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第九五話 帝都へ行こう 四 おいしい夕食



 弓矢を買いに出ていたクラウディアさんは、エーリカちゃんと私が楽しくおしゃべりしている間に帰ってきた。


「見たまえハナ! 掘り出し物があったんだよ!」


 エーリカちゃんに挨拶し終わったとたん、ムッチャ嬉しそうに弓を見せてくるクラウディアさん。廃番模型を手に入れた時のお父さんみたいだな……。


「へー、ショートボウですね」

「短い弓? まあたしかに、ティル・ナ・ノーグで使われている弓と比べたら格段に短いけど、アレが異常なだけで、弓の長さなんて普通はどこへ行ってもこんなものだよ?」


 長さ一メートル程度の弓を見た私が、小説やゲームで定番になっている名前を出すと、クラウディアさんは不思議そうに首をかしげた。

 ああそうか、小説なんかだと、長弓(和弓やロングボウ)の存在を知ってる読者がイメージしやすいように、わざわざ区別してショートボウって書くけど、世界的にはこのサイズが当たり前だから、コッチじゃショートボウに相当する名前がないんだろうな。手間かけさせてゴメンね、謎の翻訳システムさん。


「まあとにかく見たまえハナ、この弓は東方大陸の弓でね、複合弓といって――」


 クラウディアさんはすぐに頭を切り替えると、手に入れた弓の自慢を鼻息も荒く始めた。……長くなりそうだな〜。


      ◇      ◇      ◇


 夕食時間になるまで弓の自慢を聞かされた……。

 カノーネ好きだったボス騎士とドッコイドッコイだね、クラウディアさん。

 まあ、そんなわけで、三人仲良く宿の食堂に来たわけだけど――。


「何コレ、んまー!」


 私は異世界料理の予想外なおいしさに感動していた。

 コース料理みたいに次々出てくるんじゃなくて、テーブルの上にズラッと並べられた料理の数々は、たしかに大味だったり不思議な味がしたりと、現代日本人の舌からすれば「うん?」って感じの品もあるんだけど、私的に結構イケるやつもあるんだよね。ヴルスト(ソーセージね)なんかも種類豊富でおいしいし、たとえばこの、チーズを絡めたショートパスタの上にローストオニオンの乗ったやつ、もっちりトロトロでマジおいしいよ。

 え? 異世界料理なら昨日も食べたんじゃないかって? ……いや、まあ、昨日は私も味わってる精神的余裕がなかったし、そもそも泊まったのが田舎町の安宿だったからね、出てきたものといえば、色々ブチ込んだ具だくさん薄味スープみたいなやつとか、カチカチモソモソのパンとかでね……アレはノーカンだよノーカン!

 今日はお高い宿にしてホント正解だったよ〜。


「ハナちゃんに我が国のお料理を喜んでもらえて、わたくしも嬉しいです」


 私がおいしそうに食べてるもんだから、向かいの席でナイフとフォークをお行儀よく使いながら、エーリカちゃんは嬉しそうにニッコリと微笑んだ。もちろんサングラスとマスクは外してるよ、フードは被ったままだけどね。


「いや〜、エーリカちゃんの国の料理、ホントにおいしいよ〜。――どれどれ、コッチのラビオリっぽいやつのお味はどうだろう……何コレ! おいちー!」

「それにしてもハナ、そんな棒切れ二本でよく食べられるね……」


 異世界料理に舌鼓を打つ私の手元を見て、クラウディアさんが呆れたような声を上げた。ヴルストを指三本で優雅につまみながら……。

 未だこの国では、貴族であっても手掴みで食事するのが珍しくないらしく、お高いとはいえ平民用にすぎないこの宿でも、当然ながら手掴みが基本であり、木製スプーンとでっかいナイフは出されたものの、フォークに相当するものが出てこなかった。

 ここで、皇女としてカトラリーを使った食事に慣れているエーリカちゃんが、ちょっと困ったような顔をしたので、彼女にマイカトラリーを貸してあげて、私はマイ箸を使うことにしたんだよ。

 やっぱこの国じゃ、お箸は珍しいんだろうな〜。


「うちの国だとコレが普通なんだけどな〜。優雅さを損なわず手掴みで食べるほうが、コッチから見たらよっぽど器用ですよ」

「そうかい? 優雅に見えるかい?」


 褒められて嬉しかったのか誇らしげに笑うクラウディアさんは、ロウソクのやわらかな明かりも相まって、とても幻想的に見えた。マントのフードで耳を隠していても、やっぱりエルフは美人さんだね。

 あ、ロウソクの話が出たからついでに言っておくと、この宿の食堂では驚いたことに、ロウソクシャンデリア(装飾の無いシンプルなやつね)やテーブルごとに置かれた燭台など、それなりに高価なはずのロウソクを惜しげもなく使ってるんだよ。うーん、お高い宿泊料を取るだけあるな〜。


