カール・ハイマンの進撃
クラーク・ガイルは新たに生み出されたカサンドラの訓練を開始した。新生カサンドラの資質はクラークの想像以上に優れており、旧カサンドラが劣って見える程だった。
(前のカサンドラも決して凡庸ではなかった。只、ジャンヌに接触させたのが誤りだった。ジョー・ウルフの遺伝子に連なる者達は、ニューロボテクター隊を強化して当たらせる方がいい。その点で言えば、あのカール・ハイマンは適任だ)
カール・ハイマンは、以前タトゥーク星の銀河の狼の本部に所属していた。リーダーのエミー・レイクに恋愛感情を抱き、何度も告白したが、ことごとくエミーに拒否され、神聖銀河帝国に寝返りを打診して来た。旧カサンドラはそれを利用して、カールをスパイにし、タトゥーク星の情報を伝えさせていた。しかし、それをアメア・カリングに見抜かれ、カールを脱走させた。カールは単身でゲルマン星に逃げ込み、自ら志願してニューロボテクター隊に入った。そして、薬剤投与により、擬似ビリオンスヒューマンとなり、銀河の狼への復讐、とりわけエミーへの怨恨を糧に訓練に明け暮れている。
(憎しみを増幅させ、カールをタトゥーク星へ侵攻させ、混乱に乗じて、ジャンヌを暗殺し、バレルを拉致する。バレルは後継者として神聖銀河帝国の一員とする。フランセーズの精子がどこまで機能するか不明だという事もある。ジャンヌの遺伝子も貴重だが、ジョー・ウルフの遺伝子はこの宇宙には残すべきではない。ジャンヌの始末は、新生カサンドラに任せる)
クラークは旧カサンドラの存在を気にした。
(理由はわからないが、連中は旧カサンドラを殺していない。まさかとは思うが、旧カサンドラがジャンヌに味方して、新生カサンドラを攻撃するような事があれば、想定外の事が起こってしまう。カールには旧カサンドラ抹殺を急務とし、事に当たらせるか)
その時、携帯端末が鳴った。
「どうした?」
相手は医師団のリーダーだった。
「皇帝陛下の精子ですが、エレクトラ様の卵子と受精できました。ここからは経過観察になります」
リーダーが嬉しそうに報告した。
「そうか。それはよかった。引き続き、慎重に進めてくれ」
クラークは告げると、携帯端末を切った。
(まだ油断はできない。卵子には何も問題はないが、皇帝陛下の方に問題があれば、すぐにゲノム編集で修正をする必要がある)
出資者達は、フランセーズ・ド・ジャーマンの遺伝子がつながる事を喜んだが、フランセーズの遺伝子をゲノム編集で修正する事には難色を示している。
(どこまでも旧態依然な連中だ)
旧銀河帝国の正統なる後継者としてのフランセーズの血統を死守する。出資者達の悲願なのだ。
(すでにエリザベートの死によって、銀河帝国の皇統は途絶えているにも関わらず、そんな事に執着するとは、救い難き者達だ。フランセーズの御子が無事成育したら、連中には長い旅に出てもらうしかあるまい)
フランセーズがエリザベートの遠縁だというのは、かなりこじつけである事は出資者達もわかっている。だからこそのフランセーズの血統の維持だという事なのだ。これ以上、嘘に嘘を重ねると、神聖銀河帝国自体の存続が危ぶまれる。クラークにとっては、もはやどうでもいい事であった。
(いざとなれば、ゲノム編集を隠蔽して、事を進めればいい。その後の事は、またその時に考える)
クラークの野望はすでに動き出していた。
「バカ!」
ジャンヌはバレルの左頬に強烈な平手打ちを食らわせた。
「ぐは!」
バレルは回転して床に倒れた。ここはジャンヌの部屋である。
「痛えよ、ジャンヌゥ……。何するんだよお……」
バレルは腫れて来た左頬をさすりながら、涙目でジャンヌを見上げた。
「当たり前でしょ! あんたがとんでもない事を言い出すから……」
