新生カサンドラ
反共和国同盟軍が全滅して二ヶ月が経った。タトゥーク星に戻ったジャンヌ達は、カサンドラとのわだかまりも次第に解け、エミー達銀河の狼のメンバー達もカサンドラを警戒しなくなっていた。
「それにしても、未だに信じられないよ。人間を細胞レベルで若返らせ、その上遺伝子まで書き換えるなんて」
エミーは司令室でジャンヌ達と話していた。
「ゲノム編集を劇的に変革したのは、ニコラス・グレイなの。あの男はまさしく天才で、それくらいはやってのけたと思う。クラーク・ガイルがニコラスとどんな関わりがあったのかはわからないけど、何か接点があったと思うわ」
カタリーナが言うと、
「恐らくそうだと思います。父はニコラス・グレイの元で働いていたのだと」
すっかり穏やかな顔になったカサンドラが応じた。ジャンヌはカサンドラを見て、
「貴方はニコラス・グレイと会った事があるの?」
「私は多分、貴女達より年下だと思うわ。まだ、通常の人間であれば、十歳くらいよ」
カサンドラは苦笑いをした。
「え?」
ジャンヌは目を見開いた。するとずっと黙っていたアメアが、
「そうだろうな。私も自分の実年齢はわからない。只、パットはミハロフの遺伝子を受け継いでいるから、ジャンヌと同じくらいの年齢だ」
パトリシアを見た。
「カサンドラは自分の生い立ちをどこまで知っているの?」
ジャンヌは探るような目でカサンドラを見た。
「もし、嫌なら話さなくていいから」
ジャンヌはカサンドラにとってつらい過去かも知れないと思い、言い添えた。
「ありがとう、ジャンヌ。大丈夫よ。つらくはないから。話すわ」
カサンドラは微笑んだ。
(出会った時とは比べものにならないくらい、カサンドラはおとなしくなったわね)
カタリーナはカサンドラを見て微笑んだ。
「私には母がいません。私の父はクラーク・ガイルですが、通常の誕生ではないのです。卵母細胞の元となったのは、ゲノム編集で作り出された人工的な卵子で、それに父の精子を受精させて、私は誕生しました。遺伝子的にはクラーク・ガイルと私は親子ですが、クラーク・ガイルは私の事を娘だとは思っていないでしょう。単なる実験体だと考えているはずです」
カサンドラの話はジャンヌの想像の遥か上を行っており、ジャンヌとバレルは唖然としていた。
「そうか。先日話した通り、私も同じようなものだ。只、私は逆で、母はこの方だとはっきりしている」
アメアはカタリーナを見た。カタリーナはブランデンブルグの事を思い出し、顔を引きつらせた。
(ジャンヌの前でその話はやめて欲しいけど、仕方ないわね)
カサンドラはアメアを見て、
「父親がわからないのですか?」
アメアはフッと笑って、
「遺伝子的にはジョー・ウルフだ。しかし、今でこそ鳴りをひそめているが、ナブラスロハ・ブランデンブルグの遺伝子も関わっている」
カタリーナはギクッとしてジャンヌを見たが、ジャンヌは黙っていた。バレルは何か言いたそうにカタリーナを見たが、カタリーナの視線を感じて目を伏せた。
「だから、ジャンヌは私の妹だ。そして、パットはジャンヌの姪だ」
アメアは悪気なくジャンヌとパトリシアを見た。パトリシアはアメアの発言に驚き、ジャンヌを見た。しかし、ジャンヌは無反応だった。
「私もきょうだいが欲しかった」
カサンドラは寂しそうに笑みを浮かべた。
「お前は私の妹みたいなものだ。そう悲しそうにするな、カサンドラ」
パトリシアはカサンドラの肩を抱いた。
「ありがとう、パット」
カサンドラは目を潤ませた。
(カサンドラはもう大丈夫ね。よかった)
そんなやりとりを見ていて、ジャンヌはホッとしていた。
「カサンドラ、カールの居場所に心当たりはない? 行方不明なの」
