなことは言えない。
「地面の安定性、だ。星の墜落によって場所によっては地盤が不安定になっている場合もある。自分が生き埋めにならないためにも、地面の確認は怠るな。」
「はい! ご指導、ありがとうございます!」
反動で天井に頭をぶつけるのではないかという勢いで新人は腰を折った。それからいくつかの基本的な手順の確認を終えた後、俺の口下手のせいか新人の緊張のせいか、車内には規則的なエンジン音だけが鳴り響く。窓の外を見てみれば、二十年ほど前まで人が住んでいたとは思えないほど廃れた街並みが広がっていた。崩れたコンクリートの建造物に、ひび割れて時折足元を揺らす道路。進路を妨害する朽ちた街路樹をスムーズに迂回しながら、星の回収地点として隔離された地域へと移動ユニットは移動していく。暮らす人間がいなくなるとここまで早く劣化するのかと、胸に渦巻くのは得体の知れない感心と一抹の虚しさだった。
「回収目標の詳細情報が判明。直径およそ十メートル、内部に一部間隙あり。鉄及びその他金属元素、メテオリウム、液状のノートリスターが含まれる。回収班はガスの発生に注意して作業せよ。」
「了解。」
届いた司令塔からの通信に短く返事し、新人の方へと振り返る。郷愁を漂わせながら窓の外を眺める新人だったが、ミラーで俺の視線に気づいたのかすぐに背筋を伸ばすと体ごと俺の方へ振り向いた。
「今の通信は聞こえたな? メテオリウムの性質と回収の際に注意すべき点は?」
「メテオリウムは常温で固体、可燃性のある物質で主に燃料として活用されます。酸素と結びつきやすく外気に触れるとすぐに酸化が始まるため、迅速に露出部を保護シートで被う必要があります。」
「正解。じゃあ、続けてノートリスター。」
「はい! ノートリスターは常温で液体、粘性のある物質です。リンと窒素を多く含むので植物の肥料として加工されます。ノートリスター自身は揮発性のある液体なので、発見次第密閉容器に入れて揮発を防ぐことが求められます。」
「そうだ。よく勉強してるようで感心感心。」
俺がそう言うと、新人の頬の筋肉が僅かに緩む。ただでさえ過酷な現場も多く、辞める新人が多いのだ。少しでも新人が定着するよう、古株としては様々な手を尽くさなければいけない。案の定、褒められて気を良くしたのか新人は笑顔を浮かべながら俺の顔を覗き込む。
「ありがとうございます! 何度も教本を読み返した甲斐がありました!」
「新人が全員これくらい熱心だったらいいんだがな。そこまで勤勉なのは何か理由があるのか?」
「はい! 私、リングにいた頃学校の理科の授業で星について習ったんです。宇宙空間に建設されたリングに住んでる人たちの生活を支えてるのは、星から採れる物質だって。メテオリウムの電力とノートリスターの肥料がないと、人類は生活できないって先生は言ってました。みんなの暮らしをより良いものにするためにも、頑張ろうと思ってるんです。」
新人のキラキラと輝く銀河のような目に、俺は『なるほどな』と返すので精一杯だった。人類が地球からの移住先として十七年前に建設した都市空間、リング。新人の年齢から考えると、もう地球よりも宇宙で過ごした期間の方が長いのだろう。星が地球に落ち始めた頃の混乱を学校では教えていないようだし、こうなるのも無理はない。
二十年前に観測された初の衝突を皮切りに、地球には無数の星が落ち続けている。直径五十メートルに及ぶこともあったその星は世界各地に降り注ぎ、犠牲者の数はリングが完成するまでに十億人を超えた。終焉という言葉が誰しもの頭を過ぎっていたあの頃、星は畏怖の対象だった。
だが、今ではどうだろう。星の内部から見つかった未知の物質の有用性が判明するやいなや、人類は逞しくもその活用方法を確立させた。そしてその技術が宇宙で暮らす人類の暮らしを支えているではないか。地球の遥か上空で生きる人間にとって、星はもはや脅威ではなく恵みですらあった。
「未だに謎は多いですけど、でもだからこそ宇宙の神秘ですよね。人類がまだ到達できてない宇宙の彼方から、こんなにすごいものが飛んでくるんですから。」
両手の指を突き合わせてどこか誇らしげに語る新人に、今度は何も返すことはできなかった。あの日俺から両親と音楽を奪った星と、今俺が回収に向かっている星。それらは同じものであるはずなのに、全く違う。回収量が少なければ世間から『もっと寄越せ』と急き立てられ、多ければ『助かった』と感謝される。価値が生まれれば、犠牲はなかったことにされる。犠牲になった十億人は、果たして何のための命だったのだろうか。
「こちらセオドア。目的地に到着しました。これより回収作業を開始します。」
司令塔に通信を入れ、停止した移動ユニットのドアを開く。周辺を見回して星が落下した地点を探すと、わかりやすく山の手から煙が上がっていた。少し登らなければいけないが、あれくらいであれば問題ないだろう。
「エバンズ班長、各種計測器と保護シート、密閉容器用意できました!」
移動ユニットのトランクから手際よく物資を取り出し、新人は元気よく報告してくる。防護服のフードを被りながら俺は装備一式を手に取った。