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第九四話 帝都へ行こう 三 お約束?



 うーん、どこから話せばいいんだろう……。

 昨日の刺客で打ち止めだったのか、道中これといったハプニングもなく、今日の目的地である都市に着いた私たちだったんだけど、街に入るなり――。


「さっそく弓矢を調達しなければ!」


 ――と、目をキラッキラ輝かせてクラウディアさんがおっしゃった。やっぱエルフは弓が好きなんだね〜。

 でも、皇女殿下自身が現金を持ち歩くはずもなく、私もコッチの通貨を持っていないということで、今はクラウディアさんの所持金だけが頼りだから、それなりの弓矢を買ってさらに三人で旅を続けるには懐が心もとない。

 かといって、どこに潜んでいるかもしれない刺客の目をごまかすため、昨日の町で調達したフード付きマントを被り、三人揃って平民のフリをしている今、エーリカちゃんたちの所持している装飾品を売るわけにもいかない。

 そんなわけで、ナハツェーラーの魔石を換金しよう! ということになったんだけど、なんでも狩人ギルドと魔石商ギルドとの取り決めとやらで、平民が〈城伯級〉以下の魔石を換金する場合は、狩人ギルドに買い取ってもらうしか方法がないそうだから、異世界系小説の冒険者ギルドにあたる狩人ギルドへと、三人でやってきたんだけどね……。


「どうして、こうなった……」

「コイツ、人間様の言葉をしゃべりやがったぜ! やっぱり新種のラタトスクじゃねえか!」

「マジでラタトスクでしたね、アニキ!」

「人間だよ!」


 私はガラの悪い二人組に絡まれていた……。


 狩人ギルドの会員じゃないと魔石を買い取ってもらえないらしく、クラウディアさんが会員登録することになったんだけど、こんな絶好のチャンスを前にして、小説の冒険者に憧れる私が黙っていられるはずもなく、ついでに登録させてもらったんだよ。

 でね、無事に会員登録したあと、クラウディアさんがエーリカちゃんを連れて換金している間に、私は入ってきた時から気になってた依頼掲示板の前へ行って、小説の主人公気分で仁王立ちしてたんだけどね、そこへお約束の展開がやってきたというわけなんだよ……。


「なんてこった! すげえ! コイツ、ちゃんと会話ができるぜ!」

「会話できるラタトスクなんて聞いたことがねえ! コイツ、ラタトスクはラタトスクでも〈城伯級〉に違いありませんぜ!」


 ……いやいや、お約束の場合はさ、「こんなガキが――」みたいな感じで絡むもんじゃないの? そんなに私って小動物っぽい? てかさ、さすがにこのサイズのラタトスクはいないよね、服も着てるし……。

 私に絡んでいるのは、どちらも薄汚れた布鎧(キルティングを施すことで防御力を少し上げた服)姿の男で、ひとりは調子に乗ってるっぽいヒゲヅラの若造、もうひとりはその腰巾着っぽい痩せたやつだ。どっちも真綾ちゃんより確実に小さいし、ザコ臭がハンパないな……。


「ハッハッハ、コイツぁいい、ラタトスクが狩人ギルドに来るなんて、自分から魔石にしてくれって言ってるようなもんだぜ、なあ?」

「まったくですぜアニキ。……ヘッヘッヘ、〈城伯級〉の魔石を売っちまえば、しばらくは俺たちも酒代に困らな――イデデデデッ!」


 私の肩に触ろうとした手を捻じり上げられて、腰巾着が苦痛に呻いた。

 捻じり上げたのは誰かって? それは――。


「自分の連れに汚い手で触れるな……」


 ――ムッチャお怒りのクラウディアさんだ。


「てめぇ! 俺様の弟分に何しやがる!」

「ア、アニキィ、気をつけてくださいよ、この女、只者じゃねえ。大の男みてぇに力が――イデデデデ!」


 いきり立つ兄貴分に何やら言っている途中で、さらに力を込められて悲鳴を上げる腰巾着……。そりゃね、いくらエルフが魔法寄りのタイプで、〈伯爵級〉としては格段に弱い腕力しかないといっても、華奢な女性を屈強な男性並みにする程度の〈体力強化魔法〉はあるらしいからね。