エミーが不意にカサンドラに問いかけた。カサンドラは涙を拭って、
「多分、ゲルマン星にいると思います」
「ゲルマン星?」
エミーはジャンヌと顔を見合わせてから、
「じゃあ、カールもゲノム編集されているのかしら?」
カサンドラは首を横に振って、
「いいえ、ゲノム編集はビリオンスヒューマンを生み出す時と、皇統をつなげる時にしか使いません。カールは恐らく、戦闘要員として強化され、薬剤を投与されて擬似ビリオンスヒューマンになっているかも知れません」
「まあ……」
エミーは目を見開き、口に手を当てた。カール・ハイマンに対しては何の感情もないが、自分のせいで歪み、ゲルマン星へ逃亡した挙句、肉体を改造されているとしたら、やるせなかった。
「もしかして、ニューロボテクターは全員、擬似ビリオンスヒューマンなの?」
ジャンヌが口を挟んだ。カサンドラはジャンヌを見て、
「ええ。そうでなければ、あのリフレクトスーツは着こなせないわ」
微笑むと、
「それを破壊してしまう貴女はビリオンスヒューマンとしても最上級だと思う」
「あはは……」
まさかそんなふうに言われるとは思っていかなったジャンヌは、照れ臭そうに笑った。
「本日が出産予定日です」
医師団のリーダーが、クラークの執務室へ来て告げた。
「そうか。次の受胎はいつ可能だ?」
クラークは目を細めて尋ねた。
「一週間もあれば」
リーダーはニヤリとした。
「そうか。次は次期皇帝陛下の出産だ。慎重にな」
「畏まりました」
リーダーは一礼すると執務室を退室した。クラークは回転椅子に身を沈めて、
「待っていろ、ジャンヌ。新生カサンドラがジョー・ウルフの遺伝子を根絶やしにしてやるぞ」
高笑いをした。
(あれからどれ程経ったのだろうか?)
監禁されてはいるが、食事はしっかり摂らせてもらえているマーカム・キシドムは、時間の間隔を失っていた。
(浴室もトイレも完備されているのはいいが、頭がおかしくなりそうだ。それにしても、母上はどうされているのだろうか?)
人質としてゲルマン星に来たエレクトラの身を案じているマーカムであったが、まさか自分の母親がカサンドラの次世代型を産み、続いて神聖銀河帝国の次期皇帝を産む事になっているとは夢にも思っていない。
(母上はもうお年だ。体調が悪くなって入りのではないだろうか?)
何十年も惑星ミンドナから出た事がないエレクトラは、生活環境の激変に対応できないのではとマーカムは心配した。元々、箱入り娘であったエレクトラは、身体があまり丈夫ではない。マーカムは自分の身より母親を案じてしまう程、所謂マザコンであった。マーカムを見切ったタミル・エレス、アテナ・ルビル、そしてクラークは先見の明があったという事である。
「出産は無事完了しました。新たなるカサンドラ様は、順調に成長し、一週間で戦闘に参加できるでしょう」
医師団のリーダーは携帯端末を通じてクラークに説明した。
「そうか。わかった。母体も問題ないのだな?」
「はい。予想以上です。この方は、潜在的なビリオンスヒューマンだったようです。回復力が通常の人間の三倍程で、これなら、明日にでも受胎ができます」
リーダーの言葉にクラークは目を見開いた。
「それは僥倖だ。皇帝陛下の後継がビリオンスヒューマンであれば、これ以上喜ばしい事はない。私がルイ・ド・ジャーマンとその子であるバレルにこだわったのは、ビリオンスヒューマンの遺伝子が欲しかったからだ。これで神聖銀河帝国は盤石となる。ご苦労だった」
クラークは通信を終えると、回転椅子から立ち上がり、
(新生カサンドラがジョー・ウルフ一族を根絶やしにできなければ、次期皇帝陛下御自らが討伐にご出陣なさればよい)
執務室を出ると、エレクトラがいる分娩室へと廊下を歩いた。




