カール・ハイマンの逆襲
クラーク・ガイルはタミル・エレスに連絡を取り、大量の武器弾薬の発注をした。
「いよいよらしいね」
タミルは神聖銀河帝国が遂に銀河共和国に再侵攻を開始するのを確信した。
(しかも、奴はアテナ嬢ちゃんではなく、私に武器の調達を発注した)
タミルは商売敵であるアテナ・ルビルが選ばれなかった事を喜んだ。
(浅ましいと思われようと、この業界は勝った者が正しいのさ)
タミルは嬉々として酒を注いだグラスをあおった。
(クラークにアテナの組織を潰してもらおうか。そうすれば、エレス商会の一人勝ちにできる)
クラークの果てなき野望を薄々知っているタミルは、これから先もずっと選ばれる存在になろうと考えていた。
(だが、あまり我欲を見せると、クラークにこちらの考えを読まれる。直接の接触は危険だ。人を介して交渉するようにしないとね)
タミルは慎重の上にも慎重を期してクラークとつながっていこうと思った。
タミルが神聖銀河帝国から武器弾薬の大量発注を受けた事は、張り巡らせた情報網によって、アテナは承知していた。
(あのおばさん、得意の絶頂だろうね。でも、クラーク・ガイルは恐ろしい男。何がこの先待っているのか、わかっているのかね、タミルおばさんは?)
やり過ぎると乗っ取られる。アテナはクラークの性格を読んで、敢えて神聖銀河帝国に営業をしなかったのだ。
(今はあの国に擦り寄るのが一番に見えるけど、まだまだ何があるかわからない。何よりも気になるのは、アメア・カリングだ。あの女が一度動き出せば、絶対優位に見える神聖銀河帝国ですら、滅ぼされる可能性がある。何せ、ジョー・ウルフとブランデンブルグの遺伝子を受け継いでいると言われている存在だ。ここは静観するのが正解だよ)
アテナはタミルより深く情勢を分析していたのである。
「で、タトゥーク星に仕掛けた神聖銀河帝国の艦隊はどうなっているのさ?」
船のブリッジのキャプテンシートに寝そべったアテナが通信係に尋ねた。
「はい、タトゥーク星から飛び立った小型艇が旗艦に潜入して、現在艦内で戦闘中のようです」
通信係はアテナを見上げて応じた。
「なるほどね。情勢は不安定のようだね」
アテナは腕組みをした。通信係は彼女の巨乳をジッと見ていたが、アテナに気づかれ、俯いた。アテナはフッと笑って立ち上がると、
「私としたいなら、それなりの実績と覚悟を持ちな」
通信係の首をスッと撫でた。
「は、はい……」
下心を見抜かれた通信係は顔を引きつらせた。
「まあ、そういうのは嫌いじゃないよ」
アテナは艶っぽい顔で通信係を見ると、ブリッジを出て行った。
(ああ、アテナ様)
通信兵は悶々として立ち上がり、アテナが出て行ったドアを見つめた。
「おい、バカな事考えるなよ。アテナ様は俺らなんかを相手にしてくれる訳がないんだからな」
操舵士が通信係を嗜めた。
「わかってますよ」
通信係は席に戻った。
「はあ!」
ジャンヌとバレルはほとんどのニューロボテクター隊を倒していた。だが、パトリシアは扉に苦戦していた。
「おのれえ!」
パトリシアが白く輝き出した。彼女はライトニングソードを振りかぶり、扉を斬りつけた。遂に扉が溶けて裂け、部屋の中が見通せるようになった。
「エミー!」
パトリシアはベッドの上で下着姿のエミーにカールがのしかかっているのを見て叫んだ。
「パット!」
カールはパトリシアの形相を見てたじろいだ。
「貴様!」
パトリシアは扉の裂け目を通り抜けると、カールに飛びかかり、エミーから引き離した。エミーはまだ眠っていた。
「エミー!」
ジャンヌとバレルも廊下のニューロボテクターを全員倒して部屋に入って来た。
「カール、あんた、許さなからね!」
ジャンヌはパトリシアに右腕を捻じ上げられたカールの襟首を掴んだ。
「ぐええ……」
首を絞められる形になったカールは呻いた。
「バレル、見ていないで、エミーに毛布をかけてあげて!」
