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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

転生先は処刑される悪役薬師でした。現代薬と知識で処刑ルートを回避します~スキルが明らかに善人なんだが~

「ぐへへへ、これでどうだ」


 狭い部屋に不気味な笑い声が低く響き渡る。

 今までやってきた実験もこれで何かが変わるかもしれない。

 そんな期待を込めながら、俺はできたばかりの薬を飲み込む。


「くっ……胸が熱い! これも毒か!」


 すぐに口の中に指を入れるが、手が痺れて出したものを吐き出せない。

 意識が薄れていくとともに頭痛が襲ってくる。

 自分のスキルで死ぬことになるとは誰も思わないだろう。

 そんなやつはこの世界に誰一人もいないからな。

 いや、俺が一番初めになるかもしれない


 誰にも期待をされず、相手にされなかった人生。

 そんな気持ちと共にあの病魔に打ち勝つこともできず、俺はその場で倒れていく。



「んっ……なんで俺は床で寝ているんだ?」


 さっきまで調剤室で処方箋の準備をしていたのに、気づいたら床に寝転んでいた。

 寝不足で気づいたら寝ていたのだろう。

 真冬のこの時期は感染症が流行して、薬を貰いにくる人が増えてくる。


 家族もおらずゆっくりと働きたかった俺は田舎の薬局で働いていた。

 だが、配属されたのは俺だけで、ほぼ一人で働く毎日。

 元々薬局にいた人がみんな高齢だから、とにかく動くスピードも遅い。

 それに腰が痛いやら、動けなくなったって休む人ばかりだからな。

 田舎でゆっくりできると思ったのに、そうはいかないようだ。


「すぐに薬の準備を……うわっ!?」


 ゆっくりと体を起こすと、机の上には生物の死体が転がっている。

 それも一匹だけではなく何匹もいた。

 まるで狂気的に何かの実験をしていたかのようだ。


「ってかここはどこなんだよ……。もしかして誘拐でもされたのか?」


 誘拐でもされたのかと思い、周囲を見渡しても誰もいない。

 手錠や縄で身動きを封じられているわけでもないしな。

 部屋中に血の臭いが漂い、明かりも入ってこない湿っぽい部屋にただ一人だけいる。


「これはノートか?」


 机の上に紙の束が置かれていた。

 さっきまでメモをしていたのか、途中書きのままになっている。


【生物名】


 ポイズンスパイダー ラトロキシン

 ポイズンガエル バトラコトキシン

 ブラックヘビ アセチルコリンエステラーゼ阻害物質


「なんか危なそうな名前ばかりだな」


 書いてあるのは生物名とたくさんの呪文のような文字が書き込まれている。

 ポイズンって名前からして毒のことを言っているのだろう。

 ただ、その中でもよく知っている言葉があった。


「アセチルコリンエステラーゼ阻害物質……これって成分のことだよな?」


 アセチルコリンエステラーゼ阻害物質は、アルツハイマー病などの認知症を遅らせる薬に使われる。

 それにラトロキシンやバトラコトキシンって、学生の時に毒成分として何となく聞いたことがあった。


 ページをめくっていくと、見たことない成分がズラリと並んでいる。

 いくら薬剤師でも毒に関しては、そこまで馴染みがないからわからない。

 ただ、何かを探しているのか、いくつも実験内容が書かれていた。


 ページをめくり終わると、下の方に小さな文字で名前のようなものが書かれていた。


「メディスン・ルクシード辺境伯……ぐああああああ!」


 突然、頭を鈍器で叩かれたかのような痛みが走る。

 あまりの痛みに声を出してのたうち回る。


 ひょっとして脳内出血でも起きたのだろうか。

 ここ最近不摂生な食事内容に、寝不足が重なっていたからその可能性もある。


 次第に痛みが落ち着くと、曖昧だった記憶が少しずつ戻ってきた。


「死んだのは俺だったか」


 調剤室で倒れた記憶まで残っていた。

 あの職場なら誰にも気づかれずに亡くなったのだろう。


 すぐに姿が映るものを探すが、この部屋には何もない。


 扉を開けて外に出ると、見たこともないはずなのに見慣れた景色が広がっていた。


 長い廊下に整えられた肖像画や大きな振り子時計。

 花瓶は花が生けられておらず、ホコリが被っていた。

 俺はきっと拉致されたんじゃない。

 廊下にある肖像画を見て、さらに今の現状を理解する。


「俺がメディスン・ルクシードか……」


――メディスン・ルクシード


 最近までやっていたゲームの序盤に出てくる毒使いの悪役貴族の名前だ。

 何かの記念パーティーで王子のワインに毒薬を入れて殺害しようとするが、偶然招待されていた聖女の治療で一命を取り止めた。


「ああ、俺はパーティーで捕まって、処刑されるんだったな」


 捕まったメディスン・ルクシードは貴族達の前で処刑される。

 その時の言葉が記憶にはっきりと残っている。


 ♢


 お前達王族が、支援をやめて俺達を切り捨てなければこうはならなかった。

 全てお前達が招いた結末だ。

 どれだけ家族や領民が泣き叫んでも、お前達は玉座から見下ろして笑っていたんだろう。

 家族を奪い、俺達を地獄に突き落とした貴様が幸せなのが憎い。

 貴様に安寧など二度と許さない――。

 お前も、この国も永遠に呪ってやる!

 全て消えてなくなってしまえ!


