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第七八話 エーデルベルクの薔薇 二一 説教タイムとランチの誘い


 学生側陣地に使った廃城の前へと場所を移し、直立不動の学生たちを睨みつけ、エーリヒは声を張り上げていた。今は模擬戦終了後のお説教タイムである――。


「バカもん! 偵察ならば最適な守護者を選び任せればよいものを、貴重な戦力を無駄に分けおって! むざむざ各個撃破されるのがお前らの目的か!」

「……あ、あれはその、威力偵察……と申しますか――ブヒッ!」


 よせばいいのに、物凄い剣幕のエーリヒに言いわけしようとしてギロリと睨まれ、震えあがる白豚……。


「百歩譲って威力偵察だったとして、総戦力の半数も充ててどうする! そもそも戦力を分けるなら、本隊か偵察部隊、いずれかのラタトスクを一方に預け、情報の共有をするのが当然であろう! それすらもせず、その行動にいったいなんの意味がある! どうせ派閥に分かれ反目し合った挙げ句、相手派閥を出し抜いただけであろうが! 違うか! ああん!?」

「ひぃぃ……」


 反論の余地もない正論とあまりの迫力に、白豚と同様震えあがるノイエンアーレ派の学生たち。

 エーリヒの鋭い眼光が次に向いたのは、ランツクローン派だ。


「そしてお前ら……。敵を包囲したまではよかろう、じゃが……考えなしにカラドリオスまで突撃させてどうする! ひとりで戦うときとはわけが違うぞ! カラドリオスとその契約者は味方の回復に徹し、傷を負った者と回復した者が順次交代すればよかろうが! 継戦能力というものを忘れるな!」

「……け、継戦能力と言われましても、どうせアッシら男爵では弱くてお話にならないでゲス。今回は相手が強すぎたでゲ――ヒッ!」


 愚かにもエーリヒの話の腰を折り、刃物のごとき眼光でブッスリ刺されて跳び上がる出っ歯……。


「弱いなら弱いなりに頭を使えと言うておるのじゃ、このたわけ! 敵を森に誘い込んで遊撃戦に持ち込むなり、あの娘のように機会を見て守護者を召喚し奇襲させるなり、もっと賢いやりようはあったであろう! それをなんじゃ? 最初から全守護者を召喚して突撃? それが終われば今度は自分たちが突撃? 何も考えず突撃するなら猪と変わらんわ! 相手が強くとも嫌らしく戦って消耗させ、万にひとつの勝機を掴む、それが弱者の戦いであろうがこのたわけ! ああん!?」

「ひぃぃぃ……」


 いつもの威勢はどこへやら、最強の竜騎士の鋭い舌鋒に突き刺され、青い顔で縮こまるランツクローン派の面々。

 ガミガミガミガミ……。その後もエーリヒの説教は、いつ果てるともなく続くのであった……。


      ◇      ◇      ◇


 長かった説教がようやく終了したところで、それまで苦笑しながら見守っていたヴォルフスヴァルト教授が、ようやく学生たちに紹介し始めた。異様な威圧感を放ちつつ無言で睥睨している、漆黒の魔人(真綾)を……。

 まあ実際のところ、エーリヒが説教している間中、真綾は昼食のカニ足に思いを馳せながら、ボケーッと突っ立っていただけなのだが……。


「えー、遅くなってしまったが、諸君に紹介しよう。こちらは今回、敵の大将役を引き受けていただいた、カタストローフェ先生だ」


 教授が真綾の偽名(エーリヒ命名)を口にしたとたん、学生たちの間にざわめきが起こる。


「アニキィ、……カタストローフェ(大災害)って……」

「……絶対、魔物じゃねえか……」


 ……などと小声で話す舎弟とイグナーツのように、『名は体を表す』という言葉を地でいく偽名を聞いて、できるだけ目を合わせないよう真綾を見つつ冷たい汗をかく学生たち……。どうやら彼らは、甲冑を身に纏ったままである真綾のことを、未だに人間だと信じていないらしい。

