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第九六話 帝都へ行こう 五 飛んだんじゃね?



 トーマスさんたちと知り合った翌日――。


 一定区間ごとに馬を替えて走る駅馬車なら、一日半もあれば帝都に着けるらしいけど、そんなモン、敵も真っ先にマークしてるだろうし、確実に襲撃されるとわかっている以上、無関係な人たちを巻き込むわけにもいかないから、駅馬車の利用を諦めた私たちは、なかなか刺客が襲ってこないことを不気味に感じつつも――。


「キャッ、ハナちゃんが真っ黒に!」

「大丈夫かハナ! いったいどうしたんだ!? ――おお……目だけそのままなのがかえって不気味だよ」

「あ、大丈夫だから気にしないでね」


 思うところあって眼球以外が光を反射しなくなった私に、エーリカちゃんとクラウディアさんが驚いたり――。


「へっへっへ、ネエちゃん、大人しくしな」

「うわっ! お、お頭、この女、ガキの他に真っ黒な魔物も連れてますぜ!」

「奥義、〈太陽険〉!」

「ぎゃああああ! めっ目があああ!」


 いきなり絡んできた盗賊たちが、私の新必殺技(【船内空間】に収納していた太陽光をちょっとだけ放出したよ)で目を潰された挙げ句、クラウディアさんに容赦なく成敗されたり……といった感じで、帝都へ向かい順調に徒歩(私とエーリカちゃんは大二郎だけどね)旅を続けて、この日はちょっと小さめの都市で泊まったんだけど――。


「うーん、コレはマズいかも……」


 エーリカちゃんの寝息とエルフの歯ぎしりが響く部屋の中、私はベッドの上で口をへの字に曲げていた。


『なんじゃ花、辛気くさい声を出しよって。耳長女の歯ぎしりが気になるのか?』


 私のつぶやきを耳ざとく聞きつけたタゴリちゃんの、あまり……というか、これっぽっちも心配そうじゃない声が、青い勾玉から聞こえてきた。


「……ああ、うん、もちろん歯ぎしりも由々しき問題なんだけどね、今は別のことを憂慮しているんだよ。真綾ちゃんまでの距離と方角を私が知覚できるってのは、タゴリちゃんたちも知ってるよね?」

『うむ、冥護を与えてやったおかげじゃのう……このタゴリがな! フハハハハ! ありがたく思えよドングリ――モゴ』


 まあ、真綾ちゃんの居場所がわかるのは、たしかにタゴリちゃんたちのおかげなんだけどね、そうやってすぐ調子に乗るからイッちゃんに口を塞がれるんだよ。

 タゴリちゃんの声に代わって聞こえてきたのは、タギツちゃんの声だ。


『相も変わらず調子に乗りおって……。して花よ、何があった?』

「ああうん、私がコッチの世界に来てからの二日間、真綾ちゃんはほぼ同じ場所を動かなかったんだけどね、今朝、いきなり動いたんだよ、だいたい南南東に八〇キロメートルほど」

『ならば、少し近づいたのではないか?』

「まあたしかに、ちょっと近づいたっちゃあ近づいたんだけどね、一〇分間に八キロメートルくらいの一定したペースで、一直線に……」

『ああ、それは……』


 頭のいいタギツちゃんは理解したらしく、私の説明を聞くなり言葉を失った。

 勾玉に込められた冥護のおかげで、私は目を閉じて意識を集中すると、真綾ちゃんまでの距離や方角がわかるだけじゃなく、自分を中心に彼女を光点で表したレーダーっぽいのが脳裏に浮かび上がってくる。私はコレを〈真綾ちゃんレーダー〉と呼んでるんだけどね、そのレーダーには地形が描かれてるわけじゃないけど、確実に存在するであろう山や谷、あるいは川や都市などを、〈完全に無視して〉、このたび真綾ちゃんは、〈時速五〇キロメートルくらいの一定速度で直線移動〉したんだよ。

 つまり……。


『飛行手段を手に入れたか……』

『これでは、花ちゃんが真綾ちゃんに追いつけない……』


 タギツちゃんとサブちゃんがちっちゃな声で言ったとおり、どうも真綾ちゃんは空を飛んだらしく、これがハーピーにさらわれた私みたいに一時的な飛行ならいいけど、もし、彼女がこれからも移動手段として使うようなら、地形の影響を受けつつノロノロと進むしかない私では、どう考えたって追いつけそうもないんだよ……。


