新旧対決
惑星マティスへと無数の小型艇が降下して行く。
「各員は総統領府制圧だけに努めよ。アメア・カリングは私が殺す」
クレウサは通信機に告げると、小型艇を加速した。他の小型艇は彼女の小型艇に追走する事ができず、次第に距離を離されていった。
(アメア・カリング、私を呼んでいるのか?)
クレウサは増大していくアメアの力を感じ、ニヤリとした。
「勝つのは私だ!」
クレウサは目を吊り上げ、叫んだ。
「む?」
クラークはクレウサの感情に気づき、立ち上がった。
(よもやとは思っていたが、アメア・カリングが出て来たのか? 何故だ?)
クラークもまた、アメアとカタリーナの関係を知らない。アメアとカタリーナが関わりがあるのは知っているが、アメアのカタリーナに対する絶対的な 服従心は知らない。この複雑な関係は、カタリーナとアメアを知る者でも、理解しているのはジョー・ウルフとジャンヌだけである。
(アメア・カリングに関わると、ジョー・ウルフに連なる遺伝子を持つ者が集まって来てしまう。まずい事にならなければよいが……)
クラークは一抹の不安を感じたが、
「クレウサはアメア・カリングより強い。何も心配要らぬ」
その思いを払拭するように呟いた。
(ジャンヌとバレル、そしてアメア・カリングの娘のパトリシアはマティスから離れて行くようだ。ジョー・ウルフに連なる者達が集わなければ、不安要素は薄まる)
クラークはジャンヌ達がどこへ向かっているのか探った。
(ラグルーノ・バッハを連れているようだな。奴の専用艦を使っているのか?)
クラークは追っ手を差し向けようと考えたが、
『父上、一切お手出し無用に願います』
クレウサの思念がそれを阻んで来た。
『わかった、クレウサ。お前の思うようにするがいい』
クラークは満足そうに笑った。
(クレウサはすでに精神波も自在に操れる。我が跡継ぎにふさわしい)
クラークは回転椅子に腰を下ろした。
「来るか、偽のカサンドラ。そうか、クレウサというのか?」
アメアもまたクレウサの力を感じ取っていた。
「反吐が出る程、クラーク・ガイルの操り人形の臭いがする。悍ましい限りだ」
アメアは地上へのエレベーターに乗り込んだ。
「パット、うまく脱出できたようだな」
アメアは母親の顔を見せた。娘を気遣って天井を見上げたが、
「蠅共が降下して来たか? このアメア・カリングを舐めるなよ」
爆発的に力を解放して、エレベーターを揺らした。それと同時に、防衛システムが稼働して、ミサイルが発射された。居を突かれた形の小型艇は次々に多弾頭ミサイルに撃ち落とされた。
「アメア・カリングめ、まだこの星のシステムを動かせるのか?」
クレウサは迫り来るミサイルを次々に機銃で破壊しながら、降下を続けた。周囲の小型艇はその大半がミサイルに撃ち落とされている中、クレウサは確実に地上に接近していた。すると格納されていた対空砲塔が現れ、砲撃を開始した。更に多くの小型艇が撃墜された。クレウサはミサイルを発射して、対空砲塔を破壊した。
「小癪な」
クレウサは対空砲火を掻い潜り、遂に着陸に成功し、周囲の対空砲塔を機銃で破壊した。何艇かの小型艇が続けて着陸に成功した。クレウサは小型艇を飛び出すと、総統領府へと走り出した。
「待っていたぞ、クレウサ!」
アメアが総統領府から出て来た。クレウサは立ち止まって、
「アメア・カリングだな? 死んでもらうぞ」
無表情のまま告げた。
「お前になど殺されぬ!」
アメアはライトニングソードを構えると、最大出力で輝かせた。
「そのような時代遅れのもので、私と戦うつもりか、アメア・カリング」
クレウサはそれでも無表情のままだった。他の小型艇の乗組員達は、二人を無視して総統領府へと突入して行った。アメアはそれを横目で見たが、
「ここを制圧したからといって、どうになるものでもないぞ」
