第九三話 帝都へ行こう 二 お腹のお肉が潰れちゃう
結局、徹夜した……。寝かせてくんなかったんだよね、主にタゴリちゃんが。自分はバッチリ熟睡したからって……。
まあ、私が真っ暗な部屋の中から動かないもんだから、そのうちタゴリちゃんも飽きちゃって、どっかへ遊びに行ったみたいなんだけど、これでようやく寝られると思ったら、今度はクラウディアさんの歯ぎしりが気になってね……。今までエルフに抱いていたイメージがブチ壊しだよ……エーリカちゃん、あれでよく眠れたね。
ああそうそう、今、私たちが何をしているかというと、一泊した町を朝早く出発して、馬車の轍がクッキリと残る街道の上を、次に宿泊する予定の都市まで向かい始めたところ、なんだけど……。
「ハハハハハッ。何しろ昨日は疲れていたからね、自分も朝まで熟睡してしまったよ。いやあ快調、快調、絶好調! ――ハナもよく眠れただろう?」
睡眠不足の元凶のひとつが、ムッチャ快調そうな笑顔を向けてきた……。
この人、大昔に刺激を求めてエルフの国を飛び出したあと、前皇帝に出会うまでは自分の腕だけを頼りにアッチコッチ放浪していた、とか言うだけあって、エルフのくせにサバサバしているというか、男っぽいというか、なんか体育会系のノリなんだよなー。……謎の翻訳システムさんも一人称を『自分』にしてるし。
「…………いえ」
「それはいけない、襲撃を気にして眠れなかったんだね。何かあれば風の精霊が起こしてくれるから寝ていいと言ったのに……。いいかいハナ、旅をするうえで体調管理は大事だからね、今夜はよく眠るんだよ」
「…………歯ぎしりが……」
「歯ぎしり? なんだ、そんなことを気にしていたのか……。ハナ、自分は歯ぎしり程度なんとも思わないから、これからは妙な気遣いをせず、グッスリ眠るんだよ」
きれいな顔に優しい表情を浮かべ、私を気遣ってくれるクラウディアさん……そう、ムッチャ優しいんだよ、ものすごくイイ人なんだよこのエルフさん! とてもじゃないけど、「アンタの歯ぎしりがうるさくて眠れなかったんだよ!」なんて言える空気じゃないよね!
「…………はい」
結局、日本人的対応を選択してしまう私であった……。
そこへ、私の後ろに座っているエーリカちゃんが、ものすごく気を遣ってるような声で話しかけてきた。
「ハナ様、わたくしも気にしませんので……」
「うん知ってる……。ところでエーリカちゃん、堅っ苦しいのはナシでって言ったよね。私だって皇女殿下にこんなしゃべり方してるんだから、合わせてくんないとやりづらいよ」
そうなんだよねー。日本ほどややこしい敬語の決まりなんか、本来この国には無いはずなのに、謎の翻訳システムさんはその人がどう振る舞いたいか、その場の状況はどうなのかってのを考慮して、自然な日本語に変換してくれてるらしいんだけど、そう考えたら、エーリカちゃんは私に対してかしこまっている感じなんだよ。こうやってお腹を揉んでくるくらいだから、別に嫌われてるわけじゃないと思うけど。
これね、ド庶民の私としては落ち着かんのですよ、なんかちょっと寂しいし……。
「……ですが、ハナ様と違って、わたくしはまだ守護者と契約を結んでおりませんし、必ず〈王級〉の守護者を得られると決まったわけでもございません。伯爵家の子が〈男爵級〉の守護者と契約した例もございますし……」
それまで私のお腹をモミモミしていた手が、エーリカちゃんの弱々しい声とともに止まった。
そうか、そういうことか……。
エーリカちゃんって、いかにも育ちのよさそうなポワッとした感じの子なんだけど、どこか控えめというか、大人しくて内気そうなところがある。これはたぶん、〈王級〉の守護者を得られないかもしれないっていう不安や、そこから来る自信の無さのせいで、他者に対して一歩引いたようになっちゃうんだろうな……。
こんなとき火野さんなら、あの太陽みたいな笑顔でグイグイいくに違いない。コミュニケーション能力に難のある真綾ちゃんだって、「友達」なんて言葉をサラッと言うだろう。ムーちゃんは……まあいいか。
ヨシ――。
「守護者なんか関係ないよ、もう私とエーリカちゃんは友達じゃん。友達に友達らしくしゃべってもらえないと、ちょっと寂しいよ」
基本的に私も内向的なんだよ、頑張ったよ今のは! どうだ、「友達」三連発!
