業深き者達
アメアの衝撃的な話に、カタリーナとエミーは言葉を失ったが、
「ですが、心配は要りません。私がいる限り、この星は安泰です」
自信に満ちた顔をするアメアに、
「そうなんだ」
顔を引きつらせてしまうカタリーナであった。
「ジャンヌとパット、大丈夫かしら?」
エミーが呟いた。するとアメアは、
「それも心配要らない。パットは我が娘。そして、母上の孫。更にはジョー・ウルフの孫でもある。故に無敵だ」
孫という言葉にカタリーナはモヤッとしたが、
「確かに凄い血筋よね」
エミーは納得してしまった。そして、カタリーナが自分を睨んでいるのに気づき、
「ええっと、孫は違うかな、アメア」
慌ててフォローを入れたが、
「何故だ? 孫だろう。母上の娘が私、その娘がパットなのだから」
アメアはカタリーナの苛立ちを全く感じていない返答をした。
(ビリオンスヒューマンて、他の人の思いを鋭く感じ取れるんじゃなかったの?)
カタリーナの心を全く理解していないアメアにエミーは矛盾を感じた。
「じゃあ、おばあちゃんは疲れたので、少し休むね」
カタリーナは嫌味っぽく告げると、アメアの部屋を出て行った。
「どうしたのだ、母上は?」
アメアは首を傾げてエミーを見た。
「貴女のせいよ、アメア」
エミーは半目でアメアを見た。
「どうしてだ?」
アメアはなおも理解していなかった。エミーは溜息を吐いた。
「どうした?」
警報が鳴り響いたので、カサンドラは神聖銀河帝国の首府星であるゲルマン星にある司令長官棟の司令室へ赴いた。
「例の小娘が乗る小型艇が本星の絶対防衛ラインに近づきつつあるようです」
レーダーを監視していた兵士が告げた。カサンドラはフッと笑って、
「来たか、ジャンヌ」
ジャンヌの乗る小型艇を探った。そして、ジャンヌとは別のビリオンスヒューマンを感じた。
(これは、アメア・カリング? いや、違う。あの女の隣にいた子供。アメアの娘か?)
カサンドラはパトリシアを捉えていた。
「攻撃はするな。ここへ誘き寄せるのだ」
カサンドラは司令室にいる兵士達に命じた。
「了解しました」
兵士達は敬礼して応じた。
(ジャンヌはともかく、アメアの娘の実力が読めない。探ろうとした途端、何かが邪魔をした)
カサンドラは眉間にしわを寄せた。
「皇太子殿下はどちらにおわす?」
カサンドラは別の兵士に尋ねた。
「殿下はお試着をされています」
部下は答えた。
「そうか。わかった」
カサンドラはそのまま司令室を出て行った。兵士達はホッと胸を撫で下ろした。
(さっきは猛烈に恥ずかしかったなあ……)
バレルは、巨大な浴室に連れて行かれて、大勢の女官に服を脱がされ、身体中を丁寧に洗われた。小さい頃、一緒に風呂に入ったジャンヌにさえ見られた事がない箇所まで見られ、洗われた。その気持ちよさに気が緩み、抵抗すらできなかった自分が情けなかった。
(ジャンヌに合わす顔がない)
見られるとしたら、ジャンヌだけと思っていたバレルは落ち込んでいた。ところが、それだけではすまなかった。今度は別室に連れて行かれて、インナーから試着をさせられ、身体中のサイズを測られた。もちろん、例外なく隅々まで測られた。
(あまりにも淡々と触ってくるので、反応する事もなかった)
それだけはバレルを勇気づけた。それはジャンヌにだけ見せたいものだったからだ。
(着ていたものは全部取り上げられてしまった。グローヴは何とか取り戻したいな)
ケントおじさんからもらった魔法の手袋は奪還したかったのだ。だが、それがどこにあるのかわからない。
(ケントおじさんは、グローヴは念じればどこにあるのかわかると言ってたけど、念じるとあのおっぱいお姉さんが出て来て、全然わからないんだよな)