せせら笑った。
「確かに総統領府は蛻の殻だ。しかし、そこに我が神聖銀河帝国の国旗がたなびけば、意味を持ってくる」
クレウサはアメアに歩み寄りながら言った。
「そんなものがたなびく事はない」
アメアは静かに告げた。
「何?」
クレウサは怪訝そうにアメアを見た。アメアはフッと笑って、
「私がいるからだ。私がいる限り、銀河共和国は神聖銀河帝国などという愚連隊に奪われる事はない」
クレウサはニヤリとして、
「ならば、今ここでお前を消してやる、アメア・カリング!」
アメアに向かって走り出した。
「できるものならやってみよ!」
アメアはライトニングソードを正眼に構えた。
「はああ、やっと一息吐ける」
バレルが深呼吸をした。ジャンヌ達が乗るラグルーノの専用艦は、惑星マティスから三億キロメートル程離れた宙域にジャンピングアウトしていた。嘔吐したラグルーノはぐったりしている。
「アメアさん、大丈夫かしら?」
ジャンヌが呟いた。
「大丈夫に決まっている。お母さんは宇宙一強いんだ」
パトリシアがジャンヌを睨みつけた。
「あ、うん、そうだね」
ジャンヌは苦笑いをして応じた。
「あ、違う。宇宙一強いのは、ジョー・ウルフだった」
パトリシアはジャンヌから顔を背けた。
「え?」
ジャンヌはキョトンとした。
「お母さんがそう言っていたから……」
パトリシアは決まりが悪そうに俯いた。
「そうなんだ……」
ジャンヌはまた苦笑いするしかなかった。
(パット、私に気を遣ったのかな?)
ジャンヌはパトリシアの思いに胸が熱くなった。
「わ、私はどうなるんだ?」
ラグルーノはぐったりしたまま独り言のように喋った。
「貴方はこれからタトゥーク星に連れて行く」
ジャンヌはラグルーノを見た。
「ええ!? タトゥーク星と言えば、銀河の狼の本拠じゃないか! そんなところへ連れて行かれたら、私は殺されてしまう! 嫌だ、絶対に嫌だ!」
ラグルーノは恥も外聞もなく、泣き喚いた。
「うるさいよ!」
一番近くにいたバレルがラグルーノの頭を拳で殴った。
「痛い!」
ラグルーノは叫ぶのをやめたが、
「痛いよお、痛いよお、痛いよお……」
今度は泣き言を言い続けた。バレルはジャンヌを見て肩をすくめた。
(こんな人が総統領だなんて、ケントおじさんが知ったら、悲しむな)
ジャンヌは溜息を吐いた。カタリーナの手配で、ケントと妻のアルミスが銀河の狼の本部に来ているのだ。
(サリーと顔を合わせるのが気まずいな)
ジャンヌはバレルとの仲をケントの娘のサリーに知られるのが億劫だった。サリーはバレルに思いを寄せているからだ。
「だったら、今からマティスに戻るか、おっさん?」
溜まりかねたバレルがラグルーノの襟首を捻じ上げた。
「ひいい、それも嫌だあ!」
ラグルーノはまた喚き始めた。
「うるさい!」
ずっと黙っていたパトリシアが立ち上がり、ラグルーノの口を粘着テープで塞いだ。
「ほがあ、むがあ!」
それでもラグルーノは騒いだ。
「黙らないと、宇宙に放り出すぞ!」
パトリシアはラグルーノの顎を掴んだ。
「……」
それでようやくラグルーノはおとなしくなった。
「ありがとう、パット」
ジャンヌがパトリシアを労った。
「ああ、うん」
パトリシアは照れ臭そうに応じると、操縦席に戻った。
「ラグルーノはジャンヌ達が拉致したって?」
ジャンヌ達の動きは、アテナ・ルビルに伝わっていた。
「はい。どうしますか?」
部下が尋ねると、アテナはフッと笑って、
「放っておきな。今更、ラグルーノに関わったって、何もいい事はないよ」
ブリッジのキャプテンシートに寝そべった。
「わかりました」
部下はそのままブリッジを出て行った。
(さて、タミルおばさんはどうするのかな?)
アテナは商売敵のタミル・エレスの動きを気にしていた。




