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銀河共和国存亡の危機

 ラグルーノ・バッハは自分の失政に気づいた。神聖銀河帝国の企みを見抜けず、休戦協定を締結してもいないのに安心していた自分の愚かさを嘆いたが、頼みの綱のメケトレス・ザギマはラグルーノを見限り、辞表を提出すると、総統領執務室を退室してしまった。

「ザギマめ、最初からこうするつもりだったのか!?」

 あまりにも冷徹な行動をとったザギマに怒り心頭に発したラグルーノであったが、妻のエウラですら、彼を見捨て、すでに惑星マティスを脱出していた。

(私に残されているのは、全面降伏しかないのか?)

 ラグルーノは汗まみれになった顔で天を仰いだ。

「こうしてはいられない」

 ラグルーノはその重い身体を動かし、執務室を出た。

(だが、どうすればいいのだ? 私を助けてくれる者はいないのか?)

 誰一人いない廊下に出て、ラグルーノは途方に暮れた。

(いや、それよりもこの星にいては危険だ。脱出しなければ!)

 ラグルーノは廊下を走り出したが、エレベーターホールまで着くのに何度も休まなければならない程身体が重かった。

「え?」

 エレベーターの前に着いてみると、稼働していない事に気づいた。

「ああ!」

 次の瞬間、廊下の明かりが消えてしまった。

「何だ、どういう事だ?」

 ラグルーノは慌てて窓に駆け寄った。外を見ると、地上を多くの人間が駆けて行き、脱出用の艦船に乗り込んでいるのが見えた。

「おい、私を置いていかないでくれ!」

 ラグルーノは階段を探した。しかし、彼の脚力では、地上まで降りる事など不可能に等しかった。

「私は……」

 絶望感がラグルーノの頭の中を占めていく。その時、彼はある事を思い出した。

(こんな時のために緊急脱出用の特別エレベーターがある!)

 ラグルーノは力を振り絞って、特別エレベーターがある場所へと移動した。特別エレベーターはラグルーノだけが乗れるように造られている。しかも、電源は独立しており、稼働しているはずである。

「あった……」

 懸命に足を動かし、ラグルーノは特別エレベーターの前に辿り着いた。そして、生体認証の画面に顔を近づけ、エレベーターの扉を開いた。中に乗り込むと、扉は音もなく閉じ、下へと高速で動き出した。

(私を見捨てたザギマ達を厳罰に処してやるぞ。まだ私は総統領なのだからな!)

 ラグルーノは先程までの絶望感を払拭して、勝ち誇っていた。

(エレベーターは地下まで通じている。そこからは自動運転の専用車で、総統領専用艦まで一直線だ)

 ラグルーノはいざという時の備えを怠っていなかった。惑星マティスの住民がどうなろうとも、自分だけは生き残る算段をしていたのだ。どこまでも自己中心的な男である。

「あ……」

 専用車で専用艦まで到着した時、ラグルーノは致命的なミスに気づいた。

(この艦を動かす者がいない!)

 ラグルーノは誰一人部下を引き連れていない事に思い至り、また絶望した。

「くそう!」

 ラグルーノは専用車のボンネットを右拳で殴った。

「待っていたぞ、総統領閣下」

 女の声がした。

「え?」

 ラグルーノは声がした方を見た。そこには、アメア、ジャンヌ、バレル、パトリシアがいた。

「わわ、アメア・カリング……」

 ラグルーノは腰を抜かしかけた。

「この私を呼び捨てにするとは、随分と偉くなったものだな、ラグルーノ・バッハ」

 アメアはラグルーノを睨みつけた。

「ひいいっ!」

 ラグルーノはガタガタと震え、床を這って後退あとずさった。

「貴方を助けに来た」

 ジャンヌが告げた。

「え?」

 ラグルーノは目を見開いた。

(そう言って油断させて、殺すつもりなのか?)

