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第四六話 伯爵の葡萄畑 一二 竜騎士の戦い


 リントヴルムやワイバーンを守護者に持つ貴族、〈竜騎士〉は、それらに乗る際、馬具のようなものを必要としない。

 守護者から〈伯爵級〉の強力な加護を与えられた彼らは、長時間騎乗しても尻が痛くならないため鞍がいらず、強い脚力で自らの下半身を固定できるため鐙が、守護者とは脳内で意思疎通可能なため手綱も不要なのだ。

 今、星々煌めく夜空で、飛竜の一種リントヴルムの背に跨がった竜騎士が、同じく飛竜の一種であるワイバーン二体と、壮絶な死闘を繰り広げていた。

 飛竜の数だけを見るならば一対二、ワイバーンが圧倒的に有利。

 そう、飛竜の数だけを見るならば――。


(ズィルバー、アレをやるぞ)

『アア、ヒサシブリダネ、カール』

(できるか?)

『モチロン』


 後ろから一体のワイバーンに猛追され、上空をもう一体に取られるという不利な状況下で、黒い甲冑を身に纏ったカールは自分の守護者に短く指示を出した。

 ズィルバーと呼ばれたリントヴルムは得意げに返事すると、飛行速度をさらに上げてゆく。

 離されるものかと自分も速度を上げ、ズィルバーの後方に迫り寄るワイバーンだったが……一瞬にして、その視界からズィルバーの姿が消えた!

 速度はそのままに、ズィルバーが上方宙返りに入ったのだ。

 速度の減少を最小限に抑えながら、見事なループで高度を稼いだズィルバーは、上空にいたワイバーンに背面飛行の状態で迫る。

 いきなり前方斜め下に現れた敵に、そのワイバーンは高速飛行体勢をとったまま何もできない。

 ズィルバーの描くループがちょうど頂点に達し、背を上にして飛ぶワイバーンと背面飛行のズィルバー、二体の飛竜が互いに腹を向けたまま、決して遅くはない相対速度ですれ違おうとした、まさにその時である!

 なんと、ズィルバーの体が、くるりと上下反転したではないか!


「ギエェェェェ!」


 その直後、ワイバーンの絶叫が夜の静寂にこだました。

 上空を取ったことで油断していたワイバーンには、自分の身に何が起こったのか理解できなかったであろう。地球では〈インメルマンターン〉と呼ばれる空戦技で一気に上昇してきたズィルバーが、自分の直下でロールし、その背に乗っていたカールがランスで自分の腹を突き刺したのだと……。


「――ェェェェ…………」


 力なく落下し始めたワイバーンは、悲鳴の余韻だけを夜空に遺し、光の粒子に変わっていった。


 ――守護者から貴族に与えられる加護には、【武器強化】というものが存在する。手にしている武器の表面を守護者相応の対物対魔の強化魔法でコーティングする、というもので、強弱の差こそあれ、ほとんどの守護者が持っている加護だ。

 魔導武器以外の武器は通じない〈伯爵級〉以上の魔物とも、伯爵以上の貴族が普通の武器で戦えるのは、まさにこの【武器強化】のおかげなのだが、この他に、ワイバーンやリントヴルムには【毒付与】という種族固有の加護があった。これは文字どおり、守護者の尾にある猛毒を手にしている武器に付与する、というかなり物騒な加護だ――。


 その【武器強化】と【毒付与】を施されたランスで思いきり腹を刺されたのだ、あのワイバーンが絶叫してしまうのも頷けよう。

 生前は本能で戦っていた魔物も、守護者となり貴族という相棒を得ることで、さまざまな戦技、戦術を身に付けたうえ、その貴族とのコンビネーションにより、戦力としてさらなる高みへと至る。その好例がまさにここにあった。


「ああ嫌だ、これだから貴族は厄介なんだよ。〈運命の子〉にブチ当てる大事な戦力だったのに、とんだ邪魔が入ったもんだ」


 ――などと、上空の死闘を眺めていたベイラが悪態をついたころ、彼女の立つ地上では、黒い暴風となった真綾によりジャックフロストが駆逐されつつあった。


『真綾様、ご覧になりました!? あれこそ噂に聞くインメルマン旋回でございますよ! ま~なんと見事な。ドイツのエースパイロットもかくやという鮮やかさでございます。――ともかく、あのご様子なら、カール様のほうは心配なさそうですね』

