新たなる悪魔
ジャンヌ達が乗り組んでいる小型艇は、カール・ハイマン率いる艦隊の旗艦に接近していた。
「攻撃がないのが気になる」
ジャンヌが呟くと、
「カールは明らかにエミーが乗り組んでいる事に気づいている。だから攻撃して来ないんだよ」
パトリシアが応じた。ジャンヌはハッとしてエミーを見た。
「平気よ、ジャンヌ。あいつは直接ぶちのめしたいから、呼んでいるのであれば、願ったり叶ったりよ」
エミーはウィンクをして応じた。
「そう」
ジャンヌは苦笑いをした。パトリシアは、
「それより、バレルは大丈夫なのか? 今回は守ってやらないぞ」
バレルを見た。
「え?」
そんな事を言われると思っていなかったバレルはギョッとした。
「当たり前でしょ? エミーが一番危ないんだから、あんたなんか守っていられないわよ。あんたもビリオンスヒューマンなんだから、しっかりしてよね」
ジャンヌは半目でバレルを見た。
「はい……」
愛しい人にそう言われて、バレルはしょぼくれた。エミーはそれを見てクスッと笑った。
「ハッチを開いて、誘導しろ。エミー以外は殺してしまえ。ニューロボテクター隊は各個に配置。以降は自分達の判断で動き、エミーを捕縛してそれを盾に他の連中を始末するのだ」
カールは携帯端末で命令した。
(ジャンヌとバレルを始末すれば、俺はどんどん上に行ける。神聖銀河帝国で出世して、エミーを妻にし、子をたくさん産んでもらうんだ)
カールはエミーとの幸せな生活を本気で思い描いていた。
「敵の小型艇の誘導を完了しました。現在、ハッチに降りて来ているところです」
通信兵が報告した。カールはニヤリとして、
「よし、ニューロボテクター隊を格納庫へ集結させろ。エミーを捕縛したら、ハッチを開いて、他の奴らを宇宙へ放り出せ」
悪逆非道な事を告げた。通信兵はハッとしたが、
「了解しました」
言われた通りの事をハッチを動かしている乗組員に伝えた。
(ニューロボテクター隊はそもそもが宇宙仕様だ。格納庫の空気がなくなっても、何も問題はない)
カールは自分の名案に酔いしれていた。
「大丈夫かしら?」
カタリーナはジャンヌから旗艦内部に入った事を知らされ、罠だと考えていた。
「心配要りません、母上。ジャンヌ達を信じてください」
アメアは嬉しそうに告げた。カタリーナは溜息を吐いて、
「そうなんだけどね……」
ジャンヌ達を信じたい気持ちはあるが、不安が勝っていた。
「艦隊には私の後継はいないようです」
カサンドラが不意に言った。
「え?」
カタリーナはカサンドラの言葉に彼女を見た。
「お前の後継は別の任務に就くはずだ。クラーク・ガイルの魂胆は私には丸わかりだ」
アメアが胸を張ってカサンドラを見た。
「そのようですね」
カサンドラはアメアを見て微笑んだ。
(そうか、後継って、新しく誕生したカサンドラの事ね? でも、エレクトラ・キシドムがゲルマン星に入ってから、まだ三ヶ月くらいだけど、まさか……)
アメアはカタリーナの思いを見透かしたかのように、
「母上、新しいカサンドラはすでに誕生しているはずです。しかも、誕生からわずかな時間で成長する。私とこの子がそうであったように」
カサンドラを見た。カサンドラは頷いて、カタリーナを見た。
「そうなの……。更にゲノム編集が進化しているのね?」
カタリーナはカサンドラからアメアを見て尋ねた。
「はい。クラーク・ガイルは更に何かを産ませるつもりのようです。奴の野望は果てがありません」
アメアは不愉快そうな顔になった。
(生命の誕生にそこまで干渉するのは悪魔の所業だわ。アメアが不愉快に思うのも無理はない)
カタリーナはアメアに同感していた。
「受胎は問題なく成功しました」
医師団のリーダーが執務室のいるクラークに報告した。
「そうか。次期皇帝陛下となられる方だ。慎重の上にも慎重を重ねるように」
クラークはそう命じると、携帯端末を切った。
(皇太子殿下がお生まれになったら、次は私の真の後継者を産んでもらうぞ、エレクトラ)
