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ゲノム編集の生贄

 カール・ハイマン。クレウサに救われ、ゲルマン星に生きて帰る事ができたこの男は、まだエミー・レイクに復讐する事を諦めていなかった。いや、それだけがカールの生きる意味となっていた。

「カール、父上がお呼びだ。すぐに執務室へ行け」

 ゲルマン星に降り立つと同時に、直属の上司となったクレウサに命じられた。

「了解しました!」

 カールは敬礼して応じ、すぐにクラーク・ガイルが待つ執務室へと向かった。

(クレウサ様、お綺麗だ。俺の女にしたい)

 カールの嫌な部分はそのままだった。それを見抜いているかのようにクレウサは歩き去るカールの背中を見ていた。


「それではまたお伺い致します」

 タミル・エレスはクラークからの申し出に困惑しながら、執務室を出た。

(ゲノム編集の実験台となる者を集めて欲しいとは、一体何を考えているのだ、あのエロオヤジは?)

 タミルは自分を見るクラークの目が、欲望を丸出しの野獣のように思え、何度も吐きそうになるのをこらえた。

(奴がビリオンスヒューマンである事は確かだが、まだこれからもそれを極めていきたいのか? それとも、人類が未だになし得ていない悪魔の所業をおこなうつもりなのか?)

 タミルは何百年も昔に、地球で殺戮を行った独裁者の事を知っている。その独裁者の時代には、まだゲノム解析も編集も知られていなかった。遺伝子の事も現在程詳細に知る者はいなかった。クラークが考えているのは、遺伝子レベルで自分の言う事を聞く人間を生み出す事のようである。

(奴にとって、帝国など手段に過ぎない。皇帝の名の下に自分の思うがままの治世を行い、自分のためだけに人々を使うつもりだ。いいのか、そんな奴にくみして?)

 タミルは恐ろしくなっていた。

(だが、今更協力しないと言えば、エレス商会は跡形もなく消されるだろう。どうすればいい?)

 タミルは判断を誤ったのに気づいたが、後には引けない事も理解していた。一方で、ゲノム編集により、アンチエイジングはもとより、若返ることすら可能になったという話は魅力的だった。何よりも、自分より若いアテナ・ルビルに対抗するために彼女以上に若くて美しい身体を手に入れたい。そんな考えがよぎった。

(信じ難かったが、あのエレクトラ・キシドムの姿を見せられて、信じるしかなくなった)

 自分よりずっと年長だったはずのエレクトラが出産して、その子を抱く姿はタミルにとって衝撃的だった。それだけではない。クラーク自身も、見た目よりずっと年齢が上だったのだ。

(ニコラス・グレイが五百年生きて来たという話も信用できなかったが、エレクトラの姿を目の当たりにして、それも真実なのかも知れないと思えて来た。だが……)

 商売のためなら、非情に徹していた父ヤコイム程は割り切れていないタミルは揺れ動いていた。

(これもクラークの罠なのか?)

 エレクトラを見せたのは、タミルを揺さぶる手段の一つだろう。だから、タミルはそれにはまり、迷っているのだ。

(父なら迷う事なく、クラークに従っただろう)

 タミルは父を尊敬していない。乗り越える目標ではあるが、そこまで人間としての矜持を捨てたくはなかった。ヤコイムの死の真相は知らないタミルは、父が悲惨な最期を遂げたと想像しているだけだが、そんな父と同じ轍を踏もうとは思わなかった。


「私は殺されるのか?」

 銀河の狼の本部の奥にある窓のない部屋に入れられたラグルーノ・バッハは、連行して来たメンバーの一人に問いかけた。

「さあな。あんたの態度次第だろう」

 メンバーの男はそっけなく応じると、ドアを閉じ、外鍵をかけて立ち去った。

「あああ……」

 ラグルーノはその場にしゃがみ込み、頭を抱えた。

(総統領になんかなるんじゃなかった……)

