ジャンヌの嫉妬
「おかしいな。この辺まで来れば、壮絶な攻撃が始まると思っていたのに、偵察機も来ないなんて」
ジャンヌはゲルマン星の防衛体制に不審を抱いた。
「あの女の悪意が強まっている。確実に罠だ。だが、構わない。我らは無敵だからな」
パトリシアはジャンヌを見てフッと笑った。
(すごいな、パットは。ここまで来て、全然怯えていない。私はもう足の震えが止まらないんだけど)
母に大見得を切ったが、今となっては後悔していた。だが、
(怖いけど、カサンドラは許せない。バレルを必ず取り戻す)
そこまで考えて、パトリシアを見た。
(カサンドラからバレルを救い出しても、その先にはパットがいるんだよなあ)
ジャンヌはバレルに再会したら、自分の気持ちを伝えようと思っていた。
(素直になる。私はバレルが好き)
ジャンヌは顔が紅潮するのを感じた。
「私は譲らないぞ、ジャンヌ。バレルは私のものにする。それだけは改めて伝えておくぞ」
パトリシアはゲルマン星を睨んだままで告げた。
「わかった」
ジャンヌもゲルマン星を見つめた。
ゲルマン星がある位置から数億km離れた宙域に停泊している艦船があった。軍艦でもなく、商船でもない。
「ぎりぎりのラインだね。これ以上進むと、蜂の巣にされる」
ブリッジのキャプテンシートに座っているのは、赤い髪で青い瞳の女だった。
「手筈は整っております。後は隙を見て動くのみです」
巨漢の男が告げた。女はブリッジの窓から見えるゲルマン星が所属する恒星系の太陽を見た。距離があるため、それ程明るくはない。
「そのガキ共の乗る小型艇は攻撃をされる様子もなく、ゲルマン星に近づきつつあります」
巨漢の男が言った。赤い髪の女はシートから立ち上がり、
「何か起こりそうだね。一番のやり方は、混乱に乗じる方法。チャンスを逃すんじゃないと伝えておきな」
巨漢の男を見た。
「畏まりました、姐さん」
巨漢の男は恭しく頭を下げた。
(ジャンヌという名前らしいが、やっぱり、ジョー・ウルフの遺伝子を受け継いでいるのかねえ。ますます欲しくなって来たよ)
赤い髪の女はニヤリとして舌舐めずりした。
「ネズミが彷徨いているようだな」
クラーク・ガイルは赤い髪の女の動きを感じていた。
「良い余興だ」
しかし、クラークは歯牙にもかけない様子で、
「放っておけ。カサンドラの琴線に触れれば、只ではすまない」
カサンドラの考えに任せる事にした。
(ギャザリー・ワケマク。ラグルーノ・バッハとつながる裏社会の女帝か。何を狙っている? ジャンヌか?)
ニューロボテクター隊を壊滅させたジャンヌの力を手に入れようとする輩が現れる事は、クラークにとって想定内であった。
(ギャザリーの動き次第では、共和国を追い込む口実ができる。神聖銀河帝国は後継ができ、隆盛を極める。そして、天の川銀河統一も近づく)
クラークの野望は果てしなかった。
「ああ!」
ジャンヌとパトリシアはほぼ同時にバレルの現状を知った。カサンドラの揺さぶりであった。
「バレル……」
ジャンヌには、全裸のバレルが女官達に身体を洗われているのが見えた。ジャンヌはバレルの裸を見て、赤面した。
(子供の頃、一緒にお風呂に入った時と全然違う……)
バレルの成長を見て、ジャンヌは激しく動揺していたが、
「粗末なものをぶら下げているな」
パトリシアは全く狼狽えていなかった。
「そ、粗末?」
パトリシアの呟きにジャンヌは目を見開いた。
(あんなのを見せられて、パットは何ともないの?)
パトリシアはジャンヌが動揺しているのに気づき、
「どうした、ジャンヌ? バレルの裸如きに何を狼狽えているのだ?」
鼻で笑って来た。ジャンヌはムッとして、
「狼狽えてなんかいないわよ! ちょっとびっくりしただけだから!」
精一杯の強がりを言った。
「これもあの女の悪意だ。我らを動揺させるつもりだろう。敵の罠に乗ってどうするのだ、ジャンヌ?」
パトリシアに指摘されて、ジャンヌはハッとした。
(カサンドラの悪意?)