ジャンヌは下着姿のエミーをジッと見ているバレルを叱責した。
「ああ、はい!」
バレルはジャンヌに殴られると思い、慌ててベッドから毛布を取り、エミーに巻きつけた。
「ジャンヌ、早くこの船から脱出するぞ。悪意がどんどん強くなっている」
パトリシアはカールの腕を放した。
「そのようね。早く逃げないと、大変な事になりそう」
ジャンヌはカールを突き飛ばして壁に叩きつけると、毛布を巻かれたエミーをバレルと抱え上げた。
「お前はこの船と一緒に死ね!」
パトリシアはカールの腹を蹴ると、ジャンヌ達と共に部屋を出て行った。
「くっそう! このままでおくものか!」
カールは血を吐きながらも立ち上がると、隠し扉を通ってブリッジへと急いだ。
「各員、各艦に戻れ! 連中を逃がすな! 小型艇ごと宇宙の藻屑にしろ!」
カールは携帯端末に命じた。
「む?」
ブリッジに戻ると、そこはもぬけの殻だった。
「どういう事だ?」
カールは何が起こっているのか理解するのに時間がかかった。そして、キャプテンシートの上に時限爆弾が仕掛けられている事に気づいた。
(これはこの艦ごと吹き飛ばすくらいの規模の爆弾じゃないか! あいつら、俺を殺すつもりなのか!?)
自分が置き去りにされたのを悟ったカールは、ブリッジを脱出した。
「ふざけやがって!」
カールは怒りに震えながら、廊下を走った。
ジャンヌ達は小型艇で旗艦を脱出していた。
「周囲にいる艦艇、この艦の乗組員のものだ」
バレルが告げた。
「カールの暴走に付き合い切れなくなって、逃げ出したんだろう。いい気味だ」
パトリシアは鼻で笑って、小型艇を進めた。
「旗艦以外の艦艇もこちらを攻撃する様子がないな。嫌われたものだな、カールは」
バレルはカールを憐れんだ。
「歪んだ奴の末路はそんなものだ」
パトリシアは吐き捨てるように呟いた。
「カール……」
エミーは複雑だった。
(私がカールともっと話していれば、こんな事にはならなかったのかも知れない)
どこまでも優しいエミーは、自分に対して最低な事をしたカールに憐憫の情を感じていた。
「エミー、貴女は悪くない。悪いのはカール。貴女はそんなつらい顔をしないで」
ジャンヌがエミーを慰めた。
「ありがとう、ジャンヌ」
エミーは潤んだ目でジャンヌを見た。
(やっぱり、エミー、可愛い)
バレルはまた邪な事を思い描いていた。
「バレル!」
それに気づいたジャンヌがバレルの右耳を思い切りつねった。
「あいでで!」
バレルは痛さのあまり、涙ぐんだ。
カールは格納庫の隅に残っていた救命艇に乗り込むと、旗艦を脱出した。その直後、旗艦は大爆発を起こした。
「うわあ!」
爆発の勢いに煽られ、カールの乗った救命艇は錐揉み状態で宇宙空間を彷徨った。
「何だと?」
爆発が収まり、救命艇が安定飛行をできるようになった頃、周囲を探ると、味方の艦艇は一隻もいなかった。
「バカな……。俺は置き去りにされたのか?」
カールは自分の不甲斐なさをそこまで来てようやく感じた。救命艇にはジャンピング航法の能力はない。只宇宙空間を航行するしかない。しかも、大気圏突入の機能もないため、すぐそばにあるタトゥーク星にも降下できない。
「俺は……」
全てに見捨てられたカールは絶望の中、救命艇を航行させた。
(だが、こんな事で俺は死なない。必ず、エミーをモノにする)
死の淵が見えている状態になっても、カールはエミーへの欲望を捨てていなかった。
「まだカールの悪意がこの宙域を埋め尽くしている。どこまでも見下げ果てた奴だ」
パトリシアが口にすると、
「もうやめて、パット。その名前は二度と聞きたくない」
エミーが俯いた。
「わかった」
パトリシアは小型艇を操縦しつつ、エミーをチラッと見た。
(そんな簡単に割り切れないよね)
ジャンヌはエミーを抱きしめた。
(俺もエミーを抱きしめてあげたい)
バレルはまだ懲りずに邪な思いを巡らせていた。