 ♢


 あまり情報もないため、処刑されるのは当たり前だとゲームをしている時は思っていた。

 ゲーム自体が魔王を討伐する王道RPGゲームだからな。

 チュートリアルで王子が死の瀬戸際までいき、勇者へと覚醒したところから始まる。


 簡単に言えば王子が勇者の力に目覚めるきっかけが俺ってことだ。

 永遠の呪いも勇者になって魔王と戦うことを示唆していたのだろう。

 普通ならこの国の世継ぎである第一王子が勇者でも、命懸けで魔王討伐に行くことはないからな。


 窓ガラスに映る姿はどこからどう見ても処刑されるメディスンだ。

 ただ、処刑されたメディスンは肖像画の人物の方が似ている。

 混乱する頭の中で今の状況を整理しないといけない。


「それにしても誰もいないものなのか……?」


 屋敷の中を歩いているのに、誰一人と姿が見当たらない。

 貴族であれば世話をする側付きや、屋敷の管理をする執事やメイドがいてもおかしくない。

 それなのに屋敷の中は静まり返っている。

 まるで俺だけが、この部屋に隔離されているような気がした。


「あそこは……くっ……」


 しばらく歩くと窓の奥に一際大きな屋敷が目に入る。

 メディスンの記憶ですぐにあれが何の建物なのかわかった。


「スキルがまともに使えない出来損ないの長男だったな」


 ルクシード辺境伯家の出来損ない長男として貴族界で俺は有名だった。

 爵位を継ぐ立場として、スキルが使えないと致命傷になる。

 この世界には魔物もいれば魔王すら存在するからな。

 知力だけではどうにもできないのが現状だ。


 記憶の中では使えないスキルを研究するあまり、不気味なやつだと思われていたようだ。

 家族と暮らす場所を変えてまで力の使い方を探していたのだろう。


 状況を確認するために俺は隣の屋敷に向かうことにした。


「うわ……さむっ!?」


 扉を開けるとそこには真っ白な世界が広がっていた。

 白い息がこの地域の寒さを物語っている。

 雪が降る中、隣の屋敷に移動するが屋敷からの明かりが少なく、わずかに光っているのがわかる。


 屋敷の中をゆっくり覗くが、俺の体はどこか震えていた。

 この屋敷に近づきたくないと反応しているのだろう。

 幸いなのは記憶が曖昧なことだ。


 ただ、辺境伯家の屋敷のはずなのに俺がいた別館と変わらず静かだった。

 期待されていない俺が別館を使っているのはわかる。

 だが、執事やメイドが誰一人ここにいないのはおかしい。


 ――ガチャ


「誰だ!」


 俺は警戒を強める。

 音がする方に目を向けると、メイド服を着ている女性が立っていた。


「メディスン様……」


 俺の世話役をしていたメイドだ。

 それに彼女の一言で、やはり俺がメディスンだと確信に変わった。


「食事の準備が遅れて申し訳ありません。今すぐに――」


 ふらふらと動き出す彼女を俺はすぐに支える。

 触れた体から明らかに熱を持っていることがわかった。

 頸部や額に触れても体表面が熱い。


「熱があるのか?」


 俺の言葉に彼女は心配かけないようにするためか、ニコリと笑う。


「私も雪の病魔に侵されてしまいました。メディスン様だけでも、別館にお逃げください」


 それだけ伝えると彼女は立ち上がり部屋に戻って行く。


 雪の病魔は寒くなって雪が降る時季に増える、流行り病だったはず。

 主症状に発熱があるのだろうか。


「お前達王族が、支援をやめて俺達を切り捨てなければこうはならなかった……」


 あの時、メディスンが処刑される時に言っていた言葉が頭の中を駆け巡る。

 ひょっとしたら悲劇はここから始まっているのかもしれない。

 俺だけでも助かるように逃げてと彼女は言っていた。

 もしかしたら他の人も同様の症状が出ているのではないか。


 その不安を抱えながら屋敷の中を見て回る。


「みんな雪の病魔に罹患しているのか……?」


 働く者全てが咳をしており、意識が朦朧としているのか俺の存在に気づいていない。

 執事やメイドといった使用人が俺のことを知らないはずがない。

 元々メディスンの影が薄いのだろうか。


「おにーしゃま……?」


 歳の離れた双子の妹ですら熱を出して寝込んでいた。

 それに俺のことを知っているということは、本当にボーッとしているのだろう。


「大丈夫か?」

「へへへ、ちゅめたい」


 冷えた俺の手を心地良さそうに頬にスリスリしていた。

 隣の部屋にいた弟もチラッと様子を覗いてみたが、同じような状態だ。


 その言葉通りなら、家族や領民が同じような状況になっているのかもしれない。


 本当に俺がメディスンなら、処刑されないように行動しないといけない。

 知らない物語がどうやって進むのかもわからない。

 まだ処刑が決まったわけでもないため、時間はたくさんある。

 俺は今度こそ田舎でゆっくり暮らしたいからな。


 現状を把握できた俺はすぐさま別館に戻った。


 薬剤師として働いていた俺なら何かできるかもしれない。

 せめて歳の離れた幼い双子だけでも助けてやりたい。


 ただ、俺のスキルでは何もできないはず。

 あるのは日本で勉強して、資格を取った薬剤師としての力だけだ。


「スキル【薬師】なんて使え……いや、薬師って今の俺なら使えるんじゃないのか?」


 薬剤師の俺が〝薬師〟について知らないわけがない。


 一般的に知られている薬師とメディスンのスキルはかけ離れていた。

 必要な素材を混ぜてできるはずのポーションをメディスンは作ることができなかった。


 記憶の中では意味のわからない成分を抽出するのがこのスキルの使い方だったはず。

 だから、メディスンは動物や植物を使って、何の成分が抽出できるかを調べていた。

 それをまとめたのがテーブルの上に置いてあった紙の束だ。


 きっとその代償として怪しいやつだと思われていたのだろう。

 部屋でコソコソと動物実験をしていたら、俺でも怖くて近寄れないからな。

 だが、今となっては彼の努力を無駄にはできないな。

 

