バレル救出作戦
アメアは、自室に籠り、カールの裏切りを証明するためにあらゆる手段を講じていた。
(アメアさん、自分でははっきりとカールの裏切りがわかっているから、余計苛立っているのね)
ジャンヌはアメアの怒りをひしひしと感じているので、彼女の思いがよくわかった。
「ジャンヌ」
ずっと眠っていたカタリーナが目を覚ましたのは、タトゥーク星に帰還して一週間後だった。
「母さん、良かった」
ジャンヌは涙を流して母の顔を抱きしめた。
「ごめんね、ジャンヌ。母さんのせいで」
カタリーナは力なく微笑み、ジャンヌの頭を撫でた。
「そんな事、ないよ。それに父さんとも会えたし」
ジャンヌはカタリーナから離れて、涙を拭うと微笑み返した。
「え? 父さん? ジョーが来たの?」
カタリーナはベッドから起き上がって尋ねた。
「ええと、父さんの映像のようなものが現れて、クラーク・ガイルの精神波を打ち砕いてくれたの。かっこよかった……」
ジャンヌはジョーの幻影の登場を思い出した。
「そう、なんだ」
カタリーナもジョーを見た気がしたのだが、それだったのだと理解した。
「母さん、私、バレルを助けに行く」
ジャンヌは真顔のなって母を見た。
「わかった。今度は母さんは行かない。パットと二人で行くの?」
カタリーナはベッドに戻りながらジャンヌを見た。
「一人で行くわ。パットには悪いけど、バレルは渡せないから」
ジャンヌ声を低くして告げた。
「そう、やっと素直になったね、ジャンヌ」
カタリーナは微笑んだ。ジャンヌは赤面して、
「うん。私、ずっと前からバレルが好きだったんだ。それがはっきりわかった」
「きっと、父さんが助けてくれる。あのカサンドラとかいう女の子も、バレルに惹かれているわよ」
カタリーナが言うと、
「え? そうなの?」
ジャンヌは目を見開いた。カタリーナは頷いて、
「そうよ。だから、急ぎなさい。カサンドラがバレルを奪ってしまう前に、バレルを助け出すのよ」
「うん、母さん」
ジャンヌはカタリーナの頬にキスをすると、部屋を出て行った。
「抜け駆けするつもりか、ジャンヌ」
ドアのそばにパトリシアが立っていた。
「パット……」
話を聞かれたと思ったジャンヌはギクッとした。
「心配するな。バレルは私ではなく、ジャンヌが好きだとわかった。だから、私は引き下がる。もっといい男を見つける」
パトリシアはフッと笑うと、廊下を歩いて行った。
「パット……」
ビリオンスヒューマンであるが故、パトリシアはバレルの気持ちを知ってしまった。ジャンヌはそれがわかり、切なくなった。
「ご無事で何よりでした」
マーカム・キシドムの艦を表敬訪問したのは、アテナ・ルビルだった。男好きのする顔立ちのアテナは、その豊満な胸を強調するかのような革製のつなぎを着ているので、マーカムの側近達は彼女の胸を凝視している。アテナはそれをわかっているが、嫌悪の表情は見せない。むしろ武器として強調しているのだ。
「ありがとう」
しかし、マーカムは全くアテナの魅力に興味がない顔をしていた。
(マザコン司令官か。どこまで利用できるか、ちょっと不安だ)
アテナはマーカムの特質を見抜いていた。マーカムを溺愛する母親のエレクトラは、若い女が息子に近づくのをよしとしていない。今回の表敬訪問も、エレクトラには知らせずに行われている程だ。
(あの母親、クラーク・ガイルに貢物として差し出すか? 年齢の割には若々しいから、奴の好みかも知れない)
神聖銀河帝国が天の川銀河を制圧すると考えているアテナは、クラークに恩を売っておこうと思っている。
「それで、只挨拶に来た訳ではないだろう? 用件を聞こう」
キャプテンシートに座っているマーカムは足を組み替えてアテナを見た。アテナはフッと笑って、
