ひなまつり
春に、皆が困っているので、ここへ座っているように、深々、お願いされました。
皆に大恩があったので、一も二もなく受けました。
綺麗な衣を頂きました。
貴重な酒と食べ物と、花と灯りと、お囃子も。
それらは、成すべきを成した後に、晴れて愉しむ為の物なので、よおうく、目玉に焼き付けて、鼻の穴に覚えさせ、耳の奥まで沁み込ませて、大事に思い返して焦がれ、お務めの励みにするように、懇々、教えられました。
だから、眺めて、嗅いで、聞き、後は、他を心に拾わぬよう、目をとじ、口をとじ、鼻を、耳をとじ、両手足を指を、肌をとじ、仕上げに、倒れぬよう座らせてもらい、それから、ずっと、座りました。
少し前、外の殻が剥がれ落ちて、多分、流れ込んだ空気の所為で、肌をとじた一部がほつれました。
そこから空気が入り込み、目の、口の、鼻の、耳のとじがほつれ、ごわごわ硬く、かさついた、痛痒い目を開けたところ、見慣れぬ風体の輩が、礼を失した、顔をして、これ、本物の人じゃないかと、不躾な言葉を、発しました。
持ち上げられ、覗き込まれて、矯めつ眇めつ、見られました。
その所為で、殻が、益々はがれ、終いに、置き直された所為で、倒れぬよう、座らせてもらったのに、しっかり、とめてもらったのに、大恩ある、皆の為に、ずっとここへ座っていたのに、両手足と、指のとじまでほつれ、頽れてしまいました。
転がる視界に皆は居らず、衣も、酒も、食べ物も、花も灯りも、お囃子もない。
とった。
盗った。盗った。
不逞の輩が、皆を隠し、成すべきを成した後に、晴れて愉しむ為の物を、悉く、盗り腐ったのです。
そうなると、後は、成すべきは、暴かれてほつれた両手足で、指で目で口で鼻で耳で、盗った目と口と鼻をとじ、両手足も指も、肌もとじて、倒れぬよう座らせる事だけです。
どうしてこんな事にとか、そんなつもりじゃなかったとか、そういう泣き言は通じません。
「飢えたお前を食わせてやった」、大恩があるのと一緒です。
晴れて、お務めを果たせたので、失くした、愉しむ為の物を、これから、捜しに参ります。
衣を、酒を、食べ物を、花を灯りを、お囃子を。
やれ、晴れて、目出度い事。
今日は私のおまつりです。
終.