「スキルでできるのは抽出、合成、製成、分解の四つか」


 メディスンのスキル【薬師】でできることは抽出、合成、製成、分解の4つだけだ。

 彼はこの力をどうやって使うのか方法を探していた。


 単語の通りであれば、抽出したものを合成して、製成すればポーションではなくても、何かはできるような気がする。


 一度抽出すれば、ずっとスキルとして魔力を変換して使うことができる。

 俺はちょうど記憶にある生物の成分を掛け合わせてみた。

 

 何の成分かまでははっきりとは覚えていない。

 ただ、使い方はこれで合っているはずだ。


「なんだこれ!?」


 しばらくすると、手からはマグマのように煮えたぎるようにうねる、紫色の何かができた。


 突然、目の前に出てきた製成結果に驚く。


【製成結果】


 〝ラトロキシン+シンギロトキシン〟


 製成物:毒牙の宴

 効果:神経系に作用し、強い痛みや麻痺を引き起こしながら、血液を凝固させて細胞を壊死させる。


 ゲームをしていた時に錬金釜を使ってアイテムを作る機能があった。

 それと同じような画面が突然目の前に現れた。


「うわ……さすが悪役薬師だな」


 これをあの時王子に飲ませていたのだろうか。

 手に持っている得体の知れないものをどうするか迷っていると、脳内に文字が浮かびあがる。


「分解」


 唱えるとすぐさま得体の知れないものは消えた。

 製成物は分解して、何事もなかったかのように消すことができるようだ。


 ノートに成分名を残していたのは、合成する時に元の生物が何か把握することで、作るものを予測できるようにしていたのだろう。


 ただ、悪役薬師だけのことはある。

 何度も繰り返すができるのは毒ばかりだった。


 これは薬剤師の俺でも薬師の力をうまく使えない気がしてきた。

 それに一度合成して、分解するだけで体の力が一気に抜けていく。

 それだけ魔力の消費が激しいのだろう。


「何か解熱効果のあるものはできないのか……」


 紙に書いてあるものを見ていくが、どれも生物ばかりで中々欲しい成分が見当たらない。

 解熱剤で使われているアセトアミノフェンやイブプロフェンは化学合成で作られる。

 どれも動物や毒からできるものではない。


 他に資料がないか調べていくと、棚からいくつもの抽出結果をまとめたものが出てきた。


「ぐへへへ、メディスンって努力家なんだな」


 俺がメディスンなのに、なぜか自分を褒めると嬉しい気持ちになってきた。

 まぁ、この体にはメディスンと俺の二人が混ざり合っているようなものだもんな。


 資料の中には野菜や草木もまとめられていた。


「キャベツからアスパラギン……これってもう一回抽出できないのか?」


 俺は資料の中にあるキャベツから抽出されたアスパラギンを見つけた。

 ただ、抽出は一回だけしかされていない。

 ここからさらに抽出はできないのだろうか。


「まずは試してみるべきだな」


 アスパラギンから抽出ができないかと、魔力を込めてみるが反応しない。

 確かにアスパラギンの次に細かくなっていくと化合物や分子レベルになる。


「ひょっとしたら分解って……」


 分解は完成したものを消すためにあったはず。

 ただ、分解って本来は結合しているものを分ける意味がある。

 細かく化合物に取り出すのも分解のはず。

 俺はアスパラギンを分解してみることにした。


「うっ……魔力が……」


 さっきよりも体から魔力が失っていき、重だるくなってくる。

 それでも魔力を分解に注ぎ込んでいく。


【アミノ基を取り出しました】


 脳内に声が鳴り響く。


「ぐへへへ、アミノ基になるじゃんか」


 どうやら抽出した成分を分解できるようだ。

 それに知らない成分や化合物を見つけた時に、脳内に声が聞こえてくるのだろう。

 このまま分解していくと、求めていたものも手に入るかもしれない。


「うっ……頭が痛い……」


 そこからさらに分解しようとするが、スキルに限界があるようだ。

 魔力を使おうとするが、まるで袋に穴が開いたかのように漏れ出ている気がする。

 ただただ、頭を何かで叩かれているような感じだ。

 今の段階では、細かい原子まで分解することはできないのかもしれない。


 気づいたら治療をする目的を忘れ、実験しているかのようなワクワク感に満ち溢れていた。


「ぐへへへ、アミノ基があるならアセチル基もあるはずだ」


