カサンドラVSパトリシア
ジャンヌは震えていた。パトリシアはあのアメア・カリングの娘である。どれだけの強さなのかはわからないが、カサンドラに引けをとるとは思えない。壮絶な戦いになると予測していた。
「パット!」
応援する意味で、パトリシアの背中に声をかけた。
「ふあああ!」
「ぬおおお!」
パトリシアとカサンドラは雄叫びをあげ、拳を突き出した。両者はその攻撃を交わし、次の攻撃に出た。パトリシアは身をかがめてカサンドラの両脚にタックルを浴びせた。カサンドラはそれに対して強靭な筋力で踏み留まり、パトリシアの身体を背中から抱き上げようとした。
「はあ!」
パトリシアはカサンドラの腕をよけ、飛び退きざまに上段の右脚蹴りを見舞った。カサンドラはそれを左腕で防御し、払い除けた。
「すごい……」
ジャンヌは一連の攻撃がわずか数秒で繰り出されたので、その場に立ち尽くした。
「さすが、アメア・カリングの娘。やるな」
カサンドラはニヤリとした。
「しつこいぞ。娘だとは言っていない」
パトリシアは尚もアメアの娘である事を認めなかった。
(パット、そこまで頑ななのはどうして?)
ジャンヌはパトリシアの謎の拘りに首を傾げた。
(カサンドラ、善戦しているか。しかし、ジャンヌが加勢したら、そうもいかんぞ)
クラークは娘の戦いを感じていたが、
「む?」
一方で、グローヴの行方を探しているバレルの動きにも気づいていた。
「こちらの方が最優先だな」
クラークは執務室を出た。
(ルイの息子であるから、ビリオンスヒューマンの素質はあるようだな。それでなければ、皇太子になる意味がない)
クラークはバレルがビリオンスヒューマンであればこそ、利用できると考えていた。
『バレル皇太子殿下、お鎮まりください』
クラークは強力な精神波を放った。
「けはっ!」
回廊に寝転がっていたバレルは、見知らぬ大男からの脳を鷲掴みにされたような念を感じ、悶絶した。
(何だ、今のは? あのおっさん、何者だ?)
バレルは全身汗まみれとなり、立ち上がった。
「ぐはっ!」
また精神波がバレルの脳を襲った。彼は回廊を転げ回った。
「ぐうう……」
あまりの激痛に、バレルは呻いた。
『皇太子殿下、こちらにお越しください』
大男が呼びかけて来た。
「何だ? あんた、何者だ?」
バレルは頭を両手で押さえて大男に尋ねた。
『私は神聖銀河帝国軍司令長官のクラーク・ガイルです。貴方の妃候補のカサンドラは我が娘です』
クラークの答えにバレルはギョッとした。
(おっぱいお姉さんの父親?)
バレルがそう思った時、クラークがバレルの意識を乗っ取った。
「わかった。すぐに行く」
バレルは虚ろな目で応じると、回廊を歩き始めた。
パトリシアとカサンドラの肉弾戦はいつ果てるともなく続いていた。
「え?」
ジャンヌはバレルの気配が突然消えてしまったので、ギョッとした。
(まさか……)
バレルが殺されてしまったのかと思ったが、そうではないのはわかった。
(違う。バレルは命が尽きたのではない。何が起こったの?)
