揺れる天の川銀河
クラーク・ガイルは、アメア・カリングによって銀河共和国の首府星である惑星マティスが護られたのを知っても、さほど驚かなかった。
(そうでなければ、面白みがない。クレウサがより強くなるためにも、アメア・カリングには強大であって欲しいものだ)
クラークはアメアの強さを歓迎していた。クレウサの成長のための糧にするつもりである。
(咬ませ犬にちょうどいいのがいてくれて、重宝する)
クラークはカール・ハイマンを生贄に使おうと思っていた。
(アメア・カリングの力をもっと引き出し、あの女の限界を見極める。クレウサがアメア・カリングを乗り越えれば、我が手駒は盤石となり、ジョー・ウルフの遺伝子に連なる者達も駆逐できる)
クラークの最大の目標は、ジョー・ウルフの縁者の殲滅にあった。彼はジョーを心の底から恐れ、憎んでいる。
(あの男の功労は、ニコラス・グレイを始末してくれた事だけだ。ブランデンブルグには訊きたい事があったが、それをなす事ができないまま、ジョー・ウルフに抹殺されてしまった)
クラークは携帯端末を手に取ると、医師団のリーダーに連絡した。
「どうだ? カール・ハイマンは使えそうか?」
クラークは目を細めて尋ねた。医師団のリーダーは微笑んで、
「素質はあります。編集次第で、相当なレベルのビリオンスヒューマンになれるでしょう」
クラークはフッと笑って、
「そうか。クレウサの強靭化の糧となる者だ。できる限り、強くしろ。精神的に破綻をきたしても構わない。とにかく、ジャンヌ達を抹殺できるレベルにはしろ」
「畏まりました」
医師団のリーダーはお辞儀をして、モニターから消えた。クラークは携帯端末を机の上に置くと、回転椅子の深々と腰をかけた。
タトゥーク星にアテナ・ルビルからの支援物資が届いたのは、エミーとアテナの会談から天の川銀河標準時間で一週間後だった。
「てっきり、盛った話をしたのかと思ったけど、それ以上の物資を送ってくれたわ。アテナ・ルビル、信用できるわね」
司令室ではエミーは上機嫌だった。ジャンヌはそれでも、アテナの裏の顔を想像して、警戒していた。
「ジャンヌは只、アテナさんが綺麗だから、嫉妬しているだけだろ?」
ジャンヌにバカと言われたバレルは、あれからずっとアテナびいきである。
「どうして私がアテナ・ルビルに嫉妬しなくちゃならないのよ!?」
ジャンヌはまさに噛みつかんばかりにバレルに詰め寄った。
「そうだ。思い上がるな、バレル。お前はアテナ・ルビルの色香に迷っているだけの木偶の坊だ」
パトリシアがジャンヌの肩を持って追撃した。
「で、木偶の坊?」
バレルはその言葉の意味が理解できず、キョトンとした。
「ジャンヌの気持ちはわかるが、アテナ・ルビルは利用価値がある。そう邪険にするな」
後から入って来たアメアが口を挟んだ。
「アテナ・ルビルからは邪気は感じられない。アメアさんの言うとおりだ、ジャンヌ」
アメアについて来たカサンドラが言った。ジャンヌはアメアが味方をしてくれなかったので、形勢が不利になったと判断し、
「わかったわよ……」
口を尖らせて、黙った。それを見て、バレルはニヤリとした。しかし、ジャンヌはバレルのにやけ顔に気づくと、彼の足の甲を軍靴で思い切り踏みつけた。
「ぎゃっ!」
意表を突かれたバレルは悲鳴をあげた。ジャンヌはついと顔を背けると、司令室を出て行った。
「バレル、お前は少しは父親を見習って、品行方正に生きてみろ」
アメアは半目でバレルを嗜めると、司令室をカサンドラと共に出て行った。
「最近、アメアとカサンドラはずっと一緒ね」
エミーが言うと、
「二人は境遇が似ているから、共感する部分が多いのよ」
入れ違いに入って来たカタリーナが告げた。そして、
「アメアの言う通りだわ。ジャンヌも嫉妬深過ぎると思うけど、貴方も気が多過ぎよ、バレル」
バレルを嗜めた。
「はい……」
カタリーナに叱られ、バレルはさすがに落ち込んでしまった。
「パットは、カサンドラの事、どう思っているの?」
エミーがパトリシアを見た。パトリシアは微笑んで、
「カサンドラは私より年下だけど、何だかお姉さんみたいに感じる。母とは師匠と弟子みたいだし」
「なるほど」
エミーはカタリーナと顔を見合わせた。
(アメアはカサンドラといると、穏やかになる気がする。パットがカサンドラに嫌な思いをしていないのであれば、この関係はいいものになるわね)
カタリーナは安心したが、一つ気になるのは、クラークの悪意だった。アメアはクラークに異常な敵意を持っている。そして、新たなカサンドラとなって誕生したクレウサという名の女の存在も気がかりだった。
(惑星マティスから撤退したのはよかったけど、あまりにもあっさりと退いたのは嫌な感じだ。何か裏があるのではないかしら?)