 いや〜カッコイイよクラウディアさん、くっころ言ってた人と同一人物だとはとても思えないなあ。

 あ、そうそう、今、エルフのことを〈伯爵級〉って言ったけど、死んでも魔石じゃなく死体になるエルフは、本来なら私たち人間側の存在なんだよ。でも、召喚契約なしで魔法を使えるし異常に長命だから、より精霊(この場合、魔物や神も含めた総称)に近いってことで、〈伯爵級〉に分類されているらしい。まあ、クラウディアさんの場合、帝国から人間の伯爵位も貰ってるけどね。

 なんて思ってるうちに……。


「クソッ! 女だからって手加減しねぇぞ! そいつから手を離しやがれ!」


 腰巾着を痛めつけられて怒ったヒゲ若……ああ、コレね、〈ヒゲを生やした若造〉を略してみたんだけど、どうかな、へへ……。ともかく、ヒゲ若がクラウディアさんに掴みかかろうとしたもんだから、私はガラ空きになっているその背中をちょっとタッチした。

 受けてみよ――。


「サイトー流血糖術奥義、〈アクセル・シュヴァイス〉!」

「グエッ!」


 私がカッコよく技名を叫んだ直後、ヒゲ若は顔面からビタンと床に倒れ、それはもうウシガエルのごとき情けない声を上げた。


 説明しよう。サイトー流血糖術奥義〈アクセル・シュヴァイス〉とは、かつて真綾ちゃん用に考案していたものを、今回、我が自衛手段のひとつとして大幅にグレードダウンした技であり……まあ、いったん【船内空間】に収納してから、床のちょっと上へ俯せ状態で出現させただけなんだけどね、身構えも気構えもできないから結構痛かったと思うよ。

 ちなみに〈アクセル・シュヴァイス〉というのはドイツ語だよ、意味は忘れたんだけど響きがカッコイイから覚えてたんだ。いやあ、なんか日本人的に響きがやたらカッコイイんだよねードイツ語って。


「な、何が起こったんだ……」

「お前、今の見えたか?」

「いや、全然。サイトー流ナンタラっていう格闘術みたいだが、それにしても、なんてぇ早業だ……」

「どうでもいいが、あの技名はないだろう……」


 今は仕事を終えた狩人が帰ってくる時間帯だから、ギルド内には結構な数の狩人たちがいるんだけど、私の華麗なる奥義を目の当たりにして、みんなムッチャ驚いてるよ。

 ……ああ、コレコレ、こういうのを待ってたんだよ。ギルドで絡まれたところを返り討ちしてみんな愕然って、今の私、ムッチャ主人公っぽいじゃん……。


「お前のしわざか……」

「ぎゃあああ!」


 いい気分になってたら、床の上のヒゲ若に足を掴まれた……。


「〈アクセル・シュヴァイス〉!」

「オゴッ!」

「〈アクセル・シュヴァイス〉!」

「ブッ!」

「〈アクセル・シュヴァイス〉!」

「ボッ!」

「〈アクセル・シュヴァイス〉!」


 ゴキッ!


「…………」

「アニキィィィィ!」


 半狂乱になった私が蹴りながら奥義を連発……それも、受け身対策で出現角度を毎回変えたもんだから、最後に逆さま状態で頭から床に激突したヒゲ若は、白目を剥いてグッタリした。……なんか嫌な音してたけど、大丈夫かなあ?

 ……あ、みんなドン引きしてるね。そういや私たち、あんま目立っちゃいけないんだったよね…………ヨシ。


「撤収!」


      ◇      ◇      ◇


 あのあと、逃げるようにして狩人ギルドを立ち去った私たちは、門から続く大通り沿いにある、そこそこお高い宿にチェックインしていた。

 魔石を売って懐も暖かくなったことだし、お金を出したほうがセキュリティ的にも衛生的にも安心だからね、たぶん。かといって、さすがに貴族用の宿は身バレが恐いからスルーしたよ。