 次はあれを作るためにアセチル基が必要になってくる。

 ただ、少しずつ俺の体が宙に浮いているような気がした。

 自然と全身の力が抜け、気づいた時には俺はその場で倒れ込んでいた。

 前世の時も同じように倒れたのだろう。


「うっ……」


 何日も徹夜したかのような重い頭痛に襲われる。

 この体になってから、色んなことで頭が痛いな。

 誰にも起こされていないところを見ると、あのメイドも動けない状況なんだろう。


 ゆっくりと体を起こすと、早速スキルで分解作業に取りかかる。


「ぐへへへ、アセチル基を取り出すには……。おっ、リンゴ酢があるならいけるか?」


 この世界でも、食品の保存や防腐するために酢は存在している。

 リンゴ酢からは酢酸が抽出できていた。

 酢酸の分子構造はシンプルでアセチル基が取り出しやすい印象がある。


 機械を使った抽出や分解の方法を知らなくても、スキルでどうにかなるのが便利なところだ。

 その分魔力の消費は多くなる。

 頭の奥がズキズキとするが、俺の求めていたものがやっとできた。


「あとはフェノール基……」


 俺が作ろうとしていたのは、アセトアミノフェンという解熱剤だ。

 一般的にはタイレノールやカロナールと呼ばれているだろう。


 アミノ基とアセチル基があれば、アセトアミノ基を合成して作ることができそうな気がする。


 そこにフェノール基を含めた3つでアセトアミノフェンができている。


 ただ、フェノール基をどうやって入手すれば良いのだろうか。


 フェノール基が含まれるフェノール類は木材などに含まれている。

 ただ、フェノール類はどこの資料を見ても抽出されていなかった。


「この世界に薬や消毒薬はないのか?」


 部屋の中に何かないか探していると、瓶に入った液体を見つけた。


「これがこの世界の薬か?」


 この世界の治療は基本ポーションが使われている。

 ポーションからも抽出していたことはあるのか、紙にメモはしてあった。

 ただ、エーテルエキスやマナエッセンスなど聞いたことない成分が抽出されるようだ。


 それに派手な色をしている薬を飲んでいることに驚きだ。

 着色している薬は薬効ではなく、識別するためにつけられていたりする。


「こっちのは何だ?」


 黒く濁った水のようなものが入った瓶もあるが、メディスンの記憶の中にあるポーションとは違うようだ。

 ポーションって言ったら赤色か青色が定番だ。

 ゲームの中で出てきたポーションもそんな色をしていた。


 ひょっとしたらメディスンが作った新しいポーションとかだろうか。

 色味からして毒の可能性がある。


 一度分解してみようとするが、消すことはできない。

 メディスンが作った毒は基本分解ができるため、合成してできた毒薬ではないようだ。


 それなら一度抽出してみれば、成分から予測はできるかもしれない。


【フェノール類を抽出しました】


「ぐへへへ、フェノール基ができるぞ」


 まさかフェノール類が手に入るとは思いもしなかった。

 液体の中身は色からして木酢液かもしれない。

 どこかで木酢液をアルコール消毒のように、消毒薬として使っていた話を聞いたことがある。


 これで材料は全て揃ったはずだ。

 あとはスキルに頼るしかない。

 俺はできたばかりの分解成分を合成させることにした。


「あれ……合成できないのか?」


 だが、いくら合成しようとしても、合成はできないようだ。


「じゃあ、二つはどうだ?」


 フェノール基とアミノ基だと合成できるらしい。

 そもそも合成できないのか、スキルの影響で2つまでしかできないのかはわからない。

 ただ、ここまできたらあとはアセチル基を追加で合成するだけだ。


【製成結果】


 (フェノール基+アミノ基)+アセチル基

 製成物:魔力アセトアミノフェン

 効果:魔力が中枢神経に作用し、プロスタグランジンの合成を抑え、痛みや発熱を和らげる。


「ぐへへへへへへへへ!」


 俺はできた製成結果を見て声をあげる。

 まさか本当にこの世界でアセトアミノフェンができるとは思いもしなかった。

 魔力って文字が付いているのはスキルの影響だろうか。


 普通に作るには作業をするための道具やいくつもの工程が必要となる。

 それにまさか粉状で出てくるところが、ゲームの中の薬師って感じだな。

 これが俺の才能ってことだろう。

 笑いが止まらずずっとニヤニヤしてしまう。


――ガチャ!


