母達の戦い
アメア・カリング、カタリーナ・パンサーの二人は、アメアの駆る専用艦でタトゥーク星を飛び立った。
(アメアとカタリーナさんがいなくなるのはすごく不安だけど、何とかしなくちゃ)
見送ったエミーは決意を新たにした。
「エミー、大丈夫かい?」
そんなリーダーの心を見抜いたのか、古株のメンバーの女性は声をかけた。
「あ、アマンダ……」
エミーはその女性を見て微笑んだ。アマンダ・リング。茶髪の長い髪を編み込んでアップにしている鳶色の瞳の四十代前半のシングルマザーである。エミーの良き理解者で、夫を共和国軍との戦いで失っており、一人娘を育てている。
「あいつの事は、私がガードするから。あんたがジョー・ウルフ一筋なのは、よくわかっているしね」
アマンダはウィンクして告げた。
「あはは、もう、ストレート過ぎよ、アマンダったら」
エミーは「ジョー・ウルフ一筋」という言葉に赤面した。
「私も、夫と出会っていなければ、ジョーを狙っていたかもね。ただ、カタリーナには勝てる気しないし、あの人、ホントは凄く怖い人だから、間違ってもジョーにちょっかいは出さなかったろうし」
アマンダはおどけて肩をすくめた。エミーは苦笑いをした。
「私もそう。カタリーナさんとジョーを取り合うつもりなんかない。ジョーはそういうのじゃないの。憧れの存在。愛とか恋とか超越してるの」
エミーはアマンダを見た。アマンダは真顔になって、
「そうだよね。あんたがいい子なのはわかってる」
廊下の角からこちらを伺っているカール・ハイマンを睨みつけた。カールはアマンダの睨みにギョッとすると、そそくさと立ち去った。
「何?」
エミーが振り返った時には、すでにカールの姿はなかった。
「いや、何でもないよ。じゃあね」
アマンダはカールが消えた方向へと歩き出した。監視するためだ。
「あ、うん……」
エミーはカールのストーカーまがいの事に気づいていない。カールが自分に好意を持っているらしいのはわかっていたが、悪意を感じていないのだ。
(エミーはいい子だけど、無防備過ぎる。特に自分に対する危険な感情に対して、鈍感だ)
アマンダはエミーを妹のように思っている。だから、カールの毒牙から絶対に守ろうと思っている。
「母上、この先はご自分の身はご自分でお守りください」
アメアは大気圏を離脱すると、カタリーナを見上げた。
「わかってる。私だって、かつては『黒い女豹』と恐れられた存在よ。それくらいは承知しているわ」
カタリーナはアメアが自分を見下していると思い、ムッとした。するとアメアは、
「申し訳ありません。母上の矜持を傷つけるつもりはないのです。只、私はパットとジャンヌを救出しなければなりませんので……」
立ち上がって謝罪した。誰にでも威圧的なアメアであるが、唯一、カタリーナだけにはそれはないのだ。ジョーにさえ、タメ口のアメアなのだが、カタリーナには常に敬語である。
「それもわかっているわ、アメア。お互い、無鉄砲な娘を持つと、気苦労が絶えないわね」
カタリーナはアメアの右肩に右手を置いて宥めた。
「ありがとうございます、母上」
アメアは涙ぐんだ。それを見てカタリーナはギョッとした。
(相変わらず、情緒が不安定ね。以前よりはマシになったみたいだけど……)
カタリーナはゲルマン星へ降りてからの事を考えると、頭が痛くなりそうだった。
「では、ゲルマン星の公転軌道付近へ一気にジャンピング航法で向かいます」
アメアは操縦席に座ると、操作を始めた。
「え? それは危険じゃない?」
カタリーナはゲルマン星の絶対防衛ラインを知っているので、目を見開いた。
「心配要りません。今、ゲルマン星にはそんな余裕はないのです」
アメアはニヤリとすると、ジャンピング航法に入った。
「あ、ちょっと!」
カタリーナは慌てて副操縦席に座り、シートベルトを装着した。その直後、アメアの専用艦は三次元宇宙から消えた。
