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フランセーズ・ド・ジャーマン

 クラーク・ガイルは無用の長物と成り果てた皇帝フランセーズ・ド・ジャーマンの部屋にいた。フランセーズは天蓋付きのベッドに寝ており、意識が失われてからすでに何年もが経過していた。

(もっと以前に始末しておくべきだったな。金づるは新たにできたので、旧帝国派の連中も不要だ。フランセーズの血統も今となっては厄介な存在でしかない)

 クラークは神聖銀河帝国の創設当時、真剣に銀河帝国の復興を考えていた。しかし、出資者達の思惑に翻弄され、思うように事が進めず、苦虫を噛み潰す日々を送った。だが、今は違う。

(エレス商会。出資者達と違って、これから何十年も使えそうな組織だ。しかも、タミル・エレスはゲノム編集に乗り気でもある。あの女は神聖銀河帝国の皇統を拡大するのに必要だ。エレクトラとタミルの二本柱で皇室を繁栄させ、我が血筋を帝国の中枢に置く。そうすれば、神聖銀河帝国は盤石。ジョー・ウルフの遺伝子に連なる者など気に病む必要もない)

 クラークはそこまで考えて、アメア・カリングの存在を思い出した。

(クレウサを追い込む程のアメア・カリングの強さは、ある程度までは有用だ。だが、クレウサが強くなった時、あの女は脅威になる。その見極めをいつするかだな)

 クラークは、老いさらばえて死を待つばかりのフランセーズを見やった。

「まだ使えるか」

 クラークはフッと笑うと、フランセーズの寝室を出て行った。


「タトゥーク星までどれくらいだ?」

 旗艦のブリッジのキャプテンシートに座ったカール・ハイマンがレーダー係に問いかけた。

「あと一回のジャンピング航法で到達します」

 レーダー係がカールを見て答えた。カールはニヤリとして、

「そうか。タトゥーク星は跡形もなく破壊する。全艦攻撃準備に入りつつ、ジャンピング航法を行え」

 右手を突き出して命じた。カールの率いる大艦隊は、旗艦の他、戦艦クラスが十隻、巡洋艦が二十隻、駆逐艦が五十隻、補給艦などのその他の艦船が十隻の大規模なものであった。だが、クラークはカールに全く期待はしていない。艦船の多くは無人艦で、見せかけだけの規模なのだ。カールが乗艦している旗艦でさえ、必要人数を満たしていない。しかも、乗組員の多くは、いざとなったら、カールを見捨てて脱出するように本当の指揮官であるクレウサに厳命されているのだ。それを知らないカールは哀れであった。

(この戦いで武功を挙げ、神聖銀河帝国の幹部になれば、俺の将来は安泰だ。そして、ゆくゆくはクレウサ様を妻にする事をクラーク長官にお許しいただく)

 カールの妄想は果てしなかった。


「そうか」

 クラークは集中治療室の中にいるフランセーズの跡継ぎである皇太子の様子を見に来ていた。

「持ち直されました。ご安心ください」

 医師団のリーダーは本心からそう言ったのだが、クラークの反応はよくなかった。

(持ち直されては困る。フランセーズの血筋など、残らなくてもいいのだ)

 クラークは不愉快を顔に出したままで、その場を去った。医師団のリーダーは唖然としてそれを見送った。

(長官は皇太子殿下のご回復を望んでいないのか?)

 リーダーはクラークの思惑を感じ取り、背筋をゾッとさせていた。

(一体、どうするつもりなのだ、長官は?)

 そこまで考えて、リーダーはハッとした。良からぬ事を考えると、ビリオンスヒューマンであるクラークに気づかれてしまう。リーダーは慌てて自分の思考を打ち消そうとした。

(それにしても、おいたわしい)

 リーダーは眠っているまだ幼い皇太子を見て嘆いた。


 タトゥーク星の銀河の狼の本部は、カールの大艦隊が接近しているのを掴み、大騒ぎになっていた。

「何も慌てる事はない。私達がいるのだから」

 司令室で、アメアが笑顔で告げた。銀河の狼のメンバー達は、アメアの頼もしい言葉に安堵したが、

(そこまで油断していいのだろうか?)