「あのう……」

「ブッ!」


 いきなり近くからオジサン声がしたもんだから、私は口の中のものを吹き出してしまった。……あ、クラウディアさんのスープに入っちゃったよ、ゴメンね。

 などと私がスープの心配をしている間に、クラウディアさんはもう席を立ち、剣の柄に手をかけていて――。


「何か用かな?」


 ――と、さっきまでとは別人のような表情で声の主に問いかけた。……よかった、スープのことは気づいていないみたいだ。

 とりあえずスープのことは忘れるとして、私たちに声をかけてきた人は、となりのテーブルの小太りオジサンだった。


「こ、これは失礼いたしました。わたくしはただ、このように旅の途中でとなり合えたのも何かの縁と思い、失礼ながら声をかけさせていただいた次第でして……」

「……右手を」


 小さく両手を上げてビクビクと釈明していた小太りオジサンに、クラウディアさんは自分の左手のひらを上にして差し出し、右手を剣の柄にかけたまま短くひとことだけ言った。

 有無も言わせぬ彼女の迫力に、オジサンはすっかり気圧されちゃってるみたいだ。


「こ、こうでしょうか……」


 おずおずと差し出された彼の右手を取ってしばらくすると、ようやく緊張を解いて席に着くクラウディアさん。……あー今のはアレか、脈を確かめてナハツェーラーかどうか確認したのか、さすが帝国護衛女官だね。


「失礼した」

「いえいえ、女性とお子様だけの席にいきなり声をかけたのですから、警戒されても文句など言えたものではございません」


 クラウディアさんが胸に手を当てて謝ると、小太りオジサンはそう言いながら、エーリカちゃんと私に穏やかな視線を向けてきた。――お、いい人っぽいぞ。


「申し遅れました。わたくしはシュナイダー商会のコンストニッツ支店長をしておりました、トーマスと申します。実はこのたび帝都支店を任されることになりまして、今は妻とともに帝都へ向かっている途中なのです。――これはわたくしの妻、ヤーナでございます」

「ヤーナです。夫が驚かせてしまったみたいで、ごめんなさいね」


 小太りオジサンことトーマスさんは、商会に勤めているらしい。帝都にある支店を任されるってことは、たぶん栄転なんだろうなー。

 そのトーマスさんが紹介してくれた四十歳くらいの奥さんは、私の顔を見て謝ると最後にニッコリ笑ってくれた。あんまり優しい笑顔だから、釣られて私もニッコリしちゃったよ。


「それにしても帝都の支店長とはたいしたものだね、しかも、シュナイダー商会といえば、帝国屈指の大商会じゃないか。――ところで、そちらだけに名乗らせて申しわけないのだが、我々のことは、あまり……」

「承知しております」


 自分たちは正体を明かすわけにいかないってことを、クラウディアさんが言いづらそうに伝えようとしたら、トーマスさんは右手のひらを向けて止めた。


「女性とお子様のみの旅というだけでも珍しいのに、あなた様の所作には気品があり、お子様のおひとりはカトラリーを器用に使われ、さらにもうおひとりは、東方大陸の東側で使われている二本の棒で食事なさっている。そのうえ、あえて貴族用の宿を避けておいでなのですから、やんごとなきご事情であることはお察しできます。皆までおっしゃらなくとも余計な詮索はいたしませんし、ここで見聞きしたものも忘れましょう」


 声を落として一気に言いきったトーマスさんは、真剣な顔でひとつ頷いたあと、今度はやわらかい表情になって言葉を続ける――。


「ところで、口にしづらいところは話されずとも結構ですので、わたくしども夫婦との会話にお付き合い願えませんか? 隣席と屈託なく会話しているくらいのほうが、かえって人の目も欺けましょう」

「それに、楽しくおしゃべりしたほうが、お料理もおいしいですものね」


 やっぱ大商会の帝都支店を任されるほどの人は違うね、私たちのこともトーマスさんにはお見通しだったし、そのうえこうして気遣ってくれるんだから。その人の奥さんだけあって、ヤーナさんも人間ができているみたいで、穏やかな眼差しをエーリカちゃんと私に向けて、安心させるように微笑んでくれたよ。


「お気遣い、感謝します」


 そう言ってエーリカちゃんが皇女らしく優雅に目礼したことで、今日は昨日と違い、トーマスさん夫妻とおしゃべりしながらの楽しい夕食になった。

 なんだかんだで私も気が張ってたんだろうね、話し上手なトーマスさんと優しいヤーナさんのおかげで、ちょっと楽になったよ。


      ◇      ◇      ◇


 商人ならではの情報ネットワークを持つトーマスさんと話せたことは、私たちにとってかなり有益なことだった。

 そんなわけで、夕食を終えて部屋に戻った私たちは、トーマスさんからの情報を整理しているところ、なんだけど……。


「帝都にいる通信官? でしたっけ、その通信官の守護者であるラタトスクの眷属が、皇女ご一行に同行していたんですよね?」

「そのとおり、残念ながら襲撃時に死んでしまったがね……。しかし、同行しているラタトスクが襲撃時に殺されても、異変があったことはその時点で帝都にわかるし、そうなれば即刻、現場付近の領主や竜騎士(リントヴルムを駆る貴族のことだって、カッコイイ!)のうち信頼の置ける者に、ラタトスク通信を使い救援出動を要請し、さらに帝都からも部隊を出しているはずなんだ」