「メディスン様……」


 扉を開けたのは前に会ったメイドだ。


「急いで作りましたが……お味の方は……」 


 まだ熱があるのかふらふらとしている。

 その手にはスープが入った皿を持っていた。

 意識朦朧とする中、スープを作って持ってきたのだろう。

 だが、立っているのも辛いのかそのまま倒れていく。


 俺はすぐに支えるが、スープはそのまま床に垂れていた。


「せっかく作ってくれたのに申し訳ないな」


 すぐにベッドに寝かせると、作ったばかりの魔力アセトアミノフェンを準備する。

 だが、本当に体に問題ないのか気になるところだ。

 忘れていたが本来のメディスンって毒使いだからな。


 俺は一度指につけて舐めることにした。

 味は特に変わった様子もなく、薬っぽい独特の苦さを感じる。

 即時性の高い毒ならすぐに反応は出るし、最低でも胃や腸から吸収されれば数時間後には反応が出るだろう。


 しばらくの間は体を冷やすことだけをしよう。

 幸い外には雪もあるため、雪解け水で布を浸せば冷やすことはできる。



「んっ……」

「起きたか?」

「メディスン様!?」


 すぐに体を起こそうとするが、その場で止めて寝かせる。

 まだ、熱が下がったわけではないからな。


「薬を作ったんだけど飲むか?」

「私を実験台にするつもりですか?」


 やはりそういう反応をするのは仕方ない。

 離れの屋敷でずっと実験をしていたからな。

 ただ、あれから二時間ほど経っており、俺の体は異変を感じなかった。

 あとは彼女自身に飲むか判断してもらおう。


「メディスン様の専属メイド……これぐらいは覚悟しております」


 一瞬にして表情が切り替わると、俺から薬を受け取り、すぐに口の中に入れた。

 薬特有の苦味に顔を歪めるが、まだ熱が高いのかそのまま倒れていく。


「ぐへへへ、これでうまくいく」

「やっぱり毒なのね……」


 薬を飲めば少しは熱が下がるだろう。

 雪の病魔が俺の思っている病気であればな……。


「ぐへへへ、笑いが止まらないな」


 テーブルの上には白色の粉の山ができている。

 あれから魔力がなくなるまで、アセトアミノフェンを大量生産していた。

 現実世界だと中々見れない光景だろう。

 傍から見たら危ない薬にしか見えない。


「アセトアミノフェンなら子どもも飲めるからちょうど良いな」


 解熱、鎮痛剤に有名な薬はいくつも存在する。

 その中でもアスピリンやロキソプロフェンはウイルス性の感染症を罹患した子どもが服用すると、重篤な副作用を発症することがある。


「症状的にはインフルエンザと同じなんだよな……」


 インフルエンザは突然の高熱から始まり、全身の倦怠感や関節痛、頭痛に襲われる。

 症状が酷くなると最悪死に至る危険な感染症と一般的に知られている。

 特にインフルエンザにアスピリンやロキソプロフェンを服用させてはいけないって有名な話だ。

 だから俺はアセトアミノフェンを用意していた。

 爵位を継ぐ弟や妹を殺さないためにも必要だからな。


 ゲーム上では家族や領民が全ていなかったはず。

 このままではあんなに可愛い弟妹が亡くなる。

 きっと雪の病魔が関係しているのは間違いない。


 メディスンの記憶の中でも、インフルエンザの症状と同じなのは知っていた。

 雪の病魔は寒くなって雪が降る時季に流行する病気で、感染すると死ぬ可能性が高い。

 それがこの世界での認識のようだ。


「んっ……」


 ベッドの方から声が聞こえてきた。

 どうやら彼女が目を覚ましたのだろう。


「大丈夫か?」

「私……生きているの?」


 自分の体をペタペタと触っているが、俺が毒を盛ったとでも思っているのだろうか。

 唯一協力してくれそうな人は彼女しかいないからな。

 そんなことするはずがない。


「ぐへへへ、まだ休んだ方がいい」


 急いで体を起こそうとするが、俺はすぐに止める。

 今はしっかり休むことが重要だ。


「ヒィ!?」


 彼女の額や首元に触れると、だいぶ熱が下がってきたのがわかる。

 ただ、そんな反応をされると悲しくなってくる。

 見た目はメディスンでも中身は俺だからな。

 いや……見た目がメディスンだから尚更やったらダメか。


「えっ……と、薬が効いてきたんだな」


 すぐに手を放し言い訳を考える。


「あれは毒じゃなかったんですね」


 どうにか心配していただけだと伝わったようだ。

 本当に毒を飲まされたと思ったのだろう。

 体が楽になったことで、飲んだのが薬だと実感したらしい。


「メディスン様、少し変わられましたね」


 その言葉にビクッとしてしまった。

 やはり見た目や過去の記憶がメディスンでも、中身が変わってしまったら別人に見えるのだろうか。


「以前の優しいメディスン様に戻られましたね」

「へっ……?」

「ラナと遊んでいた時のようです」


 そういえば俺とメイドのラナは小さい時によく遊んでいた。

 ラナの母親は亡くなるまで、両親の専属メイドをしていた。

 それもあり小さい頃は年が近い姉のように慕っていたからな。


「薬なら……ノクス様とステラ様も治りますね」

「あいつらか……」

「申し訳ありません! メディスン様は二人のことをお嫌いでしたね」


 ノクスとステラは俺の弟妹のことだ。

 きっと無才能なメディスンは自分以外の世継ぎが生まれたことで、何かが変わったのだろう。

 いろんな人に横暴な態度をしていた記憶も残っているからな。

 ただ、家族のため、爵位のためにも薬を作っていたのは確かだ。

 根が良いやつなのは、メディスンの体に入った俺だからわかる。


「そんなことはない。でもあいつらは飲んでくれるのか?」


 俺の言葉に重たい空気が流れてくる。

 メディスンは離れの屋敷に引き篭もって薬を作っていた。

 弟妹と遊んだ記憶を思い出そうとしても、全く思い出せない。

 それにラナ以外の使用人すら無視されていた。

 両親すら変なものを飲ませるなと言われそうだ。