 ジャンヌは浮かれるメンバー達を見て不安に思っていた。

「ジャンヌ」

 その様子に気づいたカタリーナがジャンヌの左肩を軽く叩いた。

「母さん」

 ハッとして、ジャンヌは母を見た。

「心配なのはわかるけど、そんな顔をしてはいけない。皆、不安なのよ。アメアはそれを感じて、行動しているわ。貴女もアメアと同じ思いでいないと」

 カタリーナはジャンヌに囁いた。

「うん、わかった」

 ジャンヌはカタリーナに微笑むと、アメアに近づいた。

「ジャンヌ、行くぞ。私とパットとお前がいれば、大丈夫だ」

 アメアは真剣な表情でジャンヌを見た。

「あの、俺は?」

 苦笑いをして、バレルが口を挟んだ。するとアメアの後ろにいたパトリシアが進み出て、

「お前は不要だ。部屋のベッドで毛布をかぶって震えていろ」

 非情な言葉をかけた。

「え?」

 バレルは絶句してしまった。ジャンヌはそんな恋人を見ても、何も声をかけなかった。シャワー室の一件は、アメアもパトリシアもカタリーナも知っているので、誰もバレルに同情しなかった。

「ご愁傷様」

 エミーがバレルに声をかけた。バレルにはエミーの声は届いていなかった。


 その頃、カール率いる偽りの大艦隊が、タトゥーク星の公転軌道上にジャンピングアウトした。

「全艦、攻撃開始!」

 カールが命令した。大艦隊の全砲門とミサイルが放たれ、タトゥーク星へと向かった。

「カール・ハイマン、お前の個人的恨み如きでタトゥーク星は滅びないぞ!」

 カールの旗艦のブリッジにアメアの声が聞こえた。

「な、何だ、これは?」

 カールは謎の女の声を聞き、狼狽えていたが、

「エミーめ、まやかしを使うな!」

 エミーの仕業と判断して叫んだ。

「滅びろ、銀河の狼! 我が神聖銀河帝国のにえとなれ!」

 カールは狂気に満ちた目で呪いにも似た言葉を発した。


「砲火とミサイルは私が全て引き受ける。お前達は旗艦へ突っ込め」

 専用艦で出撃したアメアがジャンヌとパトリシアに告げた。

「了解!」

 ジャンヌとパトリシアはそれぞれの小型艇でカールの乗る旗艦へと突き進んだ。

「我が力、とくと見よ、クラーク・ガイル、そしてクレウサ!」

 アメアは身体を白く輝かせて叫んだ。専用艦の全砲門が火を吹き、迫り来るミサイルと砲火をつんざいていく。それはまるで蛇のように宇宙空間をのたうち回り、次々にカール艦隊の攻撃を打ち消していった。

「うまくやれよ、ジャンヌ、パット」

 アメアは満足そうに頷くと、ジャンヌ達にエールを贈った。

「行くぞ、ジャンヌ!」

 カール艦隊の攻撃を阻止した母の働きを見届けたパトリシアは、小型艇をカールの旗艦へと進ませた。

「了解!」

 ジャンヌの小型艇がそれを追いかけた。


「何をしているのだ!? 第二撃を放て!」

 カールはアメアに攻撃を全部阻止されたのを知り、大声で命じた。各艦から次の砲撃が行われたが、それもまたアメアの迎撃で阻止されてしまった。

(どういう事だ? たかが一隻の敵艦に何故これ程の艦隊の攻撃が通用しないのだ!?)

 カールは頭が混乱していた。

(クレウサ様、お助けください! クラーク長官、お助けください!)

 カールは必死に祈った。だが、それは虚しいものであった。

「敵小型艇が急速接近して来ます!」

 レーダー係が伝えた。カールはギョッとして、

「撃ち落とせ!」

 砲撃手に命じた。旗艦の全砲門とミサイルが放たれ、ジャンヌとパトリシアの小型艇を襲ったが、二隻はその猛攻を掻い潜り、更に旗艦に近づいて来た。


「たった今、お亡くなりになりました」

 医師団のリーダーが携帯端末でクラークに伝えて来た。

「亡くなった? どちらがだ?」

 クラークは眉をひそめて訊いた。リーダーはこうべを垂れて、

「皇帝陛下と皇太子殿下です」

 クラークは思わず笑みを浮かべそうになったが、

「そうか。残念だ。その事実はしばらくの間、秘匿せよ」

 携帯端末の通話を切った。そして、フッと笑った。

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