「もう会えないのかな……」

『プハッ。――何を弱気になっておる、この里芋風情が! お前には最高位の神たる我らがついておるのじゃ、四の五の言わずに勾玉の指し示すとおり進んでみよ、必ずや真綾に会えようぞ!』

『会えようぞ』


 ちょっと挫けそうになっていた私に、タゴリちゃんとイッちゃんが頼もしい言葉をくれた。

 そうだね、最善の道を指し示してくれるという冥護なら、真綾ちゃんと会えるよう私を導いてくれるに違いないよね。

 思えば、たまたま私がエーリカちゃんたちを助けたのも、真綾ちゃんとの再会に必要なことなのかもしれない。一国の皇女に、しかもあのタイミングで遭遇するなんて、不思議な力が働いているとしか考えられないもんね。

 つまりだ、今は焦って真綾ちゃんの現在地へ向かうより、エーリカちゃんを守って帝都に行くほうが、再会できる確率は高いってことだよ。


「……ありがとね、みんながいてくれてホント心強いよ。――よし、余計なこと考えるのはやめた! とりあえず今は東へ向かうよ!」

『うむ、その意気じゃ! それでは皆、グッスリと眠って頭も冴えたことじゃし、歴代プリピュアのうち誰が最強かについて、今から心ゆくまで語り合おうぞ!』

『おー!』

「え? コッチまだ夜中……」


 私がすっかりやる気を取り戻したとたん、まったく関係のない討論会を始めるタゴリちゃん……。こんな議題を出されちゃったら、今日も徹夜確定じゃん……。


      ◇      ◇      ◇


 年甲斐もなくプリピュアのコスプレしたクラウディアさんが、敵に捕まってクッコロ言っている――。


「……て、……起きて、ハナ」

「――ンガッ、…………ハッ!? 夢か……」


 ――という夢を見つつ、大二郎の中で爆睡してたら、クッコ……クラウディアさんに起こされた。なかなか起きないことに業を煮やしたのか、私の鼻を摘んで……。また太陽光吸収モードで真っ黒になってるから、低い鼻を手探りで探すのもたいへんだったろうに。

 いやー実は、歴代最強プリピュアを決める討論会でアツくなってたら、思ったとおり夜が明けちゃってさ、一泊した都市を出発して早々、エーリカちゃんに大二郎の操縦を代わってもらって、私は彼女の後ろで高イビキかいてたんだよねー。お昼休憩の時に一回だけ起きたけど、それ以外は結局ずっと寝てたみたいだ。

 私が居眠りするにあたり、エーリカちゃんの指紋を大二郎に登録して、操縦方法も教えてあげたら、彼女、目をキラッキラ輝かせて操縦し始めたよ。大二郎もずいぶん気に入られたもんだね。

 え? 誰が最強プリピュアに決まったのかって? いやーそれがさあ、喧々諤々と討論を続けたにもかかわらず、結局決まらなかったんだよ、みんな自分の推しこそ最強だって一歩も引かなくってさ。

 ちなみにだけど、プチガミ様たちの勧めで第一作から観始めたらしいサブちゃんは、初代プリピュアのシュヴァルツ様を推していたよ。……わかる! たしかにわかるんだけどなー、私はフルーツのマラクーヤ様が最強だと思うんだよ。瞬間移動能力があるうえに格闘センスも高くて、……さらに頭脳明晰で……敵から……寝返っ……。


「ハナ、まぶたが閉じていってるぞ、いい加減起きたまえ」

「ハッ!」


 イカンイカン、ここんとこ睡眠不足だから、また夢の国へ旅立つところだったよ。私を見下ろすクラウディアさんも、今度はちょっと呆れ顔だね。


「本当によく寝てたね、今日の目的地へ着いてしまったよ。真っ黒なままだと騒動になりかねないから、そろそろハナもそれを解かないと」

「ごめんなさい、なんせ睡眠不足なもんで、へへ……。エーリカちゃんも、最後まで操縦させちゃってホントごめんね、疲れたんじゃない?」

「いいえ、まったく疲れていませんよ、ダイジロウの操縦はとても楽しかったです。それに、ハナちゃんには助けられてばかりだから、自分にできることが少しでも見つかって、わたくしとても嬉しいの」