それはカサンドラがバレルの気を感じて、妨害しているからだったが、バレルにはそこまではわからない。
「何かわかったか」
グローヴはクラークの配下の科学者達が研究室で調査していた。さまざまな方法で調べたが、只の革製の手袋という結論しか出ていない。
「特別変わったところはないです。ごく普通の革製品としか……」
科学者の一人が答えた。しかし、グローヴから何かを感じているクラークは、
「そんなはずはない。その手袋をはめたジャンヌ・バーがニューロボテクターを破壊したのだ。只の革製品のはずがない。もっとよく調べろ」
静かだが、威圧感のある声で命じた。
「わかりました!」
科学者達は、クラークが納得する結論を出すまで調べるしかないと悟った。
(あの手袋から、微かだがケント・ストラッグルの気を感じた。銀河共和国初代総統領で、ジョー・ウルフとも関わりが深く、その上あの伝説の銃工だったマイク・ストラッグルの甥でもある男が関与しているのであれば、必ず何かあるはず)
クラークはすでにケントの正体まで見抜いていた。
「ビリオンスヒューマンに関するデータを使って、もう一度調べ直すのだ。そうすれば、必ずその手袋の正体がわかる」
クラークはそれだけ言いおくと、研究室を出て行った。
「何か、すごく気持ちが悪い」
小型艇を操縦していたパトリシアが呟いた。
「どうしたの? 宇宙酔いした?」
ジャンヌが訊くと、
「違う。悪意を放つ女がいる。そいつの小癪な浅知恵が気持ち悪いのだ」
パトリシアはキッとしてジャンヌを睨みつけた。
「悪意を放つ女?」
パトリシアの言葉に、ジャンヌはハッとした。その途端、カサンドラの狡猾な顔が浮かんだ。
「罠を張って待っているって事?」
ジャンヌはパトリシアを通じて、カサンドラの悪意を明確に感じ取った。
「そういう事だ。しかも、バレルを見つけられないように、邪魔をしている」
パトリシアは前方に視認されたゲルマン星を見た。
「それは私も感じた。バレルの居場所が隠されている」
ジャンヌもゲルマン星を睨んだ。だが、それはバレルに幸いしていた。もし、ジャンヌとパトリシアに感じられていたら、その邪な思念のせいで、バレルは二人にボコボコにされていたろうから。
「だが、そんな事をしても無駄だ。あの女を倒せばすむ事。何の問題もない」
パトリシアの自信は揺るぎなかった。
「そうね」
ジャンヌはパトリシアを頼もしく思っていた。
「なるほどねえ。それは興味深いねえ」
薄暗い照明の部屋の中、腰まで伸びた赤い髪で青い瞳の女が言った。シルバーの革製つなぎを着た三十代後半くらいの年代である。女は一人がけのソファに沈み込むように寝そべっていた。
「そのガキが、ゲルマン星へ向かったという情報が入りました」
女に耳打ちしているのは、黒の革製のつなぎを着た、女より頭二つ程身長が高い男で、体重は倍くらいある巨漢である。女は男を見ずに、
「ニューロボテクターを素手でぶち壊すとは、かつてドミニークス反乱軍で名を馳せたバルトロメーウス・ブラフマーナみたいじゃないか。しかも、まだガキなんだろ?」
女ソファから起き上がった。
「はい。噂じゃ、母親はあのカタリーナ・パンサーだとか」
男は下卑た笑みを浮かべた。女は舌打ちをして、
「嫌な名前だね。その女は、昔私をコケにしたジョー・ウルフの女じゃないか。気に入らないけど、そのガキ、手に入れたいねえ」
「ゲルマン星には金で動く連中がいます。そいつらに攫わせましょうか?」
大男が告げた。女はニヤリとして、
「それで行こう。失敗しても、惚けられるように動かないとね」
「はい、姐さん」
大男ニヤリとした。
「早速、取りかかりな。他所に盗られないうちにね」
女はソファから立ち上がった。
「畏まりました」
大男は恭しく頭を下げると、部屋を出て行った。