強かな女達
「ギャザリー・ワケマクが? 一体何の用だ?」
反共和国同盟軍の最高司令官の座にあるのは、かつて天の川銀河を支配しようと動いたエレン・ラトキアの縁戚者であるマーカム・キシドムである。四十代後半で黒髪をセンター分けしており、最高司令官の正装である真っ白い軍服を身にまとっている。彼は自席の回転椅子に座ると、
「ギャザリーは共和国補佐官のメケトレス・ザギマの愛人だったはず。それが何故、我が軍に接触して来たのだ?」
机の上にあるラップトップ型の端末に映る部下に尋ねた。
「それについては不明ですが、手土産があるそうです。如何致しますか?」
部下が告げた。マーカムは眉をひそめて、
「手土産? 一体何だ?」
部下はギャザリーからの電子メールを見ながら、
「ジョー・ウルフの娘、だそうです」
「ジョー・ウルフ? 娘? 間違いないのか?」
マーカムは色めき立った。部下はメールの続きを見て、
「遺伝子検査をしたところ、ビリオンスヒューマンだと判明したそうです。マインドコントロールをした上で、こちらに引き渡す用意があるとの事です」
マーカムは立ち上がって、
「わかった。ミンドナへの着陸は保留して、衛星軌道上で我が軍の戦艦に一人で来るように伝えろ。対応は、情報部に任せる。つけ込まれる事のないように対処させろ」
ミンドナとは、反共和国同盟の本拠地の惑星である。
「畏まりました」
部下は敬礼して、映像は消えた。
(バレルめ、まだジャンヌがいいのか!?)
バレルが逃げたのにようやく気づいたカサンドラは、パトリシアを振り切って走り出した。
「待て、デブ女!」
パトリシアはカサンドラを追いかけた。
(ジャンヌもいなくなった。バレルも逃げた。二人で示し合わせて、私を出し抜くつもりか?)
パトリシアは嫉妬のあまり、とんでもない勘違いをしていた。
「だが、その前に!」
パトリシアは前を走るカサンドラに飛びかかった。
「邪魔するな、アメア・カリングの娘!」
カサンドラは羽交い締めをして来たパトリシアを振り解こうともがいた。
「うるさい! バレルは私のものだ!」
パトリシアは怒り狂っていた。そのせいなのか、母親のアメアと似た凶暴性が強くなった。
「グア!」
パトリシアはカサンドラに頭突きをした。カサンドラの鼻から血が噴き出した。
「おのれ!」
カサンドラはパトリシアの顔面に拳を見舞った。
「うぐ!」
パトリシアはそれをまともに食らって、後退った。
「許さない! 私の美しい顔を殴ったな!」
パトリシアは髪を逆立てた。そして身体全体が輝き出した。
「む?」
カサンドラはパトリシアの背後にアメアを見た。
(何だ、あれは? 幻影か?)
カサンドラは眉をひそめた。
「何をしている、カサンドラ! 早く皇太子殿下をお連れするのだ!」
そこへクラークが現れた。
「承知しました、父上」
カサンドラはパトリシアを無視して、廊下を駆け去った。
「待て、デブ女!」
パトリシアが追いかけようとすると、
「お前の相手は私だ、パトリシア・カーク!」
クラークに父の姓で名を呼ばれ、ビクッとした。
(今だ!)
クラークはパトリシアが動揺したのを見てとると、精神波を放った。
「ぐああ!」
パトリシアは精神波をまともに食らい、廊下を転げ回った。
「アメア・カリング、貴様の娘は我が側室となる! 邪魔はさせぬぞ!」
クラークはパトリシアを護るように立つアメアの幻影に叫んだ。アメアはそれに応じるかのようにスウッと消えてしまった。クラークはそれを見てニヤリとした。
「私に従うのだ、パトリシア!」
クラークはパトリシアの脳を精神波で支配しようとした。
「ううう……」
パトリシアは頭をかかえてもがいた。
「クラーク・ガイル!」
タトゥーク星の銀河の狼の本部の一室で、アメアが叫んだ。
「どうしたの、アメア?」
カタリーナが驚いて部屋を覗いた。エミーも一緒である。
「母上、申し訳ありませんが、私の判断が甘かったようです。パットではクラーク・ガイルに勝てません。助けに行きます」
アメアはカタリーナとエミーを押し退けて、廊下を走って行った。
「え? どういう事?」
エミーは何があったのかわからず、カタリーナを見た。
「母上、ジャンヌも私が助けます。ご安心を」
アメアはそれだけ言うと、廊下の向こうへと消えた。
「ジャンヌも?」
その時、カタリーナはジャンヌが囚われの身になっているのを知った。
「ジャンヌ!」
カタリーナは叫び、
「待って、アメア! 私も行く!」
アメアを追いかけた。
「ええ?」
置いてきぼりにされたエミーはその場に立ち尽くした。
「どうした、エミー?」
そこに男が現れた。長身で筋肉質。銀色の髪に青い目の若い男である。
「ああ、カール」
エミーはビクッとして男を見た。
(アメアはカールがスパイだと言っていた。本当かしら?)