(はい)


 ジャックフロストの頭をカチ割った真綾の脳内で、異世界のインメルマンターンにはしゃぐ熊野。

 いざとならば棍棒をぶん投げてでもカールを助けようと、内心ハラハラしながら上空の様子を窺っていた真綾も、カールの見事な戦いぶりに安心し、自分の戦いに専念し始めた。

 そんな真綾を眺め――。


「こうなりゃもう仕方ないか、面倒だから嫌なんだけどね……」


 ベイラが杖で地面を突いた。


 カツン――。


 硬質な音が冷たい大気を震わせた……次の瞬間!

 なんということだろう、輝きを増した青白い光にベイラの輪郭がぼやけ、見る見る膨れ上がっていくではないか!

 そして――。


『これはまた、大きくなりましたね~』

(いいかも……)


 ――気がつけば、熊野と脳内会話する真綾の前に、老婆だったモノがそびえ立っていた。

 大鴉の森で真綾が倒した羊頭の巨人は、でっかいことに定評のある彼女の二倍ほども身長があった。――しかし、この全身氷でできているような巨人はどうだ、羊頭の巨人よりもさらに二倍はあろうかという巨体なのだ!

 七メートルを優に超える巨人の前では、でっかいことに定評のある真綾といえど、小柄で華奢な少女にしか……もしかすると、彼女が少し嬉しそうにも見えるのは、そのせいだろうか……。


「さて、『〈運命の子〉はまだ完全じゃない』って聞いて来たけど、その未熟なお嬢ちゃんでこのアタシの相手が務まるか、見せてもらおうじゃないか」


 氷の巨人となったベイラの言葉が終わるや否や、強烈な吹雪が真綾を襲い、なんと、彼女の背後にあった森の木々が一瞬で凍りついた!

 この吹雪はただの自然現象ではないし、また、単に〈吹雪を起こす〉という魔法の結果でもない。吹雪そのものが、〈触れたモノすべてを凍りつかせる〉という魔法なのだ。

 それは、たとえベイラと同格の魔物であっても、魔法抵抗に失敗すれば凍らされてしまう、極めて恐ろしい氷結魔法……なのだが、どうしたことか真綾はケロッとしている……。


「これが効かないか……。やっぱりアンタ、とんでもないバケモノだね。悪いけど、今のうちに始末させてもら――」


 そう言って何かしようとしたベイラに、今度は真綾が襲いかかった!

 ランス突撃した時のカールよりはるかに速く、残像を置いていくほどのスピードで!

 一気にベイラの頭上まで跳躍し、大上段から棍棒を振り下ろす真綾。数多のジャックフロストを粉砕した凶器が今、氷の巨人の頭頂部に当たり――。


 バキッ!


 ――乾いた音を立てて砕け散った。氷の体にヒビひとつ入れることもなく……。


「!」

「はい、残念だったねぇ」


 落下しつつわずかに目を見張った真綾を、さも嬉しそうな声とともに、ベイラの巨大な氷の腕が抱きしめた。


「観念しな。凄まじい速さと馬鹿力にはヒヤリとしたけど、ああやって武器が砕けたところを見るに、まだアンタよりアタシのほうが格上だったってことさ。――さて、お嬢ちゃん、今から氷の像にしてあげるからね。これだけの器量よしだ、さぞや美しい氷像ができ上がるだろうねぇ」


 どういう原理なのかは不明だが、氷でできた顔が器用に笑みを浮かべて、腕の中にある真綾を見下ろしている。

 そうやって勝ち誇るベイラの後頭部を目掛け、上空から一直線に迫る影がひとつ。背後に、キラキラと輝き消える光の粒子を置き去りにして――。

 残りのワイバーンを倒したカールとズィルバーだ。


(ズィルバー、召喚して早々すまんが無茶をするぞ。あの子を助ける)

『イイヨ、ダイジナコ、ナンダロウ?』

(ああ!)