「さすが、反共和国同盟軍の最高司令官ですね。実は、タミル・エレスという武器商人に困っているのです」
「タミル・エレス、か。あの死神と呼ばれたヤコイム・エレスの娘だったな」
マーカムは、まだ愛するエレン・ラトキアが生きていた頃、何度か顔を合わせた事があった。しかし、娘であるタミルには会った事がない。
「マーカム様は、エレス商会を通じて、アンドロメダ銀河の武器商人と取引をなさっていますよね?」
アテナは微笑んだままで告げた。マーカムは、
「それがどうした?」
とぼけようとした。嘘を吐いてはいない。タミルとは直接会っていないし、話もしていない。エレス商会の幹部が接触して来たのだ。その伝手を頼って、最新の武器弾薬を手に入れ、共和国を滅ぼすつもりである。
「共和国と神聖銀河帝国は休戦協定を結んでいます。それはご存じですよね?」
アテナは別の方面から攻めてみた。
「もちろん。それが何の関係があるのだ?」
マーカムはアテナの魂胆がわからないので、手探り状態で応じた。
(この女、若いが相当な場数を踏んでいるようだ。下手な答えをすると、足をすくわれるかも知れない)
マーカムはあくまで冷静さを保とうとした。
「その武器で、共和国を一気に攻め落とし、積年の恨みを晴らすおつもりですか?」
アテナはニヤリとした。マーカムが亡きエレンにぞっこんだったのは調査済みだ。そして、エレンが落とそうとしていたのはジョー・ウルフだったと知り、ジョーへの憎しみを募らせているのもわかっている。
「私は私怨で共和国を攻めるつもりはない。あくまで、創設者であるブレイク・ドルフの悲願を達成するためだ。勘違いしないでもらいたい」
そのブレイク・ドルフもあんたの恋敵だったんだろう? アテナは憤然としてみせたマーカムを腹の底で笑った。
「それは危険ですね」
アテナは真顔に戻った。
「危険? どういう意味だ?」
マーカムは眉をひそめた。アテナはまたフッと笑って、
「神聖銀河帝国が背後を突いて来ますよ」
マーカムは目を見開いたが、
「神聖銀河帝国は共和国とは敵対関係だ。そんなことはあり得ない」
反論した。
「形の上では、共和国は神聖銀河帝国と休戦協定を結んでいるようになっていますが、実際のところは、属国同然です。だとすれば、共和国を攻める者は、神聖銀河帝国の敵とみなされますよ」
アテナの指摘にマーカムは顔色を失った。
「ゲルマン星公転軌道上に所属不明の船体が一隻、現れました!」
司令長官室に通信が入った。
「一隻、か?」
まだ全快していないクラークは、それがジャンヌだと思ったが、はっきりわかった訳ではなかった。その時、クラークの頭にある事が閃いた。
(カサンドラは未だにバレルを攻略できていない。ならば、カサンドラではなく、ジャンヌにバレルの御子を産ませればいいではないか! その手があった)
クラークは自分の思いつきを自画自賛した。
「恐らく、それはジャンヌの小型艇だ。攻撃はするな。通信して、誘導し、ここへ来させるのだ」
クラークはニヤリとした。
(バレルはルイ・ド・ジャーマンの息子。ジャンヌはジョー・ウルフの娘。最強の御子が誕生する。神聖銀河帝国は盤石となる!)
クラークは高笑いをした。
「どういう事?」
ジャンヌはゲルマン星からの誘導通信を受け、眉をひそめた。
(何のつもり? 罠?)
だが、ゲルマン星からの通信には、何の悪意も感じられなかった。
(パットがいれば、もっとはっきりわかるのに)
ジャンヌは自分の思いだけで来てしまったのを後悔した。
(でも、これはチャンスかも知れない。バレルに近づくために、例え罠でも乗ってみよう)
ジャンヌは決断し、誘導通信に従って、衛星軌道に入り、やがて大気圏に突入した。
(父さん、母さん、そして、サンドの父さん。守って!)
ジャンヌは心の中で祈り、ゲルマン星へと降下して行った。