カタリーナが深刻な顔をしたので、
「どうしたの、カタリーナ?」
エミーが声をかけた。カタリーナはハッとして、
「ああ、ごめんなさい、ちょっと考え事してたの」
苦笑いをして誤魔化した。
「そうなの?」
エミーはカタリーナの反応に疑問を感じたが、それ以上は追求しなかった。
「ジャンヌはどこへ行ったのかしら?」
カタリーナはエミーに何か訊かれないうちにと司令室を出た。そして、廊下の先にアメアとカサンドラを見つけて、走り寄った。
「ああ、母上」
いつもながら、アメアはカタリーナには従順である。カサンドラと共に一礼した。
「アメア、クラーク・ガイルの動向はどう? 何か企んでいないかしら?」
カタリーナは声を低くして尋ねた。アメアは微笑んで、
「心配要りませんよ、母上。クラーク・ガイルはおとなしくしています」
「え? そうなの?」
取り越し苦労だと思ったカタリーナは気恥ずかしくなったが、
「しかし、カール・ハイマンの悪意が膨れ上がっています。しかも、奴は以前にも増して強くなろうとしているようです」
「ええ!?」
カタリーナはカールが生きている事に驚いた。
「奴はクレウサ・ガイルに救われたようです。そして、奴はクラーク・ガイルの企みにより、ビリオンスヒューマンになろうとしています」
アメアの言葉にカタリーナは目を見開いた。
「ビリオンスヒューマンに? そんな事が可能なの?」
カタリーナには信じられなかったが、アメアが言うのだから、信じるしかないと思った。
「ニコラス・グレイが開発したゲノム編集の方法により、可能です。遺伝子の配列を換える事により、より強くなれるのです」
アメアはカタリーナをまっすぐに見て告げた。
「ニコラス・グレイ……」
カタリーナはジョーが苦戦しながらも倒した男の事を思い出した。
「それ、本当なの、アメア?」
カタリーナを追いかけて来たエミーが問いかけた。エミーはカールが生きている事を知り、蒼ざめていた。
「本当だ、エミー。クラーク・ガイルも、カサンドラも、そしてクレウサも、ゲノム編集によって生み出されたビリオンスヒューマンだ。自然発生的に誕生したものと何ら違う事はない。薬物により、見かけだけ似せたものとは比べ物にならない」
カサンドラは自分の名が出されても、表情を変えなかった。すでにアメアに聞かされているのだ。
「だったら……」
エミーが言おうとした時、
「今度こそ、カールは叩きのめす!」
ジャンヌが近づいて来て言い放った。
「成功です。ジャンヌなど相手にならないほどの強さになりました」
培養液で満たされた透明の樹脂の筒状の入れ物の中に全裸で浮かんで眠っているカールを見上げて、医師団のリーダーが告げた。
「そうか。期待しよう」
クラークはカールを見上げてフッと笑った。