その途端、怒りの感情がふつふつと沸いて来た。
「カサンドラーッ!」
ジャンヌは怒りをゲルマン星に向けて放出した。
「ひっ!」
豪奢な服に着替えさせられたバレルは、ジャンヌが放った怒りの感情を受け、小さく悲鳴を上げた。
(今の、もしかして、ジャンヌ?)
バレルは希望を見出した気がしたが、
(だけど、俺がどこにいるのかわかるのかな? ここ、かなり広いし、警備もすごいぞ)
すぐに絶望してしまった。いくらジャンヌが強くても、ゲルマン星の防衛ラインをくぐり抜けて来られるとは思えなかった。
「如何なさいました、殿下?」
隣にいたカサンドラがニヤリとして尋ねた。バレルはビクッとしてカサンドラを見た。
(このお姉さん、俺の頭の中まで覗けるのか?)
バレルはカサンドラの目を見て震えた。
「今宵は、私が殿下の夜伽を致しますので、よろしくお願いします」
カサンドラは色っぽい目で告げた。
「は、はい……」
その途端、バレルはカサンドラの術中にはまった。カサンドラは普段より軍服のファスナーを下げており、胸の谷間が丸見えになっていた。バレルはそれに見入っており、より強くカサンドラのコントロールを受けていた。
(夜伽って、そういう事だよな)
根がスケベのバレルは、良からぬ妄想に取り憑かれていた。そして、その妄想はカサンドラによって増幅され、ジャンヌ達に送られた。
「バレル、何を考えているのよ!?」
それをまともに受けたジャンヌは激怒していた。
「聞きしに勝る女好きだな、バレルは。だが、あんな女より私の方が魅力的なのを教えてやる」
パトリシアも怒りの感情を沸かせていた。
(許さない! もし、あの女とバレルがそんな事になったりしたら、二人とも許さない!)
ジャンヌは、バレルがカサンドラの力で惑わされているのもわかっていたが、そうなったのも、バレルの性格のせいだとも考えていた。
「急ぐぞ、ジャンヌ」
パトリシアは一気にゲルマン星へ降下を開始した。
「バレルがいる場所、わかってるの、パット?」
ジャンヌは垂直に降下して行く小型艇の副操縦席にしがみつくようにして訊いた。
「もちろんだ。私を誰だと思っているのだ?」
パトリシアはジャンヌを見てフッと笑った。
「そうね。任せた」
ジャンヌは前方に広がるゲルマン星の中枢部を見た。
「所属不明機が接近して来ます! 対空ミサイル、対空砲、展開します」
最終防衛線を突破したため、遂にゲルマン星の防御システムが作動して、ジャンヌ達の小型艇を攻撃し始めた。
「手動で制御できるのはここまでか。仕方がない。この程度の攻撃を掻い潜れないようでは、私に近づくことなどできない」
カサンドラはバレルを女官達に預けると、長い回廊を大股で歩いて行った。
「ジャンヌ……」
バレルは女官達に囲まれて移動しながら、本当に好きな女性の名を呟いた。
「さあ、殿下、こちらへ」
有無を言わせない女官達に強引に歩かされ、バレルはカサンドラとは逆方向へと進まされた。
「お!」
カサンドラがジャンヌに集中したせいなのか、バレルはグローヴのある場所を感じられた。
(おっぱいお姉さんの邪魔が消えた! グローヴはこっちだ!)
希望が見えたバレルは、女官達を押し退けると、回廊の分岐を曲がり、走った。
「お待ちください、殿下!」
女官達が慌ててバレルを追いかけた。
「おおっと、ここから先は、立ち入り禁止ですよ、殿下」
そこに突然、バレルの倍くらいの身長がある軍服姿の男が現れた。
「邪魔だよ、おっさん!」
バレルが白く輝き出した。
「え?」
それに驚いた男の隙を突き、バレルは回廊を進んだ。
「あ、待て、こら!」
男が追おうとしたが、バレルの速さに追いつけず、たちまちバレルは見えなくなってしまった。