悪役令嬢昔話
昔々あるところに、ひとりの悪役令嬢がおりました
令嬢はよくある流れで婚約破棄され、よくある流れで人里離れた厳しい修道院へと送られました
敬虔な修道院長は身寄りのない子供たちと荒地に小さな畑を作り、毎日耕しています
老齢の院長や幼い子供たちにとって土は岩のように硬く、痩せた土地では収穫もわずかです
暖かい服もなく寒風吹きすさぶ畑で作業をする子供たちもやせ細っていました
院長は子供たちと共に農作業をするよう令嬢にいいつけると、外より冷える石の礼拝堂に日課のお祈り(3度目)にいきました
作業着代わりに修道女の服を借りた令嬢が畑の端に立つと、遠巻きに子供たちが様子を伺います
令嬢は畑を飲み込まんとする雑木林に向かって手を上げました
「ファイヤーーーーーー!!!!」
地獄の業火のごとき炎が燃え上がり、轟音と共に当たりの雑草や雑木を薙ぎ払いました
「ほーほっほっ、わたくしにかかればこのくらい朝食前でしてよ!
灰が栄養になるし、熱で土の消毒もできるし一石二鳥、さすが私!」
地面には煙が立ち込め、寒風すら吹き飛ぶ熱気に暖房いらずです
あまりの惨劇に呆然とする子供たち
しかし勇気あるガキ大将が令嬢に叫びました
「燃やしただけで土が軟らかくなってないのに、なにが流石だ!
この土を鍬で耕して見ろ!」
「ウィンドーーーーーーーー!!!!」
令嬢の手が再びあがり、竜巻が現れました
竜巻は横倒しになると地面を1メートルほどの深さで耕していきます
職人技です
しかし耕した地面からは大人でも抱えきれないような石もごろごろ出てきました
「小石やでかい岩を取り除かないと、変形した小さなくず野菜しか育たないんだ!」
「アーーーーーーーーース!!!!!」
ガキ大将が食い下がりましたが、令嬢の掛け声と同時に岩も小石も粉々になります
「高い畝を作らないと大きく育たないんだ!」
「ソイーーーーーーーーーーール!!!!!」
「—――――――――――!」
「……!!!!」
「あんたすごいな」
ふかふかの土で立派な長い畝がいくつも出来たのを見て、ガキ大将が令嬢を認めました
ガキ大将が歩み寄ると、他の子供たちも歓声を上げて令嬢を取り囲みます
一年かけてもほとんど進まない辛い開墾作業がほんの1時間ほどで終わってしまったのです
子供たちにとっては救世主でした
「でも院長先生は怒るかも……」
「苦役こそ神への奉仕っていつも言ってるし」
「手作業に拘るよな、道具があっても」
「それで腹減らして病気になったら意味がないわ」
「でも野菜を作らないと食べられるものがないし、道具を買うお金もないだろ」
「それはそうだけど…」
そこに日課の祈りを終えた院長が轟音に驚いて慌てて駆け寄ってきました
老齢と足場の悪さゆえに急いできても遅くなったのでした
「なにごとですか、これは」
子供たちが首をすくめて縮こまりました
令嬢はすかさず院長の前に進み、膝を折ります
「院長先生、どうか私の懺悔をお聞きください」
「まあ、では懺悔室へ……」
「いいえ、院長先生、どうかこの神の家で共に暮らす子ども達にも聞いて欲しいのです」
「よろしいでしょう」
「皆様もご存じの通り、わたくしはこの修道院に軟禁の身です
その咎は、家の力で成績を改竄し、平民を虐げ、婚約者の恋人を叱責したというものでした
この畑を見てくださればわかりますように、わたくしは魔法の才に恵まれております
ですがそれを人前で使うことを禁じられておりました
いわく、嫡男の兄より秀でていてはいけない、婚約者より秀でていてはいけない、
学園の教師より秀でていてはいけない、王室魔術師より秀でていてはいけないとのことでした
わたくしは努力しました
簡単にできることを苦労したように見せ、できることをできないように見せるために、日々努力しておりました
