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第七五話 エーデルベルクの薔薇 一八 潜みし者たち


「相変わらず、華奢な体と特大メイスとのギャップが堪らないブヒ……。僕たちのフローリアンたまなら、あのバケモノを必ず倒してくれるブヒ」

「そうさ、フローリアン様なら必ず。……それに今ごろは、ライナーもやつを狙っているはずだ、きっと、この場所のどこかで――」


 フローリアンの登場によって、吊るし大根の一本である色白ぽっちゃり系学生が息を吹き返し、鼻息も荒くしゃべり始めると、一緒に吊り下げられている最上級生は城伯であるクラスメイトの名を口にして、真綾の周辺へ視線を巡らせた。


「――誰にも悟られず」

「あの人は気配が無いから怖いブヒ……。この間も、講義が終わったあと、フローリアンたまの座っていた椅子の座面に鼻を近づけて深呼吸しようとしたら、いきなり現れたあの人に、『貴様! フローリアン様の、おお、お尻があった場所を舐めまわすなど、言語道断!』、とか言って、こっぴどく叱られたブヒ。確実に誰もいないのを確認したはずなのに……」

「…………」


 後輩による異常な発言とクラスメートの常軌を逸した発想に、吊るし大根状態のまま声を失う最上級生……。

 そんな彼らをよそに、フローリアンと真綾の戦いが始まる。


『真綾様、能力は制限したままでよろしいのですか?』

(はい、――よ)


 熊野との脳内会話の途中で、ふたたび死角から飛んできたダガーを躱す真綾。

 そのわずかな隙を突いて――フローリアンが凄まじい速度で打ちかかってきた! 体重移動の瞬間という最悪なタイミングを狙った急襲だ。

 しかし、まったく真綾は動じない。唸りを上げて迫りくるメイスのヘッドを躱しつつ、フローリアンの小手を打たんと大太刀を振るう。

 だが――なんということか、刃が到達する前にフローリアンはメイスを離し、小手打ちを見事に回避したではないか!

 鈍い音を立ててメイスが地面に落ちたと同時に、またもや真綾へ飛来するダガー。頭上から放たれたらしいそれを真綾が後ろへ下がって躱した隙に、フローリアンは素早くメイスを拾い構え直す。

 戦いの最中に武器を手放すという暴挙を躊躇なく行なったのは、こうなることを予想していたからだろう。


「さすがはライナー、見事な連携だ。フローリアン様のことをよく見ている」

「何しろあの人の目には、普段からフローリアンたましか見えていないブヒ……。それに、あの人の守護者は、こういうことに打って付けブヒ」


 ――などと、吊るし大根たちが感心している間にも、真綾を狙いダガーが放たれる。

 しかし真綾は、正面からフローリアンを見据えたまま一歩も動くことなく、後頭部へ飛来するダガーを片手で掴み取り、――フローリアンへ向けて投擲した!

 隙を見せない真綾を攻めあぐねていたフローリアンに、空を切り裂いてダガーが迫る。

 それを尋常ではない反応速度で回避しつつ――。


「あっ」


 ――視界に映った光景に、フローリアンは思わず声を上げた。

 わずかに生まれた時を使い、真綾が後方斜め上へ跳躍したのだ。跳躍と呼ぶにはあまりにも高く、常人の目には捉えられぬほどの速さで。

 そのまま一気に十数メートルは上昇しただろうか、空中で真綾が身を捻り〈鬼殺し青江〉を一閃させると、虚空に突如として光の粒子が生まれ、そして儚く消えてゆく……。

 その光がすべて消え去るよりも早く着地した真綾は、すかさず前へ踏み出すと、何を思ったか……跳躍前の自分の背後にあたる〈何も無い空間〉を大太刀の棟で打った!