 それだけ関わりを拒絶していたし、されていた。


「何かの食事に混ぜるのはどうですか?」


 薬を食事に混ぜると効果が変化する。

 脂肪が多いものだと薬の吸収速度は遅れるし、柑橘系フルーツ、特にグレープフルーツは薬の代謝を遅らせる。


「混ぜるか……例えばゼリーとかはどうだ?」


 そこで思いついたのがオブラートゼリーだ。

 薬局にもゼリーの間に薬を入れて、飲ませる商品が売っていた。


「あの骨や皮から出るプルプルしたやつですよね?」


 どうやらこの世界にもゼリーは存在しているらしい。

 ただ、そのほとんどが動物から取れるゼラチンが主になる。

 資料を見ても抽出結果にゼラチンは書かれていなかった。


「さすがにスライムみたいなやつは食べられないですよ……。やっぱり二人を殺す気――」

「違うわ!」


 側付きのメイドでも怪しむように俺を見ている。

 メディスンって本当に危ないやつだと思われていたようだ。


「それでもゼリーはさすがに毒と似たようなものですよ」


 それに問題は動物臭が強いところだ。

 見た目もスライムみたいにドロっとなるため、食欲が湧かないらしい。


 何か情報がないか、本棚や書いてあるメモを漁っていく。

 抽出結果が記載されているのは動物などの生き物や草木、花ばかりだ。


「魔物を抽出したことはないのか……? 例えばスライムとか……」


 その中で魔物からの抽出結果は存在していなかった。

 魔物のような存在からは何が抽出されるのだろうか。


 ゲームの中では魔物の素材を錬金釜で使っていた。

 そういうところからゼラチンは分解できないのだろうか。


「スライムですか? それなら裏庭に生息してますよ」


 領地が辺境地にあるため、魔物も近くには存在している。

 スライムはよく出てくる魔物だからな。


「ラナ、すぐに何でも良いから食材を準備してくれ」

「ひょっとしてスライムを捕まえに行くんですか?」


 決して捕まえるわけではない。

 戦う力がない俺がそんな危ないことをするわけない。


「ぐへへへ、毒で倒してスライムゼリーを抽出するんだ」


 俺はすぐにラナに何か食べ物を持ってきてもらうことにした。

 だが、俺はスライムのことをあまり知らなかった。


 食材を持って裏庭に来た俺はスライムを探すことにした。

 ゲームの中ではスライムって大きくて可愛いと言われていた。


「ここに置いておくか」


 俺は食材に毒を注入して、裏庭に置いて観察することにした。

 屋敷の裏側はゴミや排泄物の処理場所になっている。

 そこに物を置いておけば、スライムが集まって食べて処理するはずだ。

 初めてみるスライムにドキドキしながらも警戒を強める。

 相手は一応魔物だからな。


 こっちが無理に捕まえようとしたら、攻撃をしてくる。

 最悪全身の毛や衣服を食べられて、全身ツルツルのスッポンポンの状態にされる可能性もある。


 それに生物から抽出をする時は、死んでいる必要がある。

 きっと魔物から抽出する時も同じだろう。


 しばらく待っていると、すぐにスライム達が集まってくる。

 ただ、俺がゲームの中で見ていたスライムとは全く違う。


「あれって本当にスライムだよな」


 目の前にいるのは、手のひらサイズで家庭にいる黒光りしたやつに似ている。

 ただ、違うのは色が半透明で動きがゆっくりなことぐらい。

 形が崩れて楕円形なのが見間違える要因だろう。

 それに何でも食べるため、本当にゴキブリと勘違いしそうだ。


「あいつらって本当に何でも食べるんだな」


 毒が入っていることが分かりにくいように、実験に使っていた死体のネズミの口に毒を忍び込ませた。

 そのままネズミを食べ終え、スライムが死ぬのを待ってみる。

 だが、動きを止めるやつはいない。

 むしろ他に獲物がないか、周囲をキョロキョロとしながら移動している。


「ひょっとしてまだ腹が減っているのか? 別名食いしん坊だもんな……」


 それだけ聞けば可愛い存在に思えるが、見た目がよろしくないからな……。


 屋敷の中にいる奴らが雪の病魔になっているため、スライム達は餌がなかったのだろう。

 持ってきた死体に再び毒を注入して、置いておくと再びゾロゾロとスライムが集まってきた。

 久しぶりの食事なのか、嬉しそうに食べているような気がした。

 どこかぶるぶると震えているしな。


 ひょっとしたら毒が効いてきたのだろうか。

 動かなくなったスライム達に俺は近づいて手に取ると、体がびよーんと伸びていた。

 まるで洗濯糊とホウ砂で作ったスライムのようだ。


「抽出!」


 すぐにスキルを使って抽出を試みる。

 だが、全く反応することなく、ピクリともしない。


「やっぱり魔物はダメ……うおおおおお!?」


 持っていたスライムが急に手にまとわりつくように動き出した。

 ブンブン手を振ってみるが離れる様子もない。

 まるで俺がご飯をくれる飼い主のような勘違いをしている気がした。


「いい加減にしろ!」


 投げるように大きく腕を振るとスライムは勢いよく飛んでいく。

 そのまま地面にベチャと落ちると、そのままどこかに行ってしまった。


「はぁー、襲われなくてよかっ……なんだこれ?」


 俺の手には何かドロドロした物が握られていた。

 まるでゲームの中で出てきたスライムゼリーのような――。


「抽出!」


 すぐに抽出すると、目の前にはいつものように表示されていた。


【抽出結果】


 スライムのかけら→スライムゼリー


 どうやらスライムを倒さなくても、素材があれば問題ないようだ。

 スライムゼリーはゲームで出てきた魔物の素材だ。

 あとはここから分解できれば、問題ないがいけるだろうか。


「分解!」


 初めて魔物素材で行う分解に、少しビビりながらも恐る恐る目を開ける。


「あれっ……」


 分解できると思ったが反応がないようだ。  やはり魔物は分解できないのだろうか。


「抽出したらいいのか?」


 抽出は一回までだったが、試しにやってみることにした。

 

