激突!
「銃撃はするな。ジャンヌは無傷のまま、連行する。そして、隣にいる男は皇帝陛下の血統を受け継ぐ者だ。丁重に扱い、陛下に引き合わせる」
カサンドラは着陸態勢に入った小型艇のキャノピーからジャンヌ達を見ながら命じた。
「畏まりました」
ニューロボテクター隊は直ちに降下準備に入った。カサンドラはそれを横目で見て、
「先に行くぞ」
船体の横にあるハッチを開くと、飛び降りた。
「カ、カサンドラ様!」
それを見て、ニューロボテクター隊は驚愕した。小型艇はまだ地上から五千メートル上空にいるのだ。しかし、カサンドラは小型艇から高速で降下し、軍服の脇からパラシュートを出すと、減速しながら地上へと飛んで行く。
(ジャンヌ、今回は叩きのめしてやるぞ)
カサンドラは、部下には無傷でと命じていたが、ジャンヌを殺すつもりでいた。
(父上は甘い。あの女はジョー・ウルフの血を引く者。大人しく従うはずがない)
カサンドラはジョー・ウルフの事を調べ尽くし、どんな組織にも属さない性格なのを知っていた。その娘のジャンヌを従属させる事など、不可能である。それが結論だった。父親であるクラークには、抵抗したので殺害したと言い訳をするつもりだ。
「おいおい、あの高さから飛び降りたぞ!」
下で見ていたバレルが叫んだ。ジャンヌは猛スピードで降下しているのがカサンドラだとわかり、彼女を睨みつけた。
「ジャンヌ、あの者、お前に激しい憎しみを抱いている。心してかからぬと、殺されるぞ」
同じくカサンドラを睨んでいるアメアが言った。その言葉にバレルはギョッとした。
「殺される?」
しかし、ジャンヌは無反応だった。カサンドラの激しい感情を既に感じていたからだ。
「彼女は、一体何者?」
カタリーナは眉をひそめた。
「私と同じです、母上。母上も避難してください。その阿呆を連れて」
アメアは自分を邪な目で見ているバレルをチラッと見た。
「え?」
自分が「阿呆」呼ばわりされたので、一瞬ムッとしたバレルであったが、彼もまた、ルイ・ド・ジャーマンの血を引く者なので、アメアの凄さを感じ、何も言わなかった。
「私と同じとはどういう意味なの、アメア?」
カタリーナはアメアの物言いに恐怖を感じていた。
「そのままです。同じです」
アメアはカサンドラを睨んだままで告げた。カタリーナは再びカサンドラを見上げた。カサンドラは更にスピードを落とし、地面に着地した。その途端、凄まじい土煙が起こった。通常なら、全身骨折で即死の状況だが、カサンドラは瞬時に回復して、何事もなかったかのように立っていた。
「バレル」
カタリーナはバレルの手を取り、銀河の狼の本部建物に避難しようとした。しかし、カサンドラの方が速かった。
「うへ!」
バレルはカサンドラに抱きかかえられて、着陸した小型艇の近くまで連れて行かれた。
(ああ、おっぱいが……)
バレルはカサンドラにお姫様抱っこをされているので、その胸に顔を埋めていた。
(あのバカ!)
ジャンヌはバレルの嬉しそうな顔を見て激怒していた。
「お前の男か?」
アメアが訊いた。
「ち、違います!」
ジャンヌは憤然とした。アメアはニヤリとして、
「私の方が大きいぞ」
胸を張ってみせた。
「はあ?」
自称姉のぶっ飛んだ返答にジャンヌはポカンとした。
「中にお連れしろ」
カサンドラはバレルの首筋を押さえて失神させると、部下に命じた。
「はっ!」
ニューロボテクター隊の二人が気を失ったバレルを小型艇の中に連れて行ってしまった。
「バレルを返せ!」
アメアの妙な質問に気持ちが萎えかけたジャンヌだったが、何とか感情を昂らせ、カサンドラに向かって走った。
「ジャンヌ!」
カタリーナが無鉄砲な自分の娘に叫んだ。
「大丈夫です、母上」
アメアはそんなカタリーナを制してジャンヌを見た。
「お前は邪魔だ、ジャンヌ。死ね」
カサンドラは静かに呟き、ジャンヌへ突進した。
(あの女は……)
カサンドラはアメアを見て眉間にしわを寄せた。
「アメア・カリング、か?」
瞬時にその正体を見抜いた。
「何!?」
その時、カサンドラはアメアがジャンヌに力を貸すのを感じた。
「おのれ!」
それでもカサンドラは自分が上回っていると考え、ジャンヌに対峙した。
「はああ!」
ジャンヌはアメアの力を受け取った事を感じたが、それがアメアのものだとはわからなかった。
(父さん?)