 ラグルーノはジャンヌの言葉を素直に信じられなかった。

「お前のためではないぞ。銀河共和国を創設したケント達のためだ。勘違いするなよ」

 アメアは早足でラグルーノに詰め寄ると、襟首を捻じ上げて立たせた。

「うへえ!」

 ラグルーノは恐怖のあまり、悲鳴をあげた。

「だが、お前の命を獲りに来るのは血も涙もない殺人マシーンだ。守りきれなかったら、すまないな」

 アメアはニヤリとしてラグルーノを放した。

「……」

 ラグルーノはそのまましゃがみ込んでしまった。

(こいつを救わないと、クラーク・ガイルが神聖銀河帝国による天の川銀河統一を宣言して、銀河共和国が名実共に滅ぼされてしまう。仕方ない)

 ジャンヌはラグルーノの救出にはあまり乗り気ではなかった。しかし、ケントの事を思い、自分の考えを頭から追い払った。

「急ぎましょう。神聖銀河帝国の艦隊が次々に防衛ラインを突破しています」

 ジャンヌはパトリシアと協力して重たいラグルーノを抱えると、ラグルーノの専用艦に乗り込んだ。

「えっと……」

 アメアが一人で元来た通路を戻って行くのを見て、バレルは迷った。

「あんたはこっちに決まっているでしょ!」

 ジャンヌが怒鳴った。

「ああ、はい」

 バレルは顔を引きつらせて、ジャンヌとパトリシアを追いかけた。


「惑星マティスまでジャンピング航法に入ります」

 クレウサ率いる艦隊は、共和国軍の艦隊を殲滅して、マティスまでのジャンピング航法に入ろうとしていた。

「む?」

 旗艦のキャプテンシートに座っていたクレウサが眉をひそめた。

(アメア・カリングが待っているのか?)

 クレウサはフッと笑った。それを偶然見ていたクルーの一人は蒼ざめた。クレウサが笑ったのを初めて見たからだ。

(私こそが宇宙最強。アメア・カリング如き、ものの数ではない)

 クレウサは前方を見据えて、

「ジャンピング航法に入れ」

 静かに命じた。大艦隊は一斉に三次元宇宙から姿を消した。


 ジャンヌ達はアメアを残して、ラグルーノの専用艦で惑星マティスを脱出していた。

「おお!」

 レーダーを覗いていたバレルが叫んだ。

「どうしたの?」

 補助席に縛り付けたラグルーノから離れたジャンヌが尋ねた。

「マティスの衛星軌道上に無数の艦影が現れたぞ!」

 バレルはレーダーから顔を上げてジャンヌを見た。

「心配要らない。このままジャンピング航法でこの宙域を離脱する」

 パトリシアが操縦桿を操作しながら告げた。

「え?」

 バレルはギョッとしてパトリシアを見たが、次の瞬間、専用艦は三次元宇宙から消えた。

「パット、いきなり過ぎだって……」

 バレルは吐き気を我慢して苦情を言った。

「うるさい、泣き言を言うな!」

 パトリシアは前を向いたままで怒鳴った。

「はい……」

 バレルはパトリシアの怖さを知っているので、反論しなかった。

「おえええ……」

 だが、宇宙にもジャンピング航法にもあまり耐性がないラグルーノは嘔吐していた。

「キャッ!」

 ジャンヌは慌てて吐瀉物をかわした。吐瀉物はコクピット内を漂い始めた。

「バレル、吸引して!」

 ジャンヌはクリーナーの一番そばにいるバレルに言った。

「あ、ああ」

 バレルは自分も吐きそうになりながら、壁に備え付けられたクリーナーを外し、ラグルーノの吐瀉物を吸い込んだ。

「お母さん……」

 顔には出さなかったが、パトリシアは一人で残ったアメアを心配していた。


「脱出する艦は放っておけ。全艦、衛星軌道上に停止。各員は大気圏突入用の小型艇に乗り組み、地上の制圧を行う」

 クレウサは宇宙服を着込むと、クルーの誰よりも早くブリッジを後にした。

(本来であれば、総統領ラグルーノ・バッハの首を獲るべきだが、あのようなお飾りの男を討ったところで、父上は喜ばぬ。総統領府を制圧して、神聖銀河帝国の旗を打ち立てる事こそ、我が使命)

 クレウサは自分専用の小型艇に一人で乗り込むと、旗艦から飛び立った。

(むしろ、生捕りにすべきは、補佐官のメケトレス・ザギマだ)

 クレウサは自分の腹心の部下を別働隊として放ち、すでにザギマの乗った艦を追わせていた。


「とうとう始まったかい」

 神聖銀河帝国の艦隊がマティス攻略を開始した事を知ったタミル・エレスはほくそ笑んだ。

(一つ気になるのは、アメア・カリングが動いたらしい事。損得では動かないあの女が、どうして動いたのか?)

 アメアとカタリーナの関係を知らないタミルには謎であった。

「まあいいさ。こっちは高みの見物をするだけだからね」

 タミルはフッと笑った。

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