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Hunt the Star  作者: 鳥野文
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第1章ー① 電話室とお節介

「もしもし? こうして話すのも久しぶりね。ちゃんと食べてる? 睡眠は? 私が送ったブランケット使ってくれてる? アンタがいるとこ、今の時期は冬なんだから体調には気をつけないと。」


開口一番に紡がれる矢継ぎ早なおせっかい。思わず受話器を耳から話すと、狭い電話室の中で肘が壁に激突した。骨を揺らす痛みに俺が歯を食いしばったことなど向こうは気づいていないのだろう。俺の返答を待つ間もなく、電話口の世話焼きはおせっかいを続ける。


「って、それよりアンタ次はいつこっちに戻って来るの? ここのところずっと地球で働き詰めなんだから、そろそろ一回羽を伸ばしたら?」


「うるせえ。落ち着いたら時期見て帰るって前も言っただろ、マリ。」


「夏の前も同じこと言って帰って来なかったじゃない!」


「夏は星の回収が立て込んで忙しかったんだよ! 家族でもないのに口出しすんな!」


電話が置かれたテーブルを力任せに叩けば、受話器の奥から『物に当たらない!』とすかさず叱責が飛んでくる。視界の隅で電話室の順番待ちをする同僚の肩が跳ねたが、フォローを入れる余裕も無く俺は受話器を握り直した。


「はあ……勘弁してくれ。お前の声は頭に響く。」


「今のは連絡も寄越さず帰って来なかったアンタが悪いんだから謝らないわよ。で、話を戻すけどちゃんと健康的に生活してるの? 大変な仕事なのはわかってるけど、夜くらい休めてる?」


さっきまで互いに怒鳴り合っていたのがウソのように、マリの声は落ち着いていた。相変わらずの切り替えの早さには舌を巻くが、そろそろまともな会話をしなければ時間が来てしまう。受話器に拾われないよう一度深呼吸し、俺は首を横に振った。


「ニュースくらい見てれば知ってるだろ。最近ますます星の衝突頻度が増してる。夜中にサイレンで叩き起こされて回収に向かうのも珍しくない。お前がくれたブランケット、帰りがてら車内で寝るのに役立ってるよ。」


「やっぱり。そんなんじゃアンタ、そのうち倒れるわよ? 三十歳ってもう言うほど若くないんだから。」


「それはお互い様だろ。」


「ええ、知ってるわ。だから私、最近はできるだけ早く寝るようにしてるのよ。」


数年前までは二十代が終わることを嘆いていたくせに、と言いかけ俺は口を噤む。残された時間はあと二分ほど。何を話すべきで、何を話さないべきか。俺が決めあぐねていると、マリが息を吸い込む音が聞こえた。


「ねえ、テオ。いつまで回収部隊の仕事を続けるつもり?」


不意に、体の底が浮くような感覚がした。今自分がいるはずの電話室の床の感触が掴めず、千鳥足で後ろの壁に身を預ける。俺の答えを待つマリの吐息までもが聞こえてくるような静寂の中、それをかき消すように俺は頭を掻きむしった。


「できなくなるまで。」


前尋ねた時と変わらない俺の答えに呆れているのか諦めているのか、マリは校庭も否定もせず『そう』とだけ呟いた。


「とにかく、次のクリスマスまでには絶対帰ってきなさいよ。私もクリスマスは一日休みにするつもりだから。」


「は、イベントの近くは劇場の稼ぎ時なんじゃないのか?」


「一日くらいなら平気よ。待っててあげるから……必ず顔見せなさい。」


「余計なお世話だ。が……ありがとな。」


そこでちょうど時間が来たのか、そのままマリとの電話は途絶えてしまった。受話器を元あった位置に戻し、テーブルに転がしていた翻訳機を手に取る。小型のイヤホンの形をしたそれを耳に押し込みながら、俺は電話室を後にした。


「よ、テオ。随分盛り上がってたな。恋人か何かか?」


「ただの腐れ縁だ。それよりほら、電話使いたかったんだろ。電話室空いたぞ。」


眩しいライトで照らされた廊下で、俺の通話が終わるのを待っていた同僚が片手を挙げて近づいてくる。その手の平に強めのハイタッチを叩き込み、俺は電話室への導線を同僚に譲った。


「助かるよ。最近出動が多くておちおち家族への電話もできなかったからな。」


「ああ、困ったもんだ。なのに向こうの奴らは『使える資源が増えた』って喜んでやがる。それを体張って回収してるのは誰だって話だ。」


「ホントにな。少しでもこっちのことを思うなら人員増やしてほしいよ。」


同僚はすれ違いざまに肩をすくめて苦笑いし、電話室に歩いていく。自動ドアのセンサーが反応してドアが開いた、まさにその時だった。


「第三迎撃基地から連絡! 地球に接近中の小型流星を太平洋上空方向に確認! 第八回収部隊、速やかに出動準備を開始せよ!」


拠点の全域に響き渡るサイレンとアナウンスが頭蓋骨を揺らす。昼時ということもあってくつろいでいた職員たちはその瞬間一斉に立ち上がった。


「あー……まただ。」


「これは昼ご飯冷めちゃうね。行こう。」


口々にぼやきながらも彼らはテキパキとした動きで司令塔の方へと駆けていく。俺の手首に巻かれた連絡端末も出動を意味する赤いランプを点滅させていた。ふと電話室に入ろうとしていた同僚の方を向くと、同僚の唇から舌打ちの音が零れる。


「タイミング悪いなぁ、いつもいつも。仕方ない。テオも出動だろ。支度するぞ。」


「ああ……いや、お前は行かなくていい。」


「は? だって今、放送入ったろ。」


「落ちてくるのは小型の星らしい。小型なら回収要員は二人もいれば十分だ。ちょうど指導中の新入りを連れてく現場を探したところだ。お前は解析班にでも回ってくれ。」


解析班であれば主な仕事は星の回収後になる。新人の指導もすれば家族に電話するくらいの時間は稼げるだろう。


「……今度何か奢ってやるよ。」


「おう。楽しみに待っといてやる。」


互いを見ずとも重なった拳の感触を噛みしめ、格納庫の方へと駆け出していく。数秒後、電話室のドアから漏れ聞こえてきたのは誰かの誕生日を祝う同僚の声だった。


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