 そんな学生のひとりが、勇敢にも、おずおずと手を挙げた。


「あのう……ヴォルフスヴァルト教授、そちらの……その、カタストローフェ先生は、……に、人間――」

「シーッ……」


 質問しようとした学生を、自分の口の前へ人差し指を立てて黙らせると、さらに言葉を続けるヴォルフスヴァルト教授。


「……聞かないでくれたまえ。こちらの先生については諸々のご事情がおありだそうで、実は私も詳しく教えられていないんだ。……まあ、長いこと貴族なんかやってると、こういうこともあるさ。……あーなんだ、学院長直々の依頼で来られたエックシュタイン先生が、ちゃんと身元を保証されているから、きみたちが心配するほど危険な魔、人物ではない。……と思うぞ、…………たぶん」

(アンタも疑ってんじゃねーか!)


 真綾とは一定の距離を保ちつつ頼りない言葉で締めくくった教授に、心の中で一斉に突っ込む学生たちであった。

 そんななか――。


「はいっ! カタストローフェ先生! 角のリボンが可愛いと思います!」


 何を思ったか元気よく手を挙げると、脈絡もなく真綾のリボンを褒めるフローリアン……。勇気があるというか、もともと物怖じしない性格なのだろう。

 その言葉を聞くなり、真綾の脳内で熊野が嬉しそうに笑った。


『うふふっ。……おそらく、皆さんに怖がられている真綾様へのお気遣いなのでしょう、本当に気立ての良いお嬢様ですこと。真綾様とは同年代のご様子ですし、こちらのお嬢様でしたら、良いお友達になれそうですね』

(はい)


 皆がバケモノ扱いするなかでの発言だっただけに、こうして真綾の脳内でフローリアン株は高騰したが、真綾内の株価情報など知るよしもないライナーなどは、フローリアンの身を案じて顔真っ青である。


「おやめください、フローリアン様! 頭から丸かじりされますよ!」

「えー、それはないよライナー。だって、今思えば、誰も死なないように手加減してくれてたんだよ、本気を出したら一瞬で全員殺せたのに。カタストローフェ先生は優しい人だと思うな」

「それはまあ、そうですが……」


 あたふたしながら小声で引き留めるライナーに、フローリアンが花のような笑顔を浮かべて反論すると、ライナーだけでなく他の学生たちも、言われてみればと納得し始めた。

 そんな彼らを、ヴォルフスヴァルト教授が地獄へと突き落とす。


「えーそれでは、これから三十分間ほど食事休憩を取り、そのあとは午後三時ごろまで、エックシュタイン先生、カタストローフェ先生ご指導のもと、ここで武術訓練をみっちりと行い、その後エーデルベルクまで歩いて帰ってから解散とする。――無事に帰り着くまでがピクニックだ、皆、最後まで気を抜かないように」


 鬼か……。

 ニヤニヤと嬉しげに、地獄のスケジュールを発表する教授であった。


(何がピクニックでゲスか……。帰る途中で確実に日が落ちるから、夜の森を疲れ果てた体で抜けなきゃならないでゲス。呪ってやるでゲス……)

(死んだら呪ってやるブヒ……)


 などと心の中で教授を呪う学生たち……。

 そうやって不穏な空気の漂うなか、真綾がエーリヒに何やら耳打ちすると、彼はなぜか嬉しそうに頷いたあと、先刻までとは別人のごとき柔和な眼差しを向け、フローリアンに穏やかな声をかけた。


「ノイエンアーレの跡継ぎよ、お前さんの戦いぶりは見事なものであったぞ、己を犠牲にして仲間を逃がそうとした心根も立派じゃ、お前さんの奮闘があったからこそ、皆も目を覚ますことができたのであろう。――ところでのう、わしらは向こう側の城で昼食にするのじゃが、このヘレン・アングストがお前さんのことを気に入ったようでな、一緒に食卓を囲みたいと言うておるのじゃが、どうかの、来るか?」