 さんざん甘い汁を吸って来たラグルーノは、この期に及んでそんな事を思っていた。


「名残惜しいが、私は戻らなければならない」

 アメア・カリングが神聖銀河帝国を撃退した事を知り、惑星マティスを脱出した共和国政府の幹部達は、すぐに戻って来た。そして、諸手を挙げてアメアの勝利を讃えた。彼らは、

「どうかまた総統領におなりください。ラグルーノ・バッハではこの国は治められません」

 アメアの再登板を願ったのだ。だが、政治には興味を失ったアメアはけんもほろろに断わったのだった。

「私達はお待ちしております」

 幹部達は小型艇を発進させるアメアを見送った。

「この国は一度滅びる方がいい」

 アメアはカタリーナには申し訳ないと思ったが、そう呟いた。

「アメア・カリングだ。これから帰還する」

 アメアは銀河の狼の本部に通信した。


 アテナはエミーと会談して、正式に支援を約束し、文書として残した。支援する物資も数まで明記し、エミーを感激させた。彼女はタミルがゲルマン星に降り立ち、クラークと会った事をゲルマン星にいる仲間の商人から極秘に知らされていた。

「ありがとうございます、ルビルさん」

 エミーは微笑んでアテナと握手を交わした。アテナも微笑んで、

「アテナでいいですよ、レイクさん」

 するとエミーも、

「エミーでいいです、アテナさん」

 社交辞令ではなく、返した。アテナは自分を睨みつけるように見ているジャンヌにも微笑み、デレっとしているバレルには流し目を送る余裕を見せた。

「見送りは結構です。またご連絡します」

 アテナはそれだけ言うと、四人の部下と共に応接室を出て行った。

「バーレールー!」

 ジャンヌはアテナ達が歩き去ったのを確認してから、バレルに詰め寄った。

「な、何だよ、ジャンヌ?」

 身に覚えがあるバレルは後退あとずさりしながら応じた。

「あんた、何考えてるのよ!? アテナ・ルビルにデレデレして!」 

 ジャンヌはバレルの襟首を捻じ上げた。

「ひいい!」

 バレルは悲鳴をあげた。

「まあまあ、ジャンヌ、落ち着いて」

 会談と商談がうまくいったと思っているエミーは上機嫌で二人の間に入った。

「仕方ないわよ、アテナ・ルビルは魅力的だもの。バレルのようなお子ちゃまには刺激が強過ぎるけどね」

 エミーはバレルを軽蔑する目で告げた。バレルはビクッとした。

「そうですね。バカの反応にいちいち目くじら立てても意味ないですよね」

 ジャンヌはバレルの襟を放して、エミーと同じように軽蔑の眼差しでバレルを見た。

「バ、バカって……」

 バレルは項垂れた。そこへパトリシアが興奮気味に飛び込んで来た。

「たった今、母から通信があったの! 神聖銀河帝国は、尻尾を巻いて逃げ去ったって!」

 パトリシアはアメアの無事がわかったのが嬉しいらしく、涙ぐんでいた。

「そう、よかったね、パット」

 ジャンヌもアメアを案じていたので、もらい泣きしかけた。

「よかったわね、パット」

 エミーも涙目で応じた。

「バレル!」

 その隙を突いて逃げ出そうとしたバレルが、ジャンヌに襟を掴まれた。

「ごけえ!」

 強く引かれたので、バレルは首が締まり、妙な声を出した。


「来たか」

 カールが執務室に入ると、机に向かっていたクラークが顔を上げた。

「はい」

 カールは敬礼した。クラークは立ち上がり、

「お前にはゲノム編集に協力してもらいたい」

 カールは聞きなれない言葉に眉をひそめ、

「ゲノム?」

 クラークはカールに近づきながら、

「遺伝子の結合を書き換え、より強くなるための手段だ」

 カールの右肩に右手を乗せた。

「はい!」

 カールはも一度敬礼した。

「お前には、ビリオンスヒューマンになってもらう。薬物による擬似的なものではなく、遺伝子レベルでの本物になってもらうのだ」

「はい!」

 カールは理解していなかったが、返事をした。

(強くなれば、エミーを手に入れられる)

 カールの頭の中は、エミーの事でいっぱいになっていた。

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