 クラウディアさんにヘラヘラと笑ったあと、太陽光吸収モードを解きつつエーリカちゃんにも謝ったら、私の前で大二郎の操縦を続けている彼女から、疲れを感じさせぬ明るい声が返ってきた。……ええ子や。

 ああそうだ、大二郎といえば、補助的な発電機能があるにせよ、大二郎のバッテリーが何日も保ってるって不思議じゃない? 実はね、最高位の神たるサブちゃんに愛用されているうちに、なんと! 大二郎は神器になっちゃったんだよ! 神でもある葦舟さんと違って自我があるわけじゃないけど、大二郎は充電の必要がなくなったんだよね。これが科学的に解明されたら、我が国のエネルギー問題も解決できるだろうに……。

 などと、私が日本のエネルギー問題を憂慮していたら――。


「ハハハ、これほど生き生きとしてらっしゃるエーリカ様は久しぶりだ、これもハナのおかげだね。――ところで、見てごらんハナ、あれが今日の目的地、ランデスベルクだよ」

「どれどれ――おおっ! カッコイイ!」


 エーリカちゃんと私を見て快活に笑ったクラウディアさんが、今度は首を進路方向へ向けつつ教えてくれたので、エーリカちゃんの肩越しにそちらを覗いた私は、一気にテンションを上げた。

 幅一〇〇メートルほどの川に架かる橋を渡った対岸、南北に流れるその川と東側の高台に挟まれる形で、私たちが今日泊まる都市は広がっているんだけど、市街をグルッと囲む壁が高台の上まで続いていて、その高台にムッチャイイ感じのお城がそびえてるんだよ。

 今まで訪れた町や都市はお城とセットじゃなかったから、城塞都市とお城を二重に楽しめるこの都市は、お城好きの私的にタマランのですよ!


「同じ地名が他にもあるから、そこと区別するために川の名前を入れて、ランデスべルク・アム・レッヒャーって呼ぶのが正式なんだけどね、どうだいハナ? ランデスべルクは」

「ムッチャイイ感じです!」

「ハハハ、そうか、気に入ったみたいでよかったよ、ここまで来れば明後日には帝都へ着くだろう。――さあ、それではこの辺でダイジロウを降りて、ランデスベルクに入ろうか」

「ラジャー!」


 ってなわけで、目立つ大二郎を収納した私は、コッチを見てなぜか笑い合うふたりと一緒に、傾いた太陽に照らされている城塞都市へとワクワクしながら歩き出した。


      ◇      ◇      ◇


 少し段差のある川底が川幅いっぱいに続き、そこを流れ落ちる水がザーッと音を響かせているんだけど、ゆるやかな階段状になっているその部分を、人や荷物を満載した川船や筏なんかが、ちょっとしたスライダーのように滑り下りている。


「うわー、なんか楽しそうだなー」

「はい、わたくしもハナちゃんと一緒に乗ってみたいです。あの部分の川底にはもともと急な段差があって、その滝壺に溜まった流木などが船の邪魔になっていたので、川底を階段状に改修して流れやすくしたそうなの」


 橋の上から羨ましそうに船を眺めていたら、待ってましたと言わんばかりに意気込んで、エーリカちゃんが説明してくれた。


「おお、エーリカちゃん物知り」

「往路立ち寄った際に聞いたばかりなので」


 褒められてちょっと照れるエーリカちゃん。カワイイ……。

 そんな感じで橋を渡り市門も無事に通過した私たちは、今日の宿を探すため、マルクト広場へと続く大通りを歩いていた。

 へー、このランデスベルクってところは、木組み剥き出しのハーフティンバーより、漆喰か何かで外壁全体を覆って色を塗った建物が多いのかー。パステルカラーの建物が並んでて、コレはコレでカワイイな〜。

 ほー、屋根の出窓の上から飛び出してる棒、何かと思ったら、先に滑車が付いていて、荷物を引っ張り上げるためのものだったんだね。じゃあ、あの出窓の奥は倉庫になってんのかな?

 などと、初めて海外を訪れた日本人観光客のごとく、キョロキョロと街並みを見回す私だったけど――。


「あら、ハナちゃん?」

「あ、ハイ」


 ――急に名前を呼ばれて立ち止まり、反射的に返事しつつ後ろを振り返った。


「あ、ヤーナさん! トーマスさんも!」


 そう、そこにいたのは、大商会の帝都支店長トーマスさんと、その奥さんであるヤーナさんだったのだ。

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