悪辣なる存在
アメア・カリングは突進して来るクレウサを目を細めて見据えていた。
「私の力を受けてみよ、アメア・カリング!」
クレウサは精神波を放った。地響きのようなそれは、アメアに向かった。
「小賢しい」
アメアは鼻で笑うと、ラントニングソードを上段に構え、振り下ろした。電撃が地面を走り、迫っていた精神波を粉微塵に打ち砕いた。クレウサはそれを無表情に観察していたが、
「やるな、アメア・カリング。だが、それはほんの小手調べだ」
再び精神波を放った。その勢いは先程のものより激しく、地割れと共にアメアに迫った。
「お前はそれしかないのか?」
アメアはライトニングソードを正眼に構え直すと、精神波を真正面から受け止めた。精神波はソードの刃によって二つに斬り裂かれ、消滅した。それでもクレウサは無表情のままであった。
「父上の力では、お前は倒せないようだな。私の力で倒す」
クレウサの気が一気に高まった。アメアは眉をひそめた。
(クラーク・ガイルの力がクレウサから消失した。この女、クラークを超えたのか?)
「砕け散れ、アメア・カリング!」
クレウサは全身から衝撃波を放った。
(物理攻撃もできるのか? まさに全能変異人間だというのか?)
アメアは歯軋りした。
(このアメア・カリングを超えようというのか? そうはさせん!)
アメアはクレウサより強い衝撃波を放った。彼女にはジョー・ウルフとナブラスロハ・ブランデンブルグの遺伝子が備わっている。衝撃波はブランデンブルグの遺伝子から発動したものであった。
「む?」
クレウサはアメアの背後に浮かび上がるブランデンブルグの幻影を見た。
(誰だ?)
クレウサの記憶にはブランデンブルグの姿は存在していない。ブランデンブルグそのものは知っているが、姿を知らないのだ。
『クレウサ、それはブランデンブルグだ。恐るるに足らん』
クレウサを通してアメアを見ていたクラークが告げた。
『理解しました、父上』
クレウサは衝撃波同士が激突して、凄まじい火花を散らすのを見ていた。やがて衝撃波は消滅し、二人の間に深く険しい溝が生まれた。
「お母さん!」
タトゥーク星に降下する途中で、パトリシアはアメアとクレウサの激突を感じた。
「どうした、パット?」
バレルがパトリシアを気遣った。ジャンヌはムッとしたが、何も言わない。
「お母さんがカサンドラの偽者と戦っている」
パトリシアは震えながら応じた。
「大丈夫。アメアさんは無敵よ」
ジャンヌがパトリシアを励ました。
「わかってる。わかってるけど、不安なの」
いつになく可愛い感じのパトリシアにキュンとしてしまったバレルは、
「パット、今は大気圏突入に集中してくれ。アメアさんなら、心配要らない」
バレルはパトリシアのそばに移動して、肩を抱いた。
「バレル、あんたねえ!」
ジャンヌは我慢できずに怒鳴った。
「ジャンヌ、嫉妬するなよ」
バレルはウィンクしてジャンヌを見た。
「なっ……」
ジャンヌはバレルの反応に言葉を失った。
(後でぶっ飛ばす)
ジャンヌは心に中で誓った。
「ありがとう、バレル」
パトリシアは潤んだ目でバレルを見つめた。
「お、おう」
バレルはそれを見て顔を赤らめた。
(何いい雰囲気になってるのよ、バレル!)
ジャンヌは今にも飛びかかりそうな顔でバレルを睨んだ。しかし、パトリシアがホッとしているのを見て、怒りを抑えた。
(バレルはもしかして、パットを落ち着かせるために?)