「なのに、全然その噂を聞かないと……」


 私とクラウディアさんはそれぞれ腕組みして、仲良く眉間に皺を寄せた。

 ――そう、ラタトスク通信という便利なものが存在するコッチの世界では、遠隔地の緊急事態を察知して対処するシステムが、近世ヨーロッパに比べはるかに進んでいるから、本来なら帝都は皇女殿下一行の異変をとっくに掴み、何らかのアクションを起こしているはずなのに、トーマスさんによると、それらしき動きが見られないんだよ……。


「今日ここに着いた商人たちのうち、最も遅くまで帝都にいた者でも、二日前の早朝、つまり還啓行列襲撃の前には出発したらしいから、その時点で帝都に動きが無いのは当然だし、襲撃後すぐに帝都部隊が出動したとして、まだここまで達していないのも理解できる。しかし……」

「西から来て私たちより遅くここへ着いたらしいトーマスさんが、そういった情報を全然聞かなかったっていうのは、やっぱ変ですよね。ここから西は帝都と違って現場に近いから、それなりの部隊やリントヴルムが動いていれば、もう噂になっているはずなのに……。コレ、救援要請を受けた貴族が揉み消したってことはないですよね?」

「いや、それはないと思う。さっきも言ったように、こういった場合は複数の、それも信頼できる貴族に要請を出すはずだから、そのすべてが皇帝陛下を裏切るとは考えにくい」


 可能性のひとつを尋ねた私にクラウディアさんが首を横に振ると、燭台に一本だけ灯るロウソクの火が頼りなげに少し揺れた。あまり食堂では気にならなかったけど、獣脂ロウソクなのか、なんとも言えない臭いが部屋を満たしていて、私の心を滅入らせる。


 うーん、じゃあ救援要請自体が出されていないのか……。でも、この世界では、家格にふさわしい守護者を得た子供が無条件で次期当主になるうえ、召喚能力を得られる子は兄弟にひとり出ればいいところ。――つまり、後継者争いというものが実質存在しないから、エーリカちゃんの危機を揉み消すライバルもいないはずだ。


「ちなみに、通信官から報告を受けるのは?」

「今回の場合、宰相が直接受けると同時に、南部辺境伯領をご訪問中の皇帝陛下へも、その通信官本人からラタトスクを通じ報告されるが、宰相は自分にも引けを取らない忠義者だから、皇帝陛下を裏切るようなことは絶対にしないし、エーリカ様の危機を知れば風よりも速く救援に動くはずだ」


 そうか、クラウディアさんの言うとおりだとしたら、宰相が揉み消すこともないか、皇帝にも同じ報告が行くなら揉み消すことはできないだろうし。

 じゃあやっぱり……。


「通信官が怪しいね」


 私のひとことで、部屋の空気が一瞬氷った。


「だけどねハナ、帝都で通信官をしている男爵たちはすべて皇帝陛下の直臣だ、とても裏切るとは思えないよ」

「クラウディアの言うとおりです。それに、このたびラタトスクを出した通信官は、お母様の輿入れの時についてきた女官を娶っているの。それほど皇家と縁深い彼が、わたくしの暗殺に加担するはずは……」


 そりゃまあ、どう考えても通信官ってのはすごく重要なポストだからね、当然ながら信頼度の高い人物を抜擢しているんだろう。クラウディアさんにエーリカちゃんまで加わって、私の考えに異を唱えてきたよ。

 でもね……。


「ふたりとも思い出してよ。――ロイエンタール伯は皇帝陛下から全幅の信頼を寄せられていた、大事なエーリカちゃんの護衛を任されるほどにね。そのロイエンタール伯の忠実な騎士や兵士たちが、いつの間にかナハツェーラーに変わっていたんだよ? 通信官のほうに何か仕込みがあっても全然おかしくないよ」

「そんな……」

「なんてことだ……」


 ゴクリと喉を鳴らしたふたりに、私は恐ろしい推測を突きつける――。


「皇帝に同行したラタトスクが消えるとバレちゃうから、たぶん通信官はナハツェーラーにこそなっていないけど、『皇女殿下ご一行は無事に旅を続けている』、今も彼はそう報告しているはずだよ、エーリカちゃん暗殺の時間を稼ぐために……。だから敵は必ずまた襲ってくる、今度こそエーリカちゃんの命を奪おうと、なりふり構わずね」


 ……そう、今回の暗殺を諦めたのなら、敵としては襲撃のことをもう帝都に知られてもいいはず……なのに、救援の動きがまったく無いってことは、敵が未だに帝都を騙し続けている証拠だ。わざわざそんなことを続ける理由なんか、皇女暗殺を諦めていない以外に考えられないよ。

 私の推測を聞いた帝国護衛女官と皇女、ふたりの喉を鳴らす音が、夜の部屋にふたたび響いた。



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