 すると――。


「ウッ!」


 バシッという音と呻き声が聞こえ、何も無かったはずの空間から、苦悶の表情を浮かべて右腕を押さえるライナーと、乾いた音を立てて地に落ちる剣が現れた。……ように見えている、少なくとも、城伯以下の学生たちの目には。


「ライナー!」

「フローリアン様、お気をつけください! 〈ポルターガイスト〉が斬られ【認識阻害】も見破られました、この魔物は確実に、〈伯爵級〉以上です!」


 心配するフローリアンへ、額に玉の汗を浮かべながらも忠告するライナー……。そう、城伯たる彼の守護者は、〈ポルターガイスト〉と呼ばれる死霊だったのだ。

 ポルターガイストは力や敏捷性こそ人間並みだが、空中浮遊ができるうえ姿が見えず、何より、任意の物質をすり抜けられるため、〈城伯級〉上位程度の物理攻撃を受けても無効化できる。

 契約者に与えられる固有加護は【認識阻害】。この能力を使う限り自分の存在を認識されることがない。そのためポルターガイストは、暗殺や護衛、諜報活動などに誂え向きの守護者と言えるだろう。

 空中のポルターガイストにフローリアンのフォローをさせつつ、ライナー自身は【認識阻害】を使って真綾に忍び寄り、仕留める好機を窺っていたのだ。

 もっとも、いかなる魔法をも無効化してしまう真綾の前では、守護者と彼の優れた能力も、まったく意味を成さなかったのだが……。


「バケモノめ、フローリアン様に近づくな! ――グアッ!」


 隠し持っていたダガーを投げようとしたライナーだったが、真綾に左腕を打ち据えられると、苦悶の声を上げてダガーを取り落とした。


「ライナー!」


 兄と慕う男の名をふたたび叫び、フローリアンが猛然と突っ込んでくる。

 それを迎え討つべく大太刀を構える真綾、だが――彼女の背後に、いつの間にか、巨大な召喚陣が浮かび上がっているではないか……。

 そして、垂直に浮かぶその召喚陣から――突然、人の手首ほどもある太さの槍が突き出された!

 鋭い穂先を神速の足捌きで躱す真綾。だがそこに、危険な光を瞳に宿したフローリアンがメイスを振り下ろす! まるで真綾の移動先を予知していたかのごとく……。

 トロールの硬い頭蓋すら叩き潰せるその一撃を間一髪で躱す真綾に、今度は槍が横薙ぎに襲いかかる! まさに、息もつかせぬ怒涛の連続攻撃だ。

 それすらも回避し、飛びすさって距離を取った真綾の耳に、召喚陣から完全に姿を現したソレの声が聞こえた。


「お見事! よくぞ今の攻撃を凌がれた!」


 大気をビリビリと震わせるような大声の持ち主は、羊頭の巨人やハーピーなどのような異形ではなく、筋骨隆々とした人間のオッサンであった……大きさと格好を気にしなければ。……そう、彼は、羊頭の巨人よりさらに大きく、身長四メートル台半ばはあろう巨人、それも、半裸状態のトロールなどとは違い、鼻ガードが付いたスパンゲンヘルム(鉄製の筋枠に板金を留めた砲弾頭形兜)を被り、クロスアーマーの上にチェインメイル、その上に何かの毛皮で作ったらしきマントを着た、ゴリゴリの戦士タイプだったのだ。

 その巨大な手には、ついさっき真綾を襲った全長六メートルほどの剛槍が握られ、腰には、通常の倍を超える大きさのバトルアックスが下げられている……。


『最初から守護者を召喚して戦わせるのではなく、もう潜む者はいないと相手が油断した絶好の機会に、召喚、奇襲させるとは……周到なことです。――それにしてもまあ、ずいぶんと大きい豪傑が出てきましたね~。あちらのお嬢様も、どこか真綾様と似た動きをなさいますし……真綾様、くれぐれも気を抜かれませんよう』

(はい、このふたり、強いです)


 ――などと、真綾たちが脳内会話している間も、ヒゲに覆われた口から重低音ボイスを響かせる巨人戦士。


「さぞや名のある魔境の主であろうとお見受け致す。本来ならば、それがしも名を名乗り、一騎討ちを願い出たいところなれど、今は我が主君をお守りすることこそ第一。ふたりがかりで挑ませていただくが、これもまた戦場の常、ゆめゆめ卑怯などと怨みめさるな。……それがし、貴殿ほどの強者と最後に相まみえたのは、思い起こせば――」