クラークは下卑た笑みを浮かべた。その時、ドアがノックされた。
「入れ」
クラークは誰が来たのかわかっており、ドアを見ずに応じた。ドアが開かれ、カサンドラが入って来た。タトゥーク星にいるカサンドラよりも目つきが鋭く、着ている軍服は黒で勲章が数多く付けられている。
「父上、お呼びでしょうか?」
新生カサンドラが訊いた。クラークはそこでようやく新生カサンドラを見て、
「行ってもらいたいところがある」
立ち上がった。カサンドラはクラークに歩み寄り、
「どこでしょうか?」
机の前で立ち止まった。クラークはフッと笑って、
「惑星マティス、銀河共和国の首府星だ」
机を回り込んで新生カサンドラの横に立った。
「お前は今日から名をクレウサとする。お前こそ、天の川銀河を統べる者だ」
クラークはクレウサと改名した遺伝子的には娘に当たる目の前の女性を抱きしめた。
「ありがとうございます、父上」
クレウサは無表情のままで応じた。クラークはクレウサから離れると、
「では、手始めに始末して欲しい者がいる」
クレウサはクラークを見上げて、
「誰でしょうか?」
クラークは目を細めて、
「マーカム・キシドム。お前の兄に当たる男だ」
クレウサは何の反応も見せず、
「わかりました。すぐに始末します」
敬礼をすると、執務室を出て行った。
(それでいい。カサンドラは妙に感情を露わにしたが、クレウサは全くそれがないようだ)
クラークはクレウサの性質を歓迎していた。
「え? どういう事?」
格納庫に降り立ったジャンヌ達はいきなりニューロボテクター隊に取り囲まれた。
「ここで始末するって事だろう?」
パトリシアはジリジリと詰めて来るニューロボテクター隊を見渡した。
「だったら、後悔させてやる!」
ジャンヌはグローヴに集中すると、白く輝き出した。それを見てニューロボテクター隊の一部がざわめいた。ジャンヌの強さを知っているのだ。
「俺も!」
バレルも白く輝き出した。ニューロボテクター隊は三班に分かれると、それぞれジャンヌ、パトリシア、バレルへ襲いかかった。
「この!」
バレルがニューロボテクター隊の一人をグローヴで殴った。その隊員は吹き飛び、仰向けに倒れた。他のニューロボテクター隊が動揺して立ち止まった。
「こっちから行くぜ!」
バレルは勢いに乗り、班を圧倒していった。
「私も!」
パトリシアはそれを見てニューロボテクター隊の喉元を粉砕して絶命させていく。
(相変わらず、パットは容赦がない)
ジャンヌは例え敵であっても命までは奪いたくないので、リフレクトスーツを破壊するに留めていた。
「あ!」
その時、別働隊が現れ、エミーを拉致した。
「待て!」
ジャンヌが追いかけようとしたが、行く手を阻まれ、エミーは格納庫から連れ出された。
「エミー!」
最初に追いかけたのはパトリシアだった。彼女は総崩れとなったニューロボテクター隊の班を蹴散らすと、エミーを連れ去った別働隊を追いかけた。
「わ!」
だが、目の前で隔壁が閉じられ、パトリシアはそれを殴りつけたが、びくともしなかった。
「エミー!」
ジャンヌは右のグローヴに力を集中させて、隔壁を殴った。隔壁にヒビが入ったが、破壊はできなかった。
「うわっ!」
バレルはハッチが解放されるのを見て慌てた。
「おい、連中、俺達を宇宙に放り出すつもりだぞ!」
バレルの言葉にジャンヌとパトリシアは顔を見合わせた。
「小型艇に避難する!」
ジャンヌはハッチが開いたせいで薄くなっていく空気を吸いながら、小型艇へと走った。
「ああ、そうだ」
ジャンヌはスーツを破壊されたニューロボテクター隊が死んでしまうと思ったが、
「ジャンヌ、間に合わなくなる!」
バレルに強く手を引かれ、小型艇に避難した。
「うわあ!」
作戦の全貌を知らされていなかった隊員達は、宇宙空間に放り出され、一瞬のうちに絶命した。
「何て、何て酷い事を!」
キャノピーからそれを見たジャンヌは怒りに震えた。