善意に解釈したジャンヌであったが、
(パット、可愛いじゃん)
実際にはパトリシアの魅力に惹かれただけのバレルであった。
「パット、早くこのおっさんをエミー達に引き渡して、アメアさんを助けに行こう」
バレルはパトリシアを更に抱きしめた。ジャンヌはまたムッとしたが、パトリシアの事を考え、心を落ち着かせた。
「バレル……」
パトリシアがバレルと見つめ合うのを見て、ジャンヌはモヤモヤした。
「銀河共和国は終わったね。アメア・カリング一人では、あの大艦隊を止められない。短い施政だったねえ」
タミル・エレスは共和国を見限っていた。
「ゲルマン星へ通信を。クラーク・ガイルと折衝を始めるよ」
タミルはキャプテンシートに寝そべり、指示を出した。
(きっと、アテナ・ルビルもどこかで様子を探っているんだろうね。あんたにだけは負けるつもりはないよ)
タミルは商売敵のアテナに敵愾心を燃やしていた。
(名目上はこれで銀河共和国は滅亡するけど、ここからが厄介な事になる。銀河の狼はともかく、ジャンヌ達を完全に敵に回す事になる。クラーク・ガイルはジョー・ウルフを恐れていると考えられる。そのジョーに関係するジャンヌ達が本気でゲルマン星を攻めれば、神聖銀河帝国も大きなダメージを受ける事になる)
タミルはジャンヌ達にも武器を調達しようと考えていた。父のヤコイムの直伝のやり方なのだ。
(ジョー・ウルフとルイ・ド・ジャーマンの行方は未だに知れない。恐らく二人はアンドロメダ銀河にいると思われる。確たる証拠はないが、アメア・カリングの夫のミハロフ・カークがいるのがアンドロメダであり、ルイの妻のマリー・クサヴァーもアンドロメダにいるはず。いよいよ天の川銀河が混乱すれば、二人が戻って来る。そう判断したからこそ、クラーク・ガイルは急いでいるのだ)
タミルは半身を起こすと、
「両舷全速。ゲルマン星へ向かえ」
操縦士に命じた。
アメアとクレウサの戦いは壮絶さを極めていた。周囲の道路や建物は瓦解し、総統領府も見るも無惨な状態になっている。中で破壊活動をしていたクレウサの配下達は、驚いて外へ出て来た。そして、周囲の惨状を見て、更に驚いた。
「アメア・カリング!」
クレウサが叫んだ。無表情ではいられない程、アメアは凄まじかったのだ。
「クレウサ、この程度か? 私はまだまだ戦えるぞ!」
アメアは高笑いをした。アメアの背後にはジョー・ウルフが見えた。クレウサはジョーの事は知っていたので、ハッとした。
(父上が恐れる男、ジョー・ウルフ。アメア・カリングはそのジョー・ウルフとブランデンブルグの遺伝子を受け継ぐ者。想像以上の力を持っている)
クレウサは内なる力を解放して、アメアに向かった。
「む?」
アメアはクレウサの背後にニコラス・グレイを感じた。
「ニコラス・グレイ!」
アメアの気が爆発的に増大した。
『クレウサ、今は退け! アメア・カリングは想像以上だった! 退くのだ!』
クラークが命じた。
『了解しました、父上』
クレウサは無表情に戻ると、アメアから逃走し始めた。
「逃げるのか、クレウサ!」
アメアはクレウサを追いかけた。クラークは周囲にいる配下達を精神波で操り、アメアに向かわせた。
「邪魔をするな!」
容赦のなさではパトリシア以上のアメアは、自分の意志で動いている訳ではない配下達をライトニングソードでなで斬りにしていった。その隙にクレウサは自分の小型艇に乗り込むと、惑星マティスを離脱した。
「卑怯だぞ、クレウサ! 戻って来い!」
アメアは配下達を斬り倒しながら叫んだ。だが、クレウサの小型艇はマティスを離れ、大艦隊と共にジャンピング航法で逃げ去ってしまった。その途端、配下達は精神波の縛りを解かれ、バタバタとその場に倒れた。
「クレウサーッ!」
アメアはやり場のない怒りを爆発させ、自分の周囲にクレーターのような穴を生じさせた。
クレウサが逃亡したのを知ったアテナは目を見開いた。
(こいつは驚いた。アメア・カリング、凄いな。銀河共和国が、首の皮一枚で助かったのか?)
アテナはニヤリとして、
(タミルおばさん、早まったな。まだ神聖銀河帝国の勝利は遠い。私はジャンヌ達に乗るとするか)
キャプテンシートの上で胡座を掻くと、
「針路、タトゥーク星へ。急げよ」
勝ち誇った顔で命じた。