ジャンヌは懸命にバレルの居場所を探ったが、彼の気配はどこにも感じられなかった。
「ジャンヌ!」
パトリシアもバレルの気配が消えたのに気づいたらしく、カサンドラを振り切ると、ジャンヌに駆け寄って来た。
「待て、デブ女!」
カサンドラが鬼の形相でパトリシアを猛追して来た。
「うるさい、カサンドラ!」
ジャンヌはパトリシアとカサンドラの間に飛び込むと、カサンドラの右脇腹に左の拳を突き入れた。
「効かないよ、ジャンヌ!」
カサンドラは鼻で笑った。ところが、ジャンヌの拳はカサンドラの肝臓付近まで食い込み、カサンドラは吹っ飛ばされた。
「がはあ!」
カサンドラは悶絶して転げ回った。身体をいくら鍛えていようとも、内臓に届くダメージは効いた。
「一体どうしたんだ、ジャンヌ?」
パトリシアも、カサンドラが転げ回るのを見て驚いていた。
「そんな事どうでもいいから、バレルを探すよ、パット」
ジャンヌは廊下を奥へと走り出した。
「おい、ジャンヌ!」
パトリシアはジャンヌを追いかけた。
「ぬぐう……」
カサンドラは届くはずがない衝撃が肝臓に伝わったため、嘔吐していたが、超回復でそれはまもなく治まった。
「ジャンヌめ、殺してやる!」
カサンドラは立ち上がると、ジャンヌ達を追いかけた。
(気づかれたか)
クラークはジャンヌとパトリシアの接近を知った。
『カサンドラ、二人の侵入者を殺せ。殿下の御子を産むためにな』
クラークはカサンドラに強い圧力をかけた。
『畏まりました、父上』
カサンドラの返事が来た。クラークはカサンドラの反応がいいので、ニヤリとした。
(バレルを気に入ったようだな。御子の誕生は早いかも知れん)
カサンドラはバレルを懐妊のパートナーとして認めているという事である。
(できれば、カサンドラをそのまま皇太子妃にしたい。代わりはいくらでも造れるとしてもな)
クラークは意識をバレルに向けた。
『お急ぎください、皇太子殿下。敵が近づいております』
また念を送った。
「こっち!」
ジャンヌはバレルの気配ではなく、バレルの鼓動を探り、迷路のような廊下を走っていた。
「何故わかる? 私にはもうバレルの居場所が見えない」
パトリシアが弱気な事を言った。ジャンヌは振り返らずに、
「パット、バレルを自分の物にしたいんでしょ? だったら、バレルを感じてみなさいよ」
敵に塩を贈るような発言をした。
「そ、そうだな」
パトリシアはジャンヌの励ましの言葉に驚いたが、素直に応じた。
「逃さんぞ、ジャンヌ!」
そこへカサンドラが風を巻いて追いついて来た。
「何!?」
パトリシアはカサンドラが自分を無視してジャンヌに向かったので、
「待て、デブ女! 私を無視するな!」
カサンドラを追いかけた。カサンドラはチラッとパトリシアの方を見たが、何も言わずにジャンヌに迫った。
「もう一度痛い目を見たいの、カサンドラ!」
ジャンヌは走るのをやめて、振り返った。
「私は同じ失敗は繰り返さない!」
カサンドラはフッと消えた。
「え?」
ジャンヌはカサンドラがジャンプしたと思い、天井を見た。しかし、そこには彼女はいなかった。
「甘いぞ、ジャンヌ!」
カサンドラはスライディングをして、ジャンヌの脚を払った。
「うわっ!」
ジャンヌは何の防御もできずに倒された。
「死ね、ジャンヌ! バレル殿下は我が夫となる方だ!」
カサンドラは倒れたジャンヌに馬乗りになった。
「その顔、二目と見られぬ顔にしてやる!」
カサンドラの右拳がジャンヌの顔面に振り下ろされた。
「くう!」
ジャンヌはグローヴを輝かせて、それを左手で受け止めた。
「まだまだ!」
カサンドラが左の拳を見舞って来た。
「はあ!」
ジャンヌは右手でそれを受け止めた。
「もらった!」
カサンドラは首を大きく仰け反らせて、頭突きをして来た。
「えい!」
ジャンヌはカサンドラの腹を両足で蹴り飛ばして頭突きを交わした。
「ぬう!」
カサンドラは受け身を取って身構えたが、ジャンヌはそれを無視して走り出した。
「逃げるか、ジャンヌ!」
カサンドラは追いかけようとしたが、
「行かせないよ、デブ女!」
パトリシアが背後から羽交い締めにした。
「デブはお前だ、アメアの娘!」
カサンドラはそれを振り解こうとしてもがいた。
「アメアの娘だと決めつけるな、デブ女!」
パトリシアが羽交い締めを強めた。
『バレル、バレル! ジャンヌよ! 返事をして!』
真っ暗な空間に蹲っているバレルにジャンヌの声が呼びかけた。
「え? ジャンヌ? どこだ? どこにいるんだ?」
バレルは顔を上げて周囲を見渡した。しかし、何も見えない。
『バレル! 目を覚まして! そんな悪意の塊に取り込まれないで!』
ジャンヌの声が更にはっきりと聴こえた。バレルは立ち上がった。
「ジャンヌ、俺はここだ! 早く来てくれ。何も見えないんだ、誰もいないんだ」
バレルは泣きそうだった。