ジャンヌは顔を真っ赤にしていた。怒りからではない。バレルの発言によってだ。
「こ、子供を作ろうなんて言い出すからよ! ふざけないで!」
ジャンヌはバレルに詰め寄った。バレルは苦笑いをして、
「だって、俺達、相思相愛なんだろ? だったら、子供を作ろうよ。いつ死んじまうかわからないんだからさ」
バレルは立ち上がってジャンヌを抱き寄せた。
「いつ死んでしまうかは確かにそうだけど、だからって、子供を作ろうは短絡的でしょ!」
ジャンヌはバレルを押し退けた。
「何を騒いでいるの?」
そこへカタリーナが入って来た。ジャンヌの大声を聞きつけたのだ。
「バレルは子供を作ろうって言ったのよ」
ジャンヌはカタリーナに告げ口をした。
「あ、ジャンヌ、それは……」
バレルは慌てたが、
「バレル、そんな事を言ったの?」
そこへバレルの養母のジュリアが入って来た。
「あ、母さん……」
バレルは罰が悪くなって俯いた。
「あなた達が好き合っているのは知っているけど、そんな唐突に話を切り出したら、ジャンヌも驚くでしょう? ねえ?」
ジュリアがジャンヌを見た。ジャンヌは頷いて、
「はい。私はバレルと子供を作るのが嫌な訳じゃないんです。バレルの邪な考えが嫌なんです」
バレルを睨みつけた。
「よ、邪って……」
バレルはまた涙ぐんだ。
「バレル、どうなの?」
カタリーナが詰め寄った。バレルは顔を引きつらせて、
「いや、その、そんなつもりは……」
必死に弁明しようとしたが、
「だって、さっき、私をベッドに押し倒したじゃないの!」
ジャンヌがとうとう怒りを爆発させた。
「ええ!?」
カタリーナとジュリアは目を見開いた。
「バレル、来なさい。父さんにきっちりお説教してもらいます」
ジュリアは強引にバレルを連れて出て行った。
「父さんに言うのは勘弁してよお……」
バレルは震えながら懇願していたが、ジュリアは聞く耳を持たず、廊下を歩いて行った。
「大丈夫だったのよね、ジャンヌ?」
カタリーナがジャンヌを見た。
「ええ、大丈夫」
ジャンヌは苦笑いをした。その時、本部全体に警報が鳴り響いた。
「え?」
ジャンヌとカタリーナはすぐに司令室へと走った。
「何があったの?」
カタリーナがエミーに尋ねた。エミーはレーダーから顔を上げて、
「神聖銀河帝国の艦隊がタトゥーク星に向かっているの」
「何ですって?」
エミーの横で通信兵と話していたアメアが、
「多分、来るのはカール・ハイマンだ。奴はカサンドラの言った通り、擬似ビリオンスヒューマンになっているぞ」
ジャンヌに告げた。
「ええ? カールが?」
エミーがアメアを見た。アメアは愉快そうに、
「エミーが冷たくあしらったから、復讐に来るのだ」
エミーを見た。エミーはギョッとした。
「ちょっと、アメア、それは言い過ぎよ」
カタリーナが嗜めると、
「申し訳ありません、母上」
アメアは素直に謝罪したが、
「しかし、カールはあの情けない男ではなくなりました。エミーへの復讐に燃えています」
更にエミーを脅かす事を言い放った。
「アメア……」
カタリーナは呆れてしまった。
「どうしたんだ?」
そこへバレルが入って来た。バレルはジャンヌがいるので、気まずそうに俯いた。
「来るのカールよ、バレル。しかも、擬似ビリオンスヒューマンになっているらしいわ」
ジャンヌは全く何のわだかまりもなくバレルに言ったので、
「ああ、そうなんだ……」
バレルは面食らってしまった。
「タトゥーク星公転軌道に入りました」
艦隊旗艦のブリッジで、レーダー係が伝えた。
「よし、各員戦闘配備。目標は銀河の狼の本部。完全に消し飛ぶまで攻撃する」
キャプテンシートに座ったカールが命じた。
(エミーめ、お前は殺さない。俺の子を産むために生かす)
カールの目は狂気を帯びていた。