「お友達……。嬉しいです、ハナ様…………いえ、ハナちゃん!」
「イデデッ!」
感極まったらしいエーリカちゃんに、とんでもない力で後ろから抱きしめられた。肋骨にヒビ入ってないよね……。
「エーリカ様、お友達ができてよかったですね」
「はい!」
「ありがとうハナ、きみには感謝の言葉もないよ」
エーリカちゃんの嬉しそうな返事を聞いて、クラウディアさんは私にやわらかく微笑んでくれた。あーやっぱりエルフは美人さんだなー。
「へへ……。あ、そうそう、話は変わるんですけど、本当に護衛が私でいいんですか? 浄化ビームを使えない時間帯があるみたいなんで、その間はまったく役に立てそうもないんですけど……。なんだったら、次の都市にあるっていう狩人ギルドで護衛を雇ったり、途中の領主に事情を話したりして――」
「却下」
「ダメです!」
「イデッ!」
私は至ってマトモな提案をしたつもりなんだけど、言い終わらないうちにふたりから却下された。……あのねエーリカちゃん、そんなに力入れたらさ、私のお腹のお肉が潰れちゃうよ。
「いいかいハナ、仮に護衛を何人か雇ったところで、カノーネを装備しているナハツェーラーが複数相手だと戦力不足だし、そもそも、雇った護衛に刺客が紛れ込んでいる可能性だってあるんだよ。――ましてや貴族を頼るなんかもっての外だ、その貴族が刺客を放った張本人かもしれないし、たとえ今回の件とは無関係だったとしても、皇帝陛下に面従腹背という輩は確実に存在するからね」
「あーナルホドねー」
そりゃそうか。昨日クラウディアさんから聞いた話だと、エーリカちゃんのお父さんである現皇帝と、おじいちゃんである前皇帝は、〈大空位時代〉の負の遺産とも呼べる諸々を廃したり、旧来の貴族特権を見直したりと、色々な改革を断行してきたために、既得権益を失った貴族の一部からは嫌われているらしい。しかも前皇帝が農家の子だったもんだから、なおのことだ。
そんな貴族のところへエーリカちゃんがノコノコと助けを求めに行ったら、人質にされたり消されたり、あるいは敵対勢力へ売り渡されたりと、まさにカモネギもいいところだろう。
「それにね、役に立てないなんてハナは言うけど、カノーネへの完全な防御手段を得たことがどれほど大きいか。そのうえ、きみは敵の武器だって消滅させられるんだ、これで役に立てないなんて言ったら、狩人たちはおろか貴族のほとんどが役立たずになってしまうよ」
ちょっとガタつく街道の上を大二郎のとなりに並んで歩きながら、不思議な色の瞳で真っすぐに私の目を見つめ、凛々しくも優しい声で語り続けるクラウディアさん。
「――昨日を思い出してごらん、カノーネさえ封じれば〈城伯級〉なんて自分の敵じゃないから、ハナが時間を稼いでくれている間に自分は必ず敵を倒して駆けつける。これ以上の策を自分は思いつけないよ。――それにね、きみは昨日、敵の槍からとっさにエーリカ様を庇ってくれたね、そんな勇気のあるきみは、充分、尊敬に値すると思うよ。だからハナ、この先もきみに護衛をしてもらいたいんだ」
「クラウディアの言うとおりですよ、ハナ様、あなたがいいのです」
最後にクラウディアさんがニッコリすると、エーリカちゃんも後ろから私の肩にアゴを乗せてきた。
クラウディアさん、これアレか、昨日私が言ったことへのお返しか? 恥ずかしいな……。でもまあ、ちょっと自信できたよ。
「わかりました、それじゃ帝都までご一緒します。――あ、エーリカちゃん、ハナ様に戻ってるよ」
「あ、ごめんなさい!」
まあ、こんな感じで護衛の継続も決まり、私たち三人の笑い合う声が、異世界の空に高く高く舞い上がっていった。
◇ ◇ ◇
つくづく【船内空間】はすごいって思う。重量制限内ならなんでも収納できるうえに、内部の時間が停止しているから食べ物も腐らないんだから。
でもね、すごいのはそれだけじゃあないんだよ……。よくよく考えたらさ、収納した時点で収納物の運動状態? をいったんリセットして、取り出す際は、取り出した緯度における惑星の自転速度や、物質の向きなんかを考慮したうえで、ちょうどいい運動状態(原子や分子の熱運動を含む)にして出現させているんだよ。
もしそうじゃなきゃ、収納時と出現時における向きや緯度の違い次第では、【船内空間】から出したものが超高速でブッ飛んでいくはずだからね。
思えば召喚自体も同様の処理がされているんだろうし、真綾ちゃんの瞬間移動も、惑星の公転や自転なんかをちゃんと考慮してるんだろうな〜……っと、それは置いといて、それでね、その運動状態をリセットする便利機能、収納物ごとに解除できるらしいんだよね……。
「ハナ、ひとりでブツブツ言いながら何をしているんだい?」
「ぎょ!」
お昼ごはんを食べたあと、大二郎の外でせっせと作業していたら、いきなりクラウディアさんに声をかけられた。……イカンイカン、また声に出てたか。
「……いやあ、護衛を継続することになったことだし、ちょっとでも自衛手段はあったほうがいかなと思ってですね……」
「それが自衛手段?」
私が触っている拳大ほどの石を、クラウディアさんは不思議そうに指差した。
……そう、さっきから私がしている作業というのは、地面に転がっている適当な大きさの石を見つけて、【船内空間】へ収納することだったんだよ。
「きみはたしか、腕力のほうはサッパリだって言ってなかったかい? 投石してもあまり威力はないと思うよ」
「いやまあ、そうなんですけどね、へへ……」
そうなんだよねー、非力な私が投げても威力はほとんど見込めないし、そもそも、私のミラクルな運動神経では相手に当てることさえ難しいんだよねー。
あ、私がヘラヘラ笑ってたら、クラウディアさんが首をかしげながらアッチへ行ったよ。……まあ、〈私の腕力で投げる〉って思ったら、そりゃ不思議だろうね。
「――ほい収納っと。あんま【船内空間】を圧迫したくないから、今日はこれくらいにしといたろか」
『やっぱり花ちゃんは賢い、かような方法があるなどサブロウでは思いつかぬ。良き考えじゃと思うよ』
作業終了とともに、勾玉を通してサブちゃんが褒めてくれた。へへ〜嬉しいな〜。
「コレ、かなり使いどころが限定されちゃうんだけどね。――まあ、私は専守防衛に徹してクラウディアさんが攻撃する、っていう作戦で基本的にはやっていくつもりだから、たぶんこの方法は使うこともないと思う。そんなわけだから、サブちゃんたちは時間になったら安心して眠ってね」
『うん』
昨日の刺客が最後だったのか、もう昼過ぎだってのにまだ襲われていないし、たぶん使うことはないんじゃないかな~。




