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脱出

「急いで!」

 カタリーナは娘のジャンヌと彼女の幼馴染のバレルを連れて、街の裏通りを走っていた。

「ちょっと、母さん!」

 ジャンヌもバレルも、近所の人達に挨拶もできないまま、カタリーナを追いかけた。

「早くしないと、この星を出られなくなるわ。あれこれ考える前に走って!」

 カタリーナは前を向いたままでジャンヌとバレルに怒鳴った。

「え? 星を出るの? どこへ行くつもりなの?」

 ジャンヌは自分より速い母の脚に驚きながら尋ねた。

「タトゥーク星よ」

 カタリーナは角を曲がって告げた。

「タトゥーク星? 昔、銀河の狼の本拠地があった星ですか?」

 バレルが口を挟んだ。

「そうよ。そこには、貴方の養父母のローリン夫妻もいるわ。それにジャンヌの歳の離れた姉もね」

「ええ!?」

 ジャンヌとバレルはほぼ同時に叫んだ。

「私の姉さん? 母さんて、本当は何歳なの?」

 ジャンヌは母が別の男と子供を作っていたのかと訝しんだ。

「誤解しないでよ。その姉というのは、本当の姉ではないから。先先代の総統領のアメア・カリングよ」

 カタリーナは振り返ってジャンヌを見た。

「アメア・カリング? もう、どうなっているのよ、私の家族は?」

 ジャンヌはあまりにも複雑な展開に混乱していた。


 神聖銀河帝国は占領した星域の中枢にある恒星系の惑星の一つであるゲルマン星にその首府を置き、巨大なビル群を築き、その中に帝国皇帝の城を構えている。

「急げ。必ずジャンヌを連行するのだ!」

 カサンドラは居並ぶニューロボテクター隊を前に檄を飛ばしていた。彼女達がいるのは、ビル群の一つであるビリオンスヒューマン部隊の本部である。

「おお!」

 カサンドラも大柄だが、ニューロボテクター隊は彼女より頭一つ以上大きい猛者達だ。しかし、強さではカサンドラが上のため、皆彼女を畏怖している。

「ジャンヌ」

 そこへ赤い瞳の男が現れた。ニューロボテクター隊に緊張が走り、全員が直立不動になった。

「クラーク司令長官に敬礼!」

 部隊の隊長が号令した。ニューロボテクター隊は一糸乱れぬ動きで赤い瞳の男、クラークに敬礼した。クラークも敬礼を返し、

「ジャンヌよりも、一緒にいた少年だ。恐らく、その少年はあのルイ・ド・ジャーマンの息子だ。必ず生きて連れて来るのだ」

 カサンドラを見た。

「はい、長官」

 カサンドラはクラークに敬礼をした。

「皇帝陛下がお待ちなのだ。急げよ」

 クラークはそれだけ告げると、身を翻して去って行った。

「はい、長官」

 カサンドラはその背中を見送った。


「ここまでだ。大人しくしろ」 

 ジャンヌ達の前に近くの詰所から駆けつけたニューロボテクター隊が現れた。先日、ジャンヌに叩きのめされた連中だった。

「懲りてないね? またボコボコにされたいのかい?」

 ジャンヌがいきり立ったが、

「時間がない。相手にしないで!」

 カタリーナはジャンヌを引きずるようにして更に裏路地に入った。

「ああっと!」 

 バレルが慌てて走り出す。

「待て!」

 ニューロボテクター隊がそれを追いかけた。しかし、その裏路地は狭く、大柄なニューロボテクター隊はジャンヌ達に次第に引き離されて行った。

「回り込め!」

 ニューロボテクター隊は二手に分かれた。

「母さん、どうするの!?」

 ジャンヌが叫ぶと、カタリーナは、

「こっちよ」

 崩れかけたビルの中へ入った。

「ええ?」

 ジャンヌはバレルと顔を見合わせてから、カタリーナを追いかけた。

「地下に小型艇が隠してあるのよ。それでこの星を離脱して、一気にタトゥーク星までジャンピング航法をする」

 カタリーナは薄暗い螺旋階段を飛び降りるようにして進んだ。

「ジャンヌのお袋さん、若いな」

 バレルが囁いた。

「まさかあんた、母さんにまでちょっかい出すつもりじゃないでようね?」

 ジャンヌは半目でバレルを見た。

「バカ言うなよ。流石にそれはないって。確かにカタリーナさん、若いから、ジャンヌのお姉さんで通りそうだけどさ」

 バレルは苦笑いをした。

「あ、そう……」

 ジャンヌは母を若いと褒められたのは嬉しかったが、その母が自分の姉で通ると言われたのには不満があった。

