パワーバランス崩壊
反共和国同盟軍は、最高司令官であるマーカム・キシドムを神聖銀河帝国に拉致監禁されたのを知らずにいた。そんな状態の同盟軍艦隊に突然、神聖銀河帝国軍の艦隊が宣戦布告をして来た。
「一体、どういう事だ? 何故最高司令官と連絡が取れないのだ?」
惑星ミンドナを脱出した反共和国同盟軍の残存艦隊は、共和国軍のエリアに進軍して来た神聖銀河帝国軍の大艦隊に取り囲まれていた。
「それが、最高司令官とご母堂の携帯端末が不通になっており、全く連絡が取れない状態です」
艦隊旗艦のブリッジで、苛立つ艦隊司令の問いかけに、通信兵は戦きながら応じた。
「神聖銀河帝国は、最高司令官の追放とご母堂の人質で和平に応じるはずだ。何故、大艦隊でエリアを不法に侵している!?」
艦隊司令はそれでも気持ちが収まらなかった。
「騙されたのか、我が軍は?」
艦隊司令の眉間にしわが寄った。その時だった。
「強力な熱源が接近しています!」
レーダー兵が悲鳴のような声で告げた。
「何!?」
艦隊司令がレーダー兵を見た時、すでにブリッジは神聖銀河帝国軍のレーザーに貫かれ、爆発炎上していた。反共和国同盟軍の艦隊は圧倒的な兵力差で被弾していき、全滅してしまった。
「そうか。すぐに引き上げさせろ」
その一報はクラークの携帯端末に伝えられた。
「呆気なかったな、マーカム・キシドム」
クラークなフッと笑うと、廊下を歩いて行った。
(次は銀河共和国だ)
クラークは真顔になり、廊下の先を見据えた。
(共和国を攻撃すると、アメア・カリングが出て来るかも知れぬ。共和国攻略は、新生カサンドラが生まれてからにするか。多少遅れても、皇帝陛下のお世継ぎには何の心配も要らぬ)
出資者達には、フランセーズ・ド・ジャーマンの後継者の説明はしてある。ルイ・ド・ジャーマンが行方不明で、その子であるバレルが逃亡した以上、最善策はフランセーズの御子の誕生である。
「カサンドラはどれくらいで生まれる?」
クラークは医師団のリーダーに尋ねた。
「はい、二ヶ月で出産となります」
携帯端末のモニターに映るリーダーが応じた。
「わかった。それが終わったら、皇帝陛下の御子を産んでもらう」
クラークはリーダーに告げた。
「畏まりました」
リーダーは応じて、モニターから消えた。
(皇太子殿下がお生まれになったら、次は私の実子を産んでもらおう)
クラークの顔が狡猾になった。
「そうかい。やっぱり、あの男はそこまでやったか」
ブリッジのキャプテンシートで、ギャザリー・ワケマクは腕組みをした。
「姐さん、ヤバいですぜ。神聖銀河帝国はイカれています」
側近の大男が言うと、ギャザリーはニヤリとして、
「そうみたいだね。アトモスも救出できたし、しばらくは天の川銀河とおさらばするか」
半身を起こすと、
「アンドロメダ銀河へ向けて、ジャンピング航法に入れ!」
命令した。ギャザリーの船は、三次元宇宙から消えた。
「反共和国同盟軍から手を引いて正解だっただろ?」
タミル・エレスは側近に微笑みながら告げた。
「はい」
側近はタミルが笑顔なので、ゾッとしていた。
「次は銀河共和国を潰しにかかるだろうね。さて、我が商会はどう動くか、だが」
タミルは携帯端末を操作しながら、
「別の情報も気になるね。ジャンヌの船が、ゲルマン星を脱出して、タトゥーク星に帰還したらしいから、もう一悶着ありそうだよ」
「はい。その船には、クラーク・ガイルの娘であるカサンドラが乗っていたという話もありますから」
側近が応じると、
「カサンドラはクラークの娘じゃないと思うよ。あれは多分、遺伝子操作で作り出された人工的なビリオンスヒューマンだよ。それに、クラークは見た目より年齢は上だ。あいつもゲノム編集で若返っているはずだよ」
タミルの言葉に側近は顔を引きつらせた。
「大変だ、反共和国同盟軍の艦隊が神聖銀河帝国の艦隊に殲滅されたそうだよ」