 カールの願いに応え、ズィルバーはさらに速度を上げる。

 飛翔魔法の推進力に重力も加わり、尋常ではない加速を続けている今、その衝突エネルギーは計り知れない。

 リントヴルムの強靭なアギトが、あるいはカールのランスが、ベイラの頭に届くまで、あと、一〇〇メートル……八〇メートル……五〇メートル……。

 やがて標的の寸前に迫ったところで上体を起こし、強靭な前足を上げるズィルバー。その鋭い爪でベイラの頭を粉砕するつもりだろう。

 だが――。

 突然、ベイラの首がグリンと後ろを向き、猛烈な吹雪が彼らを襲った! しかも、一瞬で空中に発生させた幾本もの氷槍まで付けて……。

 彼らの行動はベイラに把握されていたのだ。

 凍りついたズィルバーの体がベイラまで届くことなく氷槍に砕かれ、儚く光の粒子に変わってゆく。体が大きいだけにその量は膨大で、さながら、ベイラの目前に束の間の昼が訪れたようだった……。

 氷でできたベイラの顔に、ニタリと笑みが浮かぶ。


「ざんね――」


 何か言いかけたベイラの頭に、硬質な音を響かせて突き刺さった。

 猛毒を持つランスの尖端が――。

 上体を起こしたズィルバーの背に隠れ、カールは空中へ跳躍し、光の粒子へ変わる相棒すら目眩ましにしてベイラの頭を襲ったのだ。

 ガシャリと甲冑の音を響かせて着地すると、再攻撃すべく即座にランスを構えるカール。一介の農夫であるはずだが、なんと戦闘に長けた男だろう。

 そんな彼を、ベイラの氷の目玉がギョロリと捉えた。


「……まんまとしてやられたよ。アンタ、よほど修羅場をくぐったか、厳しい師匠にしごかれたようだね――」


 氷の頭に穴を穿たれたまま、ダメージを微塵も感じさせない様子で話し始めるベイラ。〈伯爵級〉上位であるワイバーンをも屠った猛毒が効いていないとでも……。


「――たしかにこの猛毒なら、相性によっちゃ〈諸侯級〉だって危なかったろうよ。だけど残念だったね、アタシにゃ毒は効かないんだ。おまけに頭を吹き飛ばされても平気でね。だからといってアンタの武器じゃ、格上のアタシを一気に破壊することもできないよ。――さあ、どうする? 伯爵様」


 この世界の魔物や精霊は皆、無意識下で自分に魔法をかけ続けている。武器や魔法に対する防御結界で体をコーティングする〈防御魔法〉と、力を増幅させる〈体力強化魔法〉だ。

 小柄なゴブリンの力が意外にも強いのは、まさに〈体力強化魔法〉の賜物である。もっともゴブリンの場合、〈防御魔法〉のほうは脆弱すぎて、まったく用を成していないのだが……。


(やはり〈諸侯級〉か……。今のは相手が〈伯爵級〉でも粉砕できる一撃だったんだがな……。たしかに私の【武器強化】はベイラの〈防御魔法〉に劣るようだ、こうなったら手数で攻めるか……)


 前述のとおり、魔物は〈防御魔法〉で守られている。そのため、たとえばトロールを守護者に持つ貴族がトロールを剣で斬った場合、お互いの【武器強化】と〈防御魔法〉が相殺され、普通の剣で生身のトロールを斬ったのと同じことになる。

 だが、ひとつ格上の相手を斬った場合は、〈防御魔法〉を完全に打ち消すことができず、ある程度強化された相手の体を普通の剣で斬ることになるのだ。

 氷の頭を砕くつもりで突いた鉄のランスが、尖端を喰い込ませただけで止められてしまった。それが何を意味するのか……。

 彼我の明らかな格の差を覚り、カールは打開策を探し始める。

 そんな彼の耳に聞こえてきたのは真綾の声――。


「カールさん、離れて」


 カールの決断は速く、即座に十数メートルもの距離を跳びすさった。

 それに比べて、絶対的勝利を確信しているベイラは何もしない。ただ少し驚いたように真綾を見下ろすのみ。


「おや? アンタ、どうするつもりだい?」


 その問いへの答えは、まったく予想もしない言葉――。


「羅城門流奥義、〈真綾大爆掌〉」


 ベイラの腕の中から、真綾の声が響いた。




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