ジャンヌはアメアの奥にある実の父のジョーを感じていた。
「バレルを返せェッ!」
ジャンヌは白く輝き、右の拳を突き出した。
「ジャンヌ!」
カサンドラも右の拳を突き出した。二人の拳がぶつかり、激しい火花が辺り一面に飛び交った。
「ぐうう!」
ジャンヌとカサンドラはその火花を浴びつつ、更に拳に力を集中させた。
「何だと!?」
カサンドラはジャンヌの背後に浮かび上がったジョーを見た。
(ジョー・ウルフ、だと!? 何だ、これは?)
その刹那、カサンドラが押された。彼女の右の拳にいくつものひびが入り、そのひびが腕へと伸びて行った。
「ぐわあ!」
カサンドラは耐え切れない激痛に絶叫し、後方へ弾き飛ばされて倒れた。
「く……」
ジャンヌも拳に痛みを感じて顔を歪め、一歩二歩と退いた。
「がああ!」
カサンドラは右腕に走る痛みが治らないので、悶絶していた。
(何故だ!? 回復しない。どういう事だ!?)
カサンドラの右腕は超回復が追いつかない程破壊されていた。主だった血管が破裂し、夥しい量の血液が流れ出している。
「カサンドラ様!」
ニューロボテクター隊は何が起こったのか理解か追いつかず、地面を転げ回るカサンドラを見てオロオロするばかりであった。
「ジャンヌ、男を助けろ」
アメアが静かに告げた。ジャンヌはハッとして、小型艇へ走った。ニューロボテクター隊はなす術なく、ジャンヌは小型艇に突入し、中からバレルを救い出した。
「おっぱい……」
バレルは囈言を言い、お姫様抱っこをしているジャンヌの胸を弄った。
「イッ!」
ジャンヌはバレルの無意識の行動に反射的に動き、彼を地面に叩きつけた。
「ギャフ!」
バレルは意識がないまま、地面に突っ伏した。
「何するのよ、スケベ!」
ジャンヌはバレルに毒づいた。ニューロボテクター隊は悶絶するカサンドラを数人がかりで抱きかかえると、小型艇へ逃げ帰り、そのまま飛び去ってしまった。
「ジャンヌ、男にはもう少し優しくするべきだ。愛想を尽かされるぞ」
バレルを恋人と思い込んでいるアメアが忠告した。
「だから、こいつはそういうのじゃないです!」
ジャンヌは顔を真っ赤にして反論した。
「そうなのですか、母上?」
アメアはカタリーナを見た。
「そうみたいよ」
カタリーナは苦笑いをして、のびているバレルを見た。
(あれは何だったのだ?)
小型艇がタトゥーク星を離脱した頃、カサンドラはようやく回復していた。心配する部下達を押し退けて、カサンドラはブリッジに上がり、父に連絡をして、経緯を報告した。
「そうか。それは想定外だったな。アメア・カリングが仲介をしたのか」
クラークは愉快そうに笑った。カサンドラは父の反応に苛つき、
「笑い事ではありません、父上。ジャンヌは想像以上に危険です。星ごと葬りましょう」
激昂した。しかし、クラークは、
「いや、それならば尚の事、ジャンヌを取り込む必要がある。ジャンヌとアメアは近くにいさせると、まずい。引き離すのだ」
その言葉にカサンドラは不服そうな顔をした。
「まずはルイの息子を拉致する。皇帝陛下のご容態がかんばしくない。そちらを優先するのだ。そのためには、ジャンヌだけをタトゥーク星からおびき出すようにしろ」
クラークはあくまでジャンヌを手に入れるつもりだった。
「はい……」
カサンドラは不満を押し殺して応じた。