ジャンヌとカタリーナがカタリーナの部屋で話をしていると、エミーが飛び込んで来た。
「え?」
ジャンヌはギョッとしてエミーを見た。
「ジャンヌ、貴女、ゲルマン星で同盟軍の巡洋艦を見たんだよね?」
エミーはジャンヌを見て、
「ええ、そうですけど。じゃあ、あれは一体?」
ジャンヌはカタリーナを見た。カタリーナは二人を見て、
「恐らく、和平交渉の艦だったのではないかしら? 騙されたのよ、クラーク・ガイルに」
冴え渡る勘で告げた。
「さすがです、母上。その通りです」
そこへアメアが銀河の狼の軍服を着たカサンドラと一緒に現れた。エミーはまだカサンドラを警戒しているので、ハッとして彼女から離れた。
「エミー、この子は敵ではない。もういい加減、そんな態度はやめろ」
アメアに真顔で詰められたので、エミーはビクッとした。
「仕方ありません。カール・ハイマンを唆してスパイ行為をさせたのは、私ですから、警戒されるのは当然です」
カサンドラは最初に会った時とは別人だとジャンヌは思った。
「ねえ、カサンドラ、貴女、クラーク・ガイルの企みを聞いていない?」
カタリーナが問いかけた。皆がカサンドラを見た。
「父の支配から逃れたのと同時に、父の事は全くわからなくなりました。只、父がこだわっていた銀河帝国皇帝の血統の保持は、成し遂げられるでしょう」
カサンドラはカタリーナを見てから、ジャンヌを見た。
「え? どういう事? それって、バレルと関係あるの?」
ジャンヌはバレルの遺伝子が悪用されると考えた。しかし、カサンドラは、
「バレルは関係ない。父は、最後の手段としていた皇帝陛下の精子を使うと思う」
ジャンヌは目を見開いた。
「え? せ、セイシ?」
彼女は一瞬何の事かわからなかった。カタリーナは息を呑み、エミーは赤面した。
「だとしたら卵子を提供する女性が必要となるわね? それは誰なの?」
カタリーナは気を取り直して尋ねた。
「申し訳ないのですが、それは私にはわかりません」
カサンドラは目を伏せた。アメアが、
「それはエレクトラ・キシドムだ」
不意に言い放った。
「ええ? エレクトラ・キシドムって、反共和国同盟軍の最高司令官であるマーカム・キシドムの母親よね? もう、七十歳近いはずよ」
カタリーナは仰天した。アメアは、
「それは問題ありません。クラーク・ガイルはゲノム編集により、自分自身を若返らせています。そして、それと同じ方法で、エレクトラも若返らせ、皇帝の子を身籠らせるつもりです」
すまし顔で告げた。
「どうしてそんな事までわかるんですか?」
ジャンヌはアメアを見た。アメアはジャンヌを見て、
「それは、私がクラークに頭突きを喰らわせたからだ。あの時、奴の考えている事が、全部私の中に入って来た」
誇らしそうに言った。ジャンヌは苦笑いをした。
「カサンドラ、疲れたろう? ゆっくり休め」
アメアは後から来たパトリシアにカサンドラを託した。パトリシアはカサンドラを抱きかかえるように伴い、部屋を出て行った。
「どうしてカサンドラを退室させたの、アメア?」
カタリーナが何かを察して訊いた。アメアは微笑んで、
「あの子には聞かれたくない事なので、出てもらいました」
「え? どういう事ですか?」
ジャンヌが口を挟んだ。アメアは皆を見て、
「クラーク・ガイルは新しいカサンドラをエレクトラに産ませようとしている。カサンドラがあっさりゲルマン星を脱出できたのは、そういう事だ」
「カサンドラは見限られたという事ですか!?」
ジャンヌは怒りに震えた。
「そうだ。クラーク・ガイルは試験的にカサンドラを誕生させた。そして、度重なる戦闘経験を分析して、カサンドラには欠陥があると結論づけたのだろう。だから、エレクトラを使って新たなカサンドラを誕生させるつもりなのだ」
アメアの言葉にジャンヌは気分が悪くなった。
(クラーク・ガイル……。許せない!)
ジャンヌは両手を強く握りしめた。