 なんと、ランチのお誘いである。

 実は――。


『見れば男子ばかりで、女子はあちらのお嬢様おひとりのご様子、何かと気苦労もございましょうに……。あ、そうです! 真綾様、ご昼食にお誘いしてはいかがでしょう? きっと楽しいですよ』

(やったるで)


 ――真綾にも同年代女子との交流を、と考えた熊野の進言に、鼻息も荒く真綾が乗り、熊野と同意見であるエーリヒが一も二もなく賛成したのだ。

 しかし、その一方で、学生たちはフローリアンが呼ばれたことに騒然となった。


「アニキィ、……ヘレン・アングスト(地獄の恐怖)って……」

「……名前、変わってんじゃねぇか……」


 ……などと、イグナーツたちのように、偽名がしれっと変わっていることに気づいた者もいるが――。


「フローリアン様、ご辞退なさいませ!」

「そうですよフローリアン様、昼食なら僕らとご一緒に!」

「断固反対ブヒ! このうえフローリアンたまとの昼食まで奪われたら、間違いなく僕は死んでしまうブヒ!」

「フローラ、……リアンだけズルいぞ! 俺もエックシュタイン先生と昼食を!」


 ――概して、フローリアンが行くことに反対のようである。

 ちなみにではあるが、ただひとり、エーリヒとの昼食を切に望んでいるのは、彼のことを誰よりも崇拝するレオンハルトだ。


「黙れこわっぱども! うぬらになど聞いておらんわ!」

「ヒィッ!」


 エーリヒに鬼のような形相で一喝され、ビクッと跳び上がる学生たち……。

 結局、「楽しそうだなー、ぜひ、お願いします!」と快諾したフローリアンを真綾とエーリヒ共々背中に乗せて、ゴルトは対岸の廃城へと飛び去ってゆくのであった。


      ◇      ◇      ◇


 朽ちかけの石壁いっぱいに絡みついた蔓薔薇の、あちらこちらに咲かせている小ぶりな花を、やわらかな晩秋の陽光が緑葉の上に浮かび上がらせている。

 ここは、エーリヒ側の陣地として使用された廃城内にある庭園跡だ。


「うわー、すごいですね、カタストローフェ……あれ? それともヘレン・アングスト先生?」


 ちょうど晴天でもあるし、暗くジメジメした建物内よりはいいであろうと、真綾が庭園跡の日向にダイニングセットを取り出し、その上に、学院支給の侘しい昼食と、茹でたてのカニ足その他を出現させると、フローリアンは明るいグレーの瞳を輝かせて驚いたのだが、言っている途中で真綾のことをどう呼べばいいか混乱した。

 適当に付けた真綾の偽名をエーリヒが忘れ、これまた適当に言ったせいである……。


「ああ、どうせ偽名じゃ、好きに呼べばよい。――まあ、お座りなさい」

「え? あ、はい」


 学生たちの前とは打って変わり好々爺然としたエーリヒの態度と、さらっと言ってのけた言葉の内容に、フローリアンは少しばかり戸惑いながらも、勧められるまま席に着いた。


「さて、ノイエンアーレの子よ、これからお前さんが見るものは、ゆえあって、今のところ秘密にしておるのじゃが、わしらがエーデルベルクを離れるまでは口外せんと、お前さんは約束できるかな?」

「口外したら、おふたりは困りますか?」

「うむ、今のところはのう」

「でしたら、口外しません」


 短い問答のあと可愛らしい口を両手で塞いだフローリアンの様子に、満足げな笑みを浮かべたエーリヒは、甲冑を着たままひとり立っている真綾に目配せをする。

 その合図に一度小さく頷くと、真綾はフローリアンの見ている前で、――いつもの黒セーラー服姿にモードチェンジしたのであった。



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