エミーはアメアからカール・ハイマンがカサンドラを手引きしたと言われた。カタリーナも一緒に聞いていたのだが、二人共、アメアの話に半信半疑だった。カールは古くからのメンバーなので、とても信じられなかったのだ。
(でも、アメアは私たちと違って、特別な人だから、嘘を吐いているとは思えない)
エミーは苦笑いをして、
「アメアが突然部屋を出て行ってしまったの」
するとカールは微笑んで、
「アメアはいつもそんな感じだから、心配しなくても大丈夫だよ」
エミーの肩に腕を回してきた。
「ああっと、私、交代の時間だ」
エミーはカールの腕をやんわりとはねつけると、廊下を走って行った。
「チッ」
カールはエミーの後ろ姿を見つめて、舌打ちをした。
(ブランデンブルグが虜になったカタリーナの複製であるアメア・カリングの娘。しかも、アンドロメダ銀河でも指折りの存在のミハロフ・カークの遺伝子も受け継いでいる。それに我が遺伝子がつながれば、無類無敵の存在が誕生する)
クラークは意識を失ったパトリシアをかかえ上げ、廊下を進んでいた。
『カサンドラ、必ず皇太子殿下をお止めするのだ。ジャンヌと会わせてはならぬ』
クラークはカサンドラに命じた。
『畏まりました』
カサンドラはまたクラークの命令に従うようになっていた。
(一度、改良する必要があるな。本物に出会ったせいで、カサンドラの精神が揺らいでいる)
クラークはジャンヌの存在を重く見ていた。
(ジョー・ウルフもそうだ。あの男と出会って、ルイ・ド・ジャーマンもミハロフ・カークも変わった。ジョー・ウルフには特殊な何かがある。それをジャンヌも受け継いでいる)
クラークはジャンヌの強さは恐れていないが、その内面にあるものを警戒していた。
(待たせるね。反共和国同盟のトップともなると、警戒心が強いのか?)
ギャザリーは衛星軌道上で足止めをされたので、不満だった。
「姐さん、大丈夫でしょうか?」
図体の割には心配性の大男が言った。ギャザリーは腕組みをしてキャプテンシートに身を沈めると、
「さあね。でも、ザギマよりは信用できると思うよ」
フッと笑った。
「軍の戦艦が一隻、接近して来ます」
レーダー係が告げた。ギャザリーは身を起こして、
「警戒しつつ、出迎えろ。油断するなよ」
命じて、またシートに沈んだ。
「急げよ」
大男が各所に伝達をする。船内に緊張が走った。
「通信が入っています」
通信係がギャザリーを見た。ギャザリーは、
「回線をこちらへ回せ」
半身を起こした。キャプテンシートの脇に取り付けられたモニターに男が映った。長髪でサングラスをかけた顎の尖った顔で、髪は黒い。着ているのは反共和国同盟軍の軍服で、幹部クラスが着用を許されているモスグリーンである。勲章も数が多く、階級が上なのがわかる。
「私は同盟軍の情報部大佐、ギルバート・マクロムだ。ギャザリー・ワケマク、誰も伴わず、一人で本艦へ来い」
マクロム大佐は高圧的な物言いであった。
「随分と失礼な態度だね、大佐?」
くぐって来た修羅場の数では引けを取らない自信があるギャザリーは一歩も引かない態度で応じた。