「……アインヘア、もういいかな?」

「……ああ、フローリアン様、面目ございませんな。久方ぶりの強敵を前にして、ついつい、血が滾ってしまいましてのう……」


 脳内会話すればいいのに、なぜか小声で話すフローリアンと、その守護者アインヘア……。

 このアインヘアというのは、彼の種族名ではなく個人名(もとは異名なのだが)である。巨人という大まかな分類には入るものの、トロールやオーグルといった種族に属さない彼は、かつて人間の王に仕えアインヘア(一軍勢)の異名で敵に恐れられた、巨人戦士なのだ。

 彼自身に固有能力はなく、守護者としての固有加護も持たないが、各〈強化魔法〉、【強化】や【武器強化】、といった基本的な能力や加護が、物理極振りなぶん異常に強力なうえ、〈伯爵級〉上位の召喚物である強力な武具一式を装備し、さらには、ただ闇雲に棍棒を振るうだけのトロールなどと違い、彼自身も百戦錬磨の武技を使うため、こと単純な物理戦闘においては、〈伯爵級〉のなかでも最強クラスと呼ばれる守護者である――。


「行くよ!」

「御意!」


 またもや声に出して合図してしまうフローリアンと、同じく大声で返事するアインヘア……。ともかく、極めて対照的な外見をした主従が、揃って前に踏み出した。


      ◇      ◇      ◇


 リーチの長いアインヘアと反射神経がおかしいフローリアンによる、ピタリと息の合ったコンビネーションは、極めて厄介なものであった。

 アインヘアの懐に入ろうとした真綾のわずかな隙を的確に狙い、フローリアンは信じられない速さで襲いかかってくるし、それに対処しているとアインヘアの剛槍が突き出される。しかも、それらの一撃はことごとく、〈諸侯級〉にさえ届きかねない威力を秘めているのだ。

 そういった攻撃が、何回、真綾の体へ当たりそうになっただろう。


「……アニキ、ノイエンアーレのやつ、恐ろしく強いですね。あのバケモノを圧倒してますよ……」

「……あれが本気の、ノイエンアーレ……」

「つ、強ぇ……」

「こ、これからは、怒らせないほうがよさそうでゲス……」


 初めて目にしたフローリアンの実力に、これまでの自らの言動を思い出して青ざめるランツクローン派や――。


「よし! 圧倒的じゃないか、我がフローリアン様は!」

「やっぱりフローリアンたまは最高ブヒィィ! ……あ、先輩、『我が』じゃないブヒよ、『我らが』ブヒ、そこ大事ブヒ、みんなのフローリアンたまブヒ」


 ――すっかり有頂天なノイエンアーレ派(吊るし大根)の面々。

 そんな彼らには申しわけないが、前述の言葉を言い換えると、フローリアンたちの攻撃は〈未だ真綾に掠りさえしていない〉のだ。

 そうした攻防がどれだけ続いただろうか、ついにその時が訪れた。

 大太刀の切っ先をフローリアンにピタリと向けて牽制する真綾に、アインヘアが剛槍を突き出すと、フローリアンを牽制したままその穂先を躱した彼女は――なんと、自分の脇を通り過ぎてゆく槍の柄を右手で掴み、すかさずグイと引っ張ったではないか!


「ヌオォォォッ!」


 体重を乗せて槍を突き出しているところを凄まじい力に引かれては、いかに巨人の戦士といえど堪ったものではない。咆哮を上げながら前のめりに倒れかかるアインヘア。

 真綾が左手で大太刀を向けているため、フローリアンも安易に動けない状態だ。

 それにしても、身長四メートル台半ばを超える巨体が腕一本で引っ張られる光景の、なんと不条理なことよ……。

 そして――。


「ウッ!」


 アインヘアの目にすら捉えられぬ速度で真綾が踏み込み、倒れ込んでくる分厚い胸板に右手のひらを触れたとたん、さらに不条理な光景が出現した。

 装備を含め総重量二トン近くはあろう巨体が宙に浮き、今度は後ろへ吹き飛ばされたのだ。〈伯爵級〉上位の強度を誇るチェインメイルの胸元を、手の形にひしゃげさせて……。





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