【分解結果】


 スライムゼリー→ゼラチン、魔力粉


「ぐへへへ、ゼラチンが出たぜ」


 俺が求めていたゼラチンを手に入れることができた。

 スライムゼリー(・・・)と言われるぐらいなら、ゼラチンと似たような成分が出てくると思っていた。

 それに抽出は一回しかできないと思っていたが、二回もできた。

 ひょっとしたらスライムゼリーのような魔物の素材と動物などは違うのだろうか。


 仮説としては魔物の素材は動物の死骸や草木と同じ扱いになるということだろうか。

 それなら魔物から獲れる成分は多岐に渡りそうだ。

 ただ、気になるのは初めて二種類の成分が出てきたことだ。


「魔物特有の成分だろうか?」


 ゼラチンはわかるが、魔力粉ってゲームの中でも聞いたことがない。

 初めてみる成分に戸惑いながらも、ゲームのように鑑定ができるわけではないため、そのままにしておくことにした。


 ゼラチンを手に入れた俺は急いで部屋に戻る。



「メディスン様、おかえりなさい」

「体は大丈夫なのか?」

「側付きメイドが何もしないわけにはいかないですからね!」


 さっきよりは元気なのは確かのようだ。

 それなら作業の手伝いをしてもらおうか。


「調理場に連れてってもらってもいいか?」

「調理場……ですか? メディスン様、やはりおかしいです。雪の病魔になっていませんか?」


 ラナは俺に近づき熱を測ろうとするが、全く熱くなくて首を傾げている。

 急に性格が変わったらびっくりするよな。

 ただ、以前と比べてラナの警戒心は減ったような気がした。


 メディスンは一度も調理場に行ったことがない。

 むしろ自分の機嫌が悪いからといって、作った料理を給仕している人に投げつけた記憶があるぐらいだ。

 本当に最悪なやつだよな。


 メディスンが最悪なだけで、俺が最悪なわけではない。

 そこだけは切り離して考えないと、精神的に辛くなる。


「次はどんな実験をするんですか? ラナを丸焼きにするつもり――」

「何を言ってるんだ?」


 まずはラナから俺のイメージを改革する必要がありそうだ。

 いくら幼い時から知っていても、今の俺の印象は悪すぎる。


「それよりも調理場に案内してくれ」

「わかりました」


 調理場に案内されると、すぐに準備に取りかかる。


「ラナはこれをすりおろしてくれ」


 俺はラナにりんごを渡す。

 今回はスライムゼリーから分解したゼラチンとリンゴでオブラートゼリーを作る予定だ。

 作ったことはないが、柔らかめのゼリーにして飲みやすくすれば食欲がなくても飲めるだろう。


 すりおろしたりんごができるまで、俺は水を温めてゼラチンを溶かしていく。

 ゼラチンは加熱をしないと、ムラになって均一に混ざらなかったはず。

 料理は一人で住んでいた期間が長かったため、どうにかできる。

 だが、ゼラチンってあまり使うことがなかったからな。


「メディスン様、全てすりおろせました」


 ラナからすりおろしたりんごを受け取ると、大きめの器に溶かしたゼラチンと混ぜていく。


「これが言っていたゼリーってやつですか?」

「ああ、子どもが薬を飲むにはこれが良いからな。あとは冷やして出来上がりだ」

「では外で冷やしておきますね」


 外には雪があるため、冷蔵庫がなくても冷やすことはできる。


「あとはラナがやっておいてくれ」

「えっ!? 直接ノクス様とステラ様に飲ませないんですか?」

「俺がやったら警戒するだろう。俺は嫌われた兄だからな」


 毒を作っていたやつの薬なんて絶対毒だと勘違いするだろう。

 それならラナが薬を持ってきたと言えば飲んでくれるはず。


「じゃあ、あとはよろしく。みんなにも飲ませてくれ」

「メディスン様!?」

「あとは……ぐへへへ、手伝ってくれてありがとう」


 俺はアセトアミノフェンとオブラートゼリーの飲み方を伝えて部屋に戻ることにした。

 途中で振り返って、ラナにお礼を伝えておいた。

 しっかり笑って気持ちを伝えたら印象は変わるだろう。


「メディスン様……気持ち悪さに磨きがかかってますね……」


 これでイメージ改善戦略はバッチリだろう。



「あれは本当にメディスン様なんだろうか……」


 私は夢でも見ている気分だ。


 幼い頃のメディスン様は優しい心の持ち主だった。

 彼が変わった……いや、みんなが変わったのは5歳で得られるスキルの儀からだった。


 メディスン様はスキルの儀で〝薬師〟を授かった。

 スキルとしては比較的聞き慣れたものではあるが、授かった者はそこまで多くはない。

 王族や貴族に専属の薬師を抱えるのも珍しくないくらいだ。

 辺境地だからこそポーションの数も少なく、作れる人もいなければ自然とメディスン様に期待は集まった。 


 ただ、その結果幼かったメディスン様を変えてしまった。


 期待を背負ったメディスン様は部屋に篭って実験する毎日。

 普通の薬師とは異なっていたメディスン様の力はいつになっても役には立たなかった。

 次期辺境伯としての教育は遅れていき、取り返しのつかないことになっていた。


 次第に彼の心は崩れていき、周囲の目は期待から失望に変わっていく。


 部屋から響く気持ち悪い呻き声に、血生臭いにおいを放つメディスン様。 

 従者達の中で動物を捕まえては痛ぶっていると噂されていた。


 それでも側付きの私はずっとメディスン様は変わると思っていた。


 だが、ノクス様とステラ様が生まれてから、家族に見放されたと悟ったのだろう。

 一度学園のために離れたことでさらに拍車がかかり、帰ってきた時には知っているメディスン様はこの世から消えていた。


 幼い時に一緒に育った側付きの私ですら、部屋の入り口にひっそりと御食事を用意するぐらいだ。


 だけど、私は信じていた。

 部屋の中から聞こえる呻き声が悔しそうな声で泣くメディスン様の声だと――。