「急いで!」

 カタリーナは最後の階段を飛び降りて、地下通路に出ていた。

「速っ!」

 ジャンヌとバレルは異口同音に叫んで、カタリーナを追いかけた。

「この地下通路は、元々父さんが脱出用に造ったものなのよ。だから、神聖銀河帝国には知られていないの」

 カタリーナは更にスピードをアップした、

「母さん、底知れない体力だわ。元軍人は伊達じゃないわね」

 ジャンヌは息を切らせていた。

「そうだな」

 バレルはジャンヌ以上に疲弊していた。

「ここよ」

 バレルが倒れそうになった時、カタリーナはようやく立ち止まった。

「え?」

 カタリーナが立ち止まったのは、何もない岩肌が剥き出しの場所だった。

「どこ?」

 ジャンヌは訝しそうに訊いた。カタリーナは岩の一部を押した。すると岩が横にスライドして、鉄製の扉が現れた。

「隠し部屋よ。貴女の本当の父さんに抜かりはないの」

 カタリーナは誇らしそうに告げた。ジャンヌはバレルと顔を見合わせた。


「お前たちには何の期待もしていない」

 ジャンヌを見失った先発のニューロボテクター隊と合流したカサンドラは、震えながら謝罪する分隊長に言い放った。

「は、はい……」

 分隊長は打ちひしがれていた。

「こっちだ」

 カサンドラはジャンヌの移動した路地を進み、正確に彼女達の逃走経路を辿っていた。

「カサンドラ様にはあの少女の動きが見えているのか?」

 ニューロボテクター隊はますますカサンドラを畏怖した。

「これ以上の追跡は無駄だ。艦艇に戻るぞ。奴らはすでにこの星を離脱している」

 カサンドラはジャンヌの気配が空高く上がって行くのを感じていた。

「防空ミサイル基地に連絡。所属不明機を検知次第、撃墜せよと伝えろ」

 カサンドラは元来た路地を戻りながら命じた。

「しかし、少女を生きて捕らえよとのご命令では?」

 分隊長が言うと、カサンドラはフッと笑って彼を見て、

「その程度で死ぬようであれば、連れて帰る必要はない」

 歩き始めた。分隊長はまた震えてしまった。


 ジャンヌ達が乗る小型艇は、カサンドラの読み通り、すでに大気圏離脱に差し掛かっていた。

「え?」

 ジャンヌは小型艇のアラームがけたたましく鳴り出したのにビクッとした。バレルは、

「何だ、どうした?」

 キョロキョロと周囲を見回している。

「恐らく、この星の防空システムが作動して、ミサイルか、対空砲火が使われるんだと思うわ」

 カタリーナは操縦桿を握りしめた。

「えええ!?」

 ジャンヌとバレルはまた異口同音に叫んだ。

「あなた達、本当に息があってるわね」

 カタリーナはクスッと笑った。

「なっ!」

 ジャンヌは不満そうだが、

「それほどでも……」

 バレルは嬉しそうに頭を掻いた。

「来た!」

 カタリーナはレーダーに反応する飛翔体を確認すると、小型艇に装備された機銃を展開した。

「ジャンヌ、狙撃は任せたわ」 

 カタリーナに言われて、ジャンヌは、

「そんな! 私、扱った事ないんだよ、母さん!」

 焦って言い返したが、

「大丈夫。貴女はジョー・ウルフの娘。できる。自分を信じて」

 カタリーナは操縦桿を操作した。

「わかった」

 ジャンヌは機銃の操作盤に手を置いた。

「あ」

 その途端、ジャンヌにはミサイルの動線が見えた。

「そこ!」

 ジャンヌは機銃を発射した。無数の光弾が発射されて、迫り来る幾つものミサイルを破壊した。小型艇は爆雲の中を抜け、大気圏を離脱した。

「やった、ジャンヌ!」

 バレルがその機に乗じて、ジャンヌに抱きついた。

「どさくさに紛れて、何するんだ!」

 だが、一瞬にしてジャンヌにビンタされ、自分の席に叩きつけられた。

「ひでえよ、ジャンヌ……」

 バレルは叩かれた頬をさすった。

「さあ、ジャンピング航法に入るわよ」

 カタリーナが告げ、小型艇はふっと三次元宇宙から消えた。


「所属不明機、大気圏を離脱して、ジャンピング航法に入ったようです」

 部下からの報告にカサンドラはニヤリとして、

「そうでなければ、面白くない」

 上空を見上げた。

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