「姐さん、危険です。行かない方が……」
ギャザリーがギルバート・マクロムの言葉に従い、一人で罠かも知れない戦艦に乗り込む事になったので、大男は動揺していた。
「行かなかったら、このまま総攻撃を食らって宇宙の藻屑だよ。心配しなくていい。こっちには高価な手土産があるんだからさ」
ギャザリーはオロオロしている大男の頬に軽くキスをすると、ブリッジを後にした。
「姐さん……」
大男は赤面して、呆然とした。彼はブリッジのクルー全員が嫉妬の目を向けているのを知らなかった。
「ジャンヌの様子は?」
通路に出ると、ギャザリーは携帯端末で尋ねた。
「まだ眠っています」
「そうかい。マインドコントロールはどうでもいい。しばらく目覚めないように薬を追加しておきな。その子は私らの切り札なんだからね」
ギャザリーはそれだけ告げると、携帯端末をつなぎのポケットに押し込んだ。
(さてと。同盟軍の大将は、あの女狐の縁戚者だとか聞いた。しかも、女狐に惚れていたんだとか。その辺をうまく利用して、こっちの味方に引き入れるかね)
ギャザリーは、反共和国同盟軍の最高司令官であるマーカム・キシドムを騙そうとしていた。
「何だと!?」
クラークはパトリシアを寝室のベッドに寝かせた時、アメアの凄まじい気を感じた。
(アメア・カリングが乗り出したのか? あの女は決して損得では動かない。娘の危機を察して、遂に重い腰を上げたのか?)
クラークは焦っていた。アメアはブランデンブルグが創造した全く別系統のビリオンスヒューマンである。自分の精神波が通じないかも知れない。パトリシアはまだビリオンスヒューマンとして覚醒していないので、支配する事ができた。ジャンヌもバレルも同様である。しかし、アメアは違う。ビリオンスヒューマンどころか、もしかするとビリオンスヒューマンの中のビリオンスヒューマンと言われれているトリリオンスヒューマンの可能性すらあるのだ。
(もし、アメア・カリングが本気でここへ攻め込んで来たら、ゲルマン星は壊滅するかも知れぬ。どうする?)
クラークの額を幾筋かの汗が流れた。
(私をここまで怯えさせるとは……。アメア・カリングは恐ろしい存在だ)
クラークはその時、アメアと一緒にいる者に気づいた。
「カタリーナ・パンサー?」
ジョー・ウルフの妻であり、ジャンヌの母であるカタリーナが同行しているのがわかった。
「勝った!」
クラークはニヤリとした。
(アメアの唯一の弱点はカタリーナだ。カタリーナはビリオンスヒューマンではない。ある程度、影響は受けているが、普通の人間だ。カタリーナを捕らえ、アメアを屈服させる)
クラークの顔が狡猾になった。
「よく一人で来たな」
ギャザリーは宇宙服にブースターを装着してギルバート・マクロムが待つ戦艦へ乗り込んだ。
「もし来ない、あるいは誰かを伴っていたら、お前の息子が死んでいたぞ」
ギルバートは不敵な笑みを浮かべてギャザリーを見た。途端にギャザリーの顔が蒼ざめた。
「ギャザリー・ワケマク、我が同盟を見くびっているようだが、情報収集能力では群を抜いているのだ。舐めた真似をすると、容赦しないぞ」
ギャザリーはすっかり只の母親になっていた。
「見くびってなんかいないよ。お願いだ、アトモスには何もしないでくれ。共和国の事で知っている事は全部伝えるから……」
ギャザリーは涙ぐんでいた。ギルバートはフッと笑って、
「情けないな、ギャザリー・ワケマク。天の川銀河の裏世界を牛耳っていると言われたお前が、息子一人のせいで、恥ずかしげもなく跪くのだからな」
ギャザリーの顎を右手で掴んだ。その痛みでギャザリーは顔を歪めた。
「息子の事を守りたいのであれば、もう少し態度を改めろ。お前の物言いはすこぶる癪に障る」
ギルバートは爪をギャザリーの顎に食い込ませた。ギャザリーの顎から血が滲んだ。