「私がメディスン様の力にならないと」


 そんなメディスン様が私達のために薬を作ってくれた。

 雪の病魔はすぐに人を死に引き摺り込んでしまう。

 すでに領民から死亡者も出ていると噂になっているぐらいだ。

 毎年出現する謎の病魔に辺境伯様でも、どうすることもできなかった。


 だけど、あのメディスン様が作った薬ならどうにかなるかも……いや、私がどうにかしないといけないと思った。


 冷えたゼリーと薬を持ってステラ様の元へ向かう。


――ガチャ


「ステラ様、失礼します」


 部屋の中に入ると、幼いステラ様が苦しそうな顔で震えていた。

 食べ物が喉に通らず、少し痩せたように見えるのは気のせいだろうか。


「らなしゃん……?」


 普段から舌足らずで上手く話されない方なのに、熱に侵されてさらに聞こえにくい。


「お薬を持ってきました」


 私の言葉に首を横に大きく振る。


「ぽーしょんまずい」


 薬といえばポーションが主流だ。

 体内の魔力を使って治癒力を高めるのが、治療としては当たり前の方法になる。

 そのためスキルの儀を受けてからしか、ポーションは使えない。


 ただ、怪我と病魔では何か違いがあるのか、雪の病魔になっている時にはなぜか効果が弱かった。

 それでもポーションに頼るしかないのが現状だ。


「今日はポーションじゃないですよ。メディスン様が自らお薬とゼリーを作ってくれたんです」

「おにーしゃまが?」

「ええ!」


 私はメディスン様が作ったりんごのゼリーをステラ様に見せる。

 キラキラと光るゼリーに負けじとステラ様も目を輝かせていた。

 初めてみるゼリーに興味津々のようだ。

 ステラ様がメディスン様を気にされていたのは知っている。

 たまに離れの屋敷に様子を見にきていたからね。

 ただ、辺境伯様から直接会うこと……離れに近づくことすら禁止されていた。

 それだけメディスン様が弟妹に悪影響を与えると警戒されていた。


「ステラたべりゅ!」


 体を起こしたステラ様にゼリーを一口食べさせる。


「んー、ちゅめたい。もっと!」


 ステラ様は美味しそうにゼリーを食べていく。

 気づいた頃には半分ほどなくなっていた。


「少々お待ちくださいね」

「はやく……」


 薬をゼリーに混ぜるのを忘れていた。

 メディスン様はゼリーで包むように薬を飲ませるように良いと言っていた。

 ゼリーの上に薬をそっと置き、その上からゼリーを被せるようにスプーンで取る。


「おいちいね」


 薬を飲んだことに気づいていないのか、ステラ様はその後もゼリーを召し上がっていく。

 気づいた時にはお皿に載っていたゼリーはなくなっていた。


「また後でゼリーをお持ちしますね」

「ありがと! ゆめのなかでおにいしゃまがステラにあいにきてくれたの……」


 きっと直接メディスン様が訪れたことを夢だと思っているのだろう。

 弟妹の二人が雪の病魔に侵されていることをメディスン様は知っていたからね。


「おにいしゃまにあってもいいかな?」

「今度、ラナと一緒に会いに行きませんか?」

「うん!」


 キラキラとした目で私を見るステラ様なら、メディスン様を見ても悪くは思わないだろう。


「もう少しおやすみください」


 ゆっくりとベッドに寝かしつけて布団をかける。

 これでステラ様も私と同様に熱が下がってくるだろう。


 次にノクス様の部屋に向かったが、ステラ様と症状は変わりないようだ。

 ノクス様はステラ様と違い、メディスン様に若干嫌悪感を抱いている。

 次期辺境伯として教育を受け始めているからこそ、メディスン様の行動に疑問を持っているのだろう。

 大人達に操作された情報に、いつも可哀想に感じてしまう。


「誰ですか?」

「メイドのラナです。側付きが雪の病魔で動けないため、代わりにゼリー持ってきました」

「ああ、そこに置いておいてください」


 ノクス様はステラ様のように体を起こすだけの元気がないのだろう。

 すぐにメディスン様がやってくれたように、雪解け水を用意して体を冷やす。

 今まで雪の病魔に勝つために、体を冷やすという考えは禁忌だった。


 雪の病魔は名前通り、雪を溶かすように熱して治すと言われている。

 だけど、メディスン様がやっていたことは間違いないはずだ。


「何も食べないと元気になれないので、冷たいゼリーだけでも食べませんか?」

「わかりました……」


 はじめは嫌がっていたけど、元気になれないと聞いて食べる気が起きたのだろう。

 それにステラ様と同様ゼリーが何か気になっていた。

 子どもは知らないことに興味が出てくるからね。


 ノクス様にバレないように急いで、ゼリーに薬を包んで一口入れる。


「変わった味がする……」


 少し薬を味わって食べてしまったようだ。

 私も初めてメディスン様から飲まされた時は、苦味に戸惑ったからね。


「今はツルッと飲み込むといいですよ。たくさん食べないといけないですからね」

「ああ、わかった」


 口調は大人びてはいるものの、表情は年齢を誤魔化せない。

 幼い子どものように次から次へとゼリーを食べていく。

 その後もラクス様もゼリーを平らげて薬を飲んだ。


 あとは同僚と辺境伯様だろう。

 ただ、大人に飲ませるのは子どもと違って簡単だ。

 ポーションに混ぜてしまえば気にならない。


 屋敷で管理しているポーションの在庫があと少しだったが、メディスン様のおかげで今年の雪の病魔はどうにかなりそうだ。


 私はメディスン様の側付きメイドとして、やっと役に立ったようだ。


「これからもメディスン様のために頑張ります」


 私の声が寒くて凍える屋敷の中に小さく響いた。

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