ですができる事を失敗するのは案外と難しく、うっかり難易度の高い魔法を成功させることもありました
そのたびに兄も婚約者も教師も私が不正をしたと責め立てるのです
両親も学友もわたくしを信じてくれませんでした
今思うと、できることをできないと見せかけることは神に背くこと、罰を与えられたのかもしれません
ですが、その時のわたくしにはわからず、ただただ苦しいだけでした
そんな時に不純異性交遊で学園の醜聞となっていた婚約者の恋人が、わたくしの成績は不正だから修正しろと詰め寄ってきたのです
わたくしは苦しみました
不正と言われると否定はできません
本来なら魔法に限らず、学術全般において学園の首席はわたくしのはずですから
ですが実力を見せてはならないと家族から強く申し付けられておりました
弁明することはできません
困窮したわたくしは、複数の男性を引き連れて女性ひとりを取り囲むのはマナー違反だと注意しました
すると人目もはばからず恋人に寄り添っていた婚約者が、わたくしが平民を虐げ、嫉妬から自分の恋人を虐待したと責め立ててきました
婚約者の恋人に侍っていた兄も賛同し、醜聞を嫌った両親によってわたくしはこの修道院へ送られたのです
わたくしは悩みました
学園に上がるより前から悩みながら生きてきました
持って生まれた力を使えないのならわたくしは何のために生まれたのでしょう
持って生まれた力が今この時のように誰かの役に立つはずなのに、使ってはいけないのならわたくしは何のために生きているのでしょう
ですがわたくしは気が付いたのです
ここでならだれ憚ることなくこの力を使えると
しかも攻撃ではなく生産のためにです
これが天啓なのでしょうか
わたくしはこのために神の手によってここに送られたのでしょうか
わたくしは院長先生を初めとする敬虔な神のしもべを助けるために生まれてきたのでしょうか
そう思い至ると居てもたってもいられず、このように大騒ぎにしてしまいました
院長先生、わたくしは天啓を得たのでしょうか
それとも神の御心を勝手に推察してしまうなど間違っているのでしょうか」
静かに話を聞いていた院長の目から涙があふれました
涙は後から後から流れ出し、老いた目をさらに見えにくくします
「天啓です、天啓ですとも、ええ、ええ、神があなたをここに遣わしたのでしょう」
「ああ、嬉しいです、院長先生、わたくしもっと頑張りますわ」
「無理をしてはいけませんよ、神はあなたの働きを常に見ています」
「大丈夫です、神の御心に沿えると思うと、力がどんどん湧いてくるのです
これこそ神のお力なのでしょうか
種まきの時間制限を考えれば開墾は今でなければいけません
たとえ後で寝込んでも、この数日で出来る限り畑を広げたいと思います」
「ああ、神よ……! ありがとうございます」
「院長先生、子供たちと昼食まで開墾を続けてもよろしいでしょうか」
「わかりました、私は早めの昼食を用意しますので、くれぐれも無理は禁物ですよ」
「はい、楽しみにしております」
院長先生は悪路をおぼつかない足で、それでも力強く戻っていきました
「やったーーーーーー!!!!!」
「あんたすげえよ!!!」
「れ・い・じょ・う! れ・い・じょ・う!」
「……!!!」
「ほーーーーほっほっほっ、わたくしにかかればこのくらい昼食前ですわ!
さて、いきますわよ!
能無しのくせに長男というだけで後継者面するなファイヤー!
娘より弱いからと実力を隠させておいて当主面するなウィンドー!
浮気相手といじめ冤罪ふっかけてくるな下半身脳がアーーース!
自分に出来ない魔法を生徒が使ったからって不正扱いするなウォーター!
娘を修道院に入れておいて寄付をけちるな寄付塵がワーーーーム!」
その年の修道院はたくさんの質のいい大きな野菜がとれ、出荷もできて子供たちの防寒着になりました
めでたしめでたし