「あーあ、初めて来たコッチの都市なのになあ、外出できないのは残念だよー」


 私がベッドにボフンと寝転んでちょっと愚痴を口にすると、鼻がムズムズするような香ばしい草の匂いがした。昨日の宿もそうだったけど、ここでは袋に藁を詰めてマットレスにしているようだね。これが貴族用の宿だったら、たぶん藁じゃなくて綿でも詰めているんだろうなー。


「ごめんなさいハナちゃん、わたくしのせいで……」

「ああっ! ナシナシ、今のナシ! エーリカちゃんを責めるつもりで言ったんじゃないよ!」


 となりのベッドに座っていたエーリカちゃんが、私の愚痴を聞いたとたん、シュンとした感じで謝り始めたもんだから、私は慌てて上体を起こし、ブンブンと高速で手を振って弁解した。


 昨日の町は高い壁に囲われているわけでもなく、規模もこぢんまりと可愛くて、これぞヨーロッパの田舎って感じで良かったけど、サブちゃんたちと音信不通になったショックのほうが大きくて、私には感動している精神的余裕がなかった。

 その後、サブちゃんたちと無事に連絡が取れ、ようやく私も余裕ができたところで、これぞヨローッパの城塞都市って感じの、高い石壁で囲われた都市に来たもんだから、ホントは張りきって異世界観光したいところなんだけど、刺客に狙われているエーリカちゃんを連れ歩くわけにもいかず、こうして私はエーリカちゃんと宿で大人しくしているんだよ。

 だからエーリカちゃん、私に悪いとでも思ったんだろうな……。


「でも、ハナちゃんだって色々と見て回りたいでしょうに……」


 エーリカちゃんは相変わらず申しわけなさそうにするけど、ホント、命のほうが大事に決まってるんだから、観光がちょっとお預けになるくらいしょうがないじゃん。

 そんなわけで、エーリカちゃんの気を逸らすべく、私は帝都のことに話を振ってみた。


「はい、そんな顔しない! 今は護衛任務中なんだからしょうがないじゃん、観光なら帝都に着いたらジックリさせてもらうよ。それよりさ、エーリカちゃんの住んでる帝都ってどんなところ? やっぱり帝国の都っていうくらいだからさ、すごく大きいのかな?」

「帝都? ……そうですね、実はわたくし、あまり宮殿の外に出たことがないので、帝都市街のことは詳しく知らないのだけど、この都市より帝都のほうが大きいことは間違いないと思います――」


 まあ、皇女殿下が街の中をウロウロしているわけないか、エーリカちゃんは宮殿の中で、蝶よ花よと大事に育てられたんだろうね。――それにしても、この都市よりも大きいのか、それは楽しみだよ〜。


「――ただ、帝都とはいっても、隣国セファロニアの王都と違い、諸侯領と同じくらいの規模しかない皇帝直轄領の都だから、たぶんハナちゃんが想像しているほどではないでしょうし、そもそも遷都してから間もないので、まだまだ建設途中のところも多くて……」

「え? 遷都したの?」

「はい。――宮廷が転々としていた時代の皇帝都市のひとつを、前皇帝陛下は唯一の帝都とお定めになったのだけど、東方や南方との交易に便利で南部辺境伯領の都からも近い場所への遷都を、伯母様……南部辺境伯様がお勧めになって、古い政治を一新するためにも遷都は悪くないし、実家が近くなれば皇后も喜ぶだろうと、皇帝陛下がお決めになったの」


 ほほう、これは新しい情報が手に入ったぞ。何しろ、クラリッサさんが小説に記した情報は百年近く前のものだからね、遷都や現皇帝のことについては私もまったく知らなかったよ。


「じゃあ、その南部辺境伯っていう人は、皇后……つまり、エーリカちゃんのお母さんからすると、お姉さんか妹さんにあたるのかな?」

「はい、テレーザ様は母の姉です。家族をとても大事にされるお方で、末の妹である母はもちろん、姪である私のことも、昔からたいへん気にかけてくださるの」


 エーリカちゃんはテレーザ伯母さんのことが好きみたいで、とっても明るい表情で教えてくれた。――うんうん、可愛いねエーリカちゃん、そうやってるほうが似合ってるよ。

 南部辺境伯のテレーザさんね、いちおう